驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、ミーティングルーム。
本来はちょっとしたミーティングや課外活動などが行われる部屋に数人のトレーナーと指導ウマ娘が集まっていた。
名目は香港遠征対策MTGだが、実態は違う。
言うなれば、昨夜の姉妹喧嘩対策会議といったほうが適切だった。
時刻は昼過ぎ、本来なら学園に戻る
だがここに居るメンバーは新幹線代ぐらい痛くもない上澄み揃いだった。
「時間もないことです。事前に共有した議題に不明点がなければ、早速始めましょう」
音頭を取ったのはセミラミス担当、吉富トレーナー。
それに腕を組んで頷くいているレヨネット担当、猿田トレーナー。加えて議事録担当の椿トレーナー。
ここまでがトレーナーの参加者、残りは姉妹と関わりの深い指導ウマ娘たち、すなわちサクラバクシンオー、ノースフライト、ダイワメジャー、マンハッタンカフェだ。
「一つ……よろしいですか」
まず手を挙げたのはマンハッタンカフェ。
彼女だけがあの姉妹喧嘩を直接聞いていない。裏を返せば、あの時控え室にいた陣営には多少あれど聞かれていたことになる。
「……どうして、貴方がたは……こんなに、なるまで、放っておいたんですか」
その満月のような瞳が、お前らのことだぞ、とでもいうようにバクシンオー、フライト、メジャーを覗き込む。
確かに全員、姉妹両方と関係が深い。なぜ防げなかったのかと言われれば答えづらい。
「それが最善と、判断していました」
代表するようにバクシンオーが答える。
「ぶつかり合う機会を奪うことは2人のためにならない、と。フライトさんにも干渉しないようお願いしていました」
なにか言いたげなフライトを制して彼女は軽く頭を下げた。
まさかここまで大事になるとは、という表情ではあったが、言い訳はしない。
「何回も言ったんだけどな……」
続いて頭をかきながらつぶやくように答えたのはダイワメジャー。
「伝わらなかった。いや、伝えきれなかった」
思えば、雑に接する、なんてあいつにできるわけなかったんだよ。と続ける友人に、カフェも返す言葉がない。
自分は今回、問題に気付けてすらいなかったからだ。
仮に気付けていたとて、口下手な自分が何を言えたかも分からない。
そもそも彼女らに、姉妹関係まで立ち入る義理は本来ないのだから。
だが、だからこそ。
次にカフェが目線を向けたのは、メンタル管理も職責の範囲内のトレーナー2人。
「……2度目、です」
2年管理しておいて、とまでは言わなかったが、吉富トレーナーに向ける視線は厳しい。
彼女とてわかっている。いくらトレーナーといえど、家族仲までは口出しできない。
そして、聡い彼女はもう理解していた。この問題は根深い、と。
それでも可愛い後輩のことを思えば、言わずにはいられなかった。
「……ええ、介入の線引きを、誤りました」
吉富トレーナーが苦々しげに事情を説明する。
「……あそこまで、追い詰められているとは思っていませんでした」
中でもでも誤算だったのが、レヨネットの悲しみの深さだろう。
あの“ノルデンセミラミス”という呼び方は、決別ではない。
あれはきっと、こんなにも悲しかったのだという悲鳴だった。
そしてそれを受けたセミラミスの状態も危険だった。
あれだけ感情を制御する、理性的な彼女から表情というものが抜けて茫然自失としていたのだ。
一人にしないようゼファーを付き添わせているが、相当深刻なダメージを負っているのは間違いないだろう。
己の理想が、反転して牙を剥いた。妹のためと思っていたものが、妹を最も傷つけていたのだ。
人格の根底が揺らがないはずもなかった。
それぞれから詳しい話を聞き終えたカフェは天を仰ぐ。
皆が問題を認識していた。何人かは問題を指摘してもいた。友人に恵まれている2人のことだから、もっと踏み込んで言ってくれた人──ウオッカやドリームジャーニーあたり──もいたことだろう。
それでもこうなった。なぜなら──。
「……2人が、本音を、話さなかった……から。妹を縛りたくない、お姉ちゃんに甘えたい、と。それを、みんなが……待っていた」
そのとおりだった。
そして、こうなった。なってしまった。
お互いが相手を傷つけまいとして、お互いが相手のことを思って。
皆が、それぞれの最善を選んで。
──そして、こうなった。
重苦しい沈黙がその場を支配する。
それを打ち破ったのもまたカフェの低い声だった。
「私は、セミラミスさんにつかせてもらいます」
そう言って辺りを見渡す。
「……これ以上、あの子に自分を削らせません。セミラミスさんは、そういう人ですから」
確かに、今回レヨネットは感情を外に出せている。
対して、セミラミスは茫然自失。彼女からすれば、セミラミスの方が危うい。
「じゃあ俺はレヨネットだな。あいつ、寂しいの我慢しすぎなんだよ。それに、あそこまで言うつもりじゃなかったはずだ」
