驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
「おひけえなすって!」
多摩川の河原。揃いのジャージを着たとねっこ達に囲まれて。
眼の前の鹿毛をハイテールに纏めたウマ娘は、軽い会釈の姿勢のまま腰を中腰に落とし、右手の手のひらを見せるように前へ突き出してそう言った。
頼みのマトモそうな犬を追いかけてきた方の彼女の方をうかがうも、軽く目を閉じてため息を付き、後ろ手にハリセンを持ったまま動かない。
横目でスプマンテの方を見ても、おー、と目を輝かせる始末で助けにはなりそうもない。
ええい、ままよ。
確かじいちゃんと見た昭和映画だとこんな感じだった。見様見真似で腰を落とし、右手を突き出す。
「……有難うございやす。どうぞ、姉さんからお控えなすって」
どうしてこんなことに。
現実から逃避しながら、今日ここに至るまでのことを思い返す。
府中市内、東京レース場と南武線の間らへん。
トレセン学園を出て、私はスプマンテと一緒にウマ娘レーンのある大通り沿いに南へと走っていた。
またしてもこちらへとロードワークがてら足を伸ばしていたのは、先日桜花賞が終わったら遊びに行く、と約束したヴィクトリー倶楽部への再訪が目的だった。
あの日以来、スプマンテは3月最終の未勝利戦に勝利し、1勝クラス昇格を果たしていた。
「いやぁー、これで首の皮がつながったってやつ?」
彼女はそう呑気に笑っていたが、割と笑い事ではない。
9月までに未勝利戦を勝ち抜けなかったウマ娘に待っているのは、絶望的な格上挑戦を除けば地方移籍か、引退か……いずれにせよ
「まあ合宿も行けそうだし? 秋華賞なら全然間に合いそうだしおっけーおっけー」
そして6月までに勝ち上がっておくことのメリットはもう一つ。夏合宿への参加資格が得られることだ。
夏はウマ娘が大きく成長する季節。カフェさんのように夏の上がりウマとして秋のクラシック戦で活躍することも夢ではない。
そして、私は言わずもがな桜花賞に勝利しG1ウマ娘となっての再訪となる。
「しっかしほんとに桜花賞勝っちゃうなんてねー。をっかちゃんとダスちゃん相手に粘り切るなんてさっすがセミちゃん」
彼女を含めクラスメイトの皆はそう口々に褒めてくれた。
フライトさんたち先輩方もそうだ。
「着差以上の強いレースだったね。もっと自信を持ってもいいよ」
「まさに花吹雪、貴女の旅路の煽風となる勝利でしょう」
阪神レース場まで応援に来てくれた両親だって、父は相変わらず寡黙だったが喜んでくれた。
「……よくやった」
「──貴女はまだまだ伸びるわよ。次も楽しみにしてるわ」
選抜レースを控えた妹は流石に現地までは来れなかったが、夜寮に帰ると一番に会いに来てくれた。
「お姉ちゃんすごかった! 私も選抜レースで勝って運命のトレーナーさんを捕まえるんだから!」
皆褒めてはくれる。
だけど、自分としては偶然が味方してくれただけだという感じがする。
結局私はトレーナーさんや先輩方に教えられた通りやっただけなのではないだろうか。
まだたった1度勝っただけで、なんなら誰でも私と同じ環境に置かれれば同じように勝てるのではないかという感覚が拭えない。
もちろん嬉しいは嬉しい。
だけど……心の声が漏れ出る。
「……なんか、実感わかないな」
「なんて? …………ありがとね」
思わぬ言葉にバッと彼女の方を振り向くが、2回は言わないよとでも言うようなアルカイックスマイルだけがそこにはあった。
胸元のエメラルドのネックレスがキラリと春の日差しにきらめく。
多分、あたしの分も桜花賞を走ってほしい、と言っていたことに対する礼なのだろう。
「いつか、あたしもG1取るから」
「……爆逃げで?」
「そ! ……みんな無理って言うけど、あたしはいつかやってやるんだ!」
「応援してる」
いつかのウオッカに対するように、同じ言葉を送る。
彼女の適性は中距離。きっと彼女とはもう同じレースを走ることはないだろうから、せめてもの手向けだ。
スプリンターの私はNHKマイルへ。
残りのティアラを取ると意気込むスカーレットはオークスへ。
ダービー制覇をついに公言したウオッカは東京優駿へ。
分かたれた私と彼女たちの道は、少なくとも今年中は交わることはない。
それにほんの少しの安堵と寂しさを感じつつ、私達は多摩川沿いの土手道に入った。
目指す河川敷はもうすぐだ。
で、どうやらそれらしき集団を河川敷のグラウンドに見つけ、土手を降りてそこに近寄るととねっこ達に取り囲まれた。
そして、先日犬を追いかけてきた方と、下でとねっこたちをまとめていた方がやってきて……突然仁義を切られて今に至るわけだ。
「失礼いたしやす! おひけえなすって!」
