驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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029 桜の女王と2階級覇者

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月間 トゥインクル 桜花賞回顧

3cm差の激闘! 制したのは10番人気ノルデンセミラミス

 

(文:乙名史 悦子)

 

桜花賞 レース結果

ノルデンセミラミス、前走3着からのハナ差勝利!

 

 第67回桜花賞は10番人気ノルデンセミラミスが先行策をとり、直線に差し掛かり前が空いた隙を見逃さず先行押し切り入線。12分にわたる写真判定の末、G1初制覇を飾った。勝ち時計は1分33秒8(良)。担当する吉富トレーナーはクラシックG1初制覇を果たした。

 

 2着は同じく先行策を取りながらわずか3cm差で涙をのんだ3番人気ダイワスカーレット。3着は末脚が伸びずハナ差で1番人気ウオッカ。逃げた2番人気アストンマーチャンは7着に敗れた。

 

レース回顧

下バ評を覆した激走 勝因は

 ノルデンセミラミスはデビュー戦から1400mを連勝。初のマイル戦となるチューリップ賞では最終200mで失速したことから、予想家筋では「所詮1400までのウマ娘でマイルは持たない」という意見が支配的であった。

 彼女を担当する吉富トレーナーは戦前、本誌取材に対しこう語った。

「(チューリップ賞の敗因は?)出遅れと外を回されたこと。3着には入ったので負けたとは思っていない。(距離不安が言われているが?)特には。そう思われているならありがたい。自分のレースができれば十分勝機はある」

 本番ではその言葉通り先行策をとり、4コーナー出口で前が空いた瞬間を見逃さずインを突いて先頭に躍り出ると473mの直線で2人の追撃をしのぎきって10番人気を覆し勝利を飾った。

 レース後の彼女に勝因はと問うと、次のように答えてくれた。

「今日勝てたのはひとえに皆様の応援のおかげです。(走りについては?)自分のレースをさせてもらえたのが大きいです。(見事なイン突きでしたね)偶然良いタイミングで前が空いてくれました」

 吉富トレーナーも「運が良かった面はありますが、それを逃さなかったのは彼女自身の集中力と冷静さの賜物です。最後まで自分の走りを貫けたことが大きいでしょう」と冷静に語った。

 彼女らの言う通り、スパートのタイミングでちょうど外にヨレたアストンマーチャンをかわして前に出られたことが、外を回らざるを得なかったダイワスカーレットとウオッカとの明暗を分けた。

 世間ではこの勝利をフロックと見る動きもあるが、記者としては彼女の冷徹な戦術眼が光ったレースであったと評価したい。これからのクラシック戦線、彼女の臨機応変なレース運びに目が離せない。

 

 吉富トレーナーによれば、次走は彼女に中距離は長いとのことでオークスではなくマイル戦のNHKマイルを予定しているとのこと。

 

惜しくも敗れたライバルたち 去就は

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 美浦寮、自室。

 

「いやぁ、改めておめでとう。セミラミス」

「桜花賞優勝……おめでとうございます。セミラミスさん」

「お2人とも、ありがとうございます」

 

 この日、先日の桜花賞勝利を祝うためカフェさんが部屋を訪ねてくれていた。

 メジャーさんには現地でも祝福の言葉を貰っていたので、改めてのお祝いとなる。

 やっぱりまだ実感がわかない。

 

「しっかし、スカーレットには残念だったがお前もいよいよG1ウマ娘か」

 

 成長したなぁ、としみじみとしながらメジャーさんがコーヒーの入ったマグカップを傾けた。

 私も照れ隠しにカフェさんが持ち込んでくださった水出しコーヒーをすする。

 

「そうだ、そのうち時間が合えば並走しようぜ、並走」

「ありがとうございます。またトレーナーさんと調整してお返事しますね」

 

 といっても、私はNHKマイルを控える身。

 そしてメジャーさん自身もこの春はドバイに遠征してその調整中、夏には安田記念を控えている身だからなかなか都合が合わないだろうが、嬉しいお誘いだった。

 

「……いいですね。私も、もしセミラミスさんが……有記念に出ることがあれば、ご協力します」

「無茶言うなよ。こいつはスプリンターだぞ。いくら有がマイルだって言っても限度があるだろ」

「……? 短距離を、2回走れば……良いのでは?」

 

 呆れ顔でそう突っ込むメジャーさんにカフェさんがきょとんとした顔で首をかしげる。

 誰だカフェさんにそんなトンデモ宇宙論を吹き込んだのは。

 もしそんな事が可能なら、私はジャパンカップでも凱旋門でも走ってやるが。

 

「それはいいとして、セミラミス良かったな。トゥインクルのWeb版でもトップの扱いだぞ」

 

 そう言ってメジャーさんはタブレットの画面を指し示す。

 そこに表示されていたのは月刊トゥインクルWeb版の桜花賞回顧記事であった。

 

「まったく先生もよぉ、二十何年やってきてやっとクラシックG1勝てたんだからもっと喜びゃいいのに」

 

 私は知っている。あの日出迎えてくれた吉富トレーナーの目元には光るものがあったことを。

 

「……ああ、よかった。本当に、よかった……!」

「失礼。ですが、事実です。今日の勝利は紛れもなく貴女のものです」

 

 その後、少し照れたように咳払いして、そう祝福してくれたことを。

 あの人はあのときの言葉通り真っ先に歓んでくれた。それで私には十分だった。

 

 記事自体にはすでに目を通していたので、そのまま画面をカフェさんへ回す。

 

「なんだ、もう読んでたか。まあ流石乙名史、よく見ているな」

 

 メジャーさんは謎の上から目線&保護者目線だった。

 いや、嬉しくはあるのだけれど。

 

 ササッと記事に目を通していたカフェさんが目を上げる。

 

