驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
安田記念展望
安田記念の主役は、やはりウオッカか。
1番人気に支持される女傑は、前走ヴィクトリアマイルでノルデンセミラミスを撃破。府中マイルへの適性、末脚の破壊力ともに疑う余地はない。
事前会見で「一番警戒する相手は」と問われたセミラミスは、間を置かず「ウオッカさんです」と即答した。
「先日は負けましたから。今回は勝ちたいですね」
穏やかな口調ながら、ウオッカの名を口にした瞬間だけ、その表情はわずかに楽しげに緩んだ。
対するウオッカも余裕を崩さない。
「そりゃ警戒するだろ。オレだってあいつは怖ぇよ。でも、前に勝ったからって今回も勝てるとは思ってねぇ。もう1回勝つだけだ」
3番人気ディープスカイも二人だけの争いにするつもりはない。
「お2人が強いのは分かっています。でも、僕も勝つためにここへ来ました。2人ばかり見て、自分のレースを忘れるつもりはありません」
セミラミスもディープスカイについて「末脚を軽視できる方はいないでしょう」と高く評価。他の出走者にも油断は見せなかった。
それでも会見場に残った印象は明白だ。中心にいるのはウオッカ。その動きをセミラミスが牽制し、ディープスカイが虎視眈々と機を窺う。
女王2人の再戦にダービーウマ娘が割って入るのか。それとも、誰もが1番人気を意識する展開そのものが勝負を分けるのか。
今年の安田記念は、ゲートが開く前からすでに始まっている。
6月7日 東京レース場 第11レース
安田記念(G1) 芝 1600m 良
『──まずパドックですが、やはり一番人気ウオッカへかなり視線が集まっていました』
パドックを上から見ていた女性リポーターの声が放送席に届く。
『ノルデンセミラミス、ディープスカイをはじめ、有力どころが周回の合間に何度もウオッカの様子を確認しています』
『いやあ、さすが府中の女帝ウオッカ。モテモテですねえ』
『
そんな下世話な会話が、実況席のエロオヤジとずん子とかいう女性リポーターの間で繰り広げられる。
『特にセミラミスは一度はっきりとウオッカへ視線を向けまして、目が合ったところで僅かに笑ったようにも見えました。ウオッカもそれに気づいて見返しています』
『おお、相思相愛』
『前走で負けた相手ですからね。セミラミスからすれば、一番意識する相手なのは間違いないでしょう』
くだらない方向へ流れかけた実況を、解説が淡々と競走の話へ引き戻す。
『ディープスカイにもセミラミスは目を向けていましたが、こちらには軽く会釈。全体として落ち着いてはいるんですが……面白いのは、ウオッカが動くたびに誰かがそちらを見るんですよね』
『1番人気ですから、当然では?』
『当然です。ただ、今日は少し多い気はしますね』
解説の声に、僅かに考え込むような響きが混じった。
1番人気のウオッカと2番人気のノルデンセミラミスの間にそこまでの開きはない。
それにしては、少し偏っているようにも見える。
『セミラミスだけではないんです。ディープスカイも見ていますし、そのほかの有力どころも確認している。今日のパドックは、ウオッカを基準に全員が互いの出方を窺っているように見えました』
1番人気なのだから注目される。それだけなら、何も不思議なことではない。
『地下バ道に入ってからも、その傾向は続いていました。セミラミスはディープスカイとはかなり自然に言葉を交わしていましたね。2人とも表情は柔らかかったです』
『妹さんのお友達でしたっけ』
『ええ。以前一緒にゲームもしていたはずです』
『なるほど、こちらは健全なお付き合いと』
『こちらは、とは?』
『いえ何も』
軽口を流して、リポーターが続ける。
『ただ、その最中にウオッカが近づいてくると、セミラミスがそちらへ目を向けまして。それにつられるようにディープスカイもウオッカを確認していました』
