驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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第一部 理想の仮面 デビュー前
002 北のセミラミスとティアラ組(前編)


 休み時間の教室。

 クラスの雰囲気はいつになく浮ついたものだった。

 無理もないだろう。いよいよ今シーズンの選抜レースの日程が発表されたのだ。

 本格化を迎えつつあるウマ娘が集まっているこのクラスでは、どの距離に登録するのか、どんなトレーナーについてほしいのかといった話で盛り上がっている。

 

「ねぇ、セミちゃんはどの種目に出るの?」

 

 次の授業の準備をしていると、突然後ろから話しかけられて少し肩がはねた。

 急いで笑顔を整え、彼女らに向き直って返事をする。バクシンオーさんなら話しかけられたのを無下にしたりしない。

 

「そうですね、芝の短距離とマイルで登録しました。第一希望は1200mですね」

「ほらやっぱり、セミラミスはちゃんとしてるに決まってるじゃない。ちゃらんぽらんなアンタとは違うのよ」

「あぁん、カメちゃんひどぅい。あたしだってちゃんとG1で爆逃げしたいって考えてるもん!」

 

 ちゃんとしてる? 本当に? 

 たぶん、そう見せることだけは、もうずいぶん上手になった。

 

 賑やかな声の中で、私はノートを開いたまま、指先でページの角を折り込む。

 ……私は、どうすればいいんだろう? 

 

 サクラバクシンオーを超える。それはあのときから変わらない目標だ。

 でも、どう走りたいなんて。そんなこと考えたことがなかったかもしれない。

 

「わたしはやっぱり差しね。こう最終直線で大外からギュンって」

「マーちゃんは逃げでしょうか。ずっと映る位置ですし、短距離で後ろはつらいので。セミラミスはどうなのです?」

 

 一瞬言葉に詰まる。どんな走り? そんなの……

 

「……私は先行ですね。道中好位につけて、直線で一気に先頭へ」

「おー、やっぱり王道だね!」

 

 何度も何度も繰り返し見たあの走り。

 私には、それしかない。

 

「さっすが優等生は言うことが違うわね。今日返ってくるテストも自信あるんでしょ?」

「いえいえそんな、私なんて……」

「もー、ケンソンしちゃってー!」

 

 危なかった。ちゃんと謙遜に見えているだろうか。

 ……うん、大丈夫。今の笑い方、いつも通りだった。きっと、ただの照れ隠しにしか聞こえてない。

 もっと自信を持って、堂々としてなくちゃ。私の理想は、バクシンオーさんはそんなんじゃない。

 

 そのとき、チャイムが鳴って先生が教室に入ってきた。

 クラスのリーダー格の子に促され、雑談に興じていたクラスメイトたちも席へと戻る。

 栗毛の彼女の仕切りがこれほどありがたかったことはなかった。

 

 

 

「さあ、今日はみんな待ちに待ったテストの返却日だ!」

 

 先生の言葉に教室のそこここからえーという声が上がる。

 私はまだお世話になったことがないが、この先生の補習は大変丁寧で評判だ。つまりそれは練習時間がたいへん削られるわけで、人気不人気は半々といったところか。

 

「やっぱり先生的には90点は取ってほしかったんだが、難しかったみたいだな。例によって60点以下だった人は楽しい補習にご招待だ。さあ出席番号順に取りに来い。アストンマーチャン!」

 

 自己採点では3問ほど落としていたので、80点台といったところだろうか。

 先生の期待に届かなかったのが心苦しい。次はもっと頑張らなければ。バクシンオーさんならテストで悪い点なんてとったりしない。

 

 予習復習をもっとやったほうがいいだろうか、それともテストの時間配分を見直す? そんなことを考えていると、クラスメイトの喜びの声に現実に引き戻される。

 

「いよっしゃぁ! 補習回避だ!!」

「こらウオッカ騒ぐんじゃない。まあよく頑張ったな」

 

 ウオッカさん。鹿毛の髪を後ろで一括りにし、右目を隠す髪型に入った流星が目を引くウマ娘。

 第一印象だとちょっと怖い娘かと思っていたが、こんな私にもフランクに話しかけてくれるいい人だ。

 絶対補習になるわけにはいかないというのでちょっとアドバイスしたが、無事に補習を回避できたようでなによりだった。

 

 その後も次々とテストが返却され、ガッツポーズをするもの、床に崩れ落ちるものと悲喜こもごもが展開される。

 

