驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
12月14日 沙田レース場 第5レース
香港スプリント(G1) 芝 1200m 晴 良
『先の香港ヴァーズ2400mは、日本のジャガーメイル惜しくも3着という結果でした』
『いよいよ香港スプリント1200m、日本からは今回最多の3人が出走します』
実況の声とともにカメラが注目したのはゲート裏。何人かのウマ娘がたむろっている中の、海老色の甲冑姿のウマ娘。
『7番ローレルゲレイロ、シニア1年目。調子は悪くなさそうですね』
『このウマ娘の持ち味は逃げでの粘り。ここのところ勝ちきれていませんが香港で一花咲かせてくれるか』
続いてカメラは黄色と海老色の菱文様をしたセーターに赤いマントを着込んだ勝負服のウマ娘にピントを合わせる。
『11番トウショウカレッジ、シニア3年目のベテラン。落ち着いた様子です』
『重賞勝ちのない中、スプリンターズステークスでのレーティングが評価されての出走です。頑張ってほしいですね』
カメラが次に写したのは、オレンジ色の勝負服に身を包んだ芦毛のウマ娘……に絡まれている赤い軍服に白襷のウマ娘。
『大外14番ノルデンセミラミス、シニア1年目。絡まれて困っているようですが、珍しい表情ですね』
『芦毛の彼女はフランスのマルシャンドールですね。夏の英国遠征を共にした仲です。ジュライカップではセミラミスをクビ差まで追い詰めました』
『これには隣のローレルゲレイロも苦笑い』
マルシャンドールに肩を組まれて顔を覗き込まれているセミラミス。
冷静な表情を崩さないことが多いセミラミスが困惑の表情を浮かべているのは珍しい。
『さて、この中で本命と言えば』
『やはりノルデンセミラミスでしょう。先のスプリンターズステークス連覇に加え、英国遠征ではG1を3連勝、グローバルスプリントチャレンジのポイントチャンピオンにも王手をかけています』
細かい話をしだすと何だが、通常50ポイント弱で優勝できるところをノルデンセミラミスは最終戦を残して80ポイント獲得しており、ここで1着でも最大20ポイントである以上もはやこれを上回れるウマ娘は居ない。
それどころか条件的にセミラミスがゲートから出た瞬間優勝が確定する。
『香港国際競争の4レース中、未だ日本勢の優勝がないのはこのスプリントだけですからね。なんとか今年こそは勝ってほしいものです』
『日本勢の挑戦を阻み続けてきた”短距離の凱旋門”。香港国際競争4競争最後の牙城がいよいよ陥落するのか。楽しみですね』
そうこうしているうちにゲート入りは進み、最後に大外ノルデンセミラミスが収まって各ウマ娘体勢が整った。
ゲートが開く。
『さあスタートしました! 香港国際競争第2戦、香港スプリント!』
各ウマ娘揃ったスタート。流石に出遅れるような娘はいない。
『まずはマイティカルフライトが行きます! エンスーズドも前へ! ローレルゲレイロも好スタート、日本勢も積極策です!』
『大外14番ノルデンセミラミスはどうか!』
『無理はしませんね』
大外発走のノルデンセミラミスは無理にハナをとりにはいかない。
スタート後すぐにコーナーが来るこの沙田1200m、実はかなり外枠は不利だ。
『中団の外目、まずは折り合いをつけています。大外枠でしたが慌てずにレースへ入りました』
『さすがですね、これは良い形です。外枠の不利をほとんど感じさせません。ここまで世界を転戦してきた経験が生きています』
隊列は逆三角形のように前が分厚くなっている。
そのなかでセミラミスは無理に前には行かず、差しの位置のマルシャンドールより一列前外寄りに陣取った。
『先頭マイティカルフライト! エンスーズドが2番手! ローレルゲレイロ好位4番手あたり! ノルデンセミラミスは中団外、先頭から4バ身ほど!』
『いい位置ですよ。これなら十分射程圏です』
そのまま隊列はコーナーへ。
日本勢は相変わらず先頭集団にローレルゲレイロ、中段にセミラミス、トウショウカレッジは最後方。
『800を通過していきます! マイティカルフライトが引っ張る展開! エンスーズド! ローレルゲレイロ! その後ろにアパッチキャット!』
『ノルデンセミラミスはまだ動きません』
『じっと我慢しています!』
3コーナーをバ群が通過していく。
相変わらず先頭集団にはローレルゲレイロを含む7人ほどが団子になっており、その後方にセミラミス、マルシャンドール、何人か挟んでトウショウカレッジという展開。
