驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
3月29日 中京レース場 第11レース
高松宮記念(G1) 芝 1200m 晴 良
『春のスプリント王決定戦、第39回高松宮記念。18人が出走します』
『1番人気は昨年の覇者、2番ノルデンセミラミス。中山記念から距離を一気に800m短縮し、本職の短距離へ戻ってきました』
『単勝支持も抜けていますね』
『そうですね。中距離を経験した影響は気になりますが、1200mに戻ること自体は問題ないでしょう。むしろ今回は、どのような形で進路を確保するかが焦点になります』
『1枠2番。内には1番コスモベル、すぐ外の4番に2番人気スリープレスナイトです』
『前へ行きたいウマ娘が多いですからね。13番ローレルゲレイロ、14番ドラゴンファング、9番キンシャサノキセキ、16番ビービーガルダン。ノルデンセミラミスが番手を狙えば、先団はかなり密集するでしょう』
場内の大型ターフビジョンには、返しウマを終えてゲート裏へ向かう出走ウマ娘たちの姿が映し出される。
実況席の音声はスタンド全体へ流れ、耳を傾ける観客も少なくない。
『今年は人気上位も前方脚質に集まりました。2番人気4番スリープレスナイト、3番人気13番ローレルゲレイロ、4番人気16番ビービーガルダン、5番人気9番キンシャサノキセキです』
『ファンの皆さんも、後ろからでは女王を捉えにくいと見ているのでしょう。前で運び、先に動いてどこまで抵抗できるか。そういう人気になっています』
『差し勢では6番人気、8番ファリダット。前が激しくなれば出番もありそうですが』
『末脚は確かです。ただ、前が止まるより先にノルデンセミラミスが抜け出す可能性があります。展開の助けは必要でしょうね』
1.3倍が点灯したオッズボードを見上げ、どよめきがスタンドを渡る。
連覇か、それとも新たな短距離王の誕生か。それぞれの思惑を乗せた歓声が、発走を前に徐々に大きさを増していった。
『では、女王を負かす可能性が最も高いのは──』
「ローレルゲレイロよ」
中京レース場、関係者席。
その一角には指導ウマ娘の一団が屯っていた。
解説に被せるように断言したのはキングヘイロー、かつて10度のG1敗北の末に高松宮記念を勝利した不屈のウマ娘である。
彼女が見下ろすは、教え子である海老色の胸甲姿のウマ娘。
「今日のあの子は、これまでで一番いいわ。今日こそは必ずや勝利の栄光を掴むのよ!」
ローレルゲレイロ自身もこれで8度目のG1挑戦となる。それを彼女自身に重ねていることは明らかだった。
「確かに素晴らしい仕上がりです!」
隣に座るサクラバクシンオーが腕を組んだまま力強く頷く。
「気力充実! 身体の張りも申し分ありません! この大舞台で最高の状態へ持ってきた手腕、お見事です!」
「ふふん、そうでしょう?」
自分が褒められたかのようにキングヘイローは胸を張る。
「それでも勝つのはセミラミスさんです!」
「褒めておいて即座に落とすんじゃないわよ!」
即座に噛みつくキングヘイローに、素晴らしい挑戦者であることと勝者が誰かは別、とバクシンオーはどこ吹く風だった。
そんな2人のそばで、フジキセキが小さく肩を竦めた。
「やれやれ、ウチのキンシャサノキセキやファイングレインも忘れないでほしいんだけどね」
彼女は豪州からの留学生キンシャサノキセキと、教え子のファイングレインの名を挙げる。昨年のこの競走では2着と3着だっただけに、フジキセキにも今年こそという思いはあるのだろう。
そう誰ともなしにつぶやいたあと、そちらはどうなんだい、と傍らの静かな同行者にその端正な顔を向ける。
「……自分の仕事をするだけです」
そう言葉少なく答えたのはビリーヴ。