ええい、ままよ。おじいちゃん子舐めんな。
そう気合を入れて腰を落とし、右手を突き出す。
「……有難うございやす。どうぞ、お
途端に眼の前の人が目を輝かせる。周囲から上がる歓声、横のお姉さん、額に手を当て大きなため息。
……これ、相手しなきゃこの人がシバかれて終わりだったのかもしれない。
だがもう遅い。毒喰らわば皿までだ。ぐっと相手の目を見る。
「いえいえ、姐さんからおひけえなすって!」
「手前しがない若衆ですので、どうぞお控えなすって」
「いえいえ、おひけえなすって!」
「再三の言葉、
これで合ってたっけ。若干自信がない。本当だったら間違ったり目線を離すと袋叩きにされるらしい。
まあ、それっぽいことがしたいだけだと信じて続ける。
「早速おひけえくだすって有難う御座いやす。手前、粗忽者ゆえ、前後間違いましたる節は、まっぴらご容赦願います。手前、生まれも育ちも武蔵国、国府は府中に御座います。稼業、走り唄いて禄を食んでおりまして、縁ありましてヴィクトリー倶楽部にて若駒を教え導いて暮らして御座います。冠はサクラ、人呼んで日の丸特攻隊、サクラシンゲキと発します。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼申します」
もういいよね、と思ったが一向にストップが入らない。
……仕方ない。とりあえずどこのなんて親分の下にいる誰か言えば最低限格好はつくはずだ。
「有難う御座います。ご丁寧なるお言葉。申し遅れて失礼さんにござんす。手前、トレセン学園、アルフェラは吉富まつりに師事します若い者。ノルデンセミラミスと発します。稼業、未熟の駆出し者。以後、万事万端、宜しくお頼申します」
結局、最後の手を上げるところまでやらされてしまった。
すると、周囲から、おー、という歓声が上がる。おー、じゃないんだが?
「いやあノルデンセミラミスといったか、気に入ったぞ。ここま──あだっ」
ズバァンという破裂音とともに、ウマ娘の膂力に任せてハリセンがサクラシンゲキさんの頭に振り下ろされる。マジのフルスイングだ。
頭をおさえてのたうち回る彼女をよそに、ハリセンをジャージの腰に差したまともそうだった人が頭を下げた。
誰かに似ていると思ったら髪を下ろしたバクシンオーさんが近い雰囲気だ。
「ウチのシンゲキのわがままに付き合わせまして誠に申し訳ありません。私、同じくヴィクトリー倶楽部のサクラユタカオーと申します。以後よろしくお願いいたします」
「私はクイーンスプマンテっていいます! よろしくお願いいたします!」
いやあんたらは普通に挨拶するのか。
まあ、どうやら名門ジュニアクラブらしいヴィクトリー倶楽部が任侠団体だったらヤバいので、サクラシンゲキさん1人の趣味で良かっただろう。
そうして自己紹介を済ませると、周りのとねっこにワッと取り囲まれる。
「テレビで見たよ! すっごい走りだった!!」
「私もああいう走りしたい! どうしたら速くなれるの!?」
「あの最後、どうやって抜けたの!? 教えて!」
「2人は同じチームなの!? お友達なの!?」
困ってスプマンテに助けを求めようとするも、あちらはあちらで取り囲まれている。
「人気者はつらいねぇ。いよっ、G1ウマ娘!」
しかも助ける気は無いらしい。薄情者め。
やはりこうしてまっすぐと称えられたり質問されたりすると、やはり面映ゆさがまさる。
だが1勝クラスのあちらはあちらで囲まれているあたり、この子達にとってはトレセン学園の生徒というだけで“すごいお姉さん”なのだろう。
なら、今ここでだけでも、ちゃんと胸を張れるお姉さんでいなければ。
私は“G1ウマ娘”なのだから。
そうして1時間ばかりとねっこたちに付き合った頃だろうか。
無尽蔵とも思える体力に辟易してきたころ、奥のテントの方から「おやつの時間ですよ」との声がかかり包囲は解かれることとなった。
G1ウマ娘もおやつには勝てないらしい。
「いやはや、皆の相手ありがとうございます」
そう言ってサクラユタカオーさんともう1人、倶楽部のでも学園のでもないジャージを着たウマ娘がやってきた。
中等部ぐらいだろうか。歩様が少しおかしい気がする。
「すみません、練習に参加する方は名簿への登録と1日保険への加入をお願いしておりまして……」
「ああシュガー、保険の方は私の方で持つからいいよ」
「……承知しました。では必要事項だけ記入をお願いします」
そう言って手回しよく2枚のバインダーとペンが渡される。
私とスプマンテが名前や住所などを記入して返すと、内容をあらためたうえで会釈をして彼女は去っていった。
どことなく、あまり好意的でない雰囲気がする。
「すみません、良い子なんですが愛想がなくて。お気を悪くしないでいただければ。……さ、こちらへどうぞ」
