驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
週末、府中市内。
トレセン学園からウマ娘の脚で10分少々。
駅前から少し離れた商店街を、私はカレンさんと並んで歩いていた。
「今日はカレンの真似じゃなくて、セミラミスさん自身でやってもらいます♪」
そう宣言されて最初に連れ込まれたのは、衣料品や雑貨を扱う小さな店だった。
「じゃあ、欲しいものをひとつ選んでください」
欲しいもの、欲しいものか。
要件はなんだろう。
「用途は?」
「ありません♪」
「予算は?」
「常識の範囲で」
「服飾ですか、装飾品ですか」
「なんでもいいですよ~。セミラミスさんが欲しいものです」
困った。
店内を一周する。 普段使いできるか。手持ちの服と合わせられるか。耐久性は。価格は──。
「それ、欲しいものを探してます?」
「購入する以上、当然考慮すべきでは」
「またお仕事になってますよ?」
む。
改めて棚を見る。 すると、銀色の小さな鳥をあしらったブローチに目が止まった。
「それですね♪」
「まだ何も言っていませんが」
「顔が言ってました」
……私の顔はそんなに雄弁なのだろうか。
「言葉にしなくても伝わることって、あるんですよ。目とか、耳とか、距離とか。身体の方が先に喋っちゃうこともありますから♪」
「身体が、先に……」
ふと、昔のことを思い出す。
言葉を尽くす代わりに、ただ抱きしめ、頭を撫でてくれた人がいた。
あの時は、それだけで十分だった。
「……言葉より、よく伝わる場合もある」
「そういうことです♪」
買い物を終え、次は商店街のカフェへ。 注文を済ませたところで、カレンさんがウマホを取り出した。
「じゃあ次。店員さんに写真をお願いしてみましょう♪」
「撮影を?」
「はい。理由をいっぱい説明するのは禁止です」
いつものように条件を整理しかけ、飲み込む。
「すみません。よろしければ、写真を1枚お願いできますか?」
店員さんは快く引き受けてくれた。
「……理由を説明していませんが」
「必要でした?」
「判断材料は多い方が」
「でも、お願いしたいって伝わったでしょ?」
確かに。
その後も商店街を巡り、ゲームセンターで景品を取ったり、雑貨を眺めたりした。 そして3度目の課題で問題が起きた。
店頭に飾られた品について尋ねると、店員さんが少し困った顔をした。
「こちらは展示品でして……」
「では同型の商品が──」
「はい、ストップです♪」
カレンさんに袖を引かれる。
店を出てから尋ねた。
「まだ別案がありましたが」
「ありましたね。でも、困ってたのわかりました?」
それはそうですが……。
「じゃあ今日はそこで終わりです」
「それでは目的を達成できません」
「はい。でもお願いって、絶対に通さなきゃいけないものじゃないですよ?」
納得し難い。
「カワイイって、相手を動かすこともできます。でも、相手が動かないって決めた時、それをちゃんと受け取ることも大事なんです」
動かないことを許容する。
それでは制御とは呼べないのでは──と考えかけて、ふと思い直す。
強制できないからこそ、相手自身に選ばせる必要がある。
「……選択を委ねることも含めて、ですか」
「はい♪ ちょっとずつわかってきましたね」
夕方。 ゲームセンターの袋と買い物袋を提げて歩いていると、カレンさんの手荷物が随分増えていることに気づいた。
……優待券があるからって遊びすぎたか。
駅前のゲームセンターはヴィクトリー倶楽部と関係があるそうで、バクシンオーさん経由でよく券をもらうのだ。
「それ、半分持ちましょうか」
「カレン、まだ大丈夫ですよ?」
「そうですか。では疲れたら言ってください」
それだけ言って歩き続ける。
しばらくして。
「……セミラミスさん」
「はい?」
「やっぱり、ひとつお願いしてもいいですか?」
「もちろん」
ぱかぷちがぎゅうぎゅうづめになった紙袋を受け取る。流石に取り過ぎたかとも思うが、あのクレーンゲーム設定甘くないか。
カレンさんが、なぜか嬉しそうに笑った。
「今のです♪」
「……今の?」
「はい。今の、とってもカワイかったですよ」
何かをした覚えはない。だが、先日の言葉を思い出す。
だから、なのか。
「難しいですね」
「ふふっ。カワイイは1日にして成らず、です☆」