「ダイワスカーレット。惜しかったな。だがよくやった」

「はい先生、ありがとうございます!」

 

 先生に一礼してテスト用紙を受け取り、振り返った彼女と目が合う。

 

 ダイワスカーレットさん。明るい栗毛のツインテールをなびかせ、頭上に輝くシルバーのティアラがトレードマークのウマ娘。

 私なんかと違って勉強もレースも生活態度もどれもきちんとこなす本物の優等生。

 でも私はあの目が苦手だ。あの緋色の目で見られていると弱い自分を見透かされているようで、蛇に睨まれた蛙のような気分になってしまう。

 いけないいけない。表情を、笑顔を保て。理想のとおりに。

 

「次、ノルデンセミラミス。大変結構だ。この調子で頑張れよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 先生からテスト用紙を受け取り、素早くチェックする。

 三角が3つ、92点だ。

 この先生はコメントでだいたいの点数がわかるので受け取る前から90点台なのはわかっていたが、どうやら思ったより部分点がついたらしい。

 

 安堵しつつも、次はもっと見直ししてミスしないようにしなくちゃと考えながら踵を返すと、教卓前の一番前に座る彼女とまた目があった。

 ものすごい目力で私を穴のあくほど見つめてくるダイワスカーレットさんに、慌てて足早に席へと戻る。

 あまりの恐怖に表情がこわばっていなかっただろうか。正直あまり自信がない。

 

 

 テスト返却がつつがなく──何人か大事な選抜レース前に補習をくらって崩れ落ちていたのを見なかったことにすれば──済み、テスト返却を考慮してかいつもより少ない授業内容が終わった。

 時計を見るとお昼休み目前となっており、腕時計をちらっと見た先生もこれ以上授業を進めるつもりはないようだった。

 

「よし、キリもいいし授業はここまでにしておくか。みんなも腹が減っただろ」

 

 今度はテスト返却時とは打って変わって歓声が上がる。

 このあたりがこの先生の人気不人気が半々な理由だろう。

 

「ああそうだ、作文の宿題を回収しなきゃな。“私の名前、そして私の目標”、ちゃんと書いてきたか? いつも同じ人に頼むのはなんだから……」

 

 いつものように立ち上がりそうになっていたダイワスカーレットさんを手で制しつつ、先生は出席簿と腕時計を見比べる。

 

「そうだな、ノルデンセミラミス。昼休み中に宿題を回収して職員室に持ってきてくれ」

 

 そんじゃチャイムが鳴ったら終わっていいぞ、と先生は続けて教室から出ていった。

 

 ちょっと面倒だな、そう思う心を押し潰して笑顔を作る。バクシンオーさんならこんなとき嫌な顔をしたりしない。

 そうして課題を集めようと声を上げかけると、ちょうどチャイムが鳴り始めた。

 それとほぼ同時に作文用紙が机に叩きつけるように置かれる。

 

「じゃあセミちゃんよろしくっ! あたしは食堂の席取っとくから!」

 

 そういって彼女はカバンを引っ掴むと嵐のように教室から飛び出していく。

 

「こらスプマンテ! 廊下は静かに走らんか!」

「ごめんなさいぃぃぃい!!」

 

 クイーンスプマンテ。栗毛のショートヘアで、左耳にぶどうの蔦をあしらった王冠の髪飾りをつけたウマ娘。

 ちょっとそそっかしくて噂好きだけどとってもいい子。さん付けで呼ぶと堅いとすねるので呼び捨てにしているがなかなか慣れない。

 こんな私にクラスで最初に話しかけてくれて、最初に友だちになってくれた。彼女にはなにか不思議な縁のようなものを感じる。

 

 そうこうしていると、机の上の私とクイーンスプマンテの課題の上に次々とクラスメイトが課題を積み上げていく。

 

「それじゃよろしくー」

「頼んだぜ」

「よろしくお願いするのです」

 

 誰もいなくなった教室で、原稿用紙をトントンとひとまとめにしてカバンと一緒に持ち上げる。

 さて、そろそろ行きますか。

 視線を下げると、上下がひっくり返った一番上、つまり自身の名前について調べた自らの字が否応なく目に入る。

 

 “北欧のセミラミス”

 北欧三国を統一した女傑にしてカルマル同盟の女主人。

 私は、そんな大層な人物の名を冠するには、ふさわしくない。

 




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