驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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004 北のセミラミスとティアラ組(後編)

「ここ、座っていい?」

 

 振り返ると、トレイに昼食を山と積んだダイワスカーレットさんとウオッカさんがそこにいた。

 何故かウオッカさんは後ろで声を殺して笑っているが、私はそれどころではない。

 

 なにせさっきの今だ。耳にはまだあのドスの効いた声が、目にはあの真紅の縦に割れた瞳孔がこびりついている。

 姉妹で顔の造形は近いのに、どうしてこんなにも性格が違うのだろうか。

 

「どうぞどうぞ。2人のために席を取っていたのですからね」

「あっ、コップ片付けるね~。まだお水取ってきてないなら飲んでいいよ!」

 

 アストンマーチャンさんはダイワスカーレットさんやウオッカさんとも仲がいい。なるほどそれで6人分の席か、と納得するも時すでに遅し。

 わりぃなー、と言ってウオッカさんが私の横に座り、ダイワスカーレットさんは私と対角のアストンマーチャンさんの隣に陣取った。

 

「それにしてもセミラミス、色々教えてくれてサンキューな! おかげで補習回避できたぜ」

「いえいえ。ウオッカさんが努力されたからですよ」

 

 あの先生の試験で75点なんて取ったことがないぜ、と笑う彼女に胸を撫で下ろす。

 私なんかが他人にものを教えるなんておこがましかったが、どうしても今は補習を受けている場合じゃないと頼み込まれては断れるものではなかった。それにバクシンオーさんなら困っている人を見捨てたりしないから。

 

「むぅ、マーちゃんとそんなに変わりませんね」

「をっかちゃんすごーい、あたしなんてあと1個間違ってたら補習だったよ!」

 

 まずい、なんでかテストの点数を公開し合う流れになってる。

 さっきの今でその話題はまずい。

 対角に座って山盛りのカレーライスをパクついているダイワスカーレットさんの目がまた座ってきている。ていうかあれ確か超激辛カレー用のお皿だよね? 涼しい顔で何食べてんだあの人!? 

 

「そういえば、アタシたちが来る前に何か盛り上がっていたけど、何の話だったの?」

 

 意外なことに助け舟はそのダイワスカーレットさん自身から出された。

 助かった。この流れで彼女より点数が高かったなんて言ったら、今度こそどうなるかわかったものではない。

 

「さっき出した課題になんて書いたか話してたんだよ」

「セミラミスは古代の征服女王の名に恥じない、短距離王者を超えるウマ娘になる、だでしたっけ?」

 

 微妙に違う。私はそんな戦闘狂みたいな目標を掲げた覚えはない。

 だけどいちいち訂正するのもなんなので曖昧に笑うに留める。

 

「あれね。アタシはママと同じスカーレットの名に相応しく、トリプルティアラが目標よ」

「俺なんかその点酒だからよ……ギム先輩につなげたら結構簡単に書けたんだけどな」

 

 たしかに、母親と一部が同じだったり尊敬する先輩と通ずるところがあれば書きやすいだろう。

 私もサクラバクシンオーさんの王の要素だけでなく、マイルで活躍した母の要素から話を膨らませても良かったと今更思う。

 

「それにしても、デビュー後の夢を語るのもいいけどもっと気にすることがあるんじゃないかしら?」

「んだよスカーレット」

「バk……選抜レースよ。まだアタシたちトレーナーもついてないのよ?」

 

 ひとしきり今後の話で盛り上がったタイミングで、ダイワスカーレットさんが釘を刺すように切り出した。

 半眼になって返事をしたウオッカさんになんと言いかけたのかはわからなかったが、たしかに彼女の言うことはもっともだ。

 

「トレーナーかぁ。あたしは新人トレーナーさんと二人三脚で栄光に輝いて、そのまま卒業とともにゴールイン、なんて」

「スプマンテは意外と乙女なのですね。マーちゃんは奈瀬トレーナーのチームを受けてみようかと」

「みんな意外と考えてるんだな。俺なんて相棒になってくれるやつがいい、ぐらいしか考えてなかったぜ」

 

 どうしよう、そんな事考えたこともなかったのは私も同じだ。いや、相棒なんて漠然としたイメージすらない私のほうがなおひどい。

 

「セミちゃんはどんな人がいい?」

 

 スプマンテがそう問うてくる。

 懸命に頭をひねるが、気の利いた答えは返せそうにない。

 

「……うーん、私、まだよくわからないかも」

 

 一瞬、空気が止まったような気がした。

 その一瞬の沈黙を破ったのは、汗をかきながら大盛り激辛カレーと格闘していたダイワスカーレットさんだった。

 

「だったらチームの得意分野で考えてもいいんじゃないかしら? それこそ明石トレーナーのとこなんて短距離強いでしょう?」

「そ、そうですね……」

 

 明石梧郎トレーナー。短距離G1のスプリンターズステークスをトレーナー最多の5勝、マンハッタンカフェさんの凱旋門挑戦に関わるなど海外遠征にも積極的。

 なによりバクシンオーさんの現役時代のトレーナー。

 

