驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
「それじゃ、マーチャンはそろそろ退散するのです」
「えー、もうかよ!」
ウオッカが不満げに声を上げる。
「だってこの後、主役は秋天組なのでしょう?」
アストンマーチャンが悪戯っぽく笑う。
「マーチャンが居座ると空気がふにゃふにゃになるのです」
会場から笑い。
「もう十分なってるわよ」
ダイワスカーレットが呆れたように返す。
アストンマーチャンは立ち上がると、観客席へ向かってぺこりと一礼した。
再び大きな拍手。
そのまま舞台袖へ向かいかけた彼女が、ふと思い出したように振り返る。
「ファンの皆さん、アストンマーチャンをずっと覚えていてくださいね」
そのまま彼女は、拍手に包まれたまま舞台を去った。
「さて、後半に移る前に、簡単なレクリエーションを用意しております」
「ジャーニー先輩、ちょっと待ってくれ。そんなつもりじゃなかったから心の準備が」
「バカねウオッカ、だからこそじゃないの」
掛け合いが続くウオッカとスカーレットをよそに、スクリーンに『100秒レースアキネーター』というタイトルとルールが表示される。
「レースに関する単語がお題として設定されています。質問者は“はい”か“いいえ”で答えられる質問を重ねて正体を推理。100秒以内に正解できればクリアです」
まあやってみたほうがわかりやすいですね、とスクリーンに回答者が大写しになる。
黒っぽい鹿毛に流れるような流星、ウオッカだ。
そのまま立ち上がってステージ中央へ移動する。
「まず俺かよ!?」
「そうよ。ああ、お題は事前に私たちが考えたものを使ってるわ。スクリーンにお題が出るから、後ろを振り返っちゃダメよ。ファンの皆さんも教えちゃダメだから!」
「それでは『100秒レースアキネーター』スタート!」
スクリーンに大写しになったのは『ダービー』の文字。その周囲に100秒のメーターも表示される。
観客席はざわめきと笑いに包まれる。
「なんだよその反応! でも必勝法は聞いてるんだからな! 人ですかレースですか?」
「“はい”か“いいえ”で答えさせなさいよ!」
「しまった、“人ですか?”」
「“いいえ”よ」
「じゃあ“レースですか?”」
「“はい”ね」
「“日本のレース?”」
「“はい”」
必勝法を聞いた、と言いつつ早速やらかしていくウオッカ。
回答者をスカーレットに任せた2人は内緒話に興じる。
「あれ、それぞれはいとどちらともいえないでもある気がしますが」
「確かに出題ミスですね。ちゃんと括弧書きか正式名称を書いておけば良かった」
「聞こえてんぞ! えっと“シニア限定戦?”」
「“いいえ”」
「じゃあ安田記念じゃねぇか……」
うっかり特大ヒントを出してしまったドリームジャーニーだったが、ウオッカは気づかなかったようだった。
観客席からはああーという落胆の声が上がる。
「安田記念はクラシックも出れますが」
「セミラミスが勝ってるし、アンタだって宝塚走ったじゃない」
「あまり時間がありませんよ。後40秒」
シニア限定G1というのは実は意外と少ない。なので絞れない。
そして時間も半分を切っていた。
「えっとじゃあ……“クラシックG1ですか?”」
「“はい”」
「ダービー!」
「正解」
ピンポーンという効果音。
流石は見事な差し脚といったところか、後半見事に差し切ってみせた。
「はい、正解はダービーでした」
「英ダービーの創設者であるダービー卿に由来
しますので、ダービーだけだと人名や海外のレースかもしれない訳です」
解説を加えるドリームジャーニーに、観客席からもあー、という声が上がる。
「俺が勝ったレースだから正解は当然だな」
「こんなの簡単じゃない、次はアタシよ!」
実際、半分チュートリアルだったわけで、簡単ではあった。
それはそれとして対抗心を燃やしたスカーレットが中央へ進み出る。
掛かっているかもしれません、落ち着けると良いのですが。
スクリーンに映し出されたお題は『ダイワメジャー』。
観客席は先ほどにもまして盛り上がる。
「ふぅん、盛り上がる内容、ね」
「おやおや、ファンの皆様はあまりヒントを与えないようお願いしますよ。ではスタート」
ドリームジャーニーの合図とともに時計が進みだした。
「“実在する?”」
