驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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148 短距離の女主人と天皇賞(秋)

 府中、東京レース場。

 

 

 ゲートが開く。

 

『第138回天皇賞(秋)スタートが切りました! ドリームジャーニー結果的にせよ後ろからのレースとなります』

 

 実況をよそに青の大礼服が迷いなく先頭へ出た。

 そのまま2コーナーへと突入していく。

 

『ダイワスカーレット好スタートから早くも先頭、それを追う形でキングストレイル、最内アサクサキングス菊花賞ウマ娘3番手、その外にアドマイヤフジがつけています。外からトーセンキャプテン、ウオッカがここ。ウオッカの前に今年のダービーウマ娘ディープスカイ、その外最強の1勝ウマ娘──』

 

「あのアホ行きよった……」

 

 関係者席。

 腕と脚を組んでいるメジャーさんの隣で、スカーレット担当の北浦トレーナーが額を押さえうずくまる。

 察するに、番手追走を指示していたのに前へ行きすぎた、というところか。

 だが暴走ではないだろう。

 

 渋い顔をしているメジャーさんから目を離してコースを眺める。

 

 先頭、ダイワスカーレット。

 その後ろ3人挟んで同期のアサクサキングス。 そして今年のダービーウマ娘ディープスカイ。

 そしてその外。

 大外18番枠から切り込んできた赤に白襷の勝負服。

 

『──ノルデンレヨネット、ここにいた。その内ダービーウマ娘──』

 

 だがノルデンレヨネットは無理に下げない。ディープスカイの外、ほぼ同じ位置。

 大きなストライドで流れに乗る。前にも後ろにも睨みが効くいい位置だ。

 

『ウオッカは中団、最内にエアシェイディ。後方にオースミグラスワン、カンパニー、最後方ドリームジャーニーです!』

 

 歓声が揺れる向正面。

 ウオッカは中団に構え、ジャーニーさんは最後方の定位置でバ群を睥睨している。

 

『先頭ダイワスカーレット、1バ身半差でトーセンキャプテン、キングストレイル。ディープスカイ好位に付けている。その外にノルデンレヨネット』

 

「そこで、持つんか……?」

 

 レヨネットの現在の担当である猿田トレーナーが呟く。

 

 今更そこを疑うのか。

 持つか持たないかではない。持たせなければ勝ち目はない。スカーレットがそういう勝負にしたのだ。

 

 その証拠にウオッカの位置もいつもより前。ディープスカイの後ろ、中団にいる。

 ウオッカが後方待機も選ばなかったあたり、差しきれない可能性を考慮したのだろう。

 

 だというのに戦前の想定で立てられた作戦に拘泥するのは愚かな行いだ。

 作戦にはいくつもの枝を持たせ、1つがだめになったらすぐ次の枝を使えるようにしておかねば。

 

「それでこそ、です」

 

 レヨはそれをよくわかっている。

 もしかしたら自身の脚は最後まで持たないかもしれないが、この状況で後ろから届くほど切れのある脚ではないことを。

 厳しいが、少なくとも勝負の目はある。

 

 前半のラップは11秒台を維持している。

 息が入る暇もない。嫌な流れだ。前も後ろも全員が苦しい。

 

 

『前半1000m、58.7で通過やや早め』

 

 場内がどよめいた。

 

「おいおい……」

 

 北浦トレーナーが呻く。

 速い。だが飛ばしすぎではない。

 絶妙なタイムだった。

 逃げ切るためではない。後ろへ楽をさせないための速度。

 

 そのまま隊列は3コーナーへ突入していく。

 

 誰も動かない。

 動けない。

 

 スカーレットの後ろで、全員が脚を削られている。

 

 だが、先頭の脚色も鈍らない。

 

『最高のメンバーが揃っています! 最高の舞台が整っています! 後の直線、どんな絵を描くのか!』

 

 実況が謎のポエムを吐く。実況をしろ。

 

『600標識、まだまだ長いぞ。ダイワスカーレット、初めての府中です。久々です』

 

 スカーレットは府中のオークス勝ってるだろうが。

 本当に1200m越えると使い物にならないな。バクシンオーさんでも失速するけどギリマイルは持つんだぞ。

 

 

 直線に入って隊列は横に大きく広がった。観客のボルテージは嫌が応にも高まる。

 先頭はいまだ最内、青い大礼服のスカーレット。

 内側の先行勢はいっぱいだがそれを割って青と空色の勝負服カンパニーが来ている。

 その外数人飛ばして赤地に白襷のレヨと青空のようなフライトスーツをひらめかすディープスカイが並んでまだなお踏み留まっている。

 そして大外から上がってきたのは黄色のチューブトップにダークジャケットをはためかせるウオッカ。

 

