驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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017 北のセミラミスとジュベナイルフィリーズ

 美浦寮、自室。

 

 暖房がつけられて暖かくされた室内。

 私は1人、布団をかぶってベッドに横になっていた。

 閉められたカーテンからは西日が差し込んでいて、ただでさえ憂鬱な気持ちがさらに沈んでいくのを感じる。

 

 いけない、別のことを考えよう。

 まだ少し重い頭を振って、努めて意識を切り替える。

 

 いよいよデビューを果たした今、ファン数というのが重要になってくる。

 ファン数といっても、人気の有無とは関係がない。レースへの出走可否を決める重要な、しかしてややこしいものだ。

 

 ファン数、正式名称を出走ウマ娘決定ファン数というそれは、読んで字のごとくレースに出走できるウマ娘を決めるファン数だ。

 レースにはそれぞれ勝利することで得られるポイントとして収得ファン数が設定されている。例えばメイクデビューなら400人というように。

 クラシック級ならばほぼ収得ファン数合計=出走ウマ娘決定ファン数なので何もややこしくないのだが、シニア級のオープンクラス以上だと途端にややこしさが跳ね上がる。

 

 収得ファン数+概ね過去1年間におけるレースでの収得ファン数+概ね過去2年間におけるGⅠ級レースの収得ファン数がそのレースの出走ウマ娘決定ファン数となる。

 

 もうアホかというほどややこしいが、これを管理するのもトレーナーの仕事だ。

 重賞に出るようなウマ娘を複数抱えるチームトレーナーなどは、自分のウマ娘のみならずライバルとなるウマ娘についてもこれを計算してレースに出られるかを見定める。

 実際にはレース出走できるかを決める出走順位には、優先出走権(トライアルレースの上位入賞ウマ娘、外国ウマ娘、グランプリにおけるファン投票)、レーティング順位などが関わってくるので、たまに計算を間違えて出走除外になって問題になることがある。

 

 もし、ファン数が同じウマ娘が複数同じレースに登録したらどうなるか。

 デビューしたてのウマ娘が多く登録するジュニア級のG1ではそのようなことがよく起こる。

 その場合は抽選により出走するウマ娘が決定される。

 

 こう言葉で言ってもわかりにくいので、今年の阪神ジュベナイルフィリーズを例にあげてみよう。

 まず仮にAというウマ娘がいたとする。彼女の戦績はジュニア未勝利、G3小倉ジュニアS、G3 KBSファンタジーS。収得ファン数は400+1600+1600で3600人。

 次にPというウマ娘を考える。彼女の戦績はメイクデビューと1勝クラスくるみ賞。収得ファン数は400+500で900人。

 最後にVというウマ娘を例に出そう。彼女の戦績はメイクデビューと黄菊賞が2着。黄菊賞が重賞だったら2着でもファン数を積めたのだが、黄菊賞は1勝クラスなのでファン数増加はなし。収得ファン数はメイクデビューの400人のみ。

 彼女らが全員阪神ジュベナイルフィリーズに登録したとすると、Aはぶっちぎりの1位、Pは同率3位ぐらいで出走確定。だが残り8枠のところに戦績がメイクデビューだけのファン数400人組がV含め9人集まってしまったとしよう。

 そういう場合は厳正な抽選により出走ウマ娘が決定される。

 

 まあねー、Vodkaさんは幸いねー、抽選通ったらしいんだけどねー。

 9分の8ってことはねー、確率低いけど誰か落ちるんですよねー。

 落ちる確率なんて約11%だったはずなんですけどねー。

 

 はぁ──ー。

 

 いけない、考えないようにしていたのに結局戻ってきてしまった。

 

 木曜の昼に抽選に落ちたと聞いて、その夜にふて寝して起きたら翌朝にはベッドから起きられなくなっていたのだ。

 咳、関節痛はなく、体温を測れば40℃近い高熱。

 校医の診察によれば熱発、要するにただの風邪とのことだった。

 

 寝返りを打つ。

 完全にダウンしていた金土曜からすれば随分とマシにはなった。このまま熱が引けば、明日か明後日には練習を再開できるだろう。

 