「“はい”」
「“ウマ娘?”」
「“はい”」
「“最近活躍したウマ娘?”」
「“はい”」
「これはだいぶん絞れてきたわね」
矢継ぎ早の質問で範囲を狭めていくダイワスカーレット。
「じゃあこの場のそれぞれに対して聞くわ。“レースで一緒に走ったことはある?”」
「これはうまい質問ですね。ただ公式レースに限らせていただきます。私は“いいえ”ですがウオッカさんとセミラミスさんは?」
「えー、俺は“はい”だな」
「私も“はい”、スカーレットも“はい”ですね」
更に1回で4つ答えを得ることに成功。観客も感嘆の声。
「これは相当絞れたんじゃないかしら。私たち3人は走ったことがあるならほぼティアラよね。当てに行くわよ。“現役のウマ娘ですか”」
「トゥインクルシリーズ引退済みですね。“いいえ”」
「やった、もう確定じゃない♪」
答えを確信し喜色満面といった様子のダイワスカーレット。
「セミラミス、“アンタと去年のシニア混合G1でハナ差2着だった相手よね?”」
「その通りですね。“はい”」
「スカーレットさん、もう時間がありませんよ」
確かにタイマーは残り10秒を切っていた。
だがスカーレットは余裕の表情だ。
「もうこんなの確定してるじゃない♪」
「いえまだ二択──」
「前半のサプライズが特大のヒントだったのよね。答えは“アストンマーチャン”よ!」
「違います」
「はぁ!?」
ブブーッという音と共に驚愕の表情を見せるスカーレット。
「は? ええ? “ティアラウマ娘よね?”」
「“いいえ”」
「はぁあぁあああ!? “G1は勝ってる?”」
「“はい”」
「マーチャンじゃないじゃない!!!」
「だからそう言ってんだろ」
茶々を入れたウオッカに、うっさいわね! といきり立つスカーレット。
その様子に会場は大盛り上がりだった。
結局、そのままあえなく時間切れとなった。
後ろのスクリーンには答えに代わってTime Upの文字が大きく表示されている。
「いやあ、予想外にドツボに嵌まったな」
「マーチャンという誤答はこちらも想定外でした」
「誰よ! この問題考えたの!?」
「セミラミスさんですね。さて、今回は答えのほうをお呼びしてありますので」
「……は?」
あっけにとられたスカーレットが振り向く。
それではどうぞ、とドリームジャーニーが手で指した先に現れたのは腕組みをしたダイワメジャー。
顔を真っ赤にして俯くスカーレットに半笑いのダイワメジャーという構図に、会場は笑いに包まれた。
「俺様悲しいよ……もうセミラミスのお姉ちゃんになるしかなくなっちゃったよ……ウオッカでもいいけど」
「なんでそうなるのよ!!」
「私は構いませんが」
「な゛ん゛て゛よ゛!!!」
「……俺はエンリョしとこうかな」
講堂は割れんばかりの爆笑に包まれた。
完全に化けの皮が剥がれたスカーレットを囃し立てる声まで飛び交い、もはやしばらく誰も進行の続きを聞いていなかった。
「さて、4人全員が1問づつ答えましたところでレクリエーションの方はお開きとさせていただきます。皆様楽しんで頂けましたでしょうか」
「ジャーニー先輩、ウオッカの以外わりとヤバかったと思うんですけど」
「この様子は学園公式ウマチューブのほうにもアップしておきますので、どうぞご家族でもお楽しみください」
「楽しめるかなぁ!? 特にセミラミスのやつは楽しめるかなぁ!?」
「確かに、もし正解できていなかったらと思うと……」
「そういう問題じゃないわよね!?」
講堂は再び大きな笑いに包まれた。好き勝手な声が飛び交い、壇上の4人へ向けられる視線もどこか生暖かい。
その中でセミラミスだけは真顔で首を傾げており、ウオッカがツッコミながら頭を抱えると会場の笑い声はさらに大きくなった。
「それでは、ここからは司会交代です」
ひとしきり笑いに包まれた講堂で、ドリームジャーニーがマイクを握り直す。
「秋の天皇賞へ出走予定の3名について、今度はセミラミスさんに進行をお願いしましょう」
拍手。
中央へ視線が集まる。
ノルデンセミラミスは小さく頷くと、静かに口を開いた。
「では、秋の天皇賞について──」
「始まり方が記者会見なんだよ!」
即座にウオッカがツッコミを入れ、会場がどっと沸く。
「……善処します」
セミラミスは僅かに間を置いてそう返した。
全く改善される気配がない。
