驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
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【今日の注目ポイント】中山で秋の短距離王決定戦・スプリンターズS
10月4日(日)は中山・阪神の2場開催となっている。
■スプリンターズSでノルデンセミラミスが史上初のG1・3連覇に挑む
中山11Rは芝1200mのスプリンターズステークス(GI)。秋の短距離王決定戦で最大の注目を集めるのは、同レース3連覇を目指すノルデンセミラミスだ。
クラシック春の桜花賞でG1初制覇を飾ると、NHKマイルC、安田記念、スプリンターズS、マイルCSを次々に制覇。シニア1年目には高松宮記念、ヴィクトリアマイルを勝ち、海外遠征でもキングズスタンドS、ゴールデンジュビリーS、ジュライCを制して英国短距離G1・3連勝を達成した。帰国後もスプリンターズS、マイルCSを連覇し、暮れには香港スプリントまで制覇。国内外で短距離・マイル路線の頂点に君臨してきた。
今年は中山記念から始動して高松宮記念を連覇。ヴィクトリアマイルと安田記念ではウオッカの後塵を拝したものの、短距離ではいまだ敗戦がない。
秋初戦となった前走セントウルSでは、好位から危なげなく抜け出してアルティマトゥーレに1バ身差をつけて快勝。自身3度目となる同レース制覇を果たした。天皇賞(秋)への挑戦を見据えて持久力強化に取り組む中での一戦だったが、短距離戦で求められる発走、位置取り、加速のいずれにも衰えがないことを結果で示した。
今回勝てば、スプリンターズS・3連覇。そしてURA同一G1を3年連続で制する史上初の快挙となる。
さらに注目されるのが、セントウルS後の勝利者インタビューで飛び出した発言だ。
セミラミスは「次は余力を残すことを考えず、最後まで走ってみようと思います」とコメント。続く共同会見では、これまで勝負が決したあとまで着差を広げようとは考えてこなかったと説明し、近年の短距離戦について最後まで勝敗が分からないレースが少なかったとの認識も示した。
その言葉通りならば、今回はこれまでとは異なる走りが見られる可能性もある。国内の1200m戦では、必要以上に大きな着差をつけることが少なかった女主人。「最後まで走る」と宣言した今回、どのようなレースを見せるのか。
対する筆頭はローレルゲレイロ。春の高松宮記念では果敢に先手を奪い、セミラミスの2着に粘り込んだ。持ち味は何と言っても前半から積極的に運べるスピード。今回もハナを主張するならば、その刻むラップがレース全体の流れを大きく左右することになりそうだ。
ビービーガルダンも侮れない。昨年のスプリンターズSでは4着。今年も春から短距離重賞で安定した走りを続けており、悲願のG1タイトルを狙う。前走セントウルS2着のアルティマトゥーレにとっては、わずか3週間で迎える再戦。前走からの上積みがあれば逆転の可能性も十分にある。
同一G1・3連覇は、過去にメジロマックイーンが天皇賞(春)、デュランダルがマイルCSで挑んだものの、ともに達成ならず。いずれも1番人気に支持されながら、マックイーンは2着、デュランダルは8着に敗れている。ノルデンセミラミスが勝てば、URA・G1史上初の快挙となる。
前人未到のG1・3連覇か。それとも、絶対女王を止める新たな短距離王者が現れるのか。
そして、「最後まで走る」と宣言したノルデンセミラミスは、果たしてどのような走りを見せるのか。
秋の中山、6ハロンの電撃戦に注目が集まる。
関連情報
出走表 スプリンターズステークス
オッズ スプリンターズステークスの人気をチェック
予想 スプリンターズステークス、プロの◎は
特集 史上初のG1・3連覇なるか
中山レース場、重賞用控室。
「今日勝てば、史上初ですね」
最終確認を終えたトレーナーさんが、ふと思い出したように言った。
「何がですか?」
「同一G1・3連覇ですよ」
「ああ」
もちろん忘れていたわけではない。
一昨年、昨年と勝っているのだから、今年も勝てば3連覇になる。共同会見でも散々聞かれた話だ。
「……もう少し緊張してもいいんですよ」
「緊張すれば速く走れるのであれば、努力しますが」
「そういうところですよ」
困ったような笑みを浮かべたトレーナーさんが、私の脚へ視線を落とす。
「脚は?」
「問題ありません」
軽く足首を回し、何度か踵を上げる。
張りも違和感もない。呼吸も平常通りだ。
「まあ、貴女の場合はそうでしょうね」
そう言ってから、トレーナーさんは少しだけ表情を和らげた。
「それでも、3年間ここへ出てきて、3度目に挑めるというのは大したものですよ」
「はい。それは私も嬉しく思っています」
故障もなく、今年もここにいる。
それ自体が当然のことではないと、今はよく分かっている。
それもこれもトレーナーさんの管理と、椿さんの献身の賜物だと言っていいだろう。
「なら結構です」
トレーナーさんはそれ以上何も言わず、時計を確認した。
「そろそろ行きましょうか」
「はい」
トレーナーさんが私に歩み寄り、肩に手を置いてそのまま肩口から腕までを撫で下ろす。
出走前のいつものルーティンだ。だが──
「では、今日もいつもどおり──ではありませんでしたね」
トレーナーさんが言葉を切る。
そう。今日はいつも通りというわけではない。
最後まで踏み込む。……きっと、最後だから。
内心の私の思いを見透かしたように、老練な瞳がこちらを見据える。
「楽しんでいらっしゃい」
「はい、行ってきます」
中山レース場、パドック。
