驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、遠征支援委員会。
何度目になるだろうか、もはや委員の子とも顔なじみとなった遠征支援委員会室。
中山記念から数日、私はこの部屋の主に招かれていた。
応接の卓にはいつもと異なる茶色がかった色のコーヒーと、器に盛られた赤黒いしなびた木の実。大きさと雰囲気はプルーンが近いだろうか。
コーヒーからはなんだろうか、さわやかでスモーキーなスパイスの香りがたちのぼっている。
「カルダモン入りのアラビックコーヒーと、デーツです」
ドバイに行った子達からのお土産ですのでどうぞ、とジャーニーさんに促されるままに口をつける。
普段飲むコーヒーに比べ苦みが少ない浅煎りの味わいで、スパイシーな味わいとカルダモンのさわやかな香りが鼻に抜ける。
赤黒い乾燥した皮を歯で破ると、ねっとりとした甘みの果肉が顔を覗かせる。味わいと食感は小さな干し柿のような、中に種があるのも含めて似ているといえた。
「そういえば聞いたことがあります。あちらでは客人をもてなすのによく供される、と」
「おや、博識ですね。ドバイではこの組み合わせは客人を歓待する意味を持ちます」
そう言って彼女もデーツをつまみ上げる。
「さて、改めまして中山記念の勝利、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
確かに勝ったのは私だ。
とはいえ、3着に下した相手にもてなされるというのは不思議な気分であった。
そう返すと、彼女は事もなげに答えた。
「
口を三日月のように薄くつり上げる。
「次は貴女にもてなしていただきますので」
つまり彼女はこう言っているのだ。
今回はお前が勝ったが次は私が勝つ、と。
「……次も楽しみにしています」
「ふふ」
示し合わせたように、お互いにカップを傾ける。
明確に言葉にせずとも通じ合う、私は彼女とのこういった時間にこそ心地さを覚えていた。
そう、ドバイといえば。
遠征支援委員会の彼女にとっては先刻承知と知りながら口を開く。
「昨夜、レヨから連絡がありました。ジェベルハッタで2着だった、と」
月末の本番、ドバイ
日本時間の深夜に行われるそのレースにて、レヨは早めに抜け出し先行するも差し切られ2着であった。
正直なところ、色々と思ってしまった。
早まったのではないかとか、もう少し後ろを引きつけていればとか、先頭へ立つのを僅かに遅らせていればとか。
だがそれこそが、そうした言葉ばかりを返してきたことが、レヨを傷つけてしまった。
では、惜しかった、とだけ送ればよかったのか。
よく頑張った、と。
それもまた、偽善なのではないか。姉らしく取り繕っているだけではないのか。
メッセージ画面を開いたまま、結局私は何も打てなかった。
レヨからの短い連絡が来るまでは。
「それで、なんと返したのです?」
「結局、惜しかった。よく頑張った、とだけ」
確かに偽善かもしれない。取り繕おうと、理想の姉であろうとした言葉かもしれない。
だが紛れもない本心であるし、それを伝えないのは独善に他ならないと思ったからだ。
ジャーニーさんは間を取るように一度カップを口に運び、一つ息をつく。
「……仕様のない人だ」
返す言葉もなかった。
ジャーニーさんだけではない。色々な人が、あれだけ言ってくれていたというのに。
その沈黙をどう取られたのか、ジャーニーさんは笑みを浮かべてどこからかクリアファイルを取り出す。
「ふふ、もしよろしければレヨネットさんの現地での活動報告もご覧になりますか」
「結構です。私はレヨの保護者ではありませんので」
「そうですか。レヨネットさんを当委員会に推薦なさったのはセミラミスさんだと記憶しておりますが」
その表現は語弊がある。
ただ私はジャーニーさんに、レヨのことも支援してはどうか、と提案しただけだ。
いずれいくつもG1を取る有力なウマ娘を支援したという実績は、ジャーニーさんの妹君のためにもなるだろう、と。
「ええ、いずれ6つも7つもG1を取る妹のため、ですものね?」
「ドリームジャーニーさん」
「おおこわいこわい」
私が睨みつけるも、彼女は意に介した様子もない。
確かに私とジャーニーさんは共に妹が居るという共通点がある。
だが、私は彼女のように妹を溺愛しているわけでもなければ、彼女のように良いお姉ちゃんであれたとも思えない。
