驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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015 北のセミラミスとメイクデビュー

10月29日 京都レース場 第6レース

ジュニア級メイクデビュー 芝 1600m 良

 

 

 ゲートが開く。

 

 各ウマ娘一斉にスタート、7番の芦毛の娘が少々出遅れたか。

 向正面にて激しい先行争い、制したのは4番のウマ娘。

 先頭から最後尾までおおよそ10バ身。

 4番がリードを1バ身半取ってコーナーへ。

 

 澱みない展開のまま内回りの3コーナー、4コーナーを抜け直線へ入ってくる。

 

 スタンドから見える範囲に入っても先頭は変わらず4番のまま。

 おおよそ3から4バ身のリード。

 

 先頭がスタンドの目の前に差し掛かる。

 7番の芦毛の娘が突っ込んでくるがあれでは間に合うまい。これは決まったな。

 

 ……いや、あの娘がこんなところ(メイクデビュー)で躓くはずがないのだ。

 

『──7番レースドールが懸命に追うが2番手。大勢決しました、4番ウオッカ先頭でゴールイン!』

 

 それに引き換えこの体たらくはなんだ。

 スタンドのベンチに腰掛けた私は、テーピングでぐるぐる巻きになった己の脚を見下ろす。

 医師の診断は本格化に伴う筋炎(コズミ)。3週間の休養が命じられた。

 3週間、この3週間の遅れさえなければ今頃私もメイクデビューを迎えられていたはずなのに。

 

 目線を上げると、ウイニングランを終えたウオッカがウィナーズサークルへと入ってくるところだった。

 喜びを分かち合うトレーナーと、おそらく親御さんだろう人たち。

 

 ともかく私も、彼女を祝福すべく立ち上がる。

 私にだって友人の門出を祝福する気持ちはあるのだ。

 ただ、この体たらくが情けないだけで。

 

 ……いや、気持ちを切り替えるべきだ。

 このデビュー前の大事な時期に、一度実家に顔を出して休んできてはいかがですか、とまでトレーナーさんに言わせてしまった意味を考えろ。

 一刻も早く調子を戻して、練習再開と来月のデビュー戦に備えなければ。

 

 私は1つ両頬を叩くと、ウィナーズサークルへと歩き出した。

 まずは彼女の勝利を祝おう。

 

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 

 美浦寮、自室。

 

 

 隣の机を見やると、壁際に飾られたミニチュアの皐月賞の優勝杯の横に新しく盾の置物が増えている。

 これは先日のウオッカさんのメイクデビューと同日に東京レース場で行われた天皇賞・秋のものだ。

 

『先頭はダイワメジャー! ゴールイン!』

 

 競争ウマ娘にとっての難病である喘鳴(ぜんめい)症を乗り越えての皐月賞以来のG1勝利。

 当時担当していた吉富トレーナーも、あんな根性のあるウマ娘は見たことがない、と太鼓判を押す勝負根性で追撃を凌ぎきっての優勝だった。

 彼女は今、来週に迫ったマイルCSに向けて最終追い切りの最中だ。

 

 私も、それに続かねば。

 

 壁にかけられたカレンダーを見やる。

 10月中頃に二重線で消された東京1400mの文字、11月12日に書かれた京都1400mの二重丸。調整も含めて4週間は長かった。

 だがその日々も終わり、いよいよ明日がメイクデビューとなる。

 

 ここ府中のトレセン学園から京都伏見は淀にある京都レース場までは学園所有のバス(通称:バ運車)で移動するのだが、関西への移動となれば8時間程度は見ておかないといけない。

 必然、レースが朝10時から始まることを考えれば前日入りは必須だった。ほぼ隣の府中や電車で1本の中山であればこんな事は考えなくてもいいのだが、そこは仕方ない。G1に勝つようなウマ娘なら別の手もあるらしいが……。

 

 そういうわけで私は持ち物リストを片手に出発前の最終チェックをおこなう。

 

「蹄鉄よし、シューズよし、着替えと体操服よし、番号別のゼッケンと枠順色のブルマよし、耳栓とアイマスクもよし」

 

 耳栓とアイマスクは宿舎が電車の線路に近いからメジャーさんに持って行っとけと言われた。京都と阪神ではあったほうが安心らしい。

 ビフォアテイクオフチェックリスト、コンプリート。

 

 耳栓のセットをカバンに押し込んでいると、朝出掛けにメジャーさんとした会話が思い出される。

 彼女はどうにも緊張が隠せない私の背中を強めに1つ叩いてこう言った。

 

「気合い入れてけよ。泣いても笑ってもメイクデビューはこの1回だけなんだからな!」

 

 そう。もしここで勝てば1勝クラスだし、負けてしまえば次は未勝利戦。メイクデビューは明日の1度きりなのだ。

 またしてもネガティブな思考に陥りそうになる私を、メジャーさんはそっと抱き寄せて互いの額同士を重ね合わせた。

 彼女の琥珀色の瞳が、まっすぐに私を見据える。思わず心臓が跳ねるが、その目は至って真剣だ。

 

「いいか、ここ半年やってきたことを思い出せ。俺様はお前が努力を重ねてきたことを知っている。お前がやってきた練習は嘘をつかない。自分が信じられないというなら吉富トレーナーでもいい。それとも俺様も、自分も、トレーナーも、誰も信じられないか?」

 

 そんなことはない。自分を信じ切れるかといえば微妙なところだが、自分のやってきたこととトレーナーのことは信じている。

 ここ半年、私はトレーナーの指導によりもはや身体に合っていなかったバクシンオーさんの走りを真の意味で自分のものにすることに成功していた。その練度は、短距離良バ場であれば負けはないとトレーナーに太鼓判を押されるまでになっている。

 距離は1400mだから問題はない。唯一の懸念は天気だが、京都は明日は雨が止む見込みだ。芝の水はけの良さを考えるなら雨さえ降っていなければ良バ場だろう。

 ……あれ、負ける要素無くないか? 

