驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、練習コース。
「効きすぎデース! あれじゃオーバードーズデース」
「カワイイは用法用量を守って適正に、だよ♪」
それはそうだ。
バクシンオーさんのようにカワイイ中毒にすることは私の目的ではない。
私が欲しいのは、ほんの半歩。ウオッカの進路を塞ぐ、そのきっかけだけだ。
「ちょうどいいものがありますね」
トレーナーさんがコース脇のベンチへ向かい、作戦検討用の小さなホワイトボードを持ってくる。
赤、青、白。3色の丸いマグネットを盤面へ並べた。
「赤がウオッカさん。青がセミラミスさん。他は出走者としておきましょうか」
私は白いマグネットを摘まむ。
「でしたら、ここを外へ動かし、こちらを留めて──」
「ノーノー!」
タイキさんが私の手を止めた。
「ゼンブ動かそうとするからタイヘンなんデース!」
そう言って、1つの白いマグネットだけを半個分ほど外側へずらす。
「この子が動いたら、こっちは?」
「間隔が狭くなりますから、外へ寄るでしょう」
「じゃあ、その隣は?」
「……同様に位置を修正する」
タイキさんが2つ目、3つ目を順にずらしていく。
最初に触れたのは、1つだけ。
だというのに、その数個先では白いマグネット同士の間隔が目に見えて狭まっていた。
「こうデース! 最初の1人だけチョット動かせば、あとはみんな自分で動きマス!」
なるほど。
「群れの性質を利用するわけですね」
「イエス! ウチで牛を追う時も同じデシタ! 1頭ずつ捕まえて動かしたりしないデース。群れの端をチョット──」
そこでタイキさんが言葉を止めた。
「ンー……」
白いマグネットを動かしては戻し、少し考え込む。
「ジャパニーズだとムズカシイデース。セミラミス、英語でイイ?」
「(構いません)」
そう答えると、タイキさんの表情から僅かに力が抜けた。
「(群れって、みんなが同じものを見て走ってるわけじゃないんだよ。前を気にする子もいれば、横の空間を気にする子もいる。だから、一番動かしやすい子を選ぶんじゃないの)」
指先が、盤上の一人を示す。
「(この子が動いても、周りが気にしてなかったらそれで終わり。でもこっちの子が動けば、隣も、その隣も場所を変える。だったら、こっちを動かした方がいいでしょ?)」
「(……動かしやすさではなく、周囲へ与える影響の大きさで起点を選ぶ)」
「(そうそう。それに、押すだけじゃないよ)」
今度はマグネットの横へ指を置く。
「(行ってほしくない方へ少し圧をかけたり、行ってほしい方を空けたりするの。そうすれば、自分で楽な方を選んでくれるから。牛を追う時もそうだったよ)」
……牛。
私が安田記念で使おうとしている技術の原型が、ケンタッキーの牧場における牛追い。
「(……極めて合理的ですね)」
「(今ちょっと嫌そうな顔した?)」
「(していません)」
「しましたよね♪」
横からカレンチャンに即座に刺された。
「英語は全部わかりませんでしたけど、顔はわかります♪」
「……気のせいです」
しかし、理屈は理解できた。
カレンチャンから教わったのは、相手の認識へ働きかける方法。
タイキさんが示したのは、それを誰へ使い、その結果がどこへ伝わるか。
「(つまり、最初の1人を動かす方法がカレンさん。そして、その1人を選び、後の連鎖を読むのがタイキさんの教えですね)」
「(うん。そんな感じ。……でもセミラミス、英語だとほんと堅いね)」
「(放っておいてください)」
その時、背後から足音がした。
「お待たせしましたッ!!」
振り返る。
バクシンオーさんとフライトさんが戻ってきていた。
フライトさんは妙に機嫌がよく、対するバクシンオーさんは耳まで真っ赤になっている。
「バクシンオーさん、顔が赤いですよ。まだ気温は高くありませんが熱中症には──」
「ねっちゅうしょうッ!!?」
「…………」
どうにも挙動が不審だが、フライトさんはニコニコして腕と尻尾をバクシンオーさんの腰に強く絡めているので問題はなかろう。
ともあれ時計を見る。思ったより時間を使ってしまった。
「では、ご休憩も終わったようですので、実走へ移りましょう」
「ブッ!?」
バクシンオーさんが盛大にむせた。
「セミラミスさん……」
「はい?」
「いえ、なんでもないです♪」
カレンチャンは顔を伏せて肩を震わせている。
タイキさんは空を見上げ、ゼファーさんは何故かそっと視線を逸らした。
「ええ。休憩は終わったよ」
フライトさんだけが、にこやかにそう答えた。
……何なのだ。
「では始めましょうか」
トレーナーさんの一声で、ようやく話がターフへ戻った。
最初は速度を抑え、7人で小さな集団を作る。
課題は単純。指定された1人の位置を、半歩だけ変えること。
コースの外には、いつの間にか何人かギャラリーができていた。 タイキさんたちならともかく、未デビューのカレンチャンまで混じって何をしているのかと気になるのだろう。
時折こちらを指差して何か話している。 ……見世物ではないのだが。
「セミラミスさん、見られてますね~♪」
「放っておきましょう。練習には関係ありません」
1度目。
私がゼファーさんへ意識を向け、進路を寄せる気配を強く見せる。
彼女はすっと1バ身近く外へ避けた。
「トゥーマッチデース!」
「大きすぎましたね」
「押してますよ、セミラミスさん♪」
2度目。
今度は抑えすぎた。
何も起こらない。
3度目。
視線をちらりとだけ置く。
ほんの僅かに距離を詰める速度を変える。