『ほう』
『それ以外の出走ウマ娘も同じですね。すれ違う際や、ウオッカが前を通った際にそちらへ目を向ける場面がかなり目立ちました。誰かが露骨に牽制しているわけではないんですが……』
そこで一度言葉を切る。
『皆さん、とにかくウオッカの位置を把握しておきたいように見えます』
『1番人気が完全にマークされていますね』
『まあ、そうなるでしょう』
解説はあっさり肯定した。
『府中でウオッカを自由に走らせたいウマ娘なんていませんから。ただ──』
『ただ?』
『これだけ全員の意識が1人へ向いていると、ウオッカは少し大変でしょうね。何か動けば、それを見ている相手が1人や2人ではない』
モニターの中、1番人気の少女が地下バ道を抜けていく。
その姿を、また何人もの目が追っていた。
『さて、第59回安田記念。東京芝1600m、今年は18人が春のマイル王の座を争います』
実況の声とともに、画面に枠順と人気が映し出される。
黒のジャケット、黄色と水色のチューブトップ。
『1番人気は2枠3番ウオッカ。前走ヴィクトリアマイルではノルデンセミラミスを破り、ここ府中では改めて圧倒的な強さを見せました。VM安田連覇なるか』
続いて映るのは、赤地に白襷の勝負服。
『そして僅差の2番人気、7枠14番ノルデンセミラミス。一昨年の安田記念覇者にして、シニア芝マイルG1覇者。前走で喫した敗戦から、僅か3週間での再戦となります』
『3番人気は3枠6番ディープスカイ。昨年のダービーウマ娘。前走大阪杯2着から距離を短縮し、シニアのマイル王者へ挑みます』
さらに昨年秋のマイル戦線を沸かせた7枠13番スーパーホーネット、5枠9番の古豪カンパニー、短距離ウマ娘8枠17番ローレルゲレイロ。香港からはサイトウィナー、アルマダも参戦。
実績ウマ娘が揃った一戦だが、人気は3人へと集まっていた。
『ウオッカが連勝連覇で府中の女帝たるところを見せるのか。セミラミスが雪辱を果たし隔年制覇を成し遂げるのか。それともディープスカイがまとめて差し切るのか』
そこでカメラが放送席へ切り替わる。
『本日の解説は、皇帝の導き手、園部トレーナーです。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
実況のアナウンサーとピカピカに剃り上げた坊主がその頭を下げる。
『園部さん、やはりこの3人が中心でしょうか』
『ええ。ただ、これだけウオッカへ意識が集まっているレースです。3人の力関係だけでは決まらないでしょうね』
その言葉を証明するように、画面の向こうでは既に何人もの視線が1番人気を追っていた。
『それではゲート裏のずん子さーん?』
『はぁい、現在ゲート裏ですが、ここでもやはり中心はウオッカです。先ほどウオッカが待機位置から動いた瞬間、周囲にいた何人かがほぼ同時にそちらを見ました。ディープスカイも一度確認しています。セミラミスは今はもうウオッカを見ていません。正面を向いて非常に落ち着いた様子です』
切り替わったカメラには黙々とルーティーンをこなすウマ娘。
その視線が集中するのはやはりウオッカだった。
音楽隊が生演奏するファンファーレがレース場に鳴り響く。
『ただ、ここまで見てきますと、今日のレースはまずウオッカの動きを基準に考えている、その空気はかなり強く感じます。各ウマ娘、順次ゲートへ向かいます』
『──さあ、マイルG1、59回安田記念です。体勢整って──スタートしました!』
18人、ほぼ揃ったスタート。
『さあまず何が行くか! 外からローレルゲレイロ、コンゴウリキシオーも前へ。トウショウカレッジ、アルマダ、そしてノルデンセミラミスも好スタートから前につけます』
内から先行勢が位置を取り合う。
その一段後ろ、外から滑り込むようにノルデンセミラミス。
『先頭争いはローレルゲレイロ、コンゴウリキシオー。 その後ろにトウショウカレッジ、香港のサイトウィナー。そして5番手あたり、内へ入ったノルデンセミラミス!』
