驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
府中レース場、ゲート裏。
ファンファーレが遠く鳴り響く中、ゲート入りが粛々と始まっている。
出走会見からこちら、この数週間で体系化した技術でウオッカへの注目を最大限集めることに成功した。
世間の耳目も、観客の目線も、出走者の警戒も、すべてウオッカただ1人に集まっている。
だからもう、私がウオッカを見る必要はない。もう必要な仕込みは終わっている。
さて、細工は流々仕上げを御覧じろ、といったところか。
3枠に収まるウオッカに周りからの視線が集まるのを尻目に、私もゲートに入る。
内枠なのも都合がいい。外からレースをされるよりよほど。
ゲートが開く。
真っ先に飛び出した私は14番の外枠から内へと切り込んでいく。
ハナを切りに行ったローレルゲレイロやコンゴウリキシオーを前に行かせつつ、番手集団につける。
自身の位置を確定させつつ、耳だけを動かして後方に意識を向ける。
3コーナー突入時点でウオッカは中団最内で囲まれている。位置は私の2列後ろ。素晴らしい。
さあ、ここからだ。
少しずつ位置を調整する。
といっても大したことをする必要はない。ウオッカをフリーにしてはいけないのは最早共通認識だ。
私はただ、他の皆が走りやすいように整えてあげるだけ。
コーナーの途中でわずかだけ外に出す。
すると私の外に居たトウショウカレッジも影響を受けて半歩膨らみ、その後ろにつけていた香港勢も外へ、その動きが数人連鎖してウオッカも自然と外に出る。
そしてその隙間を縫って後方のウマ娘が位置を上げてきた。
……ええ、それでいい。
ウオッカの焦りが手に取るようにわかる。
それはそうだ。今の動きで、内ラチ沿いからバ群の中心に位置が悪化した。
脱出のために動いたはずがよりどん詰まりなのだから当然だ。
さあ、どうするウオッカ。
直線に向く。
ウオッカの前内側、私のすぐ後ろディープスカイが上がりたそうにしている。
対してウオッカはなんとか脱出しようとしきりに外を突こうとしているようだ。
困ったな。ディープスカイが上がるのはいいが、まだウオッカに出てこられると困る。
なにかないだろうか。
盤面を俯瞰する。
最内番手を走る私のすぐ前にはタマモサポート、少し外側にローレルゲレイロ。2人とももう辛そうだ。
……使えるな。
ローレルゲレイロへ一度だけ視線を飛ばす。気づいた彼女が反射的にこちらを警戒して、僅かに外へ寄る。
タマモサポートにも同じことをすれば、こちらは逆に内へ寄る。2人の間に、1人分には少し足りない隙間ができた
これで2人の間が開くから、私も少し内に避けてやる
その開いたレーンをディープスカイが上がっていき、こちらを意識してしまったローレルゲレイロが集中を切らして後ろに下がる。
よし、これでウオッカの包囲は継続できた。
これがあるから差しはいけない。
先頭に立つはディープスカイ。
残り300を切っている。差し脚質の彼女にとっては少し早い仕掛け。
差は1バ身と少し。
残り200を切る。
もう一度ウオッカの位置を確認。
まだ彼女はバ群に包まれている。
私がいなくなっても、もう抜けられまい。
……潮時、でしょう。
1バ身先、外側のレーンを走るディープスカイを目標にギアを上げる。
見せてもらおう。レヨを下した、ダービーウマ娘の走りとやらを。
内側からその青い勝負服に追いすがった瞬間、今まで蹴り上げていたターフが硬い地面に変わる。
抜けるような青い空の下、重コンクリートで舗装された滑走路が展開されていく。
甲高いジェットエンジンの回転数が上がる音とともに、青い勝負服のウマ娘が滑走路の端に立つ。
「げっ、セミラミスさん……!」
なるほど、これが彼女の領域か。
であれば私も出し惜しみは無しだ。
「プスカ的には、飛び立つまで待ってほしいかなーって」
「そういう訳にはいきませんね」
そもそもこの距離は私の射程内。
滑走路に騎兵の侵入を許した時点で、その飛行場は終わっている。
腰に佩いた
剣先が指すは悠長に翼を展開しているディープスカイ。
その瞬間、高らかなエキゾーストが響き渡った。
…………は?
