驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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167 2つの距離の女主人と年度代表

 翌年1月、都内某所ホテル、レセプションホール。

 

 今年もまたURA賞の表彰が行われる時期となった。

 流石に2回目となると慣れたものだ。

 

「やっぱり2回目ともなると、G1・13勝は貫禄が違うねぇ」

「こいつ去年はめちゃくちゃおっかなびっくりだったからな。あんだけ勝っといて」

「そうだったんだ。僕なんか、こういう場は初めてだから少し緊張してるよ」

「ジャパンカップ勝った奴が何言ってんだ」

 

 送迎のバスでも一緒になった同期のウオッカとスクリーンヒーローと喋りながら会場へと入る。

 ジュニア級から数えると3回目のウオッカはもう慣れたもの、逆に昨年夏から勝ち上がったスクリーンヒーローは去年の私のように落ち着きがなかった。

 

「じゃあ僕たちシニア組はこっちだから」

「ついに隔離席だもんな、ご苦労さん」

 

 そうウオッカは皮肉げに笑う。

 

「もう少し言いようがあるでしょうに」

「ほかの誰を置いても添え物になっちまうだろうが。諦めろ」

「そうかもねぇ。でも、また後で話そうよ。せっかく同じ年にここへ来られたんだから」

「では続きは後のパーティで」

 

 ウオッカの言いようは置いておいて、今回、彼女らとは席がわかれている。

 去年はスカーレットやウオッカと前半しのぎを削り、後半はそれぞれのフィールドで活躍したので3人の席が分散された。

 翻って今年はといえば、ついにウマ娘が私だけの席に隔離されてしまった。

 すなわち、私単独、最優秀シニアと特別賞の2人、クラシックとジュニアの4人、ダートと障害の2人という分け方だった。

 

「まあ、去年はお前の年だったよ」

 

 一瞬だけ、彼女にしては素直な称賛に聞こえなくもない。

 

「でも府中は別だ。次は逃がさねえからな」

「ええ。府中でまた走れるなら、楽しみにしています」

 

 2000mなら、中距離であればウオッカは強大な敵として立ちふさがることだろう。

 だがマイルであれば……来るのなら、今度こそ相手をしよう。

 

 

 そこから2人と別れ、席についたのは私と吉富トレーナー。

 URAからは昨年も同席した樫本理子さん、海外事業部のスピードシンボリさん、学園強化部の佐岳メイさんが卓を囲んでいる。

 

「改めまして、おめでとうございます」

 

 樫本さんは私に祝福の言葉を述べた後、トレーナーさんへ視線を向けた。

 

「一つ勝つことすら容易ではないのに、一年を通じて、タイトなローテーションで条件を変えながら勝ち続けた。そのこと自体がまず見事です」

 

 確か彼女は元トレーナーだったはずだ。ならなおさら、トレーナーさんの凄さというものが理解できるのだろう。

 

「いえ、走ったのはセミラミスです。それに、脚や海外での走りを支えたのは明石椿トレーナーですから」

「もちろんそうでしょう。ですが、それだけの環境を用意し、走らせ続けた貴女もまた称えられるべきでしょう」

 

 いやまったくその通りだ。この樫本というURAの職員も話が分かる。

 走ったのは私かもしれないが、走らせてくださったのは、共に往くと言ってくださったのはトレーナーさんなのだ。

 なのに少々扱いが軽い気がしていたので、丁度良い機会だったといえる。

 

「はは、君と吉富トレーナーは強い絆で結ばれているようだな」

 

 私が強く頷くのを横目で見ていたスピードシンボリさんがからかうように言う。

 

「それにしても、英国G1を3勝に、短距離の凱旋門とまで言われた香港をも征するとは」

 

 隔世の感があるね、どうりで年を取るものだ、と続ける。

 若くも若くなくも見えるが、いったいおいくつなんだろうか。

 

「個々のレースも偉業ではあるが、異なる芝、異なる競争形態に見事適応して見せたことをこそ私は称えたいね」

 

 とはいえ短距離には違いないのだが、そこは素直に受けておくことにする。

 

 続いて、学園強化部の佐岳メイさんが話しかけてきた。

 

「隔世の感があるといえば、そのローテーションそのものだよ。海外遠征を特別な挑戦ではなく計画の一環として成立させたことが素晴らしい」

 

 君たちの陣営の勝利だよ、と手放しで褒めてくださるので、一応謙遜しておく。

 

「いえいえ、トレーナーさんや椿さんもそうですが海外事業部のスピードシンボリさんにもお助けいただきましたし、何より遠征支援委員会の支援の賜物ですから」

 

 そう答えると、佐岳メイさんの笑顔がわずかに固くなる。何かまずいことを言っただろうか。

 そんな私に、スピードシンボリさんが苦笑しながらささやく。

 

