驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
11月1日 東京レース場 第11レース
天皇賞・秋(G1) 芝 2000m 良
秋晴れの東京レース場は、メインレースの発走を前に異様な熱気に包まれていた。
第140回天皇賞(秋)。
18人の精鋭が、秋の中距離王の座を争う。
『さあ、いよいよ今年もこの時がやってまいりました! 第140回天皇賞、秋! 秋晴れの東京レース場には大観衆が詰めかけています!』
スタンドを埋め尽くした観客たちの声が、実況放送席にまで届いてくる。
『昨年はウオッカとダイワスカーレットが歴史に残る激闘を演じ、上位6人がレコードの同タイムで駆け抜けた天皇賞! 今年もG1タイトルを持つ実力者が多数揃いました! 果たして府中の2000mを制するのは誰なのか!』
ターフビジョンには、発走地点付近で待機する出走者たちの姿が次々と映し出される。
『まずは何と言っても、単勝1番人気、ウオッカ! 昨年の覇者が史上初の天皇賞(秋)連覇に挑みます! 今年はヴィクトリアマイル、安田記念を制覇! 前走毎日王冠では2着に敗れましたが、ここ東京レース場で幾多の名勝負を演じてきた府中の女王! 今日もその末脚が炸裂するのか!』
映像が切り替わる。
この日のために誂えた白と深緑の勝負服。栗色の長い髪を揺らすウマ娘が、ゆっくりと発走地点へ向かっていた。
『対するは単勝2番人気、4.2倍! 1枠1番、ノルデンセミラミス! 前走スプリンターズステークスでは4バ身差のレコード勝利! 史上初の同一G1・3連覇を成し遂げ、国内外で積み上げたG1タイトルは実に15!』
その名前が呼ばれると、観客席の一角からひときわ大きな歓声が上がった。
『しかし今日は未知の2000m! これまでの最長距離は1800m、春の中山記念ではアタマ差の辛勝でした! 果たして短距離とマイルを制圧してきた2つの距離の女主人、3つ目の距離でも頂点に立つことができるのか!』
続いて映し出されたのは、同じノルデンの名を冠するもう1人の栗毛のウマ娘。
こちらはいつもと同じ、普段の姉と同系統の赤地に白襷の勝負服。
『単勝3番人気、ノルデンレヨネット! 昨年の香港カップを制した中距離の実力者! 今年はドバイ、香港、そして宝塚記念とG1で惜しい2着が続きました! 昨年の天皇賞では勝者とタイム差なしの5着! 悲願の国内G1制覇へ、姉を相手にどのような走りを見せるのか!』
さらに、カメラは出走者たちを順に捉えていく。
『そして忘れてはならないのがカンパニー! シニア5年目、なお衰えを知らない大ベテラン! 今年の中山記念ではノルデンセミラミスとアタマ差! 前走毎日王冠ではウオッカを差し切りました! 待望のG1初制覇なるか!』
『春のグランプリ、宝塚記念を制したドリームジャーニー! 昨年のジャパンカップ覇者スクリーンヒーロー! 重賞連勝で一躍有力候補に躍り出たシンゲン! 京都大賞典を勝ったオウケンブルースリ! そしてマツリダゴッホ、キャプテントゥーレ、エイシンデピュティ! まさに秋の王者を決めるにふさわしい豪華な顔ぶれです!』
発走地点では係員たちが準備を進めていた。
出走者たちもそれぞれ最後の確認を済ませている。
『さあ、東京芝2000m。スタート直後に左へ曲がるこのコース、まずは序盤の位置取りが重要になります! 先手を奪うのはエイシンデピュティか、キャプテントゥーレか、それとも別のウマ娘か!』
場内の歓声が、再び大きくなる。
『昨年の激闘から1年! 連覇を目指すウオッカ、それを阻まんとする強豪たち! そして短距離の絶対女王が挑む、未知の2000m! 秋の府中を舞台に、果たしてどんなドラマが待っているのでしょうか!』
最内の1番ゲートへ、ノルデンセミラミスが誘導されていく。
『さあ、ゲート入りが始まります! まずは1番、ノルデンセミラミス! 続いて各ウマ娘、順調にゲートへと収まっていきます!』
1人、また1人。
出走者たちがゲートに入るたび、スタンドのざわめきが少しずつ静まっていく。
『1番人気のウオッカも入りました! ノルデンレヨネット、カンパニー、ドリームジャーニーもゲートイン!』
最後の出走者が収まり、係員たちがゲートから離れていく。
『各ウマ娘全18人、ゲートイン完了!』
東京レース場に、一瞬の静寂が訪れた。
発走を告げる、その瞬間が迫っていた。
『秋の中距離王決定戦、第140回天皇賞(秋)! スタートしました!』
勢いよく開いたゲートから、18人のウマ娘が一斉に飛び出した。
『さあ、ほぼ揃ったスタート! 内からノルデンセミラミスが好スタート! そしてキャプテントゥーレ、エイシンデピュティも前へ行きます!』
最内、白と深緑の勝負服が早くも先頭に立つ。
