驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
2つの距離の女主人か、府中の女帝か――ヴィクトリアマイルに集う18名の乙女
(文:乙名史 悦子)
昨年の1.5バ身、その先にある再戦
昨年のヴィクトリアマイルを振り返るなら最後の直線だけで事足りる。
好位から抜け出したノルデンセミラミス。その後方から追いすがったウオッカ。
東京レース場の長い直線を使っても、両者の差は最後まで埋まらなかった。
1着ノルデンセミラミス。2着ウオッカ。着差は1.5バ身。明確な決着だった。
だが、一年を経た現在、その結果だけをもって今回の勝敗まで決したと考える者は少ないだろう。
ノルデンセミラミスはその後も短距離とマイルで勝利を重ね、国内のみならず海外でもその名を轟かせた。昨年度は2年連続となる年度代表ウマ娘と最優秀短距離ウマ娘、最優秀シニアティアラウマ娘の3つの栄誉を得ている。
一方のウオッカも、昨年の敗者ではない。
安田記念を制し、秋には天皇賞を2センチ差の激闘の末制した。
前年のヴィクトリアマイルで涙を吞んだ者は、その後同じ府中で2つの大競走を手にしている。
昨年の結果は消えない。同時に、その後の一年も無視できない。
だからこそ、今年のヴィクトリアマイルは再戦と呼ばれる。
連覇へ死角なし──『2つの距離の女主人』ノルデンセミラミス
今回の本命を一人選ぶなら、ノルデンセミラミスになる。
それは13度のG1勝利という数字だけを理由としたものではない。
彼女の強さは、相手や展開によって大きく形を変えないことにある。
速い流れなら、その速度を苦にしない。遅い流れなら、自ら動いて競走を進める。
前で運ぶことができ、バ群の内でも外でも対応し、直線では他者より先に勝負を決めにいく。
勝ち方は簡潔だ。
好位につける。勝負どころで前へ出る。追いすがる相手へ、必要なだけの差をつける。
その手順が分かっていても止められないからこそ、彼女は短距離とマイル、2つの距離の女主人となった。
前走の高松宮記念でも、その構図は変わらなかった。
複数の有力者から厳しく意識されながら、自らの位置を失わず、直線ではいつものように抜け出した。
昨年制した東京1600m。
5枠9番という、前後左右を見ながら位置を選びやすい枠。
臨戦過程にも大きな不安は見当たらない。
彼女を本命とすることに、特別な理屈は必要ない。
現在の短距離・マイル路線は、ノルデンセミラミスを基準として成り立っている。
今回もまた、残る17人は彼女より先にゴールする方法を探すことになる。
府中の長い直線でこそ輝く――『府中の女帝』ウオッカ
ノルデンセミラミスをもっとも高く評価したうえで、なお対抗にウオッカを置く。
これもまた、特別な選択ではない。
セミラミスを倒す可能性のある者を一人挙げるなら、多くの者が同じ名前を答えるだろう。
ウオッカである。
彼女はセミラミスの弱点を突けるから有力なのではない。セミラミスに明確な弱点は存在しないからだ。
先行争いへ巻き込もうにも、相手は一流のスプリンターである。
遅い流れへ閉じ込めようにも、自ら動く判断力がある。
後方から末脚勝負へ持ち込もうにも、前年は先に抜け出され、届かなかった。
セミラミスを負かすために必要なのは、彼女の競走を崩すことではない。
完成された競走をされたうえで、それを上回ることである。
非現実的な攻略法に聞こえる。
しかし、それを実行し得る者がいるとすれば、ウオッカだろう。
昨年の安田記念、そして天皇賞(秋)。
府中の長い直線で、彼女は他者とは異なる加速と持続力を見せてきた。
今回の鍵は位置取りになる。
前年と同じようにセミラミスより大きく後ろから進めれば、1.5バ身の差を埋めるだけでは足りない。セミラミスもまたこの一年で実績を積み上げているからだ。
勝つためには、前年より早くセミラミスを射程へ入れなければならない。そして直線では、相手が勝利を確信するよりも早く差を詰める必要がある。
3枠6番。
内で進路を失う危険はあるが、前へつけるには悪くない。
昨年届かなかった背を、今年はどの位置から追うのか。
ウオッカの逆転は、そこから始まる。
昨秋の女王リトルアマポーラ、2強の間へ割って入れるか
下バ評はセミラミスとウオッカを中心に回っている。それ自体は、両者の実績を考えれば当然だろう。
だが、2人の比較だけで出走表を閉じるには早い。
昨年秋、エリザベス女王杯を制したリトルアマポーラがいる。
シニア1年目。
今回の出走者の中でも、今後の上積みを期待される一人である。
昨秋は実績ある年長者を相手に堂々とG1の頂点へ立った。
その勝利を、ティアラ路線に限られた成果として軽く見るべきではない。
今回もまた、彼女が二強と同じ競走をする必要はない。
セミラミスは前から勝負を決めにいく。ウオッカはその動きを追う。
2人が互いを意識し、早い段階から脚を使うなら、その後ろには空白が生まれる可能性がある。
その空白を見極め、自らの仕掛けを遅らせることができれば、リトルアマポーラにも差し込む余地はある。
2人が崩れるのを待つのではない。2人が作る流れを利用する。
昨秋の女王には、その資格がある。
二冠ウマ娘カワカミプリンセス、消耗戦なら浮上か
ティアラ二冠ウマ娘カワカミプリンセスもまた、単なる3着候補として扱うべき存在ではない。
昨年のエリザベス女王杯ではリトルアマポーラに敗れたものの、2着を確保した。
シニア3年目を迎えた現在、若さや未知の成長力ではリトルアマポーラに譲るかもしれない。
