驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
5月6日 東京レース場 第11レース
NHKマイルカップ(G1) 芝 1600m 稍重
スターターが旗を振り、ファンファーレが流れ出す。
出走者として初めて聞くこのファンファーレは、誰もが知るゲーム音楽で有名な作曲家が手掛けたものだ。
NHKマイルカップというだけあって、N響のメンバーが生演奏している。
ウォーミングアップを終えてゲート前に集まる勝負服のウマ娘たち。
黒と青を基調としたセーラー服風の上着に黄色のケープを肩に羽織った勝負服、ピンクカメオさん。
海老色の胸甲に手甲、勝つ前から月桂冠を被った姫騎士風とでもいうのだろうか、白い水玉模様が特徴的な勝負服、ローレルゲレイロさん。
パッと目に入ったのは彼女たちだろうか。
それぞれ友人と2番人気だからというわけではないが、なんとなく注目してしまう。
ちょうど脚質も先行差しと逃げ先行でありポジションが被る可能性がある。
少しだけ警戒しておこう。
今日はこれまでの右回りコースではなく左回りコースであるためいつもとゲートの向きが逆になる。
時たま極端にどちらかの回りが得意なウマ娘もいるが、私は特にどちらが得意ということはない。
とにかく平常心だ。
いつも通りの実力を発揮できれば勝てる。トレーナーさんの言葉を胸に刻む。
各ウマ娘が係員の誘導に従いゲートへ収まる。
さすがにこのクラスになるとゲート入りを嫌がるウマ娘も少ない。
とはいえ私の隣はさっき殺気をぶつけてきたムラマサノヨートーさんだ。
いちおう出走者全員のプロフィールは頭に入れていたが、確かダートの未勝利戦上がりの1勝クラスで特に脅威になる相手ではないはずだった。
それがあれほどの気迫を……いや、他人のことはいい。平常心平常心。
まもなく発走だ。緊張の一瞬。
過ちは、二度と繰り返さない。
ガッシャン。
電磁制御のゲートが開放され、それに合わせて鉄の檻から飛び出す。
周りのスタートもまあまあ揃っている。流石はG1だ。
この東京レース場1600mコースはスタートからコーナーまでの距離が長く600m程もある。
スタートすぐはゆるい下り坂が続き、本来はポジション争いが激しくないはずだが今日はそうではないらしい。
皆が前に行きたがっているので、私は思い切って位置を隊列中央付近まで下げた。
こころなしか周りが動揺しているような気がする。
なんだろうか、もしかしてあのギチギチの先行争いに参加すると思われていたのだろうか。
隣からも、どうしてここに、というようにチラチラ見られている。
でも気にしない。平常心平常心。
隣を走るはえーっと……マイネル軍団の2人。似たような色合いの勝負服が3人出てきてるのでややこしいのだ。
多分フォーグとシーガルだと思う。
内からだいたい3~4レーン目、ちょうど芝があまり荒れていないところを走れている。
前は相変わらずギチギチにバ群が詰まっている。
坂を上がり、下る。
そのまま隊列は3コーナーへ入った。
おおよそレースは半分が過ぎたところ。
いよいよこれからだ。
府中の名所である大欅を左手に4コーナーへ。
正面に見えてきたスタンドからも大きな歓声が上がる。
思わず脚が早まりそうになるが、まだ早い。
残り600mの標識が見えてきたあたりで、隊列がぐっと詰まってくる。
後方脚質のウマ娘が圧を掛けてきたのだ。
だがまだ我慢だ。もうすぐ前が空くはず。
カーブを抜けて直線に入る。隊列が大きく広がりバ群が薄くなった。
そろそろか。
外に持ち出しながら巡航からギアを上げていく。
残念ながらまだ道悪への適応は完全ではない。
やはり走法の改良は一朝一夕では済まず、ここ数ヶ月はマイル戦への適応を優先していたからだ。
だがそれでも選抜レースの時よりは遥かにマシだ。
これならそこまでのロスなく加速できる。
前方に大きく空いた隙間目掛けて脚の回転を早めて加速する。
そのままバ群を突き抜けて先頭へ。
外側からあわせてくるのは海老色の姫騎士。ローレルゲレイロの勝負服だ。
追い比べ体勢、左右には彼女以外誰もいない。
さらに足に力を込め、芝を蹴り上げる。まだまだ!
200mの標識を通過。
じりじりと彼女を突き放す。
その時、後方から殺気が膨れ上がる。
思わず振り返りそうになるのをぐっとこらえた。
これは──!