 もうひとつ寝返りを打つ。

 どうせ熱発となれば回避するしかなかったのだ。他の誰かが除外されるよりは良かったはずだ。

 

 なんとなく火照っていた身体がマシになったからか、寝ている間にかいた汗が気持ち悪い。

 どうだろう、もうシャワーとか浴びていいのだろうか。

 

 そうやって悶々としていると、ノックの音とともに外からメジャーさんの声がした。

 今は留学生用の客間に寝泊まりしているはずなのになぜ……。

 そう疑問に思いながら返事をすると、ポットとタオルの入ったタライを抱えたメジャーさんが入ってくる。

 

「お、起きてたか。だいぶん顔色も良さそうだな、ああ、喋らなくてもいい、まだ喉がつらいだろ」

 

 ドアを尻尾で閉めて入ってきたメジャーさんはマスク越しにそう言った。

 有馬記念を3週間後に控えているのだから、私なんかのことを放っておいたって誰も責めないというのに……。

 

「ほら、熱は引いたかもしれんが今日は入浴はガマンしとけ」

 

 代わりにお湯とタオルは持ってきてやったからこれで身体を拭け、といって机の上にタライを置く。

 さらにどこに持っていたのかスポーツドリンクのペットボトルもあわせて置いた。

 本当にこの人は、どうしてここまでしてくれるのだろうか。いくら感謝してもし足りない。

 

 そしてそのまま出ていこうとしたところで、振り返ってこう言った。

 

「……もうすぐ、発走の時間だな」

 

 それだけを言って今度こそドアの閉まる音が響く。

 時計を見ると15時半ごろ。阪神11Rの発走まで、あと僅かだった。

 

 多分、私の気持ちを慮ってくださったのだろう。

 ……正直、見るのが辛くないといえば嘘になる。だが、一方で見届けなければならない、そんな気もする。

 

 僅かに逡巡した後、私は起き上がってウマホの電源を入れ、グリチャのアプリを開いた。

 

 

 ロード画面の後、響き渡るファンファーレ。間に合ったようだ。

 阪神1600m外回り、阪神ジュベナイルフィリーズ。いよいよ発走の時間となった。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン、体勢が整いました』

 

 ガコン、ゲートが開く。

 

『絶好のスタートを切ったのがアストンマーチャンです。内からはルミナスハーバーとウオッカが──』

 

 早速見知った名前が呼ばれる。

 全員がジュニアG1用勝負服のスターティングフューチャーで走っているためトラッキングがないと誰がどこを走っているのか分かりづらい。

 とりあえず先頭の画面手前にウオッカさんが、中段にピンクカメオさんが居たのはわかった。

 

 画面が先頭に戻る。一団はぎゅっとまとまって一塊になっており、先頭から3か4人目にアストンマーチャンさんが、その直後にウオッカさんが内側を走っている。

 

『先頭は3番ルミナスハーバー、さらにはメジロアダーラ、13番のバクシンヒロインであります。さあ虎視眈々とアストンマーチャン──』

 

 隊列は3コーナーから4コーナーに入る。どうも中継の小さい画面ではどこを走っているかわかりにくい。

 いつの間にか画面から内ラチが消え、内回りコースとの合流点に至っていた。いよいよ最終直線だ。

 

 直線で内からスッと抜け出してきたのはアストンマーチャンさん。

 早送りのような回転の早いピッチ走法で急加速し、あっという間に先頭に立った。

 これは決まったか。そう思った瞬間、大外から大きなストライドで飛んできたウマ娘が居た。

 

『──大外からウオッカがすごい脚で来た! 大外からウオッカがすごい脚で来た!』

 

 なんて末脚だろう。

 このとき私は、彼女にダービーウマ娘タニノギムレットの幻影を見た。

 赤の他人のはずなのだが、彼女らは不思議とよく似ている。

 もしかしたら、ダービー制覇というのも大言壮語ではないのではと思わせる走りだった。

 

『アストンマーチャンが粘っている! ウオッカが来た! 差を詰めてきた! アストンマーチャン! ウオッカ! 2人の争いか!』

 

 見知った2人が競り合っている。

 画面の中で競り合っている。

 そこに、私はいない。

 