『ディープスカイ、勝手知ったる府中だ! その外に先輩ダービーウマ娘ウオッカ! 残り300! 坂を登る! 新旧ダービーウマ娘の決着になるのか!』

 

 ダイワスカーレットは少し苦しくなった、などと実況はのたまっているがスカーレットはまだ残している。

 ここからが、瀬戸際での粘りがスカーレットが強いところだ。

 そしてレヨもまだ喰らいつけている。

 

『ウオッカ! ウオッカ! ディープスカイ! ウオッカ! 内からもう一度ダイワスカーレットが差し返す!』

 

 果たしてスカーレットが二の脚を使って差し返す。

 どこにそんな脚を残していたのか、いや残ってはいまい。あれがスカーレットの根性、一番への執念だ。

 

『これは大接戦、大接戦でゴォォォール!!!!』

 

 そしてほぼ横一線に6人が並んだ状態で決勝線を越えた。

 

 

 どうだ……?

 私の目には僅かにスカーレットが残したように見えたが、ほぼ横並びでウオッカ。

 挟まれてディープスカイが僅かに遅れて入線。レヨは最後方から追い込んだカンパニーに差されたか、エアシェイディと掲示板争いといったところに見える。

 

『上位人気3名、ティアラダービーウマ娘とダブルティアラと今年のダービーウマ娘。1:57.2はレコードの赤い文字!』

 

 クールダウンでコーナーへと引き揚げていくウマ娘を尻目に、掲示板にまず灯ったのはレコードの文字。

 スカーレットが引っ張ったハイペースはレコードの決着となった。

 何というタフさだろうか。流石はダイワスカーレットだ。

 

 

 写真判定の文字にざわめく観客席。

 それとは対照的に関係者席は静かだった。

 

 特に私の眼の前、各チームの指導ウマ娘が集まる列は静かな熱で満ちていた。

 

「よいぞ、ウオッカ!! その暴威(フィジカル)! その執念(イデア)! 実に覇道(ロード)だ!」

「素晴らしい! 実に素晴らしいねぇ!」

 

 相変わらずの言葉使いでギムレットさんが哄笑する。

 そして相変わらず度し難いアグネスタキオン。

 

「わずかに及びませんでしたか。無念です」

「クソっ、ジョーダンじゃねぇぜ」

 

 教え子2人が僅かに掲示板を逃したことに目を伏せ唇を噛むグラスワンダーさん。

 同じく教え子2人がドベとブービーのジャングルポケットさんが吐き捨てるように言う。

 

「いやはや! よくぞ残しましたッ! 素晴らしい位置取り、素晴らしい判断! 後は勝つだけですッ!」

「ええ……。そう、あとは勝つだけ。そしてよく似てる……」

 

 バクシンオーさんに寄り添って呟いたフライトさんの言葉の真意はわからないが、バクシンオーさんの言うことももっともだ。

 あとは勝つだけ。ただそれだけがレヨには遠いのだ。

 

 

 10分あまり後、レース場にどよめきが巻き起こる。

 

 

 

東京 X11R 確定 

 

 Ⅰ  14 

 

 ハナ 

 

 Ⅱ  7X 

 

 クビ 

 

 Ⅲ  2X 

 

 ハナ 

 

 Ⅳ  16 

 

 ハナ 

 

 Ⅴ  18 

 

 芝  レコード 

 

 良 タイム 1.57.2 

 

ダート 4F   46.9 

 

 良  3F   35.2 

 

 

 

 仁王立ちしたまま頭を垂れるスカーレット。

 喜びを爆発させるウオッカ。

 

 2cm差。わずかに2cm差。

 奇しくも桜花賞と同じ僅かな差が明暗を分けた。

 

 1着、14番ウオッカ。

 2着、7番ダイワスカーレット。

 3着、2番ディープスカイ。

 4着、16番カンパニー。

 5着、18番ノルデンレヨネット。

 

 掲示板内どころか6着エアシェイディまでハナクビハナハナハナ差。

 掲示板内全員が同一タイムでのレコード決着という大接戦で天皇賞・秋は幕を閉じた。

 

 


 

 

 ウイニングライブ前。

 騒がしい控室前の廊下で、私はレヨを呼び止めた。

 

「レヨ」

 

 振り返ったレヨの顔には、悔しさがまだ残っている。

 だが、今日の走りは確かに届く側のものだった。

 

「良い判断でした」

 

 そう告げると、レヨが僅かに目を見開く。

 

「後ろでは、あのレースには参加できませんでした」

 

 レヨは黙って私の言葉を聞いている。

 

「今日の貴女は、勝負をしていました」

 

 そこで一度言葉を切る。

 

「次は、届くかもしれませんね」

「……うん!」

 

 レヨは小さく頷く。

 その声は、ほんの少しだけ弾んでいた。

 

 マイルCSまで、あと3週間。




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