メジャーはレヨネットにつくようだ。
意外と繊細なレヨネットのことだから、一晩もたてば言い過ぎたのではと自分を責めているだろう、というのが彼女の言い分だった。
「せやからまず、一人で抱え込ませへん。あれはあいつが溜め込み続けた結果や」
猿田トレーナーがそう腕を組んで頷く。
「寂しかったんなら寂しい言うてええ。甘えたかったんなら甘えてええんや。そこはトレーナーの俺が、ちゃんと肯定したる」
まあ姉ちゃんの代わりにはなってやれんがな、と吉富トレーナーへ目くばせする。
「ええ。……逃げることだけはさせません。あの娘には、自分の言葉で向き合ってもらいます」
厳しいことを言うようだが、彼女が避け続けてきたことの結果でもある。
幸い、セミラミスは周りに恵まれている。周囲がフォローしてくれることを信じての厳しさであった。
「ならば私は、あの2人がもう一度ちゃんと話せるよう、道を整えましょう!」
「急いで仲直りさせたりはしない。でも、ちゃんと“姉妹”でいられるようにはしてあげたいな」
両方に関係が深いバクシンオーとフライトは2人の橋渡しを担う、という。
特にフライトは、本当のお姉ちゃんと話せないってのは寂しいから、と続けた。
「……長期的には、これで、良いとして……香港国際競走は2週間後、ですが……」
「ええ、マンハッタンカフェさん。そこが問題なのですよ」
各々の役割分担が済んだところで、カフェの疑問に吉富トレーナーが苦々しげに答える。
「なんでや、こう言うたらなんやが、そっちはそうそう負けはせんやろ?」
「いえ、今や香港スプリントは”絶対に負けられない戦い”なのですよ。わかりませんか?」
そりゃ負けてもいいレースなんてありゃせんやろ、という顔の猿田トレーナーに対し、吉富トレーナーは深く息を吐く。
「この件に関してはそちらも一蓮托生なのですからね? もし今セミラミスが負けようものなら、レヨネットの精神がどうなるか」
「………………ホンマや。あかんあかん、そんなことなったらもう立てへんで」
つまりこういうことだ。
セミラミスは、“理想へ届くため”に走り続けてきた。
そして香港を勝てば、サクラバクシンオーを超え、自分も満たされるはずだと思い込んでいる。
だからこそ今ここで敗北すれば、その理想そのものが崩れ、走る意味すら見失いかねなかった。
レヨネットは、本当に姉を憎んで爆発したわけではない。ただずっと寂しくて、見てほしかっただけだ。
だからこそ、もし香港で姉が不調や敗北を見せれば、「自分が壊した」と強く自責してしまう可能性が高い。
ようやく外へ出した感情そのものを後悔し始めれば、今度はレヨネット自身が壊れかねなかった。
「ど、どうしよう。じゃあ遠征で部屋を分けてもらったりとかしてちょっとでも負担を軽く……」
「いえ、やめておいた方がいいでしょう。セミラミスさんの不調は他の皆さんにとって大きなチャンスです。できるだけ知られないように」
おろおろしだすフライトを、バクシンオーが冷静になだめる。
そう。慣れない海外、ただでさえ付け入る隙が多い遠征にて、弱みを見せるのは危険だった。
そもそもセミラミスは今や紛れの多い短距離で年間無敗の怪物である。他陣営がそこを徹底的に突いてくる可能性は高い。
「……では、ジャーニーさんにだけでも、相談したほうが……よろしいのでは?」
「アカンな、今回は頼れん」
「なんでだ? ブルースの遠征で世話になったろ?」
遠征支援委員会のドリームジャーニーを頼った方がいいとの2人の意見に、猿田トレーナーは首を横に振る。
彼の担当、メジャーの同期でまだ走っているデルタブルースの海外遠征にも携わっており、信用できる人物だと知っているはずだというのになぜだろうか。
「あいつ現役で同期やろ。しかも夏に
「人柄や職務規範を信用しないではないですが、次走で当たるトウショウカレッジと同チームの相手に弱みは晒せません」
そう、両トレーナーのいうとおり、問題は本人の資質ではなく所属チームの方だった。
来週からの遠征にもかかわっていて本人とも仲のいいジャーニーがこの場にいないのも、ジャーニーが現役だからという理由だけではない。
そういう意味ではメジャーもフライトもカフェも他チームの所属であまり良くはないのだが、特に前者2人は姉妹と関係も深い上に直接喧嘩を聞いているので今更という判断だ。
「さて、まとめますと、とにかく本件については緘口令を敷きます。あれは軽度な姉妹喧嘩だった。良いですね?」
「アッハイ」
「まあ大分無理があるけど通さなしゃあないな。頼むで」
深刻な表情の吉富トレーナーに対して、頷く椿トレーナーと、もしかしたらこれがレヨネットにとって奇貨となるかも、と塞翁を気取る猿田トレーナー。
香港遠征は世間の熱狂とは裏腹に、陣営にとっては一歩間違えれば全てが崩れかねない、綱渡りの戦いとなりそうだった。