驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、チーム棟、チーム”トルクラー”チームルーム。
「このたびは大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありませんでした」
そう言って私は頭を下げる。
相対しているのは、現在レヨを担当している猿田トレーナーだ。
「いやいやそんな頭下げんで。もう仲直りしたんやろ」
「はい」
「やったらええやんか。まあ座り」
お言葉に甘えて椅子に腰掛け、手元の袋から菓子折りを差し出す。
お詫びの定番、と◯やの一口羊羹詰め合わせである。
「ええてそこまでせんで。レヨと食べたらええやろ」
「そういうわけには。それに、部屋に置いておくとレヨが際限なく食べますので」
「お姉ちゃん!!」
昔からレヨは甘いものに目がない。特にあんこや黒蜜系には。
普段ならともかく、流石に宝塚前の時期に太り気味はまずい。
レヨが横で抗議の声を上げているが、小学生の時に羊羹一本食いしたのをまだ忘れてないからな私は。
「そうかぁ……。ほなありがたくもろとくわ」
そうして彼は横にいたアドマイヤムーンさんへ羊羹の箱を手渡す。
レヨがちょっと目で追っていたので、尻尾でぺしりと牽制しておく。
部屋用に小さいのも買ってあるのだから意地汚い真似をしないでほしい。
「……まあ、仲直りはできたようで何よりやな」
「はい。ご心配をおかけしました」
「……私からも。色々、聞いてもらってたし」
「担当なんやから、それくらいは仕事のうちや。せやけど次からは、溜め込む前に言いや。2人ともな」
私とレヨは揃って頷いた。
猿田トレーナーはしばらく私達を見比べ、それから苦笑する。
「ほんま、似た者姉妹やなぁ」
そうだろうか。隣を見ると、レヨもちょうどこちらを見ていた。どうやら向こうも同じ疑問を抱いたらしい。
「どこがですか」
「そうでしょうか」
ほとんど同時だった。
横で羊羹の箱を抱えていたアドマイヤムーンさんが小さく吹き出す。
猿田トレーナーも肩を揺らしていた。
「ほら、そういうとこや」
釈然としないまま視線を戻すと、レヨがまだ羊羹の箱を気にしていた。
部屋用に一口羊羹の小箱を買ってあると伝えると、少ないと不満を言われたので、宝塚が終わったら追加すると約束する。
無事に走りきれたら、と念を押せば途端に機嫌が直った。
そんな私達を見て、猿田トレーナーは今度こそ安心したように息を吐いた。
「まあ、オレとしちゃそろそろ勝ってほしいとこやけどな」
「それは無論です。G1をたった1勝程度で満足していただいては困ります」
お姉ちゃん、と声をあげるレヨをよそに、猿田トレーナーとアドマイヤムーンさんは何とも言えない顔で天を仰いだ。
「……うん。もう心配いらんな、これは」
「ですね」
何をもってそう判断されたのかは分からない。
ともあれ、これで一件。
まだ謝らなければならない相手は残っている。
私はレヨをその場に残し、部屋を辞した。
ここからは個々人。
まずはウオッカだ。
レヨによれば、直接今回の喧嘩のことは伝えていないらしい。
確かに去年の安田記念以降、レヨとウオッカは公式に対戦する相手だ。弱みをあまり晒せないのも分かる。
実際、最近はあまりレヨのことでどうこうウオッカから言われたことがない。
……思えば、カフェテリアでレヨとウオッカの会話を立ち聞きしたのはちょうど2年前か。
「なっ!? お前らまだそれやってたのかよ?」
確かに、あの話はたしかクラシック安田記念の前だからそういう反応になっても無理はない。
その場では立ち話だったのもあって、今度飯でも奢れよな、で片がついた。
持つべきものは友人、なのだろう。
次に向かったのは遠征支援委員会室。
「ふふ……本当に仕様のない人だ……」
事の次第を報告すると、開口一番、苦笑しながらそう言われた。
……返す言葉もない。
しばしコーヒーを片手に談笑した後、そういえば、とジャーニーさんが思い出したように口を開く。
「宝塚を回避されるとのことですが、先日のお約束はどうしましょうか」
すなわち、次は6月の仁川で、負けたほうが勝ったほうをもてなす、という約束だ。
……確かに、目標を安田に変更したことで彼女との約束も反故にしてしまったことになる。
「事後で申し訳ありませんが、無かったことにさせてください。埋め合わせはいたしますので」
「ほぅ」
私の言葉を聞いて、彼女は口を三日月のように歪めて片眉を上げ笑う。
……早まったか?
