驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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039 変則二冠と至高の美酒

「その……安田記念を」

「思いっきりメジャーさんに被せてんじゃねーか!!!」

 

 蚊の鳴くような声で続けた私に、ウオッカが思わずといった様子で声を上げる。

 周りに視線を飛ばして、すまねぇ、とトーンを抑えたウオッカに対して、レヨネットは心配げだ。

 

「えっ!? ……お姉ちゃん、大丈夫なの? 勝てるの?」

「……勝つつもりだよ。そうじゃなきゃ出ないし、出ちゃいけない」

 

 URAレース施行規約 第6節 第41条『競走に勝利を得る意志がない者を出走させてはならない』

 

 そんなものを持ち出すまでもなく、レースに出るならば勝たなければ。それがどんな細い筋であっても。

 胸中の不安を押し殺すようにそう言い切った。

 

「……そっか。じゃあ、勝ってね!」

 

 相変わらずレヨは無邪気に笑いかけてくれる。

 ……その笑顔の裏に寂しさがあることを私は知っている。

 だからこそ、この、勝ってね、はきっと精一杯の応援なんだ。

 ならば私は、応えなければならない。安田記念で、自分を証明することで。

 

「で、なんで、あー……そこなんだよ?」

 

 そう安田記念という固有名詞を使わず疑問を呈するウオッカ。

 気遣いがありがたい。そしてその疑問ももっともだ。

 

「俺が言うのもなんだけど、確か誰もクラシックで優勝したことはないよな?」

「ないよ。そもそもクラシックでは出れない期間も長かったし、まだ4人しか出たことすら無い」

 

 直近ですら3年前のメイショウボーラー。

 3着に入ったスピードワールド以外は2桁着順。

 厳しい戦いになるだろう。

 

「だったら」

 

 胸の奥で答えがうずく。

 でも口にするのが怖くて、思わず視線を泳がせてしまう。

 ちらりと上目遣いでウオッカを見て、勇気を振り絞った。

 

「……笑わない?」

「誰が笑うもんかよ」

 

 そう皮肉げな笑みを浮かべるウオッカ。

 本当にこういうところは“カッケェ”んだから。

 

「……ウオッカがダービーに行くから。ライバルなら、同じくらい大きな挑戦をしなきゃって思って」

 

 貴女のライバルでいるために、私が歩みを止めてしまうわけにはいかない。

 それだけは、胸の奥で固く決めていた。

 そこで私は少し間を置き、握りしめた拳をそっと緩めながら、視線を落として続けた。

 

「それに……まだ、今の自分に確信が持てなくて。だから……もう一度、試したいの」

 

 沈黙のあと、ウオッカが鼻で笑った。

 

「はっ、俺が笑う訳ないだろ。俺は応援するぜ」

 

 ちらりと目をやると、彼女は真っ直ぐな目をしていた。

 

「あの時のお前と同じようにな」

 

 その言葉に胸が温かくなり、ほんの少し息が楽になる。

 ウオッカにそう言ってもらえて、本当に嬉しかった。

 

 でも……。

 

「桜花賞じゃ俺に勝ったんだから、もっと自信を持てよ」

 

 その声に、また胸が苦しくなる。

 今でも桜花賞を勝ったなんて、信じられない。

 あの時、ほんの僅かでも状況が違えば、あと少しスカーレットの鼻が高ければ、勝利は彼女のものだったはずだ。

 私が勝てたのは偶然で、奇跡で……実力なんかじゃない。

 

 だから。

 

 安田記念に出て、自分の力を証明しなければならない。

 たとえそれが、敗北という形で突きつけられたとしても。

 

 そう思いながら、唇の端だけで小さく笑って、……ありがとう、と力なく返した

 

 そういえば妹が静かだな、とそちらに目を向けると──。

 

 

「……お姉ちゃん……! やっぱりお姉ちゃんはすごいね……!」

 

 レヨネットは目を輝かせてそう言ってくれる。

 胸の奥が痛んだ。私は良い姉なんかじゃなかったのに。

 あの子に寂しい思いをさせてきたのに──それでも無邪気に褒めてくれるなんて。

 嬉しいはずなのに、どうしても素直に受け取れなかった。

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、ウオッカが言葉を挟んできた。

 

「あんまり人には言ってなかったんだけどよ……俺がティアラからダービーに行こうと思ったのには、ラインクラフト先輩の影響もあるんだ」

 

 ラインクラフト先輩。

 ティアラの桜花賞を制し、そのままクラシックマイル王決定戦──NHKマイルカップまでものにしたウマ娘だ。

 史上初の変則二冠。そして……いや、やめておこう。

 

 ……確かに、言われてみれば私も同じローテをたどっている。

 NHKマイルの前に誰かがそんなことを騒いでいた気もするけれど、正直、私はあまり気にしていなかった。

 自分には関係のない話だと、勝手に思い込んでいたのだ。

 

「そんで……」

 

 ウオッカは少し言葉を探すように視線を泳がせ、そう考えると不思議なこともあるもんだよな、と濁す。

 そして気恥ずかしそうにヘヘッと笑った。

 

 レヨネットが、お姉ちゃんも一緒だね! 、と嬉しそうに言う。

 私なんかが、そんな偉大な先輩と一緒だなんて。

 違う、比べるなんておこがましい。

 けれど、妹もウオッカも、当たり前のようにそう見ているのだ。

 

 そうやって談笑していると、また話は変わって今度はウオッカの今後のローテの話となる。

 

「やっぱりティアラ路線に戻るの? それとも秋天とか!?」

 

 ティアラに戻るなら京都2000mの秋華賞でスカーレットと、秋天なら東京2000mでシニア級の先輩と当たる。

 ウオッカならどちらを選ぶだろうか。あるいは他……、幾多の優駿の勝利を阻んできた門扉(Prix de l'Arc de Triomphe)をこじ開けるのか……。

 

「まだ秘密だ。……まあオレもさ、どうせならもっとデカい夢を見たいしな。でもまずはダービーだ」

 

 でかい夢、一体なんだろう。やっぱりウオッカはすごいな。

 私なんかとは違って、ただ目の前のレースに勝つだけじゃなくて、もっと遠くを見据えている。

 ……でも。だからこそ、ウオッカのライバルでいるために、私も走らなきゃ。

 

 安田記念で、もう一度──自分を証明するんだ。

 そう心に刻み込むように、強く拳を握りしめた。




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○史実馬紹介
ラインクラフト Rhein Kraft 牝
主な勝ち鞍 05'桜花賞(G1)、05'NHKマイルC(G1)
史上初の桜花賞NHKマイル変則二冠を成し遂げた馬。
ウオッカのダービー挑戦にも影響を与えたと言われる。

レース描写はどっちのほうが好みですか?

  • 1人称/主観(チューリップ賞形式)
  • 3人称/客観(桜花賞形式)
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