驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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036 変則二冠とマーク戦法

「……覚悟は、あります」

「であれば、私も腹をくくりましょう。正直、私はあまりさせたことのない手です」

 

 そう言ってトレーナーさんは作戦を開示してくれた。

 

「貴女のもっとも大きな課題は“経験の差”と“直線でのスタミナ”となります。要するにこの2点を解決できればいい訳です。わかりますか?」

 

 わかりますか、と言われても……。

 スタミナを温存するなら、桜花賞のときと同じように誰かを風よけにしてしまえばいい。

 でも経験の差なんてどうすれば……。誰かに一緒に走ってもらえればレースメイクはできるだろうが、そんなこと頼んだら八百長で追放ものだし……。

 

「おや、ほぼ正解ですね。誰か1人を徹底的にマークして風よけとレースメイクをしてもらい、最後の最後で軽斤量の加速力を活かしてそれを抜くことで勝つのが私の考えた作戦です」

 

 それを聞いた私の率直な感想は、少しの拍子抜けと驚きだった。

 え、そんなのでいいの、という拍子抜けと、トレーナーさんもそんな手を使うんだ、という驚きだ。

 

 これまで黙って聞いてくれていた3人の反応も3者3様だった。

 

「これは珍風ですね」

「とってもセミラミスちゃんに合った戦法だと思います。でも、そう何度も使える手ではない。ですよね?」

「これはこれは……あのトレーナーさんが得意とした戦法ではありませんか!?」

 

 そうして話が脱線しそうになったところでトレーナーさんは話を本筋に戻した。

 

「この作戦の肝は誰をマークするかにかかっています。道中風よけにすることを考えれば貴女より大柄な方がいいでしょう。最後に抜く必要がある以上、脚質は逃げか先行でなければならなりません」

 

 さあ誰をマークしますか、とトレーナーさんが問う。

 

「最も大事なことをお忘れですよ! マークすべきは一番勝ちそうなウマ娘ですッ! マイルの“名優”をマークしてください! あとは……よく知っている相手のほうがやりやすいですね!」

「そうですね、そのとおりです。補足ありがとうございます」

 

 バクシンオーさんの補足を踏まえて考える。

 

 できるだけ大柄な方がいい。

 そのウマ娘が先行策を取らなければ上がりの差から作戦は成立しない。

 コース取りなどの思考リソースも含めてそのウマ娘が勝つことに全掛けするのだから、最終的に1着争いに絡まなければ負けが確定する。

 それこそ長距離のメジロマックイーン並に強いマイラーウマ娘。

 

 強くて、先行で、私より大柄……と条件を列挙して……1人の顔が思い浮かんだ。

 

 強さ──毎日王冠、マイルCS(マイルチャンピオンシップ)、天皇賞秋優勝に加えて有馬記念、ドバイDF(ドバイデューティーフリー)3着。

 脚質──ここ1年あまりずっと番手でレースを進める逃げよりの先行。

 体格──背は私より数センチ高く、体格そのものも一回り大きい。

 関係──彼女のことはよく知っている。文字通り寝食を共にしているのだから。

 

 しかも、確実に安田記念に出てくる。

 本人もそう言っていたし、自室のカレンダーにすら印がつけてあるのを私は見ている。

 

 全ての要素が条件と符合していく。

 ああ、しかもあの人は元々トレーナーさんの教え子でもある。その強さはよくよく知っているに違いない。

 思わず膝の上の手をぎゅっと握る。違ってくれと思う裏腹、それ以外はあり得ないと理性が囁く。

 

「──ャー先輩……」

「失礼、もう一度お願いできますか?」

「……ダイワ、メジャー」

 

 私は絞り出すように、でも明確にそう口に出した。

 それを聞いたトレーナーさんの口角がほんの僅かに上がりかけたような気がしたが、すぐに引き締められた。

 

「その通りです。ダイワメジャー、貴女がマークするに足るウマ娘は彼女をおいてほかにいません」

 

