驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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025 北のセミラミスと美酒の女王

 025 北のセミラミスと美酒の女王

 

 

 多摩川沿いの土手。

 この前トレーナーと竿を垂らした水辺にほど近い道で、私たちはロードワークに精を出していた。

 私たち、というのはたまたま同じメニューだったスプマンテと──。

 

「わふっ」

 

 ゴールデンレトリバーのアヤナちゃん(メス)である。

 

 もちろんこの子は私たちの飼い犬ではない。そもそも寮はペット禁止である。

 この子の飼い主は吉富トレーナーで、チームの皆でロードワークのついでに散歩に連れて行くのがこの頃の日常となっていた。

 聞くところによるとゴールデンレトリバーという犬種は散歩が大好きらしく、ウマ娘にとっての軽いロードワークぐらいがちょうどいい運動量になるらしい。

 

 なんでまた急にトレーナーがこの子を連れてくることになったかといえば、普段散歩に連れて行っていたトレーナーの旦那さんが腰をいわせて緊急手術となったからだ。ヘルニアって大変なんですね。

 

 そういうわけでこのもふもふちゃんと並走してここまで来たのである。

 しかしさすがはトレーナーさん。犬のしつけもお手の物のようで、一応リードこそ持っているが走っている間ずっと私の真横をキープしている。

 私にはそのすごさがよくわからないが、犬を飼っていた先輩曰くとてもおりこうさんだとのことだ。

 

 そうして他愛もない話をしながらたったかと学園からここまで走ってきたのだが……。

 

「ちょっと早かったみたいだねー」

「ですねー」

 

 桜が開花したと聞いてどんなものかと見に来てみれば、まだまだちらほらとほころぶ程度。

 花見をするには早すぎた。

 

「でも今こんなかんじだと、桜花賞の頃には散っちゃってるかも」

「そう、ですね」

 

 なんとなく避けていた話題が、スプマンテの方から出る。

 

「もう、重賞で3着なんて十分すごいんだよ? 桜花賞の出走権もとったんだしさ」

「……はい、ありがとうございます」

 

 そう、私は夢を繋いだ側なのだ。

 周りの誰1人として、負けた私を責めなかった。それどころか、出走権獲得おめでとうと祝福さえしてくれた。

 クラスメイトも、妹も、カフェさんも、フライトさんも。

 両肩に重みを感じる。いい加減、慣れなくては。

 

「それにしても、あんなに出遅れても3着に入れるなんてやっぱりすっごいよ」

 

 またその話か、とちらりと思ってしまう。

 わかってる。彼女に悪気はない。

 

「それで冷静に差しに切り替えてさ、初めての作戦であんなに走れるなんてセミちゃん天才なんじゃない?」

 

 天才ではない。

 ただ、レース後の反省会でトレーナーさんに、また出遅れてもなんならそのまま差しで走ってもいい。と言われるぐらいには感覚を覚えていただけだ。

 でも、私はあの12月の日から先行で走ると決めたのだ。

 

 それに……目を閉じると、あの背中が、ゼッケン11番が目に浮かぶ。

 私の末脚では、ウオッカには、勝てない。

 

 そんな内心を隠すように努めて朗らかに笑う。

 

「あはは、そんなに褒めてもなんにも出ないよ。大丈夫、もう出遅れたりしないから」

「おー、さっすがセミちゃん。本番に向けて秘策があったり?」

 

 正直に言えば、ある。

 私はなにもだだ負けたわけではない。彼女の末脚を特等席で見てきたのだ。

 トレーナーさんとも話し合って、ベストな作戦を考えた。

 

「まあね。多少は」

「おー、やっぱり!」

 

 だが、ウオッカがチューリップ賞から作戦を変えないのが前提である以上詳しく言うつもりはなかった。

 もちろんスプマンテの口が軽いなどと疑うわけではない。

 それでも口を閉じていろ(En svensk tiger)というような多弁を戒める標語が世界各国にあることを考えれば警戒するに越したことはない。

 話題を変えよう。

 

「そういえば、メイクデビュー惜しかったね」

「せっかく応援してくれたのに勝てなくてごめんねー」

 

