驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
パドックでのアピールはつつがなく終わった。
印象的だったのは明らかに外国人とわかる一団が観客席の一部を占めていたことだ。
中文と英語で書かれた横断幕を掲げるその人々は香港からの応援団だった。
今回4名の海外招待選手が出走しており、全員が香港所属のウマ娘だった。
地下バ道。
大観衆のざわめきが遠くに聞こえる薄暗い地下道、アピールを終えた出走ウマ娘がぞろぞろとコースを目指す。
私以外は全員シニア級、人によってはシニア5年目の猛者すらいるのだ。ある意味外様の香港勢よりアウェーだった。
周囲の目線が私に集まっている気がする。
おそらく気の所為ではあるまい。この小娘がどこまでやれるのか値踏みするような、子供の無謀な背伸びを微笑ましく見るような、そんな視線を感じる。
それでも、と背筋を伸ばして歩いていると、後ろから話しかけられた。
片言の日本