驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、練習コース。
最終コーナーを回って最終直線、いつも通りバクシンオーさんの背中にピッタリ付き従ったまま終盤を迎えた。
私はバクシンオーさんと呼吸を合わせ、その真後ろで機をうかがう。これもいつも通り。
隊列は右手内側先頭にゼファーさん、その外に間を空けて私が張り付くバクシンオーさん、そのさらに外左手後方にフライトさんという雁行隊形。
残り400mの標識。
ここだ──!
バクシンオーさんの左側にレーンをずらし、右脚を強く踏み込んで蹄音を大きく鳴らす。
次の瞬間、気温が数℃下がったのを知覚した。
「……ッ!」
その瞳から発せられるのは威光。
我こそは王なり、という威厳。
彼女の領域外であるマイルですらこの圧力、短距離では如何ばかりか想像もつかない。
抜き身の殺気を向けられながらも、それを柳とやり過ごす。
肺を、膨らませろ。
脚を、動かせ。
スパートを掛けて抜きにかかるべく脚を回す。
全てをなげうって稼いだリソースで前へ、遥かに軽い斤量を活かして加速する。
歯を食いしばって、身体に鞭打つ。
「……ッ、くッ……!」
まともに吹き付ける豪風に逆らい前へ。
じりじりと追いすがり、バクシンオーさんに並び、そしてゴール板を超えた。
今までを考えれば大きな進歩だ。
だが、マイルが本職でないバクシンオーさん相手に互角では……勝ちは、見込めない。
並走終了後、トレーナー室。
クールダウンと着替えを済ませ、私たちは室内に移動してトレーナーさんの講評を受けることになった。
壁に掛けられた潮汐付きのカレンダーに目をやる。
先日ダイワスカーレットが優勝したオークスの日付には『安田記念特別登録』の文字。そしてその2つ下、6月最初の日曜日が安田記念本番。
もう、時間は残されていない。
「まず、威圧への対応は上々です。これなら最低限、シニア級の中に混じっても勝負にはなるでしょう」
トレーナーさんはそう切り出した。
「特に、プレッシャーをかけられながらもスパートに入れたのは大きな成長です」
さらに、とトレーナーさんは続ける。
「マーク戦法についても練度が上がってきました。これなら実戦で使っても良いでしょう」
言葉の中身は前向きな評価のはずなのに、その表情は明るくない。
マーク戦法には勝敗を委ねるリスクがあるし、練度が低ければ接触の危険もある。それを知っているからこそ、この人は本来、再現性のない奇策を好まない。
「返す返すも、時間があればと申し上げたいところですが……府中想定のコースをそう使うわけにもいきませんでしたし、言っても仕方のないことです」
きっと、時間があればマーク戦法の練度を上げられたのに、という意味なのだろう。
いや違う。この人の性格を思えば、時間があれば正攻法で地力を鍛え上げたはずだ。トレーナーさんはそういう人だ。
どちらにせよこの時期は府中のG1が続く。マーク戦法がバレてはいけない以上、あまり安田記念を走るメンバーの前でこの練習を行うわけにもいかなかった。
実際、今日の練習も右回りの阪神コースでの練習だった。
「正直なところ、勝率は高くありません」
淡々とした声音に、胸がきゅっと縮む。思わず問い返してしまった。
「……具体的には」
「全てが上手く行って3割です」
数字を突きつけられると、余計に現実味が増してしまう。
3割。対戦で一撃必殺が通る確率。
格上相手であると考えれば低くはない。低くはないが……いざ自分がやると思うと頭の芯が冷えていくのを感じる。
「本番で注意すべきは二つあります」
そう言って彼女は2本指を立てた。
「まず、注目されているダイワメジャーに向けて牽制や威圧が集中する以上、貴女自身は人気薄とはいえ、その巻き添えを受け続けるでしょう。ただし、サクラバクシンオー級の威圧を飛ばしてくる相手は、さすがにいないと思います」
あれが出せるウマ娘は滅多にいないから安心していいよ、とフライトさんも太鼓判を押す。
牽制レベルならともかく、一定以上の威圧をレース中に飛ばすには才能がいるのだという。なんとなく教えてもらえればできるのかな、と思っていたがそういう話ではないらしい。残念。
「そしてもう一つ。ダイワメジャーの性格上、あの娘は体格に自信があり、ラフプレーも厭わないでしょう。接触には十分注意なさい」
思わず隣の先輩方に目を向ける。
この場にいる3人とも、私より上背はない。だからこそ接触前提の練習はどうしても不足してしまったのだ。
メジャーさん、スカーレットよりむちむちだもんなぁ……。スカーレットのは触ったことないけど。
「幸い、貴女はダイワメジャーには多少劣りますが、体格は良いので一方的に当たり負けすることはないでしょう」
少しだけ救われる言葉。それでも、不安が拭いきれるわけではなかった。
「最後に。勝ち目は高くはありませんが、確かにあります。これからは本番に向けて、最後の調整に入りますので」
吉富トレーナーはそう言って講評を締めくくった。
勝てる確率は高く見積もって3割。
それでも、勝機はある。
……けれど、本当にそれだけで十分なのだろうか。
もっと、練習以外に私にできることはないのだろうか。
そう考えてしまう自分がいた。
講評終了後、何かできることがないかと思案していると、バクシンオーさんがひょこっと視界に入ってきた。
「どうやらお悩みのご様子! なんでもおっしゃってください! さあ!!」
確かに一人で悩んでどうにかなる話でもない。
お言葉に甘えて、練習以外で少しでも勝率を上げられる手がないかと相談してみた。
流石にそんな都合のいい方法など……。
「ありますよッ!」
あった。
なんでも、バクシンオーさんの同期がマーク戦法を実施した際、マーク予定の相手をつけ回して可能な限り近くで同じ生活をして体のリズムを同調させるということをやったらしい。
そんなことに効果があるのか、と訝しんだが、菊花賞はともかく春天であのメジロマックイーンを打ち破ったと言われれば効果はあると思わざるを得ない。
史上初の三連覇を阻んだあの差し切りの秘密はそれだったのかと戦慄する。
ただ一つ気になることといえば……。
「それってストーカーじゃ……」
「そうとも言いますねッ!!」
やっぱそうじゃないか。
できればその方に直接教えを乞いたいところだが、もう学園にはいらっしゃらないとのことなので諦めた。
「できるだけくっつくのがコツだそうですよ!!」
自己流でやるしかあるまい。幸い、私とメジャーさんは同室だし、元々スキンシップの多い人だ。
合法の範囲でやれることははるかに多いだろう。
やることを考えれば正直少々恥ずかしい。考えるだけでも顔が赤くなりそうなぐらいだが……。
いや、少しでも勝率を高めるためだ。今更手段など選んでいられない。
レース描写はどっちのほうが好みですか?
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1人称/主観(チューリップ賞形式)
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3人称/客観(桜花賞形式)