そう言って笑うカレンさんの隣で、袋の中の小さな銀のブローチが、歩調に合わせてかすかに鳴った。
翌週、トレセン学園、トレーニングコース。
「カワイイでバ群を操る、というのは……正直なところ、まだ少し想像がつきませんね」
トレーナーさんが腕を組んで首を傾げる。
冷静に考えれば、月曜のデブリーフィングで「ウオッカに勝つためカワイイを学んできます」と言った私は客観的に見て頭がおかしかっただろう。
それでも、頭痛をこらえながらでも好きにさせてくださったのみならず、助っ人まで手配してくださったトレーナーさんには感謝してもしきれない。
「カレンも、実際にレースでそんな使い方したことはないんですよね~」
当然である。彼女はまだデビュー前で、トレーナーすらついていない。
確かに配信活動などでは鳴らしている認識誘導のプロではあるが、レースでバ群を操るという意味では素人だ。
ではどうするのか。簡単だ。プロを呼べばいい。
「ハウディー! セミラミス!」
大雨の中の無敵、タイキシャトル。
トレーナーさんが心当たりがあると言っていた助っ人だった。
なお報酬は、いつぞやのように夏合宿で本場流BBQを開催すること。それに加え、合宿最終日にマイルで私とガチ並走する約束だそうだ。
正直、それでタイキシャトルさんを引っ張ってこれるなら安いものだ。
「それにしても、カワイイってレースでどうやって使うんデスカ?」
「それを確かめるのが今日のトレーニングですッ! まずは軽く走りながら試してみましょう! どうぞ私を実験台に!」
胸を張って進み出たのはバクシンオーさんだった。
「バクちゃん、ほどほどにね?」
「もちろんですとも! このサクラバクシンオー、後輩のためなら如何なるカワイイも真正面から受け止めてみせましょう!」
……如何なるカワイイ。
よくわからないが、本人がそう言うならありがたく協力してもらおう。
私が右、カレンチャンが左。バクシンオーさんを挟む形で、三人並んでゆっくりと走り出す。
速度は軽く
会話もできるし、隣を見る余裕も十分にある。
「じゃあ、いきますね♪」
カレンチャンの声が一段柔らかくなる。
それだけではない。ほんの少し身を寄せ、覗き込むように顔を向ける。視線も、声も、身体の向きも、全部が中央へ集まった。
「バクシンオーさん。カレンのこと、ちゃんと見ててくださいね?」
ぴくり、とバクシンオーさんの左耳が向いた。
「もちろんですッ!」
「カレン、カワイイですか?」
「カワイイですねッ!!」
「えへへ、ありがとうございます♪」
即答。
先ほどまで正面を捉えていた視線まで、今では明らかに左へ引かれている。
本人はまっすぐ走っているつもりらしいが、足取りも僅かにカレンチャン側へ寄っていた。
なるほど。
確かに作用している。
では。
「バクシンオーさん」
「はいッ!」
今度は右耳が跳ねるようにこちらへ向いた。
カレンチャンから言われたことを思い出す。
動かそうとするのではない。
どう見せれば動くかを考えるのでもない。
ただ、見てほしいと思う。
それなら難しくない。
「……私のことも、見ていてくださいね」
少しだけ声を落とし、顔を覗き込む。
その瞬間。
「ッ!?」
バクシンオーさんの足運びが露骨に乱れた。
上体がぶれ、慌てて立て直す。そのまま今度はこちらへ半歩ほど寄ってくる。
「セミラミスさんもカワイイですねッ!!」
動いた。これは明確な成果だ。
私は触れてすらいない。それでも進路が変わった。
「では、もう一度!」
「バクシンオーさん?」
「はいッ!」
「こっちです♪」
「カワイイですねッ!」
左へ。
「バクシンオーさん」
「はいッ!!」
「私もおりますよ」
「カワイイですッ!!」
右へ。
面白いほど意識が振られる。
そのたび耳も視線も、わずかに身体まで左右へ引っ張られていた。
「ワオ! 本当に効果があるのデスね!」
「……ずいぶんと、湿り気のある風ですね」
内ラチの外から並走しているタイキさんとゼファーさんが感慨深げに呟く。
カレンチャンが楽しそうに距離を詰める。
肩が触れそうなところまで寄り、下から覗き込む。
「ねえ、バクシンオーさん♪」
「はいッ!」
「カレンと一緒に走るの、楽しいですか?」
「もちろんですッ! 大変カワイく、もとい楽しいですねッ!!」
……今、順番がおかしかったな。
ならばこちらも。