視線の先には、彼女が米国でスカウトしてきたファリダットがゲートに入る姿がターフビジョンに映っていた。
「後ろの子たちはまず自分の脚を出し切ること。そのうえで前が一つでも判断を誤るのを待つしかない、ってことだね」
「良い位置で待つこと、前方の綻びを見逃さないこと。それだけです」
前方勢が揃い、その中心にはセミラミスがいる。差し勢は自分の末脚を出し切ったうえで、前の綻びを待たなければならない。
彼女の教え子はそんな難しい局面に立たされている。
姦しいウマ娘2人と、物静かなウマ娘2人が見守る中、大外枠の18番がゲートに収まり体勢が整った。
中京レース場を覆っていたざわめきが、一瞬静まりかえる。
『スタートしました!』
まず猛然とハナを主張したのはローレルゲレイロ。外目から加速して先頭を奪う。
その後ろ、内からセミラミス、スリープレスナイト、キンシャサノキセキら6名。その後ろにはスプリングソングら中団5名。極端に先行集団が分厚い形となった。
集団は短い向正面を抜けて3コーナーへと差し掛かる。
『1番人気ノルデンセミラミス、内で周囲を囲まれる形!』
実況はそう煽り、眼下の一般席からはどよめきの声が上がる。
だが関係者席の指導ウマ娘やトレーナーはうろたえない。こんなものは想定されるべき事だからだ。
「見事に囲まれてますねッ!」
「そりゃポニーちゃんたちも勝ちたいんだからね」
ここは曲線がタイトで直線の短いローカル競馬場。
コーナーで減速が必須かつ直線一気がしづらいため逃げ先行が有利な以上皆が前に行き、その結果バ群が密集する。
URAもこれを是正すべく、来年からの中京レース場改修で高速突入が可能なスパイラルカーブを導入する予定だが、今このレースには関係ない。
「まだ並びが決まっただけ、勝負は──」
「4コーナーですッ!」
「前は、必ず動きます。自分の仕事を、信念をもって」
隊列は相変わらずローレルゲレイロが逃げ、その後ろを先行集団が団子になって追う展開。
予想通りの展開を見守る3人に対し、唯一キングヘイローだけが気が気ではない。
「そう、そのまま、そのままよ」
『隊列は4コーナーに差し掛かっていまだローレルゲレイロ先頭!』
彼女の目線は果敢に逃げるローレルゲレイロの後方、不気味にバ群と内ラチに囲まれて息を潜めるノルデンセミラミスに注がれている。
「あと少し、いい、そのまま。せめてあと100、いや200まで」
キングヘイローが祈るように呟く。
その隣で、バクシンオーだけは腕を組んだまま笑みを崩さない。
「ここからですよッ!」
いずれ隊列が広がってセミラミスが進出を開始することぐらいはキングヘイローとて承知している。
問題は、いつまで先行集団がセミラミスの進路を塞ぎ続けてくれるか。ハナを切る海老色の甲冑がいつまで先頭でいられるかはそれに懸かっていた。
『さあ直線を向いてローレルゲレイロ先頭! それをスリープレスナイトが捉えにかかる! ノルデンセミラミスはまだ内に閉じ込められている! あと200m!』
隊列は最内先頭ローレルゲレイロ。先行集団で1番前はその外のレーン、スリープレスナイト。その外側には先行集団が横に並び、内側には前をローレルゲレイロ、横を内ラチとスリープレスナイトに囲まれたセミラミスが位置している。
もしこれが海外のレースで、この時のスリープレスナイトの位置にいたのがローレルゲレイロのチームメイトであればあるいは展開は変わっていたかもしれない。
だが、自身も勝つつもりであるスリープレスナイトはもうここで仕掛けなければローレルゲレイロを捉えきれない。徐々に加速していたペースを一気に最高速度へと叩き込み仕掛けにかかった。
そして、そのウマ娘はその瞬間を待っていた。
『スリープレスナイトが前へ出る! その内、開いた! ノルデンセミラミスが来た! 狭いところへ身体を入れた!』
その瞬間の反応は四者四様だった。
