驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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024 北のセミラミスとチューリップ賞

 ──開ききったゲート。音が、遠くなる。

 足元が、溶けていくような感覚。

 

 飛び出していく内枠のウマ娘たちの背中に、出遅れてしまったことを悟る。

 慌てて前の15人の背中を追う。

 やってしまった。こんな肝心なところで私は。

 自己嫌悪が私の脳内を支配する。

 

 先行を旨とする私にとって、出遅れは致命傷だ。

 長い直線を利用して内側に切り込みつつ、前方を見やる。

 目の前には長らく経験していなかった分厚いバ群。もう追いつけないかもしれない。

 私なんかが──そう諦めてしまいそうになる。

 

 ……諦めてしまいそうになる? 

 

「私は決めたのです。一生に1度のクラシックのために、これ以上逃げる訳にはいかないと」

 

 ──嘘吐き……。

 耳元で誰かの声が聞こえた気がした。

 

 そうだ、逃げないと決めたのではなかったのか? 私自身が! 

 

 改めて目の前を見る。前方のバ群はおおよそ10名。わざと位置を下げた内枠の数名を避けて中段後方に付けたところだった。

 まもなく直線が終わろうかというところ、先頭でカーブに突入したのは7番のゼッケン栗毛のツインテール。

 見まごうはずもない、ダイワスカーレットだ。

 11番ウオッカは先団、普段なら私が取るポジションを占めている。

 

 ……もう少し前に行ったほうがいいだろうか。

 幸い私の位置は15番クリールパトラーのすぐ外、このまま加速すれば位置を上げること自体は容易だ。

 

「──できるだけペースを保って坂を登るだけの体力を温存するよう努めなさい」

 

 トレーナーさんの言葉が思い出される。

 そう、まだ動くべきではない。今動けば最後の坂が登れない。

 

 そのまま後団およそ10番手を保ったまま3コーナーを周り最終コーナーへ。

 私の内側を並走していた15番クリールパトラーが位置を上げたのでそのまま追走。コーナー半ばで外からかわして緑のブルマ、ウオッカの真後ろにつけた。

 

 あと800m。

 

 坂を下りながら機をうかがう。

 幸い体力はまだある。だが差しのスパートのタイミングが……思い出せない。

 そろそろか、いやまだか。先行ならもうすこし後だが……。

 

 600mの標識を通過。

 

 そのとき、ウオッカが動いた。

 トモの筋肉が躍動し、前傾姿勢が一段と深くなる。

 ここか! 

 

 およそ550m地点、ウオッカに1拍遅れてスパート体制に入る。

 だいぶん外を回されてしまったが脚は残っているだろうか。

 

「相手が誰であっても、展開がどうなろうとも、やることは変わりません。目標は3着以内──まずは桜花賞の切符を確保すること。それだけを考えなさい」

 

 再びトレーナーさんの言葉が思い出される。

 そう、展開がどうなろうとも、3着以内に入るんだ! 

 

 最終直線、スタンドからは大きな歓声が上がっている。

 

 大外から先行集団を抜きにかかる。

 先頭ダイワスカーレット、ウオッカが競りかける。

 

 内ラチが一旦消え、内回りコースが合流した。

 

 のこり400m。

 

 下り坂でさらに加速する。

 

 先行集団に並んだ。だが前の2人はまだ遠い。

 

 もっと速く、懸命に足を回すが追いつかない。

 

 風を切る音が耳にうるさい。

 

 目の前には2メートルの坂。

 ガクンと速度が殺される。

 その坂をものともせず進む2人の背中。

 

 届かない……それどころか遠ざかっていく……どうしてっ!? 

 

 脚が鉛のように重い。

 息が、苦しい。

 懸命に足を回す。だがこれ以上は……。

 

 やっぱり、私には、追いつけない……。

 

 

 段々と遠ざかっていく背中を追って、私は3番手でゴール板を通過した。

 

 

 ゴール後、息を整えながらスタンド正面へと戻って来る。

 目の前では、ウオッカとスカーレットさんの2人が、俺が勝った、いいえアタシよ、と言い争っている。

 

 本当に、仲の良いことだ。

 もはや私なんて、眼中にないだろう。

 

 点滅していた電光掲示板が消え、着順が確定する。

 

 

 

阪神 11R 確定 

 

 Ⅰ  11 

 

 ハナ 

 

 Ⅱ  7X 

 

 X3X 

 

 Ⅲ  16 

 

 X3X 

 

 Ⅳ  2X 

 

 クビ 

 

 Ⅴ  10 

 

 スタンドからの歓声に応えガッツポーズをするウオッカに背を向け、地下バ道へと戻る。

 トレーナーさんは地下への入口まで出迎えに来てくれていた。

 おもわず彼女に駆け寄り、声を絞り出す。

 

「すみません、出遅れてしまって……勝てませんでした」

「まずは、よく無事に戻ってきてくれました。3着は立派な結果です」

 

