驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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033 変則二冠と“領域”

ラインクラフト以来の変則二冠 短距離戦線に旋風

世代最強マイラー誕生か 次なる一戦は? 

運か実力か? 二冠達成の裏に展開の利

 

 

 チーム棟、トレーナー室。

 

 NHKマイルカップの余韻冷めやらぬ中、私はトレーナーさんから呼び出しを受けていた。

 要件は先日の相談結果、すなわちレース中に見た見た幻影についてだ。

 トレーナさん曰く、デリケートな話題ですので、ということだったがどういう意味なのだろうか。

 

 そうして待つことしばし、ゼファーさんとフライトさんが到着した。

 椅子はもう1つ空いていたが、トレーナさんは話を始めてしまうようだ。

 

「どこから話しましょうか。……そうですね、まず、セミラミスさんが見た幻影について。あの現象は“領域”として知られています」

 

 そのウマ娘の強い思いが心象風景として表れたものとされており、それがレースという極限状態において共同幻覚的に作用したものだとされているそうだ。

 されている、というのはこの現象がレース中のウマ娘の間でしか確認されておらず、ヒトが認識できないために研究が進んでいないためだ。

 

「私としては、“領域”とは一種のゾーン状態と考えております」

 

 この場合のゾーンとは、集中力とリラックス状態が最適なバランスで保たれ、最高のパフォーマンスを発揮できる状態を指す。

 

 この現象についてはトレーナーの間でも意見が別れており、所詮オカルトでしか無いと頭から否定する者もいれば、逆にジャイアントキリングも可能な切り札として見る向きもあるという。

 

「トレーナーさんはどうお考えなのですか?」

「あるかないかで言えば、あると思います。ですが、戦術の根幹に据えることはできないとの立場ですね」

 

 要するに中庸だとのことだ。長くやっているトレーナーは多少の差こそあれこの考えだという。

 トレーナーの間では、大っぴらに言えるほど確かなものではないという認識なのだろう。

 

「といいますのも、確実性が薄いのですよ」

 

 強力な手札であることには違いないのですがね、と続けた。

 

 まず。G1級ウマ娘であることと“領域”に入れることは必ずしもイコールではないという。

 

「G1を複数勝つ強者でも“領域”を持たないという娘はいますし、逆に重賞勝ちすらない娘でも“領域”に入った例があります」

 

 次に、毎回領域に入れるとも限らないのだという。

 

「どうもウマ娘ごとに“領域”に入る条件があり、その娘の勝ちパターンに近いほど入りやすいことまでは分かっていますが……」

 

 並走では発動しないウマ娘が多い以上、試せる機会そのものが限られ条件がよくわからないまま引退することも珍しくないらしい。

 

 そしてなにより、領域に入ったとて地力差をひっくり返せるとは限らない事が大きい。

 

「“領域”に入れさえすれば勝てるというならともかく、入ってなお差が開いていくのを見せられては……失礼」

 

 トレーナーさんはどこか遠い顔をしてそう言い、我に返ったように誰ともなしに謝罪を口にした。

 きっとかつての教え子の誰かがそういう目にあったのだろう。

 

「私の立場で申し上げるなら、そのようなものに頼るより地力を伸ばしたほうが建設的ですね」

 

 あとは、実際に“領域”に入ったことのある者に直接尋ねたほうがいいでしょう。

 そういってトレーナーさんはゼファーさんとフライトさんに水を向けた。

 流石はマイル戦で名を馳せたお2人、“領域”に入ることなど造作もないのだ。

 

「私の“領域”は野を馳せる風。光風となりて吹き渡るのです」

 

 ゼファーさんの“領域”はなんというかイメージ通り風にまつわるものだった。

 心象風景は古びた庭園。これまたファンシーな雰囲気を纏う彼女の勝負服に似つかわしい。

 

「私の“領域”は、花道(ランウェイ)から飛び立つイメージかな。私だけのスタイルで、飛行機に乗って」

 

 フライトさんの“領域”もまたイメージ通りのものだった。

 ランウェイというのはファッションショーの花道と飛行場の滑走路、どちらの意味だろうか。たぶん両方なのだろう。

 そういえば、彼女の勝負服にはCA(キャビンアテンダント)のイメージや飛行機のモチーフも含まれている。

 

 2人に共通するのは、勝負服に込められた思い。

 ウマ娘の強い思いが“領域”に関わっているのは間違いなさそうだ。

 

「私達が“領域”に入る条件は、距離に関わらず先行で走ること。……あ、こういうのは外で言っちゃダメだからね」

 

 私達はドリームトロフィーで何度も走ってるからお互い今更だけど、“領域”に入る条件がバレたら対策されるから。

 なんなら直接“領域”について聞くのもマナー違反だからね。もしかしたら入れないのを気にしてるかもしれないんだし。

 そうフライトさんは釘を刺す。

 