 

「ふふ、いい面構えになってきたじゃねぇか。現地には行けないが中継では見てるからな」

 

 そう言うと、額を離して「ほら、勝利の女神のチュウだ」と投げキッスを残して練習に出かけていった。

 

 ここまでされて無様な結果を残すわけには行かない。

 そう決意を新たに荷物を背負って部屋を出る。まだバスの集合時間には間があるが、早めに動くに越したことはないだろう。

 

 そうして寮の談話室を通りかかると、アサヒライジングさんらの壮行会が行われていた。

 先輩は同じく吉富トレーナーのチームに所属しており、同じ日のエリザベス女王杯に出走する。

 ここのところのG1戦線はメジャーさんとダンスインザムードさん以外栗東や海外勢に取られっぱなしなので応援にも気合が入っている。

 この半年一緒に練習してきて、どれだけ彼女が努力してきたのか、惜しくも届かなかったたびに影で悔し涙をながしていたか私は知っている。相手は昨年覇者のスイープトウショウさんやティアラ二冠のカワカミプリンセスさんと強力だが、なんとか勝ってほしい。

 

 そんなことを思って通り過ぎようとしていると、部屋の隅でなにやら布地をわたわたと畳もうとしている一団と目があってしまった。知らない間柄であったらそのまま行ったのだが、私の数少ない友人たちと妹ではそうはいかない。

 

「あっ、セミちゃん! がんばってね! あたしたちも応援してるから!」

「ぜったい勝ってよねお姉ちゃん! クラスのみんなにも明日デビューだって言っちゃったんだから!」

「もう、2人共変なプレッシャーかけてどうするの。……がんばってね。貴女ならきっと大丈夫よ」

 

 スプマンテにレヨネット、カメオさんの激励が重い。

 もうオープンクラスのピンクカメオさんはともかく、クイーンスプマンテはまだデビューまでかかりそうだというのに。

 でも、それだけ応援してくれる気持ちは伝わっている。この声援に恥じない、胸を張れる走りをしなくては。

 

「……ありがとうございます。では、行ってきます」

 

 3人に送り出されて寮の玄関から外へ。

 天候は生憎の雨だが、カバンには防水スプレーを振ってあるので平気だろう。

 そうして傘をさしたところで、後ろからアサヒライジングさんが追いついてきた。学園前のロータリーに向かう最中、2人で並んで歩く。

 

「ま、気負わずいきなよ。トレーナーがメイクデビューを私たちの遠征に当てたのも、どうせなら親御さんに見てもらおうってのなんでしょ?」

 

 そう、本来の予定では東京の短距離で予定していたメイクデビューを京都に振り替えたのは、トレーナーの都合もあるが両親が見に来やすいようにという配慮なのは疑いようもなかった。

 本人に聞いてもそうとはおっしゃらないだろうが、トレーナーはそういう細やかな配慮をしてくださる方だった。

 

 なお、その吉富トレーナーは本日東京レース場に缶詰で11人の面倒を見ている。……来る者拒まずといっても限度があるのではないだろうか。

 

 そうして学園前に停車したバスのもとに着いた私たちは荷物を預けてバスに乗り込んだ。

 雨が降っていることもあって流石に見送りの人は少ない。

 

 そんな数少ない中に“がんばれノルデンセミラミス”と大書された横断幕があった。

 彼女ら3人が傘をさしながら手を振ってくれている。

 

「良い友達と妹さんじゃない。大事にしなよ」

 

 重賞ならともかく、メイクデビューで横断幕まで作ってくれることなんてめったにないんだからね、と彼女は続ける。

 まったくそのとおり、本当に私なんかには過ぎた友人たちだ。熱くこみ上げるものをハンカチで拭う。

 

 そんな私を乗せて、定刻通り発車したバスは一路京都へとひた走る。

 いよいよデビューの時が近づいていた。




喘鳴症 ノド鳴りとも。
喉頭部を支配する神経が麻痺し、喉頭口が狭くなって、呼吸のたびに「ヒュウ、ヒュウ」、「ゼイゼイ」と音を発する病気である。喘鳴症になると充分な呼吸ができず、競走能力に影響をきたす。治療法としては外科手術が行なわれる。
現在では獣医学の発展により治らない病気ではなくなったが、ダイワメジャーが活躍した2000年頃は競走能力が完全に戻る確率はおよそ10〜20%だった。
喘鳴症を克服した著名な馬としては、グランアレグリア、ハーツクライ、シーキングザパール、シャフリヤールなど。

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