「ほら、彼女は凱旋門遠征のプロジェクトL’Arc担当だから」

「……? 確かに、スプリンターの私とはあまり関係ないところですね?」

 

 そう答えると、いよいよスピードシンボリさんは眉間に指を当てて目を閉じる。イケメンだとそんな仕草一つとっても絵になるな。

 

「……確かに、凱旋門偏重というのも一考の余地はあるのかもしれませんね」

「樫本さん、彼女の発言にそこまでの意図はないよ、きっと」

 

 なんの話だろうか。

 そうテーブルが微妙な空気になったところで照明が落とされ、いよいよ式典が始まった。

 

 

 おおよそ昨年と同じ段取りかと思いきや、授賞式は昨年と異なった。

 すなわち、昨年はジュニア級から順番に呼ばれていたが、今回の最初は最優秀シニアティアラと最優秀短距離。私からだ。

 

「最優秀ティアラウマ娘、最優秀短距離ウマ娘に選んでいただき、ありがとうございます。毎レース距離も条件も異なる一年でしたが、その一つ一つを無事に走り切れたことを嬉しく思います。支えてくださった皆さま、そして各レースで競い合ってくださった皆さまに、心より感謝申し上げます」

 

 理事長からトロフィーを受け取った後、事前に考えてきていた挨拶をマイクに吹き込む。

 ここまでは昨年もやったこと、だがここからが異なる。

 壇上から降りた私は席に戻らず会場すぐ外のスペースに案内された。

 

「さあこちらへ」

「時間はあるから焦らずにね」

 

 待ち構えていたのは椿さんとURAのスタイリスト軍団。

 年度代表の表彰には、副賞として贈られる予定の新勝負服で登壇することになっている。

 そのための時間を稼ぐための表彰順変更であり、この人数なのだ。

 

「セミラミスさんは軍服系だから着付けやすくて助かるわぁ」

「ドレスの子に比べたら余裕よね。はいバンザイして~」

 

 といっても私はされるがままだからよくわからない。

 赤の勝負服を剥ぎ取られて下着姿にされ、深緑色の新勝負服──レース用ではなく安全対策や排熱機構がオミットされたレプリカ。本物の勝負服は流石に間に合わなかった──を身に着けさせられていく。

 F1レーシングカーのピットインみたいだな、などという感想を抱いている間に着替えが完了した。

 

「よし、バッチリね」

「時間もOKです、いってらっしゃい!」

 

 なんかまさしくピットアウトだな、と思いつつ緑の外套をひらめかせて再び会場へ。

 ちょうど壇上では、紹介映像がクライマックスを迎えていた。

 係員に誘導され、暗いステージ上の指定位置に立つ。

 

『国内外10戦全勝、G1・8勝。スプリンターズSとマイルCSを連覇し、日本のみならず英国と香港を征して世界へその名を刻んだウマ娘。今年の年度代表ウマ娘は──』

 

 私の名が呼ばれると共に、スポットライトが照らす。

 フラッシュが焚かれ、会場から拍手が巻き起こる。

 

『深い緑に青を配した新たな勝負服は、端正な立ち姿と軽やかな動きを併せ持つ、彼女の新たな一年を象徴する装いです──』

 

 会場への紹介も誤りではない。

 まだ公表してこそいないが、王道の中距離へと侵攻するための衣装というのも、それを象徴するロシアのセミラミスたるエカチェリーナ2世というモチーフも、確かに込められている。

 

 だから、どう解釈するのも自由だ。

 

 理事長と会長の前で敢えて大仰にスカートをつまんでカーテシー。

 理事長の横で、副賞の目録を手に深緑のドレスをまとったシンボリルドルフの表情はわずかに固い。

 賢い貴女のことだからエカチェリーナ2世のことぐらいはご存知だろう。

 貴様がこの勝負服から、いかなる物語を読み取ろうとも構わない。

 ただし、私の誓いの意味まで決められると思わないことだ。

 

 続けて壇上から挨拶を行い、再度一礼する。

 

「年度代表ウマ娘に選んでいただき、ありがとうございます。今年は多くの舞台を走らせていただきましたが、どのレースも一人では辿り着けませんでした。共に準備してくださったトレーナーの皆さん、支えてくださった方々、そして競い合ってくださった皆さんに、心より感謝申し上げます。これからも、まだ辿り着いていない場所へ向かい、そこでできる限りの走りをしたいと思います」

 

 こうして今年の年度代表表彰は終了した。

 

 

 その後は例によって受賞者パーティに移る。

 2年連続で年度代表となったせいか、去年にもまして挨拶に来る人間が多く、なかなかゆっくりしている暇はなかった。

 

