驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
4月8日 阪神レース場 第11レース
桜花賞(G1) 芝 1600m 良
『薄曇りの空の下、桜が満開となっております阪神レース場です』
『実況席にはゲストとしてシンボリルドルフやタイキシャトルの担当で知られる園部トレーナーをお呼びしております。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
スタートのゲート前には、ウォーミングアップを終えた勝負服姿のウマ娘たちが集合しつつあった。
彼女らは発走までの僅かな時間を思い思いに過ごしている。
『3強ムードのなかでウオッカが1人抜けた人気となっておりますが』
『レースぶりが実に安定していてここまで1600mでは負け無し、やはり最有力と言っていいでしょうね』
『もしかしたらダービーへ、凱旋門賞へ挑戦なんて夢もね、話にはちょっとあります』
やはり1番人気はウオッカであった。
しかしウオッカに敗れたとはいえアストンマーチャンとダイワスカーレットもそれぞれ2番、3番人気につけている。
『そのあたりいかがですか園部さん』
『そんな着差もないですからね。やはりレースに絶対はありませんし、やってみないとわからない部分は大きいですから。みんな虎視眈々と狙っているんじゃないですか』
レースに絶対はない。
本来は、だがそのウマ娘には絶対がある、と続くその言葉にもう一つの続きを加えしむるウマ娘が虎視眈々と勝利を狙っていることを、まだ彼らは知る由もなかった。
『さあスターターがゆっくりと台に上がります』
URAの正装に身を包んだスターターが電気工事のクレーンのような昇降台に乗って持ち上げられていく。
観客席から万雷の拍手が上がり、ファンファーレとともに手拍子が送られる。
『薄曇りの空にファンファーレが溶け込んでいきます、第67回の桜花賞です!』
内枠奇数番から順にゲートへとウマ娘が収まっていく。
『園部さんはどのように展開を予想されますか?』
『そうですね、3強の3人は全員前に行ける脚質ですから、ハナを切ろうと思えばアストンマーチャンなんかは楽に行けるでしょう』
『なるほど』
『ただ結局は3人はハナを切らずに、内からショウナンタレントあたりがレースを作ると思います』
実況と解説がそんな話をしている間にもゲート入りは着々と進み、14番ウオッカと18番ダイワスカーレットが最後にゲートに収まって体勢が整った。
ゲートが開く。
『まずまずのスタートと言ったところ、11番ニシノチャーミーちょっとタイミングが合わなかったか』
先行争いは9番アマノチェリーランがハナを主張し、最内枠の1番ショウナンタレントは番手に控える形となった。
2番手集団は1番ショウナンタレントを最内に3番カタマチボタン、5番ノルデンセミラミス、12番カノヤザクラが横に並ぶ形。
『──12番カノヤザクラ……一気に15番アストンマーチャン行った行った! かかり気味に行った! その後ろから18番ダイワスカーレットも上がっていく!』
バックストレッチも半ば、塞がれた内回りコースへの分岐部で早くも展開が動いた。
中団外側に展開していた15番アストンマーチャンが一気に14番ウオッカを抜き去り位置を上げ、単独2番手に躍り出た。
18番ダイワスカーレットもそれに追走、相次いで抜かれた14番ウオッカもつられて1つ位置をあげた。
3コーナーのカーブ、先行集団は先頭が引き続き9番アマノチェリーラン、その外側に15番アストンマーチャン。3番手集団は内から1番ショウナンタレント、5番ノルデンセミラミス、18番ダイワスカーレットが横並びという形。3番カタマチボタンは挟まれることを嫌ってやや位置を下げた。
1番人気14番ウオッカは中団外側、ダイワスカーレットの2バ身ほど後ろを走っていた。
(あっちが瞬発力で来るならこっちは根性よ!)
3位集団の外側を走るダイワスカーレットはしきりに後ろを気にしながら走っていた。
自身から2バ身後ろを追走してきているウオッカ。チューリップ賞で僅差で敗れた相手だ。
(アイツは4コーナー出口でスパートを掛けてくる、その前にこっちから仕掛けて潰す!)