ここですッ、と喝采をあげるバクシンオー。
スリープレスナイトが動いた瞬間結末を察して目を伏せたフジキセキ。
教え子のファリダットの末脚に視線を移すも、先頭には届かないことを悟ったビリーヴ。
そして、表情を強張らせながらもローレルゲレイロがあと100m逃げ粘ることを、栄冠を手にすることを祈るキングヘイロー。
『ローレルゲレイロ粘る! 粘る! 残り100! ノルデンセミラミスが並びかける!』
だが無情にも海老色の甲冑に迫る赤服に白襷。
『交わした! ノルデンセミラミス先頭! スリープレスナイトも追うが届かない!』
黒いミニの着物に赤い兵児帯を締めたスリープレスナイトも必死の形相だが、それでも届きそうにはない。
最後の直線で後続を突き放したノルデンセミラミスが先頭でゴール板を踏み越えた。
『また1バ身! また1バ身です! ノルデンセミラミス、高松宮記念連覇! 2着にローレルゲレイロ、3着にスリープレスナイト!』
| 中京 | 11R | 確定 |
| ||
| Ⅰ | 2X |
| |||
| > | クビ |
| |||
| Ⅱ | 13 |
| |||
| > | 1/2 |
| |||
| Ⅲ | 4X |
| |||
| > | X1.1/4X |
| |||
| Ⅳ | 18 |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅴ | 5X |
掲示板に着順が確定すると、スタンドからは大きな歓声と、どこか呆れを含んだどよめきが一斉に沸き上がった。
「……完敗ね」
キングヘイローが小さく息を吐く。
「ですが、ローレルゲレイロさんは最高の競走でしたッ!」
「ええ。それは胸を張っていいわ」
視線はなおもターフの上。
「今日は、あの子ができることは全部やった」
「全員そうだったね」
フジキセキが穏やかに続ける。
「勝ちに行くタイミングも、位置取りも、間違ってはいなかった。それで届かなかったなら、今日は相手を褒めるしかないよ」
「ファリダットも、自分の仕事はしました。……今日は、それでも届きませんでした」
ビリーヴが静かに言う。
その言葉に、誰も反論しなかった。
「では皆さん!」
サクラバクシンオーが勢いよく立ち上がる。
「私は教え子を迎えに行って参りますッ!」
元気よく一礼すると、サクラバクシンオーは足早に関係者席を後にし、ウィナーズサークルへと続く通路へ駆け出していった。
「高松宮記念連覇、おめでとうございます!」
ウィナーズサークルにて、胸元の勲章にⅡのピンを増やしたセミラミスがマイクとフラッシュの集中砲火を浴びている。
「ありがとうございます。今年も勝てたことを嬉しく思います」
その表情は疲労こそあれあくまでもにこやかだ。
「直線まで内に閉じ込められる苦しい展開でした」
「想定内です。皆さんが勝ちに動けば、いずれ進路は開きますので」
その顔には気負いも焦りもない。もっとも、と付け加える。
「ローレルゲレイロさんは想定以上でした。進路が開いてからも、なかなか差が詰まりませんでしたから」
「その追走で、上がりはファリダットさんと並ぶ最速の34.4秒です。番手から上がり最速タイとなりました」
その言葉に、セミラミスは僅かに眉を上げただけで短く答えた。
「そうでしたか」
「驚かれないのですか?」
「必要な分だけ脚を使いましたので」
リポーターが一瞬言葉を失う。
だが僅かのためらいの後に話題を変えた。
「次走はヴィクトリアマイルの予定でしょうか」
「はい」
短距離で果たすべきことは果たした。
「次も、勝ちます」
ヴィクトリアマイルは6週間後、府中1600mで行われる。
再び連覇のかかるこのレースでは、ドバイより帰国した彼女との4度目の対決が予定されていた。
64年ぶりの夢叶う、府中の女帝。そのウマ娘の名は──