 去る3月17日。同じチームで何度も並走した仲であるショウナンタレントさんが中山開催のフラワーCで勝利し桜花賞出走を確実にした裏で、スプマンテは阪神レース場でメイクデビューを迎えていた。

 流石にいくら親友とはいえ府中から阪神は遠く、直接応援に行くことは叶わなかった。

 新幹線は学生の身には高いし、バ運車もレース場の宿泊所も出走者優先だ。関西開催なら実家に泊まっても良かったのだが、私だけそうするわけにもいかなかったのだ。

 

「なんか脚が余っちゃった気がするから、次はもう少し長い距離で調整してるんだ」

「確か3月末の福島だっけ。……がんばってね」

「うん。そっちこそ」

 

 2人の間を沈黙が支配する。

 蹄鉄が路面を蹴る音と、2人と1匹の息継ぎの音と、遠くから風に乗って聞こえてくる子供の歓声と。

 

 

 なんとなく、聞きたくて聞けなかったことを聞いてみようという気分になった。

 もしかしたら、先日の釣りの現場に差し掛かったことが原因かもしれない。とにかくそういう気分だった。

 

「……今更、なんだけどさ。どうして最初に会ったとき私に話しかけてくれたの?」

「ホント今更だね!? ……なんとなく、かな」

 

 案の定な反応が返ってくる。

 それでも一昨年のことを思い出すように、言葉を選びながら答えてくれた。

 

「寮が一緒だったとか、おんなじ左耳飾りだったとか、いろいろあるけど……やっぱりなんとなく、他人の気がしなかったっていうか、ピーンと来た?」

「ふふ、なにそれ」

 

 言うまでもなく、彼女と血の繋がりはない。

 ……ないよね? おんなじ栗毛だけど。

 

 ただ、ウマ娘にはそういうなんとなく惹かれ合うような不思議な縁がままある。

 ウオッカとタニノギムレットさんなんかは傍目でもわかりやすいが、スプマンテが何故か不良っぽいジャングルポケットさんとよく絡んでいたり、スカーレットさんが明らかな危険人物のアグネスタキオンさんを良い人だと言っていたり。

 その不思議な縁は、私で言えばノースフライトさんだろうか。私なんかのためにあんなに良くしてくださる。

 

「じゃあさ、あたしも気になってたんだけどいい?」

「私と貴女の仲じゃない。どうぞ」

「最近髪伸ばしてるみたいだけど、なにかあったの?」

 

 ヘアードネーションとか、するの? と問いかけられたので、笑って否定しておく。

 まあ、引退したらそれもいいかもしれないけど。

 去年の冬から少しだけ伸びて肩口にかかるようになった元ショートボブを一振りして答える。

 

「ちょっとした願掛け、かな」

「願掛け?」

「そう。引退するその日まで伸ばしておこうかな、と思って」

 

 なんとなくの思いつきで、大した意味はない。

 それこそ切るときは寄付してもいいなと思い始めてきた。

 ただ、メイクデビューが筋炎(コズミ)で伸びたときに、怪我なく走り切れますようにと願ったから。

 これはそのためのおまじない。

 

「なるほどねー。……無事之名バって、いうもんね」

 

 あたしも伸ばそうかなー、などと2人して喋りながら走っていた。

 その時、事件は起こった。

 

 

「──オー! ダメ! 待ちなさい! 誰か止めて!」

 

 土手の下から叫び声。

 見ると、河川敷には揃いのピンクと黒のジャージを着たとねっこ──幼いウマ娘──達。

 その集団から飛び出すように、栗毛のウマ娘がこちらへ走ってきている。

 さらにその手前、リードを引きずったままこちらへまっすぐ土手を駆け上がってくる耳をぴょこんと立てた毛玉。

 

 状況を理解した私たちの反応は全く真逆だった。

 

「アヤナ!」

 

 私はとっさに左手で持っていたアヤナちゃんのリードを短く持ち直し、突っ込んでくる犬から庇うために被さると、右脚に体重を預けて背を向けた。

 我ながら初手後ろ蹴り体勢とは、血の気が多い。

 

 それに比べスプマンテは穏当で、私たちより前に出るととおせんぼするように両手を広げた。

 捕まえて、と言われたのだから彼女が正しい。

 私の方法だと21gほど軽くなってしまう。

 

 果たしてこの犬っころの狙いはこちらだったようだ。

 スプマンテの脇をすり抜けようとしたところでリードを踏みつけられて御用となった。

 

 その犬は首輪でギュっとなってキャインと鳴きながらも、尻尾を振ってこちらにまとわりつこうとしていた。

 ……もしかして、遊んで欲しかっただけだったり? 