周囲の光景が塗りつぶされる。
青々としたターフは踏み固められた未舗装の道に。
左右に立っていたラチは時代がかった板張りの塀に。
観客でいっぱいだったスタンドは瓦葺きの町家に。
大歓声は鳴りを潜めた。
「お命ィ! 頂戴!!」
妖しく光る抜身の刀を振りかざし飛びかかるは羽織姿のウマ娘、ムラマサノヨートーだ。
思わず横に飛び退る。
何故だか猛烈に嫌な予感がする。このままでいてはいけないと本能が警鐘を鳴らしているようだ。
「もう! なんなんだよこれは!」
声のした方を横目で見ると何故かネコ目のウマ娘、ローレルゲレイロも一緒だ。
時代劇の情景に海老色の姫騎士姿とは時代が合っていないこと甚だしい。
……ん?
そうか。勝負服だ。
この情景に抗う唯一のもの。誇り高き真紅の装い、純白のサッシュ。
「小癪な! 大人しく維新の礎となれ奸賊共! 天誅!!」
目を異様に輝かせながら今度は横薙に刃を振るうムラマサノヨートー。
何が維新か、人斬りテロリストめ。
私の右手が存在しないはずの鞘から
「僕らは、
割れんばかりの歓声。
東京レース場、最終直線。
雨空のターフが戻ってきた。
右手にいたローレルゲレイロがずるすると後退していく。
代わって左手から上がってくるのはムラマサノヨートー。
後100m、負けて、たまるか!
左脚に力を込めトップスピードへ、何人たりとも追いつかせなどしない!
『ローレルゲレイロ! ノルデンセミラミス! 内からムラマサノヨートーやってくる!』
『あと100m! ノルデンセミラミス先頭! ノルデンセミラミス先頭! 外からはピンクカメオ!』
『大外からピンクカメオ飛んできた! ノルデンセミラミス粘っている! 内からムラマサノヨートー!』
『ノルデンセミラミス! ピンクカメオ! ノルデンセミラミス粘りきった! 3着はムラマサノヨートー!』
決勝線を超えた瞬間、視界の右手大外から飛び込んでくる青と黄色。
ピンクカメオさんだ。
思わず心臓が跳ねる。一体どこから来た? まったく気がついていなかった。
まさか、差し切られたか? 電光掲示板を振り返る。
| 東京 | 11R | 確定 |
| ||
| Ⅰ | 17 |
| |||
| > | 1/2 |
| |||
| Ⅱ | 14 |
| |||
| > | クビ |
| |||
| Ⅲ | 18 |
| |||
| > | 1/2 |
| |||
| Ⅳ | 10 |
| |||
| > | X1X |
| |||
| Ⅴ | 12 |
一番上に灯るは17番、私の番号だ。どうやら勝ったらしい。
掲示板を見たとき、私の胸中を支配したのは安堵。よかった、期待に応えることができた。
胸をなでおろした瞬間、耳に飛び込んでくるのはスタンドからの歓声。
その声に、皆の期待に応えるべく観客席に手を振る。
まだ手が少し震えている。
なんとか勝てた。それが偽らざる感情だった。
東京レース場、控室。
まだ慣れたとは言えないが、レース後のインタビューは無事済ませた。
内容は今のお気持ちは、とか、レース中は何を考えていましたか、といったありきたりなものだった。
そんなもの、勝てて良かったとどうやって勝つか以外にあるだろうか。さすがにそうとは言わなかったが。
1つどう答えようか迷った質問は、今後の目標は、といったものだった。だけどこれはトレーナーさんと相談なしに答えるわけにはいかないから、無難に短距離マイル路線ですと返しておいた。
初めての歌唱となる『本能スピード』もうまく歌えたと思う。
URA芝短距離マイルG1歌唱曲であるこの曲は、これから長くお世話になるはずだ。今回は幸いセンターで歌えたが、今後もそうありたいものだ。
そして全てのイベントが終わった控室で、私がトレーナーさんと向き合っているのには訳があった。
今日のレースで見たあの光景のことだ。
「トレーナーさん、1つご報告といいますか、ご相談がありまして──」
レース中、ムラマサノヨートーさんが仕掛けてきたときに見た幻影について説明する。
後で映像を確認したが、あの出来事は一瞬にも満たない間に起きていた白昼夢のようなものだったらしい。
だが、夢にしてはあまりに鮮明すぎる。だからといって、これをムラマサノヨートーさんやローレルゲレイロさんに聞いてみようという気にもなれなかった。
どう考えても信じてもらえるわけがない荒唐無稽な内容だったからだ。
はたして、私の話を聞き終えたトレーナーさんは、少し困ったような、納得したような表情を作ってこう答えた。
「……わかりました。まず相談してくれてありがとうございます。少し、時間をいただけますか」
何分、デリケートな話題ですので。彼女はそう結び、学園へ戻るよう私を促した。
レース描写はどっちのほうが好みですか?
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1人称/主観(チューリップ賞形式)
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3人称/客観(桜花賞形式)