驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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021 実質的保護者会

 昼過ぎ、トレーナー室。

 いつぞやノルデンセミラミスと面談を行ったその机に、3人が腰掛けていた。

 1人はこの部屋の主である吉富トレーナー。もう2人のウマ娘は、本来ならあまり吉富トレーナーと関係がないはずのノースフライトとマンハッタンカフェである。

 

 静寂が場を支配している。

 別に仲が悪い訳ではなく、誰かを待っているようだ。その証拠に、ティーカップとお茶菓子の皿は4人分ある。

 まだか、というようにフライトが腕時計をちらりと見た。

 

 その時、スココココンと高速でドアがノックされる。

 そしてトレーナーが返事をした刹那にドアが開けられた。

 

「失礼します! お呼びとうかがいました!!」

 

 サクラバクシンオーの登場である。

 どうやら3人は彼女の到着を待っていたようで、席に通されると早速吉富トレーナーが口を開いた。

 

「皆さん、ご足労いただきありがとうございます。ご存知の通り、私が担当しておりますノルデンセミラミスさんの件でお集まりいただきました」

 

 続いて彼女の口からこの会の趣旨が語られる。

 曰く、先日のセミラミスの一時的な失踪事件に関わる話であること、ここでの話は個人情報に関わるため口外しないこと等である。

 あらかじめ話に予想がついていたのか、各々に異論はないようだった。

 

「では、この場はノルデンセミラミスさんのメンタルケアについてのお願いと話し合いの場としたいと思います」

 

 よろしいですか、と見回す吉富トレーナー。

 これまた異論はないようで、皆一様に(バクシンオーだけは元気よく)頷く。

 

「まず、個々には聞いている話もあるかとは思いますが、マンハッタンカフェさん、ノルデンセミラミスさんを保護した際の経緯をお聞かせ願えますか」

 

 そう振られたカフェが口を開く。

 

「あれは……先日の夕方。旧理科準備室前の廊下で……憔悴した様子の、セミラミスさんを……見かけました」

 

 そうして彼女を理科準備室で保護して話を聞いたと続ける。

 周囲からのプレッシャーに耐えきれず逃げてきたこと。

 親友や先輩からクラシック出走の夢を託されたこと。

 自らが雑誌に掲載され、妹やクラスメイトや先輩から分不相応な期待をかけられたこと。

 もし結果を残せなかったら失望されてしまうと言っていたこと。

 そしてなによりも──。

 

「……しきりに、自分を卑下するような……そんな発言が、気になりました」

 

 カフェが話し終わった後、しばし沈黙が場を支配する。

 それぞれ自分の発言に心当たりがあったからだ。

 先輩と濁されたところでカフェの視線がそれぞれを向いたので彼女らも誤解のしようがなかった。

 

「マンハッタンカフェさん、ありがとうございます。よくあの娘を見つけてくださいました。おかげさまで、今のうちにこうして対応ができました。それについても感謝申し上げます」

 

 カフェの説明に、そしてセミラミスを保護してくれたことに吉富トレーナーは感謝し頭を下げる。

 カフェは言葉少なに、放っておけなかったので、と返して続けるよう促した。

 

「今回の一件は、ひとえに私が彼女の精神的負荷を見誤っていたことが原因です。特にマンハッタンカフェさんには厚かましいお願いではありますが、彼女のメンタルケアにご協力願えませんでしょうか」

 

 そう言ってトレーナーは再び深々と頭を下げた。

 それに対してフライトもバクシンオーも慌てて頭をあげさせる。それぞれ自らの不用意な発言に負い目があったからだ。

 

「そんなに謝らないでください。もとはといえば私が不用意に、楽しみにしてる、なんてプレッシャーをかけたから……」

「フライトさんのせいではありません! 見守ってやれと言われていたのに、嬉しくなってつい声をかけた私が悪いのです!」

 

 眉をハの字にして落ち込むフライトの肩を抱いて慰めつつ、自分にも非があったと言うバクシンオー。

 麗しき友情ではあるが、カフェはバクシンオーの不用意な一言を聞き逃さなかった。

 

「……誰に、ですか?」

 

 沈黙。

 

 バクシンオーの目が完全に泳いだのを見逃さなかった吉富トレーナーがバクシンオーの真横に椅子を引っ張っていき座る。

 そして机の下にしまわれていた卓上ライトを取り出して尋問体勢に入った。

 