 そんな私を彼女は優しく抱きとめて、こう続けた。

 

「しかし、今は胸を張りなさい。貴女は桜花賞への切符を掴んだ、最良の敗者なのですから」

 

 その言葉にハッとする。

 桜花賞まであと1ヶ月、ここからレース出走は現実的ではない。

 つまり、この時点でファン数が積めていないウマ娘には、もはやチャンスはない。

 

 慌てて居住まいを正す。

 

「結構です。……あの状況で、よく冷静にレースを運びました。褒められるべき点も多々あるレースでしたよ」

 

 続きは学園に帰ってからゆっくり反省会としましょう。そう言って彼女は私を促した。

 何が、と視線で問いかける私に、あら忘れましたか、と彼女は笑う。

 

「重賞で入着すればウイニングライブの前に個別インタビューがあるのを忘れましたか?」

 

 正直、忘れていた。

 慌てる私に、あまり暇はありませんが顔を洗う時間ぐらいはありますよ、とタオルをよこしてトレーナーさんは微笑んだ。

 

 震える手を抑えながらそのタオルを受け取り顔の汗を拭う。

 そこに涙はない。もう逃げないと決めたのだから。

 

 

 

一覧
月刊 トゥインクル 桜花賞直前特集

3強出揃う 桜舞う可憐な戦い!

 

(文:乙名史 悦子)

 

 

 春の風が吹き抜ける阪神競馬場で、トリプルティアラ初戦 第67回 桜花賞(GI・芝1600m)が、いよいよ来月に迫っている。

 すでに実力・実績を示した3名が並び立ち、三強鼎立を呈する今年の桜花賞。そこに絡む勢力の台頭もあり、ファンや関係者の間では「近年稀に見る混戦」との声も上がっている。

 

メインヒロインはこの3人──

 

 ・ウオッカ(八木)

 阪神JFの激闘を制したジュニアクイーンがチューリップ賞でも強さを見せた。

 5大クラシック全登録、エルフィンステークスからの転戦など破天荒なレース選択を見せた彼女が前哨戦として選択したのはチューリップ賞。コーナー半ばから仕掛けた彼女の末脚は他の14名を直線半ばで置き去りにすると、最終直線の叩き合いを制して勝利を飾った。

 このまま桜花賞への出走を明言しており、再び阪神の地で彼女の末脚が炸裂するのか目が離せない。

「へっ、絶対に負けたくねえ相手ならいるぜ! 大差でぶっちぎってやるけどな!」

 

 ・アストンマーチャン(奈瀬文)

 阪神JFでウオッカからクビ差まで粘ったスピードスターがフィリーズレビューを快勝。

 春のシーズンは得意距離である1400mのフィリーズレビューから始動した。レース内容は彼女の得意とする好位からの抜け出しであり、圧倒的1番人気に応える圧勝劇であった。

 昨年末の雪辱を桜花賞で果たせるか、今回こそは逃げ切る事ができるのか。

「レースも、ファンの声援も、トレンドも。全部の1着はマーチャンがいただきです」

 

 ・ダイワスカーレット(北浦)

 チューリップ賞ではウオッカからタイム差なしの2着、負けてなお強し。

 すでにG1を3勝したダイワメジャーの妹である彼女の持ち味は姉譲りの先行力と勝負根性。チューリップ賞では早々にハナを取るとそのまま最終直線まで先頭を譲らず、差してきたウオッカと激しい叩き合いを演じた。

 桜花賞でもその勝負根性を見せる事ができるか、アストンマーチャンとのポジション争いの行方に注目したい。

「激戦は望むところです! 『ダイワスカーレット優勝』特集を準備しておいてください」

 

3強に待ったをかける乙女たち

 

 ・ショウナンタレント(吉富→高尾)

 フラワーカップを制し、滑り込みで出走権を確保。直前でのトレーナー交代がどう影響するか。

「このままの勢いで3連勝! あたしこそが桜花賞も獲ってみせます!」

 

 ・ノルデンセミラミス(吉富)

 チューリップ賞では出遅れながらも3着、距離不安を囁かれつつもどこまで食らいつけるか。

「私にできる精一杯のレースをするだけです。2度同じ過ちを繰り返すつもりはありません」

 

 ・エミーズスマイル(中沼)

 アネモネステークスを勝利し、地方から桜花賞を狙う南関東の刺客。

「メイセイオペラ先輩に続き、ライデンリーダー先輩の仇を取ってみせます!」

 

桜の頂に立つのは──女王戴冠のその先へ

 

 トリプルティアラ初戦、桜花賞。

 桜の女王の座を射止めるのは3強か、それに待ったをかけるウマ娘が現れるのか。あるいは番狂わせが起きるのか。

 桜舞い散る仁川の舞台、可憐なる乙女の激闘を、“桜の女王”の戴冠を見逃すな。




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