「オラお前ら! 2人で楽しそうなことやってんな! ……俺もまぜろよ」
振り返った先には、ウマ耳の生えたポールをスラロームでかわしながら突っ込んでくる大型バイク。
その瞬間、どこからともなくガソリンと焼けたゴムの匂いが鼻を刺し、青空の飛行場が急速に薄れていく。
……何故。
どこから。
どうやって。
半バ身ほど後方に置いたディープスカイのその向こう、外から迫ってくる気配は間違えようがない。
ウオッカだ。
あり得ない。
あれだけの包囲を、この短時間でどうやって。
回りそうになる思考も全て脚へ回す。
1mでも、1歩でも前へ。
ゴール板まで、あと僅か。
横に並ばれる。
その瞬間、ただ一歩でも先へと地を蹴り抜き──。
ほとんど同時に、ゴール板を駆け抜けた。
ゴール板を通り抜け、えづきそうになる息を整えながら1コーナーのポケットで反転する。
同じく息を整えながら反転したウオッカと目を合わせる。
──どっちだった?
──わっかんねぇ。
そのままクールダウンを兼ねて並足で並走しながら電光掲示板前へと戻る。
| 東京 | 11R |
| |||
| Ⅰ | XX |
| |||
| > | 写真 |
| |||
| Ⅱ | XX |
| |||
| > | 3/4 |
| |||
| Ⅲ | 6X |
| |||
| > | X 1 X |
| |||
| Ⅳ | 4X |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅴ | 9X |
| 東京 | 11R | 確定 |
| ||
| Ⅰ | 3X |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅱ | 14 |
| |||
| > | 3/4 |
| |||
| Ⅲ | 6X |
| |||
| > | X 1 X |
| |||
| Ⅳ | 4X |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅴ | 9X |
やがて、電光掲示板の数字が切り替わった。
「──っしゃあ!!」
隣でウオッカが拳を突き上げる。
私は、しばらくその数字を見つめていた。
負けた。
また、ウオッカに。
あれだけ仕込んだ。
位置を奪った。
進路を削った。
動くたびに選択肢を潰した。
最後までバ群の中に捕まえていた。
それでも。
「……マジで勝った……!」
弾んだ声が耳に届く。
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
悔しい。
ただ、それだけではない。
つい先ほどまで感じていた高鳴りが、まだ消えていない。
むしろ結果が出たことで、より鮮明になっている。
あれだけやったのに。
あそこから来た。
私の全部を潜り抜けて、最後には横へ並んだ。
そして、勝った。
「……セミラミス?」
呼ばれて、ようやく視線を掲示板から外す。
ウオッカがこちらを見ていた。
勝った喜びを隠しきれない顔で、それでも少しだけ気遣うように。
「おめでとうございます」
口から出た言葉は、驚くほど素直だった。
「……おう!」
一瞬だけ目を丸くして、それからウオッカが歯を見せて笑う。
「ありがとな!」
眩しい。
だから余計に、腹が立つ。
「ですが」
「ん?」
「次は勝ちます」
ウオッカの顔が、さらに楽しそうに綻んだ。
「へへっ。いいぜ」
こちらへ拳を突き出してくる。
「次も負けねーからな!」
その拳を少し眺めてから、こちらも拳を合わせる。
軽い衝撃が指の骨を伝った。
「……本当に、滅茶苦茶な人ですね」
「だからお前に言われたくねーって!」
笑うウオッカにつられて、また息が漏れる。
悔しい。
腹立たしい。
それなのに。
──楽しかった。
そこでようやく、この高鳴りの正体に気づいた。
そして同時に思う。
次は。
次こそは。
………………次?
その瞬間、高鳴っていた胸の奥に冷たい鉛が落ち込んだような。そんな気がした。
次。
もう今年に府中マイルG1の開催はない。
そして、私たちはシニア2年目。
来年がある保証など、ない。
赤みがかった栗毛のウマ娘の姿が脳裏によぎる。
あのようにシニア3年目まで走る方が、有馬記念まで脚が保つ方が本来少数派なのだ。
まだ走るつもりであっても、望まぬ終わりを迎えることもある。
彼女の妹の、スカーレットのように。
それから、インタビューをこなし、2度目の2着位置での本能スピードを歌い終え。
今日こそはすぐに休みなさいと、ゼファーさんに加えカフェさんにも付き添われて寮へと戻った。
寮の廊下でお2人と別れ、自室の扉を開ける。
「おかえり」
「ただいま──」
扉を閉めて振り返ると、レヨネットが腕を組んで、耳をこちらに向けてにこやかな笑みを浮かべこちらを見ていた。
ただならぬ気配。思わず手荷物を取り落とす。
「ねぇ、楽しかった?」