そうして案内された先には、休憩用のタープテントの下に席が設えてあった。
折りたたみベンチには赤い敷物が敷かれ、サクラシンゲキさんが何事か行っていた。
あれは茶の湯の準備だ。なんというか、あの口調からは予想もつかない雅な趣味だが不思議と様になっている。
「おお、お2人共お疲れ様。せめてものねぎらいに茶を点てたから召し上がれ」
「えっ、と。お茶の作法とかよくわからなくて……」
「野点に定法などないよ。2人はお客様なのだから楽しんでくれればいい」
スプマンテはちょっとビビり気味のようだが、草庵でのお茶会じゃあるまいしホストがいいと言ったらいいのだ。
ありがたくご相伴に預かる。
お茶菓子として桜餅を頂きながら聞き上手のスプマンテが聞き出したことには、なんとユタカオーさんは天皇賞秋を、シンゲキさんはスプリンターズステークスをそれぞれ優勝した経験のある先輩であった。
さらにシンゲキさんは現役時代大逃げで名を馳せていて、それが“日の丸特攻隊”の異称につながったのだとか。
そしてスプマンテは距離適性がユタカオーさん、脚質がシンゲキさんと同じであることから完全に意気投合していた。
私もシンゲキさんとは同じくスプリンターであることから波長が合う気がするし、ユタカオーさんにはただならない縁のようなものを感じる。
「いやあ2人共、打てば響く、ウマが合うとはこのことか! どうだ、あたしと盃でも──待てユタ公、冗談だ」
「シンさんの戯言は置いておいて、私もお2人のことが改めて気に入りました。引き続きいつでも来て頂いて構いませんし、お望みでしたら練習にもお付き合いします」
それは向こうも同じだったようだ。
なぜだか気に入られちゃったね、と2人で顔を見合わせる。
とはいえこちらとしてもお2人になんとなく通ずることが多いのは確かだ。
それに、G1ウマ娘と一緒に練習させてもらえるというのは良い話であるのも確かだった。
「いやはや、思えばこの縁はワンコオーがもたらしてくれたようなものですね。チヨが拾ってきたのもなにかの巡りあわせかもしれません」
そうユタカオーさんは茶をすする。
「ユタ公よ、そんならあいつらとも併せたいもんだな?」
「そうですね、今はトレセン学園にいるウチのOG達ともぜひ引き合わせたいですね。私の後輩はすごいですよ」
なにせウチの出身でG1連覇はあいつぐらいですから。そう言って哄笑する彼女の姿に、私の憧れが重なった気がした。
そして、それについては夏合宿前の6月頃に、ということで話がまとまった。
NHKマイルカップが目前に迫っている。
○史実馬紹介
サクラユタカオー Sakura Yutaka O 牡
主な勝鞍 86'天皇賞(秋)(G1)
近親馬 サクラシンゲキ
1800~2000mだと無類の強さを誇ったサクラ軍団の快速馬。
もうちょい長い距離持てば3冠いけるのになーと有馬や春天を制したアンバーシャダイの全妹につけて誕生したのが1200~1400mで無類の強さを誇った超快速馬だったのはどういうことなのか。
後から考えれば兄と違ってサクラハゴロモが短距離系だっただけなのだが初仔なんでそんなのわかる訳もなく。馬産って難しいね。
サクラシンゲキ Sakura Shingeki 牡
主な勝鞍 81'オータムハンデキャップ(OP)
あまりに早すぎたスプリンター。同じく早すぎた甥っ子にはG1スプリンターズSがあったが彼にはそれすらなかった。
上のユタカオーとは母が同じ。ウイポではアンジェリカを保有すると両方手に入ってお得。
あまりに走るレースがなくて第1回ジャパンカップにも出走、玉砕覚悟の大逃げで4コーナーまで先頭を走るも敗北。だがその走りっぷりから“日の丸特攻隊”の異名を奉られれる。
馬にサクラとつける時点でどうかと思うがその上“日の丸特攻隊”はなんの冗談だと思うが史実である。しかも一応褒めてるらしい。マジかよ。
この夏府中まで取材に行きました。
サクラ軍団の実家にはユタカオーの口取り写真も展示されてました。
好きなウマ娘アンケートへのご協力ありがとうございました。
上位入着したウマ娘は出番増やしときます。
また誰出すか迷ったときに不定期でやるのでその時はどうぞ。
今回のアンケートは割と興味本位です。
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レース描写はどっちのほうが好みですか?
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1人称/主観(チューリップ賞形式)
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3人称/客観(桜花賞形式)