パドックへ出た途端、歓声が押し寄せてきた。
「セミラミスー!」
「3連覇頼むぞー!」
「史上初、見せてくれー!」
随分と期待されているらしい。
視線を上げればスタンドにも『3連覇』の文字がいくつも見える。
確かに同じ中央G1を3年続けて勝った者はいない。名優も、聖剣も、届きはしなかった。
その最初になれるかもしれないのだから、注目を集めるのも当然なのだろう。
とはいえ、今から考えて何かが変わる話でもない。
いつもどおり歩きながら、周囲へ視線を巡らせる。
ほどなくして、見慣れた海老色の胸甲姿の勝負服を見つけた。
ローレルゲレイロさん。
歩様に硬さは見られない。
短距離に適応したトモはパンと張り、それでいて耳や表情からは十分な気合が感じられる。
前走から見れば明確に状態を上げている。
良い仕上がりだ。
これなら食いでがありそうだった。
「……何?」
不意にローレルゲレイロさんがこちらを向いた。
「何がですか?」
「さっきから見てるでしょ」
「ええ。調子が良さそうだと思いまして」
「当たり前じゃない。今日こそは逃げ切ってやるんだから」
少し呆れたように返される。
そうだ、それでこそ。そうでなくては困る。
「期待しています」
「……だから、その言い方やめろって」
「何かおかしいでしょうか」
「アンタに言われると腹立つのよ」
ローレルゲレイロさんは鼻を鳴らす。
「まあいいわ。今日はその余裕ごと置いてくから」
「それは楽しみですね」
「……ほんっと、そういうとこよ」
それきり互いに前へ向き直る。
やがて周回を終え、パドック中央のステージへ上がる。
名前が呼ばれると同時にひときわ大きな歓声が上がった。
それに応えて片手を上げ、スタンドへ向けて一礼する。
「3連覇頼むぞー!」
また聞こえた。
随分と期待されている。
ならば、応えられるよう努めよう。
短いアピールを終え、地下バ道へ向かった。
コンクリートに囲まれた通路へ入ると、先ほどまでの歓声が一気に遠ざかる。
響くのは蹄音だけ。
呼吸に乱れはない。脚も軽い。
問題ない。
これなら、最後まで。
やがて出口が近づき、遠ざかっていた歓声が再び大きくなる。
地下バ道の先には秋の陽射し。次の瞬間、スタンドからの大歓声が全身を包んだ。
中山、芝1200メートル。
3度目のスプリンターズステークスへ、足を踏み入れる。
中山レース場、関係者席。
「へえ。ローレルゲレイロを本命にしてる人もいるんだ」
指導用のタブレットを手にしたノースフライトが、NetRaceの予想記事を閲覧している。
「『本命ローレルゲレイロ。女主人を倒すなら今回しかない。天皇賞(秋)を見据えた調整過程、近2走のマイルG1連敗、セントウルステークスから中2週。そして8枠16番の大外枠──』だって」
彼女は微苦笑を傍らのウマ娘へと向けた。
「なるほど!」
「納得するんだ」
「予想は自由ですから! それにゲレイロさんも立派なスプリンターです!」
「まあ、そうだけどね」
昨年までは唯一のスプリンターズステークス連覇者だったウマ娘。
かつてこの地で、最後の愛の鞭として今も残るレコードを残して引退したウマ娘は、今や穏やかに本バ場入場を見下ろしている。
「でもセミラミスちゃん、短距離じゃ負けたことないんだよね」
「はい!」
「前走も勝ってるよね」
「はい!」
「しかも今回は、最後まで走るって言ってるんでしょ?」
「はい!」
答えてから、少しだけ間が空いた。
最後まで。
そう。
あの娘は、確かにそう言った。
「……この予想した人、勇気あるね」
「素晴らしいことです!」
「バクちゃん、それ褒めてる?」
「もちろんですとも!」
そう答えながら、視線をコースへ戻す。
名前が呼ばれるたびに歓声が上がる。
そして、ひときわ大きなそれが中山のスタンドを揺らした。
『8枠16番、ノルデンセミラミス!』
赤地に白襷の勝負服が、芝の上へ現れる。
3度目のスプリンターズステークス。
勝てば史上初の3連覇。
だけども、それはもうよいのです。
私はターフを駆ける教え子を目で追う。
ポケットの中、Ⅲのピンがついた略綬の台を指先で弄ぶ。
昨年のこの日に一度は断った役目を、今年は引き受けた。
帰ってきたあの娘の胸へ、これをつける。
そのことは、もはや疑っていません。
最後まで走る。
勝つために必要なだけではなく。
勝負が決まったところまででもなく。
ゴールまで。
あの娘がそう走ったとき、いったいどこまで行くのだろう。
かつて私は、あの娘に行けるところまで行ってほしいと願った。
私たちが走った場所も。
私たちが走れなかった場所も。
私たちには想像もできなかった場所も。
その先へ進んでいく姿を、ずっと見てきた。
そして、この中山にも。
私が最後に置いていったものが残っている。
あの日から、随分と経った。
『あたしは、バクシンオーさんを超えるウマ娘に、ぜったいなります!』
長かった。
本当に長かったけれども。
かつての幼子は、その言葉を現実のものとしてくれた。
そして今。
あの娘は、最後まで走ると言ってくれた。
ならば──。
もしかしたら。
今日、見せてくれるのではないでしょうか。
もしかしたら。
あの日、私がこの場所へ置いていったものすら──。
「……バクちゃん?」
傍らから聞こえた声に、我に返る。
「なんですか?」
「いや。すっごく楽しそうだから」
「はい」
否定する理由などなかった。
「楽しみですとも」
返しウマを終えた出走ウマ娘たちが、順にゲートへ向かっていく。
1人、また1人。
やがて真紅の勝負服もその中へ消えた。
随分と待ちました。
本当に、長かったですね。
さあ、行ってください。
貴女の脚が行けるところまで。