驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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026 北のセミラミスと勝負服

 チーム棟、トレーナー室。

 

 桜花賞まで1週間と迫り、いよいよ最終追い切りの時期となった頃。

 私は待望の知らせを受けてトレーナー室を訪れていた。

 

「やっと届きましたか!」

「ええ、待ちわびた瑞風はこちらに」

 

 ドアを開けて室内に入ると、私の代わりにここまで衣装ケースを運んでくれていたゼファーさんが微笑む。

 

「奥の部屋に姿見を置いたから、早く着替えて見せててほしいな」

「お2人とも、ありがとうございます!」

 

 ゼファーさんとフライトさんにお礼を言いつつ、微笑ましいものを見るような3人の視線から逃げるように箱を抱えて奥の部屋へと退散する。

 デザイン案の申請から半年、体型に合わせた細かい調整から1ヶ月。

 待ちわびた世界に1着だけの、私だけの勝負服。高揚を抑えきれるものではなかった。

 


 

 勝負服

 トゥインクルシリーズのG1級レースで着用する特別な衣装。

 そのデザインはウマ娘がデザイナーに希望を伝えることもあれば、デザイナーが1から手掛けることもある。

 ウマ娘にとって自分の勝負服を得ること、レースを走ることは最大の名誉であり、強い思いが込められた衣装となる。

 


 

 私の場合は、デザイナーさんに要望を伝えてデザインしてもらったものになる。

 大体の縫製は確認済みだったが、完全な完成形を見るのは今日が初めてだ。

 

 早速箱を開けてパーツを取り出す。

 これは冗談でも何でもなく、安全対策と見た目を高度に両立させたデザインにより特にインナーはパーツと呼ぶしか無い金属と樹脂の塊で構成されている。

 例えて言うなら防弾チョッキかボディーアーマーが近いだろうか。

 デザイナーさんと話した限りでは、私はかなり悩まずに済んだほうらしい。ほとんど露出がない案は助かるとのことだ。

 ちなみにその方が今までで一番楽だったのはゼンノロブロイさん、苦労したのはタイキシャトルさんだそうだ。

 

 インナーを身に着け終えると、いよいよ外から見える“勝負服”部分に袖を通す。

 細々としたパーツを含めて位置を整え、あらためて姿見に全身を映し出した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 上着は英国の近衛騎兵のような真紅のかっちりした袖のない詰め襟に白いサッシュ(たすき)。肩にはアクセントとして同じくエポレット(ふさかざり)、左右の手袋はそれぞれ白と黒。

 下半身は白い短めのフィッシュテール(前が短く後が長い)スカート。白いタイツを履き、ヒールのある手と逆の配色のブーツには赤いリボンをあしらった。

 

 私にとってそれはかつて理想としていた強さの象徴。

 譽高き赤い軍服、必勝を誓う白襷。

 今の自分とは程遠くてもそうありたいという思いをこめたデザインだった。

 エポレットはバクシンオーさんから、靴のリボンはフライトさんから。

 理想と憧れで固めた鎧としての勝負服。

 

 鏡のなかの鮮やかな赤が、今のお前はこの衣を纏うに相応しいか、と問いかけてくるような気がした。

 思わず背筋が伸びる。

 私は、……そうありたい。

 

 扉を開けて、更衣室代わりに使っていた面談室から出る。

 反応は3者3様だった。

 

 まず口火を切ったのはトレーナーさん。

 

「ふふ、凛々しい姿ですね。マ子にも衣装とはこのことでしょうか」

 

 ウマ娘の子供のように可愛らしいものに衣装を着せれば完璧だ、とは。ちょっと言い過ぎではないだろうか。

 あるいは武者の戦装束を指してそう言うこともあったはずだ。どちらにせよ面映ゆいものがある。

 

「晴嵐に豪風と雁渡の遺風薫る装い、セミラミスさんもまた天つ風を追っているのですね」

 

 ゼファーさんの風語録は大体文脈で捉えられる。ただ、風に関する言葉の知識があればもっとわかりやすい。

 風の意味に絞れば、晴嵐とは晴れた日に吹く山風、雁渡とは雁の渡ってくる初秋に吹く北風、天つ風は文字通り天を吹く風。

 それを踏まえて解釈すれば「貴女らしさのなかにバクシンオーさんとフライトさんの要素を交えた衣装、私と同じように憧れを追っているのですね」となる。私のどこに晴嵐を感じたのかは知らない。

 いずれにせよ、エポレットやリボンの意味が完全にバレている。思わず視線が下がりそうになった。

 

 そんな私達を他所に、真剣な顔をして私のことを上から下まで前後左右舐め回すように見回している不審ウマ娘が1人。

 フライトさんだ。それ絶対外でやらないでくださいね? 