こちらへ来るかもしれない。そう思わせるだけに留める。
ゼファーさんが半歩、外へ。
その隣を走っていたフライトさんが間隔を取り直す。
さらに外にいたバクシンオーさんも、自然に位置を修正した。
「……3人、動きました」
足を止めたところで呟く。
「ですが、私はゼファーさんにしか何もしていません」
「そういうことデース!」
タイキさんが満面の笑みで親指を立てる。
「私も、避けさせられたとは感じませんでした」
ゼファーさんが静かに振り返った。
「ただ、こちらへ風が来るような気がして。少し場所を変えただけです」
それだ。
今度は速度を上げる。
全員が互いの位置を奪い合い、空いた場所へ入り、狭まった場所から離れる。
静止した盤面とは違う。一瞬ごとに条件が変わる。
それでも、だ。
1人に、ごく僅かな傾きを与える。
動かなければ捨てる。
別の1人へ移る。
カレンチャンが半歩。
それを見たゼファーさんが僅かに内へ。
フライトさんが間隔を取り直す。
その結果、数人先にあった隙間が、ほんの一瞬だけ狭まった。
そこへ入ろうとしていたタイキさんが進路を変える。
「オー! イイ感じデース!」
流し終え、全員で足を止める。
トレーナーさんはしばらく今のバ群を思い返すようにターフを見つめていた。
「完全に狙い通りではありません。ですが……確かに、形は変わりましたね」
「はい」
完全である必要はない。
相手が必ず動く必要もなければ、こちらが直接道を塞ぐ必要すらない。
選択肢をほんの少し傾ける。
その選択が隣へ伝わり、さらにその隣へ伝わる。
そして最後に、そこにあったはずの道がなくなればいい。
「……使えますね」
私の言葉に、タイキさんがにっと笑った。
そう。私が能動的に塞ぐ必要はない。いつのまにか塞がるようにすればいいのだ。
私もタイキさんにつられてわずかに口角が上がるのを感じた。
引き続いて練習を重ねること数日。
速度を少し落として、もう一度。今度はフライトさんを起点にする。
視線、肩の向き、距離。
こちらが内へ入るかもしれないと思わせる程度に、ほんの少しだけ圧をかける。
フライトさんが半歩外へ。
隣のゼファーさんがそれに合わせ、さらに外のタイキさんが進路を修正した。
「オーケー! 今のはグッドデース!」
足を緩めながら、フライトさんが振り返る。
「これ、ウオッカちゃんも同じことをやってきたらどうするの?」
「同じこと?」
「セミラミスちゃんが周りを動かすなら、向こうも動かし返すとか。ほら、威圧で道を開けちゃうとか」
なるほど。
私が答えるより先に、バクシンオーさんが顎へ手を当てた。
「それは、あまり考えなくてよいでしょう」
珍しく落ち着いた声だった。
「威圧を、ですか?」
「いえ。この種の技術全般です」
再び走り出す。
バクシンオーさんは私の横へ並んだ。
「この手の技術は強ければ使える、というものではありません。相手の走りまで自分のレースへ取り込む感覚が必要です」
「取り込む……」
「自分がどう走るかだけではなく、相手をどう走らせるか。どこへ行かせ、どこを選ばせ、何を使わせるか。そう考えることに抵抗がない人でなければ難しい」
少し前を走るカレンチャンが、ちらりとこちらを見た。
……心当たりのある顔をしないでいただきたい。
「それに、バ群全体を見る目も要ります」
今度はトレーナーさんだった。
コース脇の舗装路をセグウェイで爆走しながら、こちらへ声を飛ばす。
「1人動かして終わりではありません。その結果、2人先、3人先がどう変わるかまで見なくてはいけない。走りながら、それを更新し続ける必要があります」
「ウオッカさんには、それがないのですか?」
ゼファーさんの問いに、バクシンオーさんは首を横に振った。
「見えていないとは思いません。ですが、見えたものを支配しようとしないのでしょう」
その言葉には納得できた。
ウオッカは状況判断が遅いわけではない。
むしろ早い。
バ群の隙間を見つけるのも、相手の動きを読むのも上手い。
だが。
「彼女は相手を動かして道を作るより、自分で空いた道へ飛び込む方を選ぶ」
「ハイ! そんな感じデース!」
タイキさんが大きく頷く。
「ウオッカ、チャレンジャーデスから! みんなをどかすより、自分でゴー! って行くタイプデース!」
「では、威圧で道を開けさせる可能性も低いと?」
「おそらく」
バクシンオーさんが前を向いたまま答える。
「威圧とは、極端に言えば、私がここを通るのだから貴様が退け、という技です。ウオッカさんは、そうは考えないでしょう」
私にも、その光景は想像できた。
前が塞がっている。ならば退かせる。
それが私たちなら。
ウオッカはきっと──。
「自分で割ってきますね」
「でしょうね」
フライトさんが苦笑した。
厄介な話だ。だが、それならそれでいい。
「ならば問題ありません」
全員の視線がこちらへ向く。
「道を開けさせるのではなく、自分で探し、自分で抜けるのであれば」
私は再び速度を上げた。
目の前で、バ群が形を変える。
「そのための判断と、そのための脚を使わせればいい」
半歩。1人が動く。
また半歩。その動きが隣へ伝わる。
開いていた道が、静かに細くなる。
それでも抜けてくるというのなら、その代価まで含めて上回ればいい。
「もう一度、お願いします」
「イエス!」
タイキさんの声を合図に、私たちは再びバ群を組み直した。
「……これなら」
「いけそうですか?」
「ええ。早く本番で試したいですね」
安田記念まで、あと2週間を切った。
使えるものは、すべて使う。
そのための練習は、日が傾くまで続いた。