『まずはノルデンセミラミス行った行った! ノルデンセミラミスが先頭! 2番手にキャプテントゥーレ、外からエイシンデピュティ! マツリダゴッホも好位につけています!』
スタートから間もなく迎える左へのカーブ。
最短距離を通って先頭を奪ったセミラミスは、迷うことなく加速を続けていた。
『さあ、最初のコーナーを回っていきます! 先頭はノルデンセミラミス! 早くも2番手との差が開き始めました!』
エイシンデピュティは追わない。
キャプテントゥーレもセミラミスの速度に付き合うことなく、自分の位置を確保する。
『先頭ノルデンセミラミス、これは速い! 2バ身、3バ身と後続を引き離しています! 2番手はエイシンデピュティ! キャプテントゥーレ、マツリダゴッホが続きます!』
向正面へ入る。
ここで隊列が落ち着くかと思われたが、先頭のセミラミスはさらに後続を突き放していった。
『ノルデンセミラミス、なおも飛ばしていきます! 後続との差は4バ身、5バ身! これは思い切った逃げに出ました!』
ターフビジョンの映像が切り替わる。
先頭を行くセミラミスと、離れたところで隊列を形成する後続の一団。
『2番手はエイシンデピュティ! キャプテントゥーレが続いて、その後ろにマツリダゴッホ! 中団には1番人気ウオッカ! ノルデンレヨネットも中団につけています! カンパニーはその後ろ!』
実況が後続の位置取りを伝えている間にも、先頭との差は広がっていた。
『さあ、先頭に戻ります! ノルデンセミラミス! これは大逃げです! 後続との差はさらに開いて6バ身、7バ身! 2000m初挑戦の女主人が、いきなり大逃げを打っています!』
観客席からどよめきが広がる。
前走スプリンターズステークスを4バ身差のレコードで制したウマ娘。
その彼女が、距離を800m延ばした天皇賞(秋)で、短距離戦を思わせる勢いのまま先頭を突き進んでいる。
『しかし後続は追いかけません! エイシンデピュティが2番手、ここからは一団となっています! ウオッカはまだ中団! カンパニー、ノルデンレヨネットも動きません!』
セミラミスの後ろでは、各ウマ娘がそれぞれの位置を保っていた。
2000mの競走としてはまだ序盤。
ここで無理に前を追いかければ、最後の直線で必要な脚を失いかねない。
しかし、その判断によって、セミラミスと後続の距離はますます開いていく。
『ノルデンセミラミス、まだ行きます! 後続との差は8バ身、9バ身! これはいったい、どこまで行くつもりなのか!』
向正面も終わりに近づいた。
先頭を行くセミラミスの走りに、目立った乱れはない。
栗色の長い髪を後ろへなびかせ、一定の歩調でターフを駆け抜けていく。
短距離戦ならば、もうゴールを意識し始める距離。
だが、今日の競走は2000m。その半分にも達していない。
『さあ、まもなく3コーナー! ノルデンセミラミス、完全に後続を引き離しました! その差、およそ10バ身! 10バ身の大逃げです!』
先頭が1000mの標識へ近づく。
『2番手はエイシンデピュティ! キャプテントゥーレ、マツリダゴッホ! ウオッカは中団、まだ動きません! ノルデンレヨネット、カンパニーもこの集団の中!』
そして、先頭のセミラミスが1000m地点を通過した。
『前半1000mの通過タイムは──57秒4!』
実況の声が一段高くなる。
『57秒4です! これは……!』
実況が一瞬途切れた。
『……さあ、先頭ノルデンセミラミス、後続を大きく引き離して3コーナーへ! 2番手以下はまだ一団! その差はおよそ10バ身あります!』
しかし、その直後だった。
先頭を行くセミラミスの走りに、変化が現れた。
それまで後方へ流れるように動いていた脚が、わずかに歩調を変える。
前へ前へと突き進んでいた速度が、明らかに落ち始めた。
『おっと、ここでノルデンセミラミス……!』
言葉が途切れる。
3コーナーを回る白と深緑の勝負服。
走りの姿勢は崩れていない。
しかし、後続との距離は、もはや広がっていなかった。
『……ペースが落ちたか!? ノルデンセミラミス、ここでペースが落ちたようです!』
それまで開く一方だった差が、少しずつ縮まり始める。
『さあ、後続との差が詰まってきた! 2番手エイシンデピュティ! キャプテントゥーレ、マツリダゴッホが続いています!』
それでも後続は、まだ動かない。
先頭が飛ばしすぎたのか。
それとも、まだ余力を残しているのか。
少なくとも、後続との距離が縮まり始めたことだけは確かだった。
『ノルデンセミラミス、前半1000m57秒4の大逃げ! しかし、ここに来て明らかにペースが落ちています!』
実況の声に、一瞬だけためらいが混じった。
『……さすがに速すぎたか!』
『ノルデンセミラミス、ここで失速か!?』