 

 一通り眺めて満足したのか、むふーと一息ついて彼女は口を開いた。

 

「まず全体の色使いだけど、上着の赤は遠目にも強く印象を残す色で、観客席からも一目で見つけられる。セミラミスちゃんの栗毛と組み合わさることで鮮烈になりすぎず、温かみを残した柔らかい印象になるね。白いサッシュとスカートは、赤の力強さを引き立てつつ清潔感や品格を加える効果を狙ってるんだろうね」

 

 いえその、ただ映画とか見て、宮殿の前で警備してる姿とか、突撃の前に軍服の上に純白の襷を締める姿とかカッコいいなと思って……。

 

「全体的なシルエットとして上半身は騎兵の軍服のようなカッチリとした直線的で端正なライン、下半身はミニのフィッシュテールスカートで軽快さと躍動感を演出。デザイナーさんはこの対比で凛々しさと軽やかさを同時に表現し、突撃する騎兵の力強さとティアラ路線の華やかさを調和させた印象を与えることを狙ったんだろうね」

 

 へー、そうだったんだ……。知らなかった……。

 

「そして……ふふっ、エポレットやブーツのリボンといった小物にも思いが込められていることが良くわかるね。色彩上も単調になりがちなところに差し色として全体の印象を引き締める効果があるよ」

 

 か、完全にバレてる……。いや当たり前だけど、当たり前なんだけど。

 よく考えなくても要素を借りてきた相手にこうやって品評されるのは恥ずかしいものがある。

 

「そして濃い赤と純白の組み合わせは舞台衣装にも使われる定番のコントラストで、芝の緑と空の青によく映えるね。写真や映像でも印象が強く残るよ。それにボブカットは首回りがすっきり見えるから、上着の襟元とサッシュのラインを美しく見せてくれるね。髪の揺れとスカートの動きがリンクして、手袋とブーツのアシンメトリーでモノトーンな配色もあって疾走中の躍動感が引き立つだろうね」

 

 デザイナーさんってそこまで考えてデザインしてくれてたんだ……。……すっごい。

 髪伸ばすのどうしようかな。サイドはこのままにして、後ろ髪だけ伸ばそうかな? 美容師さんに相談してみよう。

 

「まとめると、赤は勝負の色であり、自分だけでなく見る人の心も熱くする。白は無垢や正義感を象徴し、着る人に意志を思い出させる。セミラミスちゃんがセンターを飾るにふさわしい勝負服だってことだね」

 

 彼女はそう結んだ。

 

 そんな大層なこと……そう思わず否定しそうになる。

 でも、それではいけない。この誇りある勝負服に、そのような卑下は似合わない。

 

「センター、ですか。雄風の末が楽しみですね」

「やっぱりウイニングライブは特等席で見たいなあ。ウオッカちゃんとスカーレットちゃん、どっちが来ますかね?」

「セミラミスが勝つ状況ならダイワスカーレットでしょう。あちらのほうが安定感があります」

「信じますよ? じゃあウオッカちゃん3着の三連単一点買いで」

 

 一瞬脳裏をよぎる光景。チューリップ賞のウイニングライブのセンターを飾るウオッカを、スターティングフューチャーの後ろ姿を見るしかなかったあの日。

 そして今度は私が専用勝負服を着てセンターを飾り、ウオッカとダイワスカーレットを侍らせて歌う光景を幻視した。

 

「勝てるよ。セミラミスちゃんなら」

 

 羞恥で頬が熱くなる。

 図に乗ってはいけない。いけないのだが……。

 

 心臓の上、まだ何も無い勝負服の胸元に手を当てる。

 本来の軍服ではここに勲章や略綬が取り付けられる場所。

 ここは実際の軍服と同じように縫製してあり、やろうと思えば勲章を吊るすこともできなくはない。

 そう、あの七冠の皇帝のように。

 

 そこに思考が至った瞬間、すっ、と冷静になる。

 自分などがG1を7勝もできるとでも? 

 勝つ前から勝った後のことを考えるほど愚かなことはない。

 だが一方で、心の何処かに小さな野心が芽生えたのもまた確かだった。

 

 桜花賞は、目前に迫っていた。




立ち絵作製:あしゅりゐ

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