すぐ後ろにも数人。
セミラミスは内2番目、逃げる集団を目の前に置く絶好位を確保した。
『1番人気ウオッカはその後ろ、中団やや前内側。その外からスーパーホーネット、ディープスカイはさらにその後ろ、現在中団です!』
『離れたところにカンパニー、そしてスズカコーズウェイ、最後方から4番のファリダットという形となります』
向こう正面。
先頭から最後方まで十数バ身。
『前はローレルゲレイロ、コンゴウリキシオーが並びかける! ペースは淀みなく流れています』
先行集団の直後。
セミラミスは動かない。
『ノルデンセミラミス、5番手内でじっとしています。前に壁を置いていますね』
『いい位置ですね。ここなら余計な脚を使わず直線まで運べます』
『そしてウオッカ──周りにいますねえ』
1番人気の周囲には、内も外もウマ娘がいる。
前には先行集団。
横にも2人。
すぐ後ろにもまた1人。
『ウオッカ現在7、8番手でしょうか。ただ、今日は少し窮屈な位置になりました』
3コーナーへ入る。
『先頭ローレルゲレイロ! コンゴウリキシオー! その後ろ各ウマ娘が固まってきた! セミラミスまだ5番手! 動かない!』
その少し後ろ、ウオッカが外を窺う。
その瞬間、外の1人も半歩前へ出た。
内を見る。
こちらも空かない。
『ウオッカ、少し位置を探していますね』
『そうですね。前も横もいます。まだ慌てるところではありませんが』
『ディープスカイはそのウオッカの後ろ! こちらは外へ持ち出せそうです!』
4コーナー、前の集団が横へ広がる。
『さあ4コーナー、ローレルゲレイロ先頭! 外からコンゴウリキシオー! セミラミスはまだ内! その後ろウオッカ! ディープスカイは外へ!』
東京の長い直線へと隊列が進む。
『直線に入りました!』
先頭ローレルゲレイロ。
『ローレルゲレイロ粘る! コンゴウリキシオー! その内後ろからノルデンセミラミス! 内を突いていく!』
直線を向いて開いた内側を突いてノルデンセミラミスが徐々に位置を上げる。
『残り400! ノルデンセミラミス抜け出してきた! ウオッカは中団で揉まれている! 』
その後方。
『ウオッカは外に持ち出した、バ場の三分どころ! 持ち出したがディープスカイが前にいる! 青の勝負服ディープスカイがウオッカの前に立ち塞がっている!』
どっとスタンドが沸いた。
『さあ中を割ってディープスカイが上がってくる! ウオッカ前が壁! 内もない! 外にも出られない! 1番人気ウオッカ、完全に包まれた! 』
ディープスカイに追従しようとしたウオッカだが落ちてきた逃げウマ娘に進路を塞がれる。
外は塞がれ内にも行けず、前にはバ群が立ち塞がっている。
『これは苦しい! ウオッカ進路がありません!』
残り300。
『ディープスカイ来た! ディープスカイ先頭! 大外からカンパニー! 内からノルデンセミラミス!』
『スーパーホーネット来ている! ウオッカ前が開かないか! 外からファリダット来ている! ディープスカイ! 内を突いてノルデンセミラミス迫る!』
バ群が横に広がりまず抜け出したのはディープスカイ。だが内からはノルデンセミラミスが、外からも差しウマ娘が襲いかかる。
残り200。
『大外カンパニー! ディープスカイ! 内からノルデンセミラミス! ウオッカ苦しい! ウオッカ苦しい! 大外カンパニー! セミラミス並びかける!』
中央から早めに抜け出したディープスカイに内から並びかけていくノルデンセミラミス。外からはカンパニーとスーパーホーネット、ファリダットが猛追する。ウオッカは未だ中団バ群の中。
残り100。
『ディープスカイ! ノルデンセミラミス! ノルデンセミラミスかわした! ノルデンセミラミス先頭!』
直線の半分を使った叩きあいを制し、ノルデンセミラミスが先頭に立った。
『──来た来た来たキタァ!!!』