前回の敗戦で体得したウオッカのスパート時の癖。あの時はウオッカが並んでくるのを待ってしまったから差し切られてしまった。
ならその前にスパートを始めてしまえばいい。先に加速し、後は根性で押し切る!
シンプルかつ合理的な作戦だった。
1つ彼女に瑕疵があったとすれば、ウオッカだけしか見ていなかったことだった。
『──その後ろからウオッカ接近4番手!』
4コーナー出口手前、ついにウオッカが動いた。
(今よ!)
ダイワスカーレットが作戦通りスパートをかけようとした刹那、前にいたアストンマーチャンが外側にヨレた。
彼女は思わず心のなかで舌打ちをしつつ、進路をさらに外側に膨らませつつスパートを開始した。
(クソっ、やられた!)
それにモロに影響を受けたのは今しがた加速を始めたウオッカ。
加速中に進路をさらに外に取ることを余儀なくされ、末脚の勢いを減殺されてしまった。
(でもこれで勝ったと思うなよ!)
だがもちろんこんなことで諦めたりしない。懸命に足を回して加速を続ける。
そして最終直線半ば。
ウオッカの1バ身半先を進むダイワスカーレットのさらに内側、いっぱいになってジリジリと追いすがれなくなりつつあるアストンマーチャンの先に居た真紅の勝負服を2人が認めたのはほぼ同時だった。
(しまった!)
真紅の勝負服を纏うのはノルデンセミラミス。
彼女がいつの間にか先頭に躍り出ていたことに衝撃を受けた度合いは、ダイワスカーレットのほうが大きかった。
時間を少し戻してノルデンセミラミスの動きを見てみよう。
ダイワスカーレットがスパートを掛ける直前、アストンマーチャンを風よけに体力を温存していた彼女もまたスパートのタイミングを図っていた。
といっても、全てが計画通りだった訳ではない。
想定よりバ群が詰まってしまっており、右にショウナンタレント、前にアマノチェリーランとアストンマーチャン、左にダイワスカーレットと取れる進路がなくなっていた。
ウオッカが動くまでに前が空くのか、彼女はそういった焦燥を抱えたまま最終コーナーを迎えていた。
そして直線の手前で先頭のアマノチェリーランと2番手のアストンマーチャンの間が空いた瞬間、彼女は一際大きな蹄音を響かせてスパートを開始した。
これがアストンマーチャンが外側にヨレた原因だった。
アストンマーチャンを外にヨレさせたタイミング自体はわずかに遅く、ダイワスカーレットの進路を掣肘するまでには至らなかった。
あくまでダイワスカーレットとその後ろのウオッカにさらに外の進路を選択させた程度に留まる。
だが間にアストンマーチャンが挟まることで、外側にいたダイワスカーレットがノルデンセミラミスの進出に気づくのが遅れた。
『内側からアストンマーチャンをかわしてノルデンセミラミス先頭! ダイワスカーレット外からくる! さらに外からウオッカ苦しいか!』
残り200m、内側先頭からノルデンセミラミス、間を空けてダイワスカーレット、ウオッカの順に赤青黄色の勝負服が雁行する。
残り100m、押し切り体勢に入ったノルデンセミラミスに目標を変え、ダイワスカーレットが二の脚を使う。ウオッカも負けじと末脚を伸ばす。
残り50m、それぞれの差はもう半バ身もない。
3人の差が無くなる。その瞬間とゴール板を超えたのはほぼ同時だった。
『ノルデンセミラミス! ダイワスカーレット! ウオッカ! 3人並んだ! 3人が並んでゴールイン! 』
観客席から上がる歓声と悲痛な悲鳴、それを紙吹雪が彩る。
無理もない。まだ着順は出ていないが、10番人気が突っ込んで来ている。
圧倒的1番人気であったウオッカファン、それも少しでもライブで良い席を取ろうとウオッカ軸で勝ちウマ投票をしていたものにとっては絶望的な状況だろう。
どよめきが収まらない場内、走り終えたウマ娘たちが三々五々はけていく。
| 阪神 | 11R | 審議 |
| ||
| Ⅰ | XX |