「……ふむ。あの4コーナーのイン突き……前が空いたのは偶然、と言っていますが……あれは“空けさせた”のですよね」

 

 げ、バレている。

 だがよく考えなくても当たり前か。相手は駆け引きの多い長距離G1を3勝もしたウマ娘だ。

 こんな児戯にも等しいテクニックなどわかって当然だ。

 

「そうだな、あんなもんシニア級じゃ牽制球にもなりゃしない。甘めに浮いた変化球みたいに打ち返されるのがオチだぜ」

 

 やっぱりあんな小手先の付け焼き刃ではダメらしい。

 ちゃんとそういう技術は勉強しないとな、と思った。

 

「そのあたりの、小手先の技術は……吉富トレーナーが、詳しいのでは?」

「そうなんですか?」

「ああ、なんならお前自身がすでに勝手に駒にされてるかもしれないぞ」

 

 え、私が、とびっくりしてカフェさんの方を見る。

 するとカフェさんは何事か思案して、いくつか質問をしてきた。

 

「……ここ1ヶ月、マイル戦用にスタミナを伸ばすトレーニングはしていましたか?」

「はい」

「チューリップ賞出走の前、目標は3着以内と念を押されませんでしたか?」

「……はい」

「走っている最中、トレーナーさんのその言葉が頭をよぎりませんでしたか?」

「…………はい」

 

 全て図星だった。

 ふむ、と1つ頷き、カフェさんが口を開く。

 

「多分……やってますね」

「だろ? ウオダス以外なら勝てるだろうし1400mぐらいで無意識に失速したら距離足りないと思われてマーク外れないかな、ぐらいは考えてただろあいつ」

「……そうなったら儲けもの、ぐらいだと思いますが」

 

 トレーナーさんの微笑みが脳裏に浮かぶ。

 あんな優しいトレーナーさんがそんなことを、と信じられない心持ちだった。

 どうもそれが表情に出ていたらしい。

 

「つってもあの人は全部担当のために、だがな。ただ優しいだけの趣味人がこの生きウマの目を抜く中央で生き残れるわけねぇだろ。やることはやってんだよ」

「そもそも……吉富トレーナーは元々園部ラインの人間です。“皇帝の背を知る者”の系譜が……その手の人心掌握が、できないはずはないでしょう」

 

 そう言われれば確かに。

 あの“七冠の皇帝”シンボリルドルフのトレーナーと繋がりがあるなら、それくらいの腹芸はできるのだろう。

 

「そりゃ、優しいだけ、なわけない……ですよね」

 

 でも、それらが全て私のためだというのも、そうなのだろう。

 私はあのときの川辺での言葉を、疑いたくなかった。

 何より、あの人にこの恩を返したい。そういう気持ちも芽生えていた。

 

 ……なんとなく変な空気になってしまった。

 話題を変えようと、ふと思ったことを口に出す。

 

「……お2人って、仲良いんですね。同期でもないのに、意外でした」

「ああ、それな。お前はギリ知らんだろうが、俺達はサンデー教官のとこの同門みたいなもんでな」

 

 もう引退してアメリカに帰ってしまったそうだが、後のG1ウマ娘を多数担当したウマ娘の名物教官がかつてトレセン学園にいたらしい。

 喋れば四文字(フォーレターズ)、座ればヤンキー、歩く姿は血に飢えた猟犬というとんでもない人物だったが、不思議と指導力だけは一流だったとか。

 見た目は姿勢の悪いアメリカンカフェ、とカフェさんの胸元を見ながら言ったメジャーさんがシバかれる。たまにメジャーさんはデリカシーがない。

 

「あつつ……そういやあの狂信者(マッド)と付き合いがあるのもその繋がりだったか?」

「そうですね。タキオンさんといえば……スカーレットさんが熱出したと聞いて、珍しく狼狽えていましたね」

「そりゃあいつ、控室に帰ったら大泣きしてたからな。それであの後ライブをこなすんだから、我が妹ながら大した根性だよ」

 

 あの桜花賞の直後、敗戦のショックからかスカーレットさんは熱発を起こしてしばらく休んでいた。

 それほどまでにティアラ初戦を落としたのがショックだったか。

 ……ショックだろうな、と自身の阪神JFのときのことを思い返す。やはり精神が弱ると免疫も悪化するのだろう。

 

 彼女には、次はアタシが一番、と言われた。

 だが、私はもうティアラ路線には戻らない。少なくとも今年は勝ち逃げする形になる。

 それがどうにも申し訳なかった。

 

「勝ち逃げ、なあ。俺様もノド鳴りを治してさあリベンジと思ってたら、屈腱炎で引退だものなぁ」

「屈腱炎……戦えただけマシでは、と……思ってしまいますね」

 

 先輩方は誰かを思ってか遠い目をする。

 それぞれ勝ち逃げされた同期のことを思っているのだろう。置いていかれた側もまた辛いのだ。

 

「まあ……走ってさえいれば、機会はあります。長く走れることは、それだけで幸運なのですよ」

「そうだなぁ。順調にいって再戦は……来年のヴィクトリアマイルか?」

 

 あの長い写真判定の後、今にも泣きそうな顔で気丈にも祝福してくれたスカーレットさんの表情が思い出される。

 また一つ、背負うものが増えてしまった。

 

 そして私の勝利を願ってくれたみんな。

 先輩方にクラスメイトや妹たち。こんなにも沢山の人に応援して頂いて、私は幸せ者だ──。

 

「ん、どうした?」

「そのですね、先日ロードワークで多摩川まで行ったときに──」

 

 私の勝利を願ってくれた人がもう1人いた事を思い出す。

 仁川に桜の花が咲いたらまた訪ねると約束したのだ。今こそ、その約束を果たすときだろう。




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