私は反対側から少し身を寄せる。
走っている最中なので触れこそしないが、すぐ隣にいることだけは十分伝わる距離だ。
「バクシンオーさん」
「は、はいッ!」
「ちゃんとこちらも見ていてください」
「もちろんですともッ!」
返事は勢いよく返ってきた。
だが、先ほどまでの腹の底から響くような声ではない。
「カレンさん……カワイイですねぇ……」
「ありがとうございます♪」
「セミラミスさんも……実にカワイイ……」
「ありがとうございます」
カレンチャンが左から笑う。
私が右から声をかける。
そのたびにバクシンオーさんの耳が忙しなく左右へ動く。
視線も同じだ。
とうとう前方を見ている時間より、私たちを見ている時間の方が長くなってきた。
「お2人とも……カワイイですねぇ……」
……なんだか溶けてきた。
「バクシンオーさん、前を見てくださいね♪」
「はい……カレンさん、カワイイですねぇ……」
「バクシンオーさん?」
「セミラミスさんもカワイイですねぇ……」
「聞いていますか?」
「聞いておりますともぉ……」
語尾まで緩んできた。
いつもの直線的な走りも見る影がない。
私たちの間をふらふらと揺れながら、それでも妙に幸せそうな顔で走っている。
「……これは」
「ちょっと効きすぎましたね~」
カレンチャンが困ったように笑う。
「バクシンオーさん、カレンのカワイイには弱いのかな? なんだかカレンの後輩みたいになっちゃいました♪」
私は中央でとろけかけている大先輩を見る。
なんかこう……あまりにアレだ。これが短距離最強と謳われた王者の姿か?
「認知機能に問題が生じていますね」
「セミラミスさん、そういう言い方しないでくださいっ」
その間にも、バクシンオーさんは左右から聞こえる声に合わせて耳をぴくぴく動かしていた。
「あれ~? バクシンオーさん、壊れちゃいました?」
「カレンさん……カワイイですねぇ……」
……実験台を買って出た時の威勢は、もうどこにも残っていなかった。
「なんとか元に戻せないんですか」
「いくつか方法はあるんですけど、先輩にやるのははばかられるっていうか……」
ほっといたらそのうち戻ると思います、とのことだった。
舎弟用の荒療治もあるらしいので、明日になっても戻らなかったらそれをやってもらおう。
「……バークちゃん?」
直後、後ろから妙に穏やかな猫撫で声が飛んできた。 なぜか、その一言だけで空気が変わる。
見れば、耳を限界まで倒したフライトさんがラチの向こうを私たちと並走している。
いつからそこにいたのだろう。
「あっ」
カレンチャンが、するりと速度を落として離脱した。
「フライトさん! ちょうどいいところに! お2人のカワイイがですね──」
「うん。見てたよ」
ひらり。
フライトさんがラチを飛び越えた。
着地から淀みなくバクシンオーさんへ並び、上目遣いに見上げる。
「こ、これは後輩のための実験でしてッ!」
「うん、わかってるよ?」
「決してやましいことなど──」
「ふふ。バクちゃん、ちょっと来て?」
「話せばわかりますッ!」
「だから、お話しよ?」
「……はい」
首根っこを掴まれ、そのままコースの外へ連行されていく。
「オウ、シット!」
タイキさんが額へ手を当てた。ゼファーさんも明後日の方を向いて風招きをしている。
しばし2人の背中を見送ったあと、彼女は気を取り直すように両手を叩く。
「でも、テストはサクセスデース! カワイイ、走っててもちゃんと“効果”ありマス!」
にっと笑って、両手の人差し指と中指を曲げる。
「でもコレ、レースじゃできないデース!」
「でしょうね」
これはいうなればアルティメットカワイイ砲。
軽く走りながら、相手と目を合わせ、声をかけ、左右からじっくり意識を奪う。レース中にこんな悠長な大技を振り回せるはずもない。
必要なのはもっと簡便で、瞬間的に使える武器だ。
「セミラミスさん、またなにか物騒なこと考えてません?」
「……なにも」
「今の間はなんですか?」
「ノープロブレム!」
ぱん、とタイキさんが両手を叩いた。
「パワーがあるのは、もうわかりマシタ! 休憩のあとは、ちゃんとレースで使えるようにしマショウ!」
先ほどと同じように、指先で小さな幅を作る。
「相手をメロメロにするんじゃなくて、半歩だけ動かすんデース!」
なるほど。
どうやらここからが、本当の実戦練習らしい。