「東京2000mは特殊条件です」
案の定、分析から入った。
「隊列形成、仕掛けどころ、いずれも通常の中距離戦とは要求が異なります」
「始まったわね」
ダイワスカーレットが呆れたように肩を竦める。
「いやぁ、急に専門番組ですねぇ」
ドリームジャーニーも苦笑混じりだ。
しかし観客の多くは真面目に聞いている。この女の分析は当たる、と。
「特に今回は隊列形成が読みにくいかと」
セミラミスの視線が3人を順に流れる。
「スカーレットは先行策を主体とし、ウオッカは中団以降からの差し。ジャーニーさんは後方待機」
ダイワスカーレットが腕を組んだ。
「アタシはアタシのレースをするだけよ。先頭で押し切る。それだけ」
「はいはい、いつもの」
ウオッカが軽く手を振る。
「でも今回は簡単に行かせてもらえねぇんじゃねぇの?」
「へぇ?」
ダイワスカーレットの目が細まる。
火花。
会場がざわついた。
「消耗戦になった場合、最も優位なのはウオッカかと」
さらりとセミラミスが爆弾を落とす。
「お?」
「……へぇ?」
今度は二人揃って反応した。
「スカーレットは極めて高水準でレースを維持できますが、ウオッカの末脚性能は単純比較が困難です」
「司会が煽ってどうするんですかね」
ドリームジャーニーが苦笑し、会場から笑いが起こる。
「まあ、負ける気はしねぇけどな」
ウオッカが不敵に笑う。
「言うじゃない」
ダイワスカーレットも笑みを崩さない。
互いに一歩も引く気がない。
「で、ジャーニー先輩はどうなんだよ」
「いやぁ、私は後ろから眺めて、空いたところへ突っ込むだけですよ?」
にこにこと答えるドリームジャーニー。
誰も信じていない。
「重賞連覇中の先輩を軽視できるわけないじゃないですか」
「絶対なにか考えがあるんでしょう?」
「そんな事はありませんよ?」
ウオダス2人のツッコミにすっとぼけるドリームジャーニー。
講堂が再び笑いに包まれる。
その時、客席のどこかから声が飛んだ。
「セミラミスも出ろー!」
大きな拍手。
同意する歓声。
セミラミスは一瞬だけ視線を上げた。
「現状、その予定はありません。2000は少々長いので」
即答だった。
会場がざわつく。
「その台詞、短距離専門のヤツが言うなら分かるんだけどなぁ……」
ウオッカが呆れたように頭を掻く。
「私は短距離専門ですが?」
「アンタどの口で言ってるのよそれ!?」
スカーレットが思わず身を乗り出す。
「マイルで誰を負かしたか挙げてみなさいよ!」
「だよなぁ!?」
数え上げるように指を折ろうとした彼女にウオッカのツッコミが突き刺さる。
会場が笑いに包まれた。
「私としては、まず香港スプリントですね」
セミラミスは淡々と続けた。
その言葉に、会場の空気が少し変わる。
改めて思い出す。
このウマ娘は既に世界を見ているのだ、と。
「相変わらず難儀ねぇ」
ダイワスカーレットが半ば呆れたように言った。
「この人、興味がないというより優先順位が低いんですよね」
ドリームジャーニーが肩を竦める。
セミラミスは否定しなかった。
「今年はクラシック勢も面白いですよ」
ドリームジャーニーが話題を変える。
「今年のダービーウマ娘まで来るしな」
ウオッカが頷いた。
ダービーウマ娘ディープスカイ。
NHKマイルも勝利しMCローテを完遂した鉄人が秋天に殴り込んでくる。
「なかなか見どころがあるウマ娘が揃ってるわよね」
セミラミスの方を見ながらダイワスカーレットも続ける。
だがその間、セミラミスだけは何も言わなかった。
「今年は例年以上に流動性の高いレースになるかと」
代わりに、全体論へ逃がす。
今年秋天への出走が確実視されているクラシック級ウマ娘はあと1人。彼女の妹しか居ないというのに。
ドリームジャーニーだけがそれを横目で見ていた。
「それでは最後に、一言ずつお願いします」
そう言ってセミラミスはマイクを回す。
「勝つのはアタシよ」
ダイワスカーレットが胸を張る。
「次は負けねぇ」
ウオッカが笑う。
「いやぁ、荒れそうですねぇ」
ドリームジャーニーは楽しそうに肩を揺らした。
最後に視線が集まる。
セミラミスは一瞬だけ考え、静かに口を開いた。
「……良いレースを期待しています」
大きな拍手が講堂を包み込む。
出走者それぞれの思惑を抱えたまま、秋の天皇賞は目前に迫っていた。