『アストンマーチャン! ウオッカ! わずかにウオッカかー!!』

 

 見たところ半バ身もない。おそらくアタマかクビ差でウオッカだ。

 画面を放りだしてベッドに寝転がった。

 ジュニアクイーンはウオッカか、とうるさいウマホを止める。

 

 どうして私はあの場にいないのか。どうして。

 そう怒りとも悲しみとも悔しさともつかない感情を目から零しつつ、私は布団に包まった。

 

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 

「その節は、ご迷惑をおかけしました」

「謝ることではありませんよ。それより体調に問題はありませんか? 無理はいけませんからね」

 

 体調が回復した翌週、今後の方針を話し合うために私は吉富トレーナーとミーティングを開いていた。

 場所はいつかの面談でも用いたトレーナー室。今日はヤマニンゼファーさんは朔風を感じに出ているとかで不在だ。

 

 今回のテーマは、抽選除外と熱発のせいで流れてしまった次走。

 それをどうするかの検討だ。

 

「ふむ、今からですと今週にめぼしいものはありませんので、来週以降から選ぶことになりますね」

 

 正確に言えば中山1200m1勝クラスの黒松賞があるのだが、これは特別競走なので前の週の日曜、阪神JFの日までに登録していないと出られない。もし間に合ったとしても同じく吉富トレーナーの教え子が先に出走登録をしていたので割り込むのは難しかっただろうが。

 そして一旦調子を下げてしまった以上、12月3週も調整が間に合わないから避けようという話になっていた。

 

「となると候補は3つ。12月4週中山1200mのクリスマスローズS、1月1週中山1600mのジュニアカップ、1月2週京都1400mの紅梅S。どれもオープン戦ですね」

 

 貴女ならどれにしますか、と問われる。

 答えは既に決まっていた。

 

「紅梅ステークスにします」

 

 その心は、と問われたので理由を開陳する。

 この3レースはどれもオープン戦だが、実は設定された収得ファン数が異なる。クリスマスローズSはジュニアオープンなので600人、残りの2つは年を超えてクラシックオープンなので倍近い1000人。つまりファン数が稼ぎやすいというのが1つ。

 もう1つは開催条件。単純に今の私に1600mは長いかもしれないというのもあるし、調整明けの復帰戦ではなるべく勝ったことのある条件に近いほうがいい。そういう意味でメイクデビューと同じ条件の京都1400mのほうが適している。

 

「お見事です。特に言うことはありません」

 

 そう言って吉富トレーナーは手を叩いて私を称賛した。

 そんな、教科書に書いてあったことをそのまま言っただけなのに、と気恥ずかしくなる。

 

「それでは、冬休みの帰省も含めたトレーニングの計画ですが──」

「いえ、今年は帰省しません。正月返上でトレーニングさせてください」

 

 ここで私は差し込んだ。

 当然、なぜそこまで、と問われるので理由を説明する。

 

 阪神JFを病床の上で観戦したこと。

 その時ウオッカとマーチャンさんの競り合いを見て、なぜあの場に私がいないのかと思ったこと。

 そして言いようもない感情を抱いたこと。

 

 つまりそれは──

 

「ウオッカに、勝ちたいんです」

 

 そう私が締めくくると、吉富トレーナーはしばらく腕を組んで考えていた。

 良いことではありますが、しかし……と彼女は複雑な表情で呟く。

 たっぷり十数秒は熟考していただろうか、ようやく彼女は口を開いた。

 

「指示した休養日は守ること、紅梅Sの後には一度実家に顔を出すこと」

 

 良いですか、と問うトレーナーに、はいっ、と返事を返す。

 

 

 こうしてジュニア級の年末は練習漬けで過ぎていった。

 トレーニングは引き続きスピードを重視しつつ、加速力であるパワーを補強する方針。

 走法についても重馬場対策を継続することとした。

 

 年末のURA表彰では、知り合いだと最優秀ジュニアクイーンウマ娘にウオッカが、最優秀短距離ウマ娘にメジャーさんが選出された。

 来年は彼女らに勝つのだと決意を新たにし、私はクラシック級の年明けを迎えた。

 




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