『そして4コーナーへ!』
『エンスーズドが前へ並びかける! ローレルゲレイロも懸命!』
『ノルデンセミラミスはどうだ!』
『おっと、ここで外から進出を開始しました!』
ノルデンセミラミスが動いたのは4コーナー半ば、残り500を過ぎたあたり。
『外からノルデンセミラミス! 大外を回してノルデンセミラミスが来た!』
『手応えが違いますね』
じわりじわりとコーナーで外から押し上げていく赤い勝負服。
コーナー出口ですでに先頭集団の外側に取り付いていた。
『4コーナーを回る! 香港スプリント最後の直線!』
『エンスーズド先頭! マイティカルフライト粘る! ローレルゲレイロ苦しい!』
およそ400mの直線、先頭を引っ張っていたローレルゲレイロは既に力尽きつつあり、徐々にバ群に飲み込まれつつある。
だがその外から突っ込んでくる影があった。
『その外から!』
『ノルデンセミラミス!!』
『来たァッ!!』
赤い軍服、白い襷。ノルデンセミラミスだ。
『残り300! ノルデンセミラミス先頭に並ぶ!』
『これは強い!』
直線の終わりで既にトップスピードに乗っていたノルデンセミラミスは、猛然と先頭集団に襲いかかる。
『エンスーズド抵抗する! グリーンバーディー追い込む! アパッチキャットも来る!』
『しかし!』
『ノルデンセミラミスだ!! 大外からノルデンセミラミス!!』
内ラチから5レーンほど外を回したノルデンセミラミスが先頭集団をぶち抜いて先頭へと躍り出た。
『残り200で先頭!!』
『これは決まるか日本悲願!!』
『ノルデンセミラミス抜けた!!』
そのまま後続を引き離しにかかる赤い勝負服。
じわりじわりとその差は広がっていく。後ろもスパートを掛けてはいるが追い縋ることができない。
『1バ身! 2バ身!』
『後ろはグリーンバーディー! アパッチキャット!』
『しかし差は広がる!!』
観客席からは歓声と悲鳴。
日本の実況席の面々も興奮を隠しきれない。
『残り100!!』
大外を回したはずだった、早めに仕掛けたはずだった。
それでもその脚色は衰えない。それどころかなお前へ前へと伸びていく。
『世界最強スプリンター!!』
『ノルデンセミラミスだ!!』
歓声が大きくなる。
その声を背に、ノルデンセミラミスは最後の100mを駆け抜けた。
『日本悲願の香港スプリント制覇!!』
『ノルデンセミラミス!! ノルデンセミラミス!!』
『強い!! 圧倒的です!!』
最終的な着差は目測で3バ身。
『グリーンバーディー2着! アパッチキャット3着!』
『そしてゴールイン!!』
『香港スプリント、日本勢初制覇!!』
数々の日本スプリンターを弾き返し続けてきた香港国際競走最後の牙城は、ついに打ち砕かれた。
このレースを固唾をのんで見守っていた観衆から声が上がる。
『やりましたねぇ!』
『ええ、文句なしです。大外14番枠。世界の強豪が揃う中でこの勝ち方ですからね』
ゴール板を過ぎて、しばし走り抜けたところで脚を緩めて膝に手をつくノルデンセミラミス。
荒い息のままに振り返り見上げた掲示板の一番上には14の文字。
『英国遠征三連勝に続いて香港スプリント制覇!』
『グローバルスプリントチャレンジも制覇確定。まさに世界王者と呼ぶに相応しいでしょう』
『短距離の凱旋門賞とも呼ばれる香港スプリント! 最後の牙城をノルデンセミラミスが打ち破りました!!』
『歴史的勝利です!!』
実況がその勝利を祝福する中、彼女はウィナーズサークルで待つ人々のもとへと戻っていく。
普段であれば歓声に応えるところだがその余裕はなく。紅潮した頬には疲労の色が濃い。
短距離で3バ身もつける激走の末と思えばそれも当然だった。
『今、勝者を陣営が出迎えます!』
『本当に見事なレースでした。吉富トレーナーが──いえ、バクシンオーが行きましたね』
凱旋した彼女を抱きとめたのはサクラバクシンオー。
吉富トレーナーに促されて彼女を出迎えたバクシンオーはしっかと彼女を抱擁した。
『その夢を叶えた教え子を迎えるサクラバクシンオーです!』
『ああ、抱きしめた!!』
『これは嬉しいでしょうねぇ! 』
その胸へ飛び込んだノルデンセミラミスの背に腕を回し、何事か囁いている。
彼女の目の端にはうっすら光るものがが見て取れた。
歓声がさらに大きくなる。
『日本ウマ娘が長年挑み続けた香港スプリント!』
『世界王者ノルデンセミラミス! 見事、香港スプリント制覇です!!』