 ほんとはちょっと、教わってみたい気持ちもある。

 でも、そんなの、私にはおこがましい。

 

「マーちゃんもそう思って調べたんですけど、どうやら明石トレーナーのアルケスはスカウト制らしくてメンバーを募集してなかったのです」

「あっ聞いたことあるかも! ジュニアクラブからの推薦枠でいっぱいで、あんまり一般枠では取らないって」

「……! そう、なんですね」

 

 そう、だよね。やっぱり、そうだよね。

 本当はいけないのかもしれないけど、ホッとしてしまった自分がいる。

 望んで届かないより、最初から諦めがついたほうがいくらかいい。

 

「それ以外ってなると誰が強いってピンとこねぇよな。ダービートレーナー4回の奈瀬文乃だってスプリンターズステークスは2回しか勝ってないんだろ?」

「はい、ウオッカの言うとおり2勝で2位タイですね。高松宮記念と合わせて3勝してるのは奈瀬トレーナーだけなので、受けてみようと思ったのです」

 

 奈瀬文乃トレーナー。その中性的な美貌から男女ウマ娘問わず人気の高いトップトレーナー。

 “盾女”、“三冠トレーナー”、“ミスダービー”。彼女に奉られた二つ名の多さがその偉業を物語っている。

 そんな彼女のチームでもそう勝てないのが短距離の難しさなのだろう。

 

「高松宮の方は2勝したトレーナー、いないんだっけ?」

「いえ、今年優勝のオレハマッテルゼさんの吉富トレーナーがG1になってから初めての2勝目ね。netrace(ネットレース)のニュース記事で出てたわよ」

 

 知らなかった。

 こういう話題についていくためには、ネットの記事なんかも見たほうがいいのだろうか。

 これまでそういったものはあまり見てこなかったが、バクシンオーさんならどうするだろう。

 

 そんなことをつらつら考えていると、スプマンテがそういえば、と切り出した。

 

「netraceの掲示板でみたけど、なんかそのトレーナーヤバいらしいよ?」

「ヤバいって、なにがだよ?」

「他のチームから有望ウマ娘をNTR(ナリタトップロード)してG1だけかっさらったとか、レース中に他チームのウマ娘がケガしたのを喜んだとか、役所の窓口なみにやる気ない公務員指導だとか」

「それはたしかにヤバいですね……」

 

 すごくすごいヤバいです。

 思わず語彙力が溶けるほどにショッキングな内容だった。地方ならいざ知らず、中央にそんな非道なトレーナーがいるなんてにわかには信じがたい。

 

 アストンマーチャンさんとダイワスカーレットさんはどうか思うのか、とそちらを見ると、なんと2人揃って頭を抱えていた。

 

「ネトレの掲示板ネタを信じちゃうなんて、マーちゃんは2人の将来が心配なのです」

「まったくよ。そっちの2人はともかく、まさかノルデンセミラミスさんがそんなポンコツだとは思わなかったわ」

 

 あれ、これ信じちゃいけないやつだった? 

 スプマンテの顔を伺うと、コメくいてー(でもやせたーい)という顔をしている。あ、これあんまりマトモな情報じゃないやつだ。

 

「んだよスカーレット、人をポンコツ扱いしやがって。全部嘘とは限んねーだろ」

「バカねウオッカ。あんなの全部嘘でいいわよ」

 

 ダイワスカーレットさんは持っていたスプーンを人差し指のようにビシッと立てて続ける。

 

「だいたいね、そんな輩がトレーナー続けられるほど中央のバッジは軽くないわよ。これが半分でも本当ならとっくに理事長が学園から叩き出してるわ」

 

 たしかにそう言われればそのとおりだ。

 例えばチーム間の移籍にはウマ娘と各トレーナー三者の合意が必要なのだから、一方的な移籍は難しい。それに、教え子がG1を取れているのに指導がやる気ないというのは変だ。そもそもの話がおかしかった。

 

「スプマンテは知ってたと思いますが、ウオッカもセミラミスもネットの噂を鵜呑みにしてはいけませんよ」

「へーい」

「ありがとうございます。以後気をつけます」

 

 

 そうして、この昼休みの一幕は終わりを告げた。

 

 思えば私は何も知らなかった、知ろうとしていなかったのかもしれない。

 

 考えていたのはただ目の前の選抜レースをどう走るかばかり。どんなトレーナーのチームに入るのか、そもそもトレーナーにはどんな人が居るのかすらまともに知らなかった。調べてみようとすら思わなかった。

 クラスメイトでもそうだ。ダイワスカーレットさんのことを、優等生で目が怖いクラスメイトとしか見ていなかった。もっと話してみるとか、仲良くなるチャンスは今までもあったはずだ。勉強のことでも、レースのことでも、お姉さんのことでも、他人より共通の話題はあったはずだというのに。

 

 そうした後悔を噛み締めつつ、午後のレース座学の教室へと向かう。

 過ちは明日からと言わず今日から改めよう。バクシンオーさんなら後悔をそのままにしたりしない。




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