「では、こういたしましょう。私がレヨネットさんに負ければ、妹さんとお2人をおもてなしさせていただきます。代わりに、私が勝ったらセミラミスさん、貴女にもてなしていただきたい」
……まあ妥当なところか? 別に私は損していないわけだし。
「構いませんよ。レヨは甘いものが好きですのでご用意をお忘れなく。あとコーヒーより紅茶や緑茶のほうが好きですので」
「存じておりますよ」
……ジャーニーさんにそこまで言ったっけ? 言ってない気がするけど。まあいいか。
「ですが、これではセミラミスさんの方が多く取ることになってしまう。それに、再戦の約束が延びた分もあります。私が勝った場合のおもてなしには、もう少し色をつけていただきましょうか」
これが狙いか。
「噂によれば、セミラミスさんの膝枕は絶品だとか。ついでにカワイイの修行の成果も見せていただきましょうか」
「……それは」
一体どこから漏れた。それを知っている人物は限られるはずだが。
そう訝しんでいると、ジャーニーさんから追撃が入る。
「……おや、レヨネットさんが勝てないと思っておられるのですか?」
「やってやろうじゃありませんか。なんなら丸1日メイド服でご奉仕いたしましょうか?」
「よろしいのですか? ではそれでお願いしますよ」
なんか勢いでとんでもない約束をしてしまった気がするがまあいいだろう。
多分、きっと、めいびー。
トレセン学園、チーム棟、チーム”アダフェラ”チームルーム。
「このたびは私事で多大なご迷惑をおかけしたうえ、皆さんにはご尽力までいただきまして、誠に申し訳ありませんでした」
眼前に並ぶのは、トレーナーさんと椿さん。そして指導ウマ娘のバクシンオーさん、フライトさん、ゼファーさん。
下げていた頭を上げると、皆さん困惑顔だった。
代表するようにトレーナーさんが口を開く。
「そんなこと、担当なのですから当然でしょう。謝るようなことではありませんよ」
トレーナーさんは呆れたようにそう言った。
他の皆さんも概ね同意見らしく、揃って苦笑している。
……まあ、そう言われるだろうとは思っていた。
それでも、知らないところで随分と動いていただいたのだから、何も言わないわけにはいかない。
「……ところで」
不意に、トレーナーさんが目を細めた。
「貴女、どうしてそこまで知っているのですか? 猿田トレーナーにも菓子折りを持っていったそうですね?」
「ああ、それはカフェさんに聞きました」
時は先日、安田記念のすぐ後に遡る。
トレセン学園、旧校舎、理科準備室。
隣の実験スペース含め誰も居ない、カフェさんの趣味の部屋。
そこへ、先日のあとで自分もお願いしたい、というカフェさんのお願いを叶えるべく訪ねていた。
「…………あぁ……」
3人がけソファの端に座り、カフェさんの頭を膝に乗せて耳の入口を耳かきでマッサージする。
すっかりリラックスした様子のカフェさんが、おそらく口を滑らせたのはそんなさなかであった。
「……皆さんにも、きちんと……お礼を言われたほうが……よろしいですよ。ずっと、心配して、おられました……」
そうだったのか、と納得しそうになってふと違和感を覚える。
皆さん? ずっと?