 

「申し訳ない! 怪我などありませんか!?」

 

 土手を駆け上がってきたサクラのエンブレムが入ったジャージを着た栗毛のウマ娘さんが私たちに頭を下げる。

 結果的に私たちには何もなかったので、大丈夫ですよ、とスプマンテがリードを彼女に手渡す。

 河川敷の状況を見るに、どうやらこの犬はとねっこたちの手を振り切って走り出してしまったようだ。

 

 それにしても、このウマ娘さん、どこかで見たような。

 切れ長の瞳に花の虹彩。栗毛の長い髪に大きな流星。そして大人びた余裕のある雰囲気。

 なぜか初対面なのに初対面ではないような気がする。

 

「すみません。その格好はトレセン学園の娘でしょう? 練習を邪魔して悪かったですね」

「いえ! もし良かったら、ちょっとぐらい遊んであげても……」

「いや、お気持ちだけありがたく」

 

 こうやって走っていけば遊んで貰えると覚えてしまったらこの子のためにならないから。

 スプマンテがちょっと遊んであげたそうに言った言葉に、彼女はリードを短く持ち直しながらそう首を振った。

 

 そっかぁ、と少し残念そうなスプマンテ。

 それを見かねたのか、彼女は微苦笑して続ける。

 

「もしよろしければ、また遊びに来てください。それまでにこの子、ワンコオーは躾なおしておきますので──」

「おおいユタ公ー! お嬢さんがたにケガぁないかい!?」

「──失礼。はいシンさん! 大丈夫でした!」

 

 下の河川敷から同じジャージのウマ娘が手を振りながら叫ぶ。とねっこが車座になっているなかに屈み込んでいるあたり、なにかあったのだろう。

 彼女も口の横に手を当てて叫び返した後、再びこちらに向きなおった。

 

「私達はヴィクトリー倶楽部といって、いつもこの河川敷のグラウンドで練習をしているんです。中央のみなさんが来てくれれば子どもたちにも良い刺激になるから、遠慮せず遊びに来てください」

 

 前まではバクの奴もよく来てくれてたんだが、最近は見どころのある娘が学園にいるとかであまり顔を出してくれなくてね。

 そう彼女は反抗期の子を持つ父親のように寂しく笑った。

 

「ぜひ! ……あ、でもあたし達、もうすぐレースで」

「ああ、それはすまないね。……そうか、君たちはクラシック級か。せっかくの一生に一度のクラシックだ。怪我や悔いのないようにな」

「はい、ありがとうございます。また……桜が咲いたら、仁川に桜の花が咲いたらまた来ます」

 

 そう私が答えると、彼女は破顔哄笑してこう言った。

 

「ははは、そうかそうか、サクラが咲いたらか。いいじゃないか。若駒はそうでなくては」

 

 そして、僭越ながら君たちの勝利を祈るよ、と応援を頂き、その場を後にした。

 桜花賞まであと2週間に迫ったある日のことだった。

 

 

 




○史実馬紹介
ショウナンタレント Shonan Talent 牝 
主な勝鞍 07'フラワーC(G3)
中2週のフラワーカップに勝って滑り込み出走権獲得。
ただ出走確定が遅かったので主人公に鞍上を寝取られた。
このあたりの設定が不必要に細かいのは実馬ものでプロットを組んでいた名残。

クィーンスプマンテ Queen Spumante 牝
主な勝鞍 09'エリザベス女王杯(G1)
父ジャングルポケット(父父トニービン)、母父サクラユタカオー。
なお主人公は父サクラバクシンオー(父父サクラユタカオー)、母ノースフライト(母父トニービン)。

Q.このアンケート何?
A.需要調査。ネタに困ったときにどうせなら読者に人気の娘出したいじゃない。
 なにかもっと書きたいなら下に場所は用意してあるのでどうぞ。
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