 他にも強いウマ娘自体は居ますが、スズカフェニックスは差しですし、コンゴウリキシオーは逃げウマなので下手につついてハイペースになったら共倒れですからね、とトレーナーさんは続けた。

 そうなった理由は理解できる。だが、どうしても不安はぬぐえない。

 

 それはメジャーさんをマークすることそのものではない。

 気が重いことは確かだが、私は覚悟を決めた。そしてトレーナーさんに腹をくくらせたのだ。

 今更それを不安に思うことは許されない。

 

「……でも、うまくやれるのでしょうか」

 

 気づけば、思わず声が漏れていた。

 ただ、いままでマーク戦法などやったことがない。

 私なんかができるのだろうかという不安だけがぬぐえなかった。

 

 トレーナーさんはしばし黙し、片眉を上げた。

 なんだ、そんなことですか、とでもいうように。

 

「それは今から練習するのですよ」

「え……?」

「せっかく唯一の安田記念連覇者と春秋マイル女王がいるのですから、これを活かさない手はありません。バクシンオーさんには仮想ダイワメジャー役をお願いします」

 

 確かにそうかもしれないけど! 

 そんな私の内心をよそに、お3方はさてやりますかと言わんばかりに立ち上がる。

 仮想敵とのことですが勝ってしまっても構わないのですよねッ、バクシンオーちゃんいうねー、できるものならどうぞ、などと怖い会話をしながら着替え始める先輩方。

 私も慌てて上着に手をかける。

 

「さあ、本番まであと1か月あるのですから、まずはマーク戦法に慣れていきましょう」

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 かくしてターフの上へと場所は戻る。

 

 いよいよ最終直線、バクシンオーさんの背中にピッタリ付き従ったまま終盤を迎えた。

 私はバクシンオーさんと呼吸を合わせ、その真後ろで機をうかがう。

 

 ここだ──! 

 

 右脚を強く踏み込んで蹄音を大きく鳴らす。

 フライトさんに教わった、桜花賞でも使った技。

 あの時はうまくアストンマーチャンをよろめかせることができた。

 

 だが、次の瞬間。

 

「……ッ!」

 

 振り返りざま、彼女の花を宿した瞳がこちらを睥睨する。

 髪から覗くその表情は刀剣のごとく怜悧で。

 

 そこから迸ったのは、ただの威圧ではなかった。

 空気ごと切り裂くような、圧倒的な格の違い。

 

 驀進王の王たるを、私はこのとき初めて識った。

 

 息が、できない。

 身体が、こわばる。

 

 頭ではここでスパートを掛けて抜きにかかるべきだというのは分かっている。

 ペース管理も位置取りも全てを放り投げて浮かせたリソースで前へ。

 だが身体が言うことを聞かない。

 

「……ッ、く……!」

 

 威嚇どころじゃない。

 心が掻き乱されるような、ただその美しい横顔が目に焼き付いて離れない。

 ──あんなもんシニア級じゃ牽制球にもなりゃしない──

 ああ、そういうことか。メジャーさんの言葉が思い出される。

 しょせん私はクラシックの箱庭で得意になっていたに過ぎなかった……。

 

 結局、私はスパートを仕掛け損ねたまま、彼女の背中を追うだけでゴール板へと雪崩れ込むことになった。

 

 

 レース後、部屋に戻って講評の時間となる。

 まず口火を切ったのはトレーナーさんだった。

 

「思っていたよりはるかにできている、というのが率直な感想です。細かい粗はありますが、それは修整していきましょう」

 

 まず良かった点として指摘されたのが、マーク戦法そのものへの適応と追走ペース、スパートのタイミングだった。

 

「第一に、マーク戦法そのものは破綻していませんでした。初めてにしてはよくできていましたよ。あの状況で背中に張り付き続けられるとは大したものです」

 