「こうなったらもう隠し事は無しですよ。よろしいですね?」

「ちょわぁ……、カツ丼を所望しますッ!」

「あるわけないでしょう……」

「バクシンオーちゃん……」

 

 ごまかしきれないと見て刑事ドラマ定番の要求をしだしたバクシンオーに、眉間にシワを寄せて渋面を作るカフェと呆れるフライト。

 たちまちのうちにベテラン刑事に転職した吉富トレーナーによって、バクシンオーはことの経緯を洗いざらい吐かされることとなった。

 

 すなわち、引退レース前の2人の会話からなにから全て。

 自身に比肩するウマ娘が今居ないというなら2人で育てようとなったこと。

 引退レースとなったスプリンターズステークスにて、自身を超えてみせると宣言してくれたウマ娘がいたこと。

 当時と雰囲気がかなり変わっていたのでなかなか気づけなかったが、実際に成長したそのウマ娘がトレセン学園に入学してきてくれたこと。

 その時教官の補助をやっていたフライトが関係構築を始め、自身はアルケスにスカウトさせるべく明石トレーナー父娘の説得にあたったこと。

 結局、アルケスへのスカウトは失敗したため現在に至るということ。

 

 全容を聞いた吉富トレーナーは呆れたとばかりにため息をつく。

 2人のウマ娘の約束が、今現在に至る数年越しの陰謀として自身の教え子の背景に隠れていたのだから無理もない。

 

「しかしこの、ウマ娘に対しては誠実かつルールや信義にはギリギリもとらない絵図。確実にあの狸親父が描いていますね」

「狸親父……梧郎トレーナーがですか?」

「ええ。今でこそ好々爺然としていますが、若い頃は散々浮名を──いえ、その話はいいでしょう」

 

 いずれにせよ問題はこれからのことです、と続ける。

 

「思惑に乗るのは癪ですが、あの人はウマ娘のためにならないことはしないはずです。後でゴルフにでも誘っておきます」

「やっぱり若い頃になにか……?」

「まさか。私は旦那一筋です。それより今はあの娘のことですよ」

 

 そう言って吉富トレーナーはセミラミスに話題を戻した。

 曰く、私は彼女のことを自己主張が激しくない優等生タイプだと思っていましたがそれは誤りでした、と。

 

「結論から言えば、極めて自己肯定感が低い自分を理想というペルソナで覆っている、と思われます」

 

 一同、ああ、と納得の表情。

 カフェは理科準備室で彼女のペルソナが剥がれた姿を見ているし、バクフーの2人も今回の事件とスカウト直後の明石トレーナー父娘の分析を合わせると十分納得できる話だった。

 

 ここで、ですが、とカフェが疑問を挟む。

 

「普通……親しい人にこそ、本音が出るものでは……?」

「ええ、普通はそうです。が、彼女の場合は親しい人にこそ失望されたくないという心理だったのでしょう。あくまで周りの人から聞いた状況証拠からの推測ですが──」

 

 妹のレヨネットに話を聞いた時の、「いいお姉ちゃんだけど、どこか線引きを感じる」という証言。

 ダイワメジャーの「入寮時はとてもナーバスになっていた」という証言。

 さらに先程バクシンオーから出た、椿トレーナーが「一緒にバクシンオーを越えよう」と勧誘した際に不自然な狼狽をしたという証言。

 

「──身内相手ほど失望されまいと、“よい子、よき姉”であろうとしているように見えますね」

 

 担当すると決まって親御さんとお会いしたときは、家庭環境に問題があるようには見えませんでしたが、と続ける。

 

「母がG1級ウマ娘となれば勝手に周りが比べるでしょうし、年子で利発な妹さんとか、そもそもご両親もお忙しそうでしたから」

 

 誰が悪いとかそういう話ではないことも十分ありえます、と結んだ。

 

「そもそも家庭環境にまで我々が立ち入るべきではないでしょうしね」

「それは、そうかもしれませんけど」

「……一定の、ラインというものは……必要かと」

 

 心配そうにつぶやくフライトをカフェがたしなめるかたわら、うーんと考え込んでいたバクシンオーが口を開く。

 

「なるほど、単に私を目標にしてくれているとばかり思っていましたが、それが自分を守る仮面でもあったとは!」

「それも嘘ではないはずですよ。でなければ走法まで真似したりできません。それだけあのレースが鮮烈に目に焼き付いたのでしょう」

「……届かない、背中を追いかけて……というのには……覚えが、あります」

 