 “領域”に入る条件は自身の勝ちパターンに近しいという。

 確かに、それならわざわざ手の内を明かす必要はないだろう。

 また、持っていないことがコンプレックスかもしれないとなれば気軽に触れるべき話題ではないというのも頷ける。

 

 さて、そうなると、だ。

 お3方の話を聞く限り、あの現象は“領域”と見て間違いない。

 

「じゃあ、そのセミラミスちゃんが見たものについて詳しく聞かせてほしいな」

「わかりました。あれは残り150m地点だったと思います──」

 

 トレーナーさんが用意してくれていたレース映像をスロー再生しながら説明する。

 

「あ、たぶんここですね。ここで風景が急に変わりました」

 

 レース場が幕末のような古びた街並みに変わり、気がつくとすぐ近くを走っていたローレルゲレイロと共にそこにいた。

 そして抜刀したムラマサノヨートーに切りかかられた。

 その後、勝負服のことを強く思うと──風景が元に戻った。

 そういったことをかいつまんで話した。

 

「それは……風比べでしょう。此度は烈風が競り勝ったということ」

「“領域”勝負って、負けると概念を塗りつぶされるんだよね」

 

 なんでも、お2人の場合だとランウェイごと風に吹き飛ばされて飛行機が墜落したり、逆に飛行機に轢かれてぶっ飛ばされたりするらしい。

 

 メーデー案件かな? 

 ノースフライト航空の旅客機が離陸直後に強烈な西風(ゼファー)に煽られて墜落した事故では──などというナレーションが聞こえてきそうだ。

 

 ……レースの話だよね? 異能力バトルの話じゃなくて。

 完全に概念のぶつけ合いみたいになってるんですが。

 

「セミラミスさんは勝てたから影響なかったけど、たぶんローレルゲレイロさんは袈裟斬りにされたんじゃないかな」

 

 ローレルゲレイロさんが失速して後退したシーンを再生しながら、フライトさんが言う。

 

 何それ怖い。

 あくまで心象風景の話だとはいえ、いきなり辻斬りにあってはまともに走れないだろう。

 

 ……だから失速したのか! 

 今更ながらに状況を理解する。色々な意味で勝てて良かった。

 

「なるほど……“領域”とはそんなに強力な代物だったんですね」

 

 あくまで精神的なものとはいえ、レース中の相手に直接攻撃できるのだ。

 トレーナーさんはあまり重視していないようだが、シニア級とも戦うかもこれからのことを考えるとぜひ身につけておきたい。

 そう思っていたが、お2人は微妙な表情をしている。

 

「そうではないのです……」

「確かに“領域”は強いよ。けど、結局地力だっていうトレーナーさんは正しいと思うな」

 

 どういうことかと問うと、驚くべき答えが返ってきた。

 なんと、お2人とも確かに領域に入れていたにも関わらず敗北したことがあるというのだ。

 

「私は風となって吹き渡ったというのに、その先を駆けて行かれるとは」

「ただ走ってるだけなのに飛行機で追いつけないなんて、ね」

 

 ましてそこは自身の“領域”の中。

 それを壊されたわけでも塗り替えされたわけでもなく、ただ走っているだけの相手に敗れたというのだ。

 

「そんな、ことが……」

「あるのですよ」

 

 あるいはただ走ることそのものが“領域”なのか。短距離そのものが彼女の領域だと言われてしまえば納得せざるをえないもしれませんが、とトレーナーさんは続けた。

 

 意味がわからない。

 “領域”同士がぶつかれば、どちらかが維持できなくなるか壊されるか塗りつぶされるか。

 そういう話ではなかったのか。

 

「どういう、ことなのですか?」

「それは本人に聞かれるといいでしょう。その方をお呼びしてありますので」

 

 教え子以外から“領域”のことを聞く機会というのは中々ないので、実は楽しみにしていたのですよ。とトレーナーさんは言う。

 お2人も、楽しみだねー、ねー、といった雰囲気だ。

 

 ……待てよ? 

 聞くのも憚られる“領域”について、わざわざ私に教えてくれる人とは誰だ? 

 

 ヒントはある。ゼファーさんともフライトさんとも対戦経験があり、かつ両方に勝ったことのある人だ。

 ……一時期シルコレやってたゼファーさんはともかく、フライトさんが大舞台で負けた相手は2人しかいない。

 まして共通の相手など1人しか! 

 

 そこに思い至った時には、もうフライトさんが部屋のドアを開けて招き入れようとするところであった。

 待ってまだ心の準備が! 

 

「おまたせ、入ってきて!」

「こんにちはッ! ────」

 




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