 なんでも、普通のウマ娘なら耐えきれなくなって抜きに行ってしまったりペースが合わず離されてしまったりするらしい。

 なんというか、普通に言われた通り走っていただけで褒められてしまって多少困惑してしまった。

 

「第二に、追走ペースもうまくいっていました。本来、今回指示した安田記念想定のペースはクラシック級には辛いはずですが、よく頑張りました」

 

 確かにペース自体は早かった。

 だが、前のバクシンオーさんが風よけになっていたし、これよりは短いがペース自体には馴染みがあった。それが良かったのだろう。

 

「最後に、スパートのタイミングそのものは正しかった。あの展開なら抜きにかかるのはそこで正解です。自信を持っていいですよ」

 

 なるほど、タイミング“そのもの”はこれで良かったらしい。

 つまり、私が余計なことをしてしまったのがよくなかったということか。

 

「スパートしきれなかった件については──バクシンオーさん、流石にクラシック級相手にガチ威圧はどうかと思うのですが……」

「面目ありませんッ! まさかクラシック春であのような技を使ってくるとは思わず、つい!」

 

 あの迫力は“つい”で出せるものなのかと戦慄する。

 どこで習ったのですか、と問うバクシンオーさんにフライトさんが代わって答えた。

 

「私が教えたんだ。──その技は元々バクシンオーちゃんから盗んだ技だから、本人に使っちゃそうなるよ」

「そういうことでしたか! なら私が直々にお教えしましょう!」

 

 なるほど、あれはバクシンオーさんの技だったのか。

 ただでさえ付け焼き刃の技を、その本人に使っては返り討ちにされるのも道理だった。

 そして、勝手に使ったことを、それを本人に使ったことを責めるでもなく、バクシンオーさんは直々に教えてくださるという。

 正直、畏れ多いという気持ちでいっぱいだった。

 

「小手先の技もいいですが、今から1ヶ月ではシニア級相手では決定打にはならず苛つかせるのが関の山でしょう。むしろ今回のように対応されてはことでは?」

 

 確かにそうかもしれない。実際、今回余計なことをしたからスパートを失敗した訳で。

 ……ふと閃いた。これは本番のレースで使えるかもしれない。

 

「トレーナーさん、もし私がメジャーさんに同じことをしたらどうなると思われますか?」

「本番でもやるつもりですか……? 今のままだと無視されるか、威圧で返されるか……あの娘なら体格に自信がありますから抜かれざま弾き飛ばしにかかるかもしれません」

 

 相手のレーン移動に被せる形で当てるなら斜行も取られませんからね、とトレーナーさんは続けた。

 やっぱりそうか。なら、うまくいくかもしれない。

 

「それよりも、周囲に惑わされずフォームを保つ練習を手厚くしたほうが良いでしょう」

「何があろうと柳に風とする構えを養いましょう。私もあのような豪風は久方ぶりでなびいてしまいました」

 

 ゼファーさんも、威圧は受け流せるようになりましょうとおっしゃる。

 その彼女ですら、バクシンオーさんの威圧を久しぶりに受けたらまともに食らってしまったというのだから、あの威圧はシニア級でも相当なものだとうかがえる。

 

「はい。……皆さん、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」

 

 そうお願いすると、しばしこの場に静寂が満ちた。

 恐る恐る顔を上げると、トレーナーさんが小さく頷き、口元にわずかな笑みを浮かべていた。

 

「結構です。それでこそ」

 

 その声に、胸の奥の緊張がふっと和らぐ。

 

 そしてバクシンオーさんは、待ってましたとばかりに両手を叩きながら笑った。

 

「よろしいッ! その意気です!」

「府中には少々心得があります。どうぞ頼ってください」

 

 微笑むゼファーさんとバクシンオーさんの屈託のない笑顔に、また胸が熱くなる。

 さあ、安田記念へ。

 

 ──そうだ、安田記念を目指すということを伝えるべき相手がもう1人いるではないか。




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