| |||
| > | 写真 |
| |||
| Ⅱ | XX |
| |||
| > | 写真 |
| |||
| Ⅲ | XX |
| |||
| > | X3 1/2X |
| |||
| Ⅳ | 3X |
| |||
| > | X1 1/4X |
| |||
| Ⅴ | 7X |
4着は一旦下げて追い上げてきた3番カタマチボタン、5着は追い込んだ7番イクスキューズだった。
『着順確定までお手持ちの勝ちウマ投票権はどうぞお捨てにならないようお願いします!』
場内放送が繰り返しそう呼びかけるなか、未確定の3人がクールダウンして掲示板前に引き返してきた。
彼女らは誰ともなしに並んで掲示板を見上げる。勝負服の色合いが赤、黄、青とちょうど信号機のようであった。
待つことしばし、点滅を続ける電光掲示板の表示が更新された。
| 阪神 | 11R | 審議 |
| ||
| Ⅰ | XX |
| |||
| > | 写真 |
| |||
| Ⅱ | XX |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅲ | 14 |
| |||
| > | X3 1/2X |
| |||
| Ⅳ | 3X |
| |||
| > | X1 1/4X |
| |||
| Ⅴ | 7X |
スタンドから落胆の声が上がる。
掲示板を見上げていたウオッカは一つ息を吐き肩を落とす。
そのままダイワスカーレットに向き直ると、ターフに仁王立ちする彼女を指さした。
「次は負けねぇからな、スカーレット!」
「ふん、次“も”勝つのはアタシよ!」
そのまま踵を返し地下バ道へと向かう。
途中でノルデンセミラミスと目を合わせると、互いに拳を合わせるポーズを取る。
そして彼女の健闘を称えるファンの声に手を振りつつターフを去った。
それから10分あまり。
掲示板の表示は点滅を繰り返し、ターフビジョンには最終直線のリプレイが繰り返し流れる。
ダイワスカーレットは相変わらず仁王立ちで掲示板を睨みつけ、ノルデンセミラミスは祈るように手を胸の前で組んで見上げている。
観客席にも「もう同着でいいんじゃないか」といった囁きが聞こえ始めた頃、再び電光掲示板の表示が切り替わった。
| 阪神 | 11R | 確定 |
| ||
| Ⅰ | 5X |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅱ | 18 |
| |||
| > | ハナ |
| |||
| Ⅲ | 14 |
| |||
| > | X3 1/2X |
| |||
| Ⅳ | 3X |
| |||
| > | X1 1/4X |
| |||
| Ⅴ | 7X |
場内がどよめきに支配され、再び紙吹雪が空に舞う。
眼の前の結果が信じられない、といった表情のノルデンセミラミス。
見開いていた目が潤み、組んでいた手を解いて口元を覆う。
「……おめでとう、ノルデンセミラミス」
後ろから突然話しかけられ、ビクッとして振り向くノルデンセミラミス。
「ダイワスカーレットさん……」
「でもまだ終わりじゃないわ! 次こぞは私が一番なんだから!」
そう悔しさを滲ませながら、ほら早く行ってあげなさいよ、と彼女はウィナーズサークルを指し示す。
そこには彼女の両親が、クラスメイトが、トレーナーが、そして数少ないファンたちが確かに歓声をあげていた。
『それでは皆様お待たせしました! 本日のメイン、ノルデンセミラミス、ダイワスカーレット、ウオッカで“彩 Phantasia”!』
本日の桜花賞走者が全員登壇するウイニングライブ、照明があがり、イントロが流れ出す。
多くの黄色と青、そして最前列に薄く並んだ赤のペンライトに彩られ、涙の跡をメイクで覆った2人とウオッカがステージ中央で笑顔を振りまいた。