「……そうは言いますがね、私はセミラミスさんのことが羨ましいのですよ」
「私が、ですか?」
「ええ、貴女とレヨネットさんは1つ違い。そして共に走れているではありませんか」
確かに、ジャーニーさんとオルフェーヴルさんは4つ差。
もし同じレースで走ろうと思えば、ジャーニーさんは相当に長く現役で居なくてはならない。
彼女がよく言うようにオルフェーヴルが三冠を取るような器であったとしても、2年後の有馬記念まで。
「私は、オルに全てを与えてやりたいのに。勝利の栄光も、何もかもを」
彼女は四白眼気味になった目で、両手に持ったカップの水面を見下ろす。
私が羨ましい、そして勝利の栄光も、という言い方からして、敗北の屈辱すらも自らの脚で刻みつけてやりたい、とでもいうのだろうか。
なんとも屈折しているというか、難儀な人だ。
だが、オルフェーヴルさんがそこへ辿り着く頃まで、ジャーニーさんが走り続けていられる保証はない。
そして、走れる走れないの話をしてしまえば、当然話題は彼女のことになってしまう。
先日電撃引退が発表されたダイワスカーレットその人だ。
先週、ドバイを回避すると聞いた時も、何らかの故障ではあるのだろうと思った。だが、競技生命を断つほどのものではないと。
昨年も彼女は大阪杯のあと長く休んでいる。今回も同じだと。今回も同じように、脚を休め、状態を整えれば再び戻ってくるものだと。そう疑っていなかった。
今にして思えば、ドバイ遠征中止の話をした時、ジャーニーさんは復帰時期について何も言わなかった。
遠征支援委員会の絡みもあるし、独自の情報網でこの件はご存じだったのかもしれない。
聞けば、スカーレットは実家に戻って療養中だという。見舞いの品は時機を見て寮長が取りまとめるとのことだった。
ともあれ私はメッセージを送ったがまだ既読はつかない。今はそれどころではないのだろうことくらい、想像に難くないが。
「次こそは私が一番なんだから、と言っていたのですが」
思い出されるのは桜花賞。もうあれから2年近く経つのか。
次は負けない。次こそは私が一番。
そう言って別れた相手が、再戦を果たさぬままターフを去るのはこれで2度目だった。
「もう我々もシニア2年目。いつまでも走れる訳ではありません」
「それでもまだ走るのでしょう? 妹君のために」
「ええ。そちらこそ、スプリントとマイルに飽き足らず、中距離にまで手を伸ばすのでしょう」
あまりに強欲ではありませんか、競走ウマ娘とはそういう人種でしょう、と静かに笑いあう。
彼女の次走は来月頭のG2大阪杯。
私の次走は月末のG1高松宮記念。
一旦、私達の道は中距離と短距離に分かれることとなる。
「では、次は6月の仁川で。2200では勝たせてもらいますよ」
「次もこうしてもてなしていただくのを楽しみにしております」
そう答えると、ジャーニーさんは口元に獰猛な笑みを浮かべる。きっと私も似た笑みを浮かべていることだろう。
次があるとは限らないことを重々知りながら、残された時間は決して長くないことを知りながら。
それでも再戦を約して杯をかかげあった。
帰り際、委員会室の出口でジャーニーさんが声をかけてくる。
「ああ、老婆心ながら申し上げますが」
あくまでそのトーンは平静で、世間話の一環のようだった。
「最近、どうやら合同練習が流行っているようですよ」
ローレルゲレイロさんやスリープレスナイトさん、ビービーガルダンさんやキンシャサノキセキさんらがよく同じコースで並走している、とのことだった。
短距離の有力ウマ娘、それも前方脚質の方ばかりか。まあ、やりたいことは大体察しが付く。
「折角ですし、私も交ぜてもらいましょうか」
「御冗談を。それでは練習にならないではありませんか」
呆れたようにジャーニーさんが笑う。
どうやら、いよいよ相手も手段を選ばなくなってきたようだった。私一人を倒すために、そこまでするというのか。
なるほど。単独で挑むだけでは足りないと判断し、互いの力まで利用し始めたらしい。
だが、最終的に自らの勝利が目標である以上は仮想敵同士の不可侵条約のようなもの。
最大の敵を首尾よく始末できたとして、最後には誰もが自らの勝利を望み、隣にいる相手を出し抜かなければならない。
レースの勝者はただ一人である以上、いずれ瓦解するべき同盟などいくらでも崩せる。
細かい点はトレーナーさんと話すとして、それでも負けるつもりはありはしなかった。