だが、厳しい競走を耐え抜く底力と経験は、今回の顔ぶれでも上位にある。
セミラミスが早めに抜け出し、ウオッカがそれを追えば、直線は単純な瞬発力勝負にはならない。
高い速度を保ったまま、長く脚を使う競走になる。
その展開で浮上するのがカワカミプリンセスだ。
2人より鋭く動く必要はない。2人が作る速度へ食らいつき、最後まで脚を止めなければよい。
久しく勝利の栄光からは遠ざかっている。
しかし、二冠を得た者の価値は、それだけで失われるものではない。
世間がセミラミスとウオッカの再戦を語るなか、ティアラ路線の実績を背負って立つのは、むしろ彼女なのかもしれない。
2人が作る展開を、16人はどう利用するのか
このレースはセミラミスとウオッカのマッチレースではない。
セミラミスより前へ出ようとする者は、どこまで脚を使うのか。
ウオッカより先に動こうとする者は、直線まで余力を残せるのか。
2人が互いを意識して動いたとき、その間へ入るのか、さらに後ろで待つのか。
出走者の多くにとって、2人を無視して自分の競走へ徹することは難しい。だが、2人だけを見ていても勝利は遠のく。
セミラミスを追えば、彼女の得意とする早い仕掛けへ付き合わされる。
ウオッカを待てば、動き出したときには既に手遅れとなる可能性がある。
必要なのは、2人を意識しながら、2人とは異なる勝負どころを作ることだ。
先に動いて流れを変える者。2人が動いた後の空間を利用する者。内で距離を稼ぎ、直線の一瞬へ懸ける者。
勝利への道が狭いことと、存在しないことは同じではない。
誰かがセミラミスとウオッカの想定を外れた動きを選べば、それだけで競走の形は変わる。
18人で走る意味は、そこにある。
最も起こり得る光景は──セミラミスの抜け出しとウオッカの追撃
ここまで、2人以外の勝ち筋を検討してきた。
それでも、もっとも起こる可能性の高い光景を一つ描くなら、結論は変わらない。
5枠9番のノルデンセミラミスが、先行集団の後ろへつける。
道中の流れを読み、直線へ向く前後で進出を始める。
東京の長い直線で先頭へ立ち、後続との差を作る。
その後方から、ウオッカが追う。
昨年と同じ構図である。
セミラミスは、ウオッカの末脚が届く前に勝負を終わらせようとするだろう。
ウオッカは、セミラミスが作った差を府中の直線で削ることになる。
前年の1.5バ身が、今年も残るのか。
ウオッカが埋めるのか。
あるいは、昨年以上に広がるのか。
今回の最大の焦点は、やはりここにある。
セミラミスがもっとも勝利に近い。ウオッカだけが、その評価を正面から覆し得る。
この見方を否定する材料は少ない。
焦点は2強、勝負は18人
前年の1.5バ身が残るのか。ウオッカが埋めるのか。
今回の最大の焦点は、やはりそこにある。
だが、東京1600mを走るのは2人だけではない。
リトルアマポーラは、2人の間へ割って入れるか。カワカミプリンセスは、厳しい流れを耐え抜けるか。
先行する者は、セミラミスより先に動けるか。差す者は、ウオッカとは異なる道を見つけられるか。
本命ノルデンセミラミス。
対抗ウオッカ。
その評価を覆すため、残る16人もまた東京のターフへ立つ。
18名の乙女の激走を、刮目せよ。
ヴィクトリアマイルが迫ったトレセン学園。
片やテーブルに行儀よく座り、片や悪ぶってソファに足を投げ出して。
彼女らはそれぞれのチームルームで、奇しくも同じ時に同じ記事を眺めていた。
「よく見ていますね。ですが、結論まで正しいとは限りません」
「分かってんじゃねえか。最後のところ以外はな」
2人とも、記事の総論は妥当であると見ていた。
最後の結末と、残る16人の勝ち筋という部分以外については。
「ですが、私に抗し得るのは1人だけでしょう」
「16人の勝ち筋ねえ。悪いが、俺が見るのはあいつだけだ」
侮った、というわけではない。
客観的に見ても、残念ながら彼女らとそれ以外には歴然とした実力差があるといえた。
──昨年の1.5バ身、その先にある再戦
昨年はセミラミスの明確な勝利だった。しかし、その後の一年で両者とも実績を積み、今年は前年の結果だけでは決められない再戦になった。
「ええ、再戦です。実績を積んだのは、彼女だけではありません」
「ああ、再戦だ。去年の借りは、ここで返す」
──『2つの距離の女主人』ノルデンセミラミス
短距離とマイルで無類の強さを誇るセミラミスは、展開や相手を問わず、自らの勝ち方を押し通してきた。今回も揺るがぬ本命であり、残る17人は彼女を倒す方法を探すことになる。
「異論はありません。短距離とマイルでは、私が最も強い」
「そうだな。だから、お前を倒せば文句なしだ」
──『府中の女帝』ウオッカ
セミラミスに明確な弱点はなく、倒すには彼女の競走を崩すのではなく、完成された勝ち方ごと上回るしかない。その非現実的な勝利を実現し得る唯一の候補が、府中で無類の強さを見せるウオッカである。
「ええ、そうかもしれません。ですが、今回はマイルです」
「分かってんじゃねえか。もう二度と、
──最も起こり得る光景は、セミラミスの抜け出しとウオッカの追撃。
昨年と同じ構図。
セミラミスがもっとも勝利に近く、その評価を正面から覆し得るのはウオッカだけ。
残る16人にも勝ち筋はある。それでも、最大の焦点は2人の再戦にある。
「勝つのは、私です」
「それでも、俺が勝つ」
2つの距離の女主人と府中の女帝の激突。
両者の領域が交わるヴィクトリアマイルは、今週末に迫っていた。