それは無論沢山の人に心配をかけただろうが、なぜそれを、カフェさんが知っているのか。
「……カフェさん」
「……はい」
「なぜ、皆さんがずっと心配していたとご存じなのですか?」
カフェさんの黄色い瞳が、明確に泳いだのを私は見逃さなかった。
今までやわやわと撫でていた耳の付け根を、ぐいっと揉み込む。
「あぁっ……きもちいい……」
「カフェさん、誰が、いつからですか?」
「あっ……それは……その」
カフェさんが言い淀む。
……あまり使いたくはなかったが、致し方あるまい。
アルティメットカワイイ砲、全力発射だ。
耳の付け根を揉み込みながら、耳の中でも特にぞくりと来る、迷走神経の走るあたりを耳かきの先でやさしく刺激する。
上体を折って自らの胸でカフェさんの視界を塞ぎつつ、カフェさんの耳に口を寄せた。
「私の温度を……感じていてください……。私の声だけを……聞いてください……」
「……あっ」
「そのミーティングとは、いつ、誰が参加していたのですか?」
「あっ、あっ……マイルCSのすぐ後……あっ……吉富とれーなーと、椿トレーナーと、あっ──」
「カフェさんから、少々」
「少々?」
少々である。
ちょっと尊みを過剰摂取したアグネスデジタルさんのように、尊厳が危うい感じになってしまったが。
責任を持って戸締りを済ませ、美浦寮の自室までおぶって送り届けたので許してほしい。
前に差し上げたキーホルダーを鍵束につけてくださっていたのがとても嬉しかった。
「……少々、ですか」
トレーナーさんは何とも言えない顔をしたが、それ以上は追及しなかった。
椿さんも同様である。バクシンオーさんだけは何やら納得したように大きく頷き、フライトさんとゼファーさんは顔を見合わせて苦笑していた。
「事情は分かりました。ですが、先ほども言った通り、私達は必要なことをしただけです」
「それでもです。私は、自分の知らないところで皆さんに随分と気を揉ませていたようですから」
改めて頭を下げる。
「本当にありがとうございました。おかげさまで、レヨとはきちんと話すことができました」
「それならば何よりですッ!」
真っ先に声を上げたのはバクシンオーさんだった。
続いてフライトさんが、ほっと息を吐く。
「ほんと、心配したんだからね。もうあんなに拗らせないでよ?」
「……善処します」
「そこは断言してほしいんだけど」
耳が痛い。
椿さんからも、今後は競技に支障が出るほど抱え込まないように、と念を押される。
ゼファーさんには、あの時そばについていただいたことについて改めて礼を告げた。
「お気になさらず。トレーナーさんから頼まれたことでもありますし、それに……私も、心配していましたから」
穏やかにそう言われ、また申し訳なさが込み上げる。
最後に、持参した焼き菓子の大箱を机に置いた。
「こちらは皆さんでどうぞ」
「……自分のチームにまで菓子折りを持ってくるとは思いませんでしたよ」
トレーナーさんがとうとう額を押さえる。
「それとこれとは別です」
「そういうところは、本当に律儀ですねぇ」
ともあれ、これでまた一件落着。
少なくとも、自分が把握している範囲で迷惑をかけた方々には、きちんと頭を下げることができた。
持ち込んだ焼き菓子と、私が淹れた紅茶で一息つくと、トレーナーさんが私を見て口を開いた。
私も真剣な話だと直観して居住まいを正す。
「今後のお話ですが」
来た。
7月から始まる夏合宿、秋以降のG1シーズン。
どのようにローテーションを組むのか、中距離挑戦は、3階級制覇は続行するのか──。
「一旦、6月一杯は休養を命じます」
「……え?」
「調整と基礎練習以外は休養とします。肉体的にも精神的にも休みを取ってリフレッシュしなさい」
ウオッカとの再戦は。全てを振り絞ってなおマイルですらレースで勝てなかったというのに。
2000mでどのように戦うかすら目処が立っていないというのに。
「今後のローテーションについては合宿前に話しましょう。それまで休みなさい。宝塚記念が終わったら妹さんと遊びに行ってもいいでしょう」
「……はい。承知いたしました」
──思いがけず、暇になってしまった。