驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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038 変則二冠と北の獅子

 再びカフェテリア。

 ウオッカに、ごめん今ついた、と立ち聞きしていた自分をごまかすように白々しいメッセージを飛ばして2人のもとへと向かう。

 窓際の席へと近づくとウオッカが、おーいこっちだ、と手を振ってくれた。

 

「お前が遅刻なんて珍しいな」

「ごめんなさい、呼んだのに遅れてしまって」

「まあ今日はヒマだし、レヨネットが話し相手になってくれたから退屈はしなかったけどな」

 

 そう言って彼女は鷹揚に遅参を許してくれた。

 ……考えすぎだろうか。今のを、俺は時間あるからちょっとは妹の相手をしてやれ、という意味だと解釈するのは。

 

「レヨネットもありがとう。ウオッカとそんなに仲が良かったなんて知らなかった。……妹が失礼なことを言っていなければいいんだけど」

 

 思わず本心が口をついてしまう。妹とウオッカがこんなに親しいなんて、知りもしなかった。

 

「いやいや、ウチの妹より全然良い子だぜ。遠慮がなくて助かるぐらいだよ」

 

 ならよかった、と口では言いつつ、心は沈んでいく。

 ウオッカと妹は遠慮がない関係なのに、私と2人の間には遠慮があったということだ。

 

「あっお姉ちゃん、そういえばウオッカ先輩と話があったんだよね? 邪魔してごめんね」

 

 そう言って彼女は椅子から腰を浮かせる。ウオッカが私に目配せをした気がした。

 わかってる。これ以上あの娘に寂しい思いをさせてはいけない。

 

「いいよ。最近ゆっくり話せてなかったし、もうちょっとお喋りしましょ」

 

 そう言って彼女が立ち上がるのを制して隣の椅子にに腰かける。

 ウオッカにも、いいよね、と目線で尋ねた。

 

「ほんとに!? じゃあ、お喋りしよっ!」

「俺ぁ構わねぇぜ」

 

 そうパァっと喜色を浮かべる妹と、ニヤッとした笑みを浮かべるウオッカ。

 私も、ええ、と微笑みを作って応える。

 

 けれどそれは心からの笑みではない。

 良い姉であろうとして、完璧な姉を演じようとして、肝心のレヨのことを見ていなかった。

 その事実が、私の胸を締め付けていた。

 

 私は何も知らない。

 妹が楽しそうに話すプスカやトゥーレといった彼女の友人のことも、その顔も、彼女らの本名すらも。

 アタシもウオッカ先輩みたいにダービーに出るんだ、と目を輝かせて言う彼女の意気込みがどれほどのものだったかも。

 勝手に子供っぽいと思っていたウオッカが、後輩に見せる優しい姉としての顔も。

 ……私は、何も知らなかった。

 

「──そういや、レヨネットはトレーナー決まったのか?」

 

 ウオッカがふとそんな事を言う。

 それについては前に相談されていた覚えがある。なんと答えたんだったか。

 

「あー、聞いてよウオッカセンパイ! お姉ちゃんったら酷いんだよ! 誰か紹介してって頼んだのにダメっていうんだもん!」

 

 レヨネットが頬を膨らませてぷんすこと抗議する。かわいい。

 そう思っていると、お前さあ、というようにウオッカが横目で見ていることに気付いて慌てて弁解する。

 

「いやいや、私はまだ現役なんだし、シニアになったら一緒に走るかもしれない相手に聞いちゃダメって言ったのであって──」

 

 そう、私が言えるのは自分が合うと思った人にしなさいといったことぐらいだ、と答えたのだった。

 

 メジャーさんの言葉が思い出される。

「俺様がまだ現役だってこと忘れてないだろうな? お前短距離の注目株だろ? 安田記念はさすがに出ないだろうが、マイルCSに出走したらシニアとぶつかるんだぞ? ライバルになりうるウマ娘にそこまで言えるかよ」

 今から考えれば、メジャーさんの言う通り彼女と戦うことになったのだから慧眼といえるだろう。

 

 妹のことだから、G1の4つや5つ、もしかしたら7つぐらいは取ることだろう。

 メジャーさんの教えどおり、来年にはクラシック級を迎える彼女には具体的なトレーナーを紹介したりはしないことにしたのだ。

 

 ……そもそも紹介できるあてなんて無いし。

 吉富トレーナー? あの人は私のものだ。たとえ妹でも渡さない。

 

 

「えー、お姉ちゃんの同室のメジャーさんは色々教えてくれたのに! トレーナーさんも何人か紹介してくれたよ!?」

 

 その言葉に、頭が真っ白になる。

 

「……私には、してくれなかったのに?」

 

 レヨにはしてあげた? なんで? 

 私が、妹と違って素直じゃないから? だとしたら──。

 

「いや、路線が被ってるからじゃねーの?」

 

 スキットルを片手に呆れたように言うウオッカの言葉にハッと我に返る。

 

「あの人、中距離からマイルだろ? セミラミスは短距離で選抜レース走ったんだから、マイルで当たるかもって思われただけじゃないか?」

「そっかーアタシはクラシックだから……最速でも来年の有?」

 

 そ、そっか。確かにそう言われてみればそうだ。

 小さく胸を撫で下ろす。

 そうだ、メジャーさんがそんないけずな真似をするはずがない。

 よく考えれば、姉貴分として目をかけてくださるメジャーさんをそのように疑うことは大変失礼だった。

 

 ……その姉貴分たるメジャーさんを、安田記念で、徹底マークした上で、最後に抜かなくてはならない。

 今まさにそのための牙を、メジャーさんの隣で研ぎ澄ましているのだ。

 そう思うと、少し気が重くなってきた。

 

 

 そうして曖昧に笑う私のことをどう解釈したのか、レヨネットがちょっと慌てたように話題を変えた。

 

「そういえばさ、お姉ちゃんは次どこが目標なの。NHKマイルの時は短距離マイルですって濁してたけど」

 

 やっぱり秋のスプリンターズステークス? それともティアラの秋華賞? 

 そう常識的な目標を挙げるレヨネットに、本当にこの娘は妙に勘が鋭い、と微笑ましく思う。

 今考えていたこともそうだし、まさしく今日ここにウオッカを呼び出した理由もそれなのだから。

 

「やっぱりちょっと早いけどもう夏休み?」

「これはまだ秘密なんだけど、黙っててくれる?」

 

 うんっ、ああ、と頷く2人。

 もちろんこの2人のことは信用している。疑うぐらいならこんなことは端から言いはしない。

 

「実は、あと1戦だけ夏前に使おうと思ってて」

 

 ああ、言っちゃった。

 え、という表情で首を傾げるレヨネットと、おお? 、という表情のウオッカ。

 

「あれ? もうクラシック級の短マレース、無いよね?」

 

 いえその……常識的にはそうなんだよね。

 気恥ずかしくなってきて、蚊の鳴くような声で続けた。

 

「その……安田記念を」

「思いっきりメジャーさんに被せてんじゃねーか!!!」

 




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