 とはいえ、幼い時分に見様見真似で走法の矯正までしてしまうというのだから半端な憧れではないだろうとトレーナー。

 そもそも彼女の本来の走りは先行ではなく差し……、と言いかけて口ごもる。今は関係のない話だからだ。

 カフェも、そういった感情には自分も覚えがあると同意する。

 

 さて、とトレーナーが言葉を継ぐ。

 

「まずは今後どうするか、ですが。やはり一度セミラミスさんと話し合ってみます。今の段階で心を開いてくれるかはわかりませんが、彼女の望みを叶えてやりたいと思いますので」

「セミラミスちゃんが何か言っていたんですか?」

「ええ、去年末。どうしてもウオッカに勝ちたいから正月返上でトレーニングさせてくれ、と。思えばあれで精神面が大丈夫だと思ったのが早計でしたね」

 

 数か月前のことを思い出しながら言うトレーナー。彼女にはあの言葉が本心の発露ではないとは思えなかった。

 であるならば、ウオッカに勝てるように算段を整えるのがトレーナーとしての役目であると彼女は信じていた。

 

 そして、同期同路線のライバルですか、と嬉しさと羨ましさの入り混じった釈然としない表情でつぶやくバクシンオー。

 それを聞いたフライトがそっと彼女の手を握った。

 

「ですが、ウオッカは強い。今の精神状態では10回やっても1回勝てるかどうか」

「ちょわ……」

「そんなに、ですか?」

 

 吉富トレーナーは、例年並みならティアラのいくつか、ことによると全部持っていかれる可能性すらあるとみています、と高く評価しているようだった。

 だからこそ、彼女がウオッカに勝ちたいのならば荒療治が必要だと考えている、と述べた。

 

「荒療治……とは?」

「勝ち目は薄いですが、来月のチューリップ賞でウオッカにぶつけます。もし勝てれば自信となるでしょう。皆さんには、負けたとしても周りは失望したりしないと身を持って示していただきたいのです」

 

 ある意味で負けを前提とした方針を提案した吉富トレーナー。

 意外にもそれを聞いて食って掛かったのはノースフライトであった。

 

「負けるのがわかっていて走らせるんですか!? ただ勝ち癖をつけるだけなら他にもレースはありますし、出走権が必要なら短距離のフィリーズレビューでも、オープンのアネモネSでもいいじゃないですか! それであの娘が立ち直れなかったらどうするんですか!」

 

 彼女の反駁に対し口を開こうとする吉富トレーナー。

 しかし、その機先を制してバクシンオーがフライトの肩に手を置き、彼女を諌める。

 

「今避けてもどのみち桜花賞での激突は避けられませんよ。それに、ローテーションを決めるのはセミラミスさんとトレーナーさんの役目です。私達の、ではありません。私達は信じて支えましょう」

 

 いつもとは異なる凪いだ口調のバクシンオーに怯みつつ、フライトは、すみません、と呟いて席に座り直した。

 そのお気持ちももっともです、とフライトに返して吉富トレーナーは続ける。

 

「当然本人の意志は確かめますし、万が一そうなった場合は責任を持って後の面倒は見ます。ですので皆さんにはそうならないようご助力をお願いします」

 

 そう言って頭を下げた吉富トレーナーに、一同否やはなく頷く。

 

「もちろんですともッ! ……今は大したことはできませんが」

「バクシンオーちゃんのぶんまであの娘に寄り添います!」

「……乗りかかった、船です。ご協力……いたしましょう……」

 

 こうして、正式にこの4者での協力体制が確立されることになった。

 

 話がまとまった安心感もあって、いままで手がつけられていたなかったお茶菓子を手にしばし歓談となる。

 

「……そういえば、お2人を見ていると……まるで、夫婦のようですね」

「ちょわっ!?」

「ふふっ、カフェさんまで。照れちゃいますね」

「…………お義父さん、娘さんを……僕にください?」

 

 あなたにお義父さんと呼ばれる筋合いは、どうしてもと言うなら中山1200で勝負です、だの、せめて京都3000で、だの、2人とも騒ぐなら東京1600だよ、と姦しい3人を尻目に、吉富トレーナーは思案を巡らせる。

 ここはやはり、トレーニングに穴を開けてでも時間をとるべきだろう。

 自然と2人になれて、レースを意識させ過ぎない。となるとやはりあれだろうか。

 

 トレーナーは振り返り、後ろの壁を見やる。そこには、昨年自身が釣り上げたメートル超えのヒラマサの魚拓が飾られていた。

 

 




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