「2年連続で年度代表ウマ娘を受賞することなんてなかなかないからね」

「そんなものですか」

「そりゃもう。他に当てはまるのといえば、クリスエスに、ディープインパクト君、あとはルドルフに、ホウヨウボーイ君だったか」

 

 そう指折り数え上げるのはスピードシンボリさん。

 といいつつシンボリの縁者が多いし、なんなら隔年でご自身も2度受賞していたはずだが。

 

「ま、そういうことだから。どのように見られるか、については多少気にしたほうがいいだろうね」

「……はい」

 

 そう言うだけ言って、あとは友人たちとゆっくり、と彼女はグラスを片手に離れていく。

 もしかしなくても、シンボリルドルフとの確執の件だろうか。……まあ流石に彼女の耳にまで入ってしまっているか。

 

 入れ替わるようにやってきたのはあちらも挨拶を捌き切ったウオッカとスクリーンヒーローだ。

 ウオッカは3度目だからか涼しい顔、スクリーンヒーローはやはり注目されるのに慣れていないのか疲労の色が濃い。

 

「それで、まだ辿り着いていない場所ってどこなのさ」

 

 疲労回復に寿司を補給して少し落ち着いた頃、スクリーンヒーローがからかうようにそう言った。

 

「香港獲ったんだろ。英国も獲った。となると次はオーストラリア? ライトニングステークスとか、グローバルスプリントチャレンジ完全制覇でもするつもり?」

「可能性を否定する理由はありません」

「うわ、官僚みたい」

 

 玉虫色~、と呆れ半分、感心半分といった声。

 

「じゃああれだ、チャンピオンズマイルやブリーダーズカップマイルとか、ジャック・ル・マロワ賞とか。次は世界のマイルも獲りに行く、なんて」

「魅力的な舞台ではありますね」

「ホント否定しないね」

 

 それぞれ香港やアメリカ、フランスの伝統と格式あるマイル最高峰レースだ。

 たしかにまあ順当なところだろう。

 もう国内マイルに敵はいないのだから、3階級制覇を考えていなければ魅力的なローテーションだったかもしれない。

 

「海外マイル、ね」

 

 ウオッカが低い声で差し込む。先程までカッコよく見えるようオレンジジュースのグラスを揺らしていたウオッカがだ。

 

「……いや、なんでもねぇ。やるならとんでもねぇローテーションだな、って」

「そっかー、連覇とか3連覇が掛かってるレースに出るなら……いちおう物理的にはいける?」

 

 確かに、3月末高松宮記念→4月末チャンピオンズマイル→5月VM→6月安田記念→8月ジャック・ル・マロワ賞→9月末スプリンターズステークス→10月末BCマイル→11月マイルCS→12月香港というローテなら物理的には可能だ。

 

「そうですね。不可能ではありません」

「いや否定しろよ。毎月G1じゃねぇか」

「ですが、去年は英国で中3日G1連勝をしていますし、年間10戦のうち8戦がG1でした」

「自分の去年を基準にすんな。前例が狂ってんだよ」

「でも、セミラミスだしなぁ」

 

 毎月のようにG1に出るんじゃねぇ、マイルでも貯めるつもりか、とウオッカに突っ込まれる。

 

「……お前、なんか隠してるだろ」

 

 ウオッカが私を見て目を細める。相変わらず勘が鋭い。

 その通りだ。そもそもこんな頭のおかしいローテ、トレーナーさんも椿さんも許してはくれないだろう。

 私は少しだけ笑って、グラスを置いた。

 

「まだ決まっていないことを、決まっているようには言えませんから」

「決まってねぇ奴の顔じゃねぇんだよな、それ」

「では、顔に出さないよう気をつけます」

「そこじゃねぇよ」

 

 この時の会話は、去年と同じくジュニア級のウマ娘が挨拶に来たことで打ち切られた。

 今年の引率はレヨの猿田トレーナーとスカーレットの北浦トレーナーだったので、ある意味見知った相手であった。

 

「セイウンワンダーです」

「ブエナビスタですっ! よろしくお願いします!」

「こちらこそ。お2人のレースは拝見しました。来年以降も、楽しみにしています」

 

 今年は去年のようにビビり散らかされなかったので一安心する。

 ジュニア級で表彰されたからと言って来年以降活躍できるかどうかは良いとこ五分五分といったところだが、どうせなら頑張ってほしいものだ。

 

 

 そんなこんなで夜は更けていく。

 

 いよいよ今年は、中距離へ向かう。

 短距離とマイルを走り切った先に残された、最後の戦場へ。

 今日披露したこの深緑色の勝負服は、そのために用意した。そのための象徴となることだろう。

 

 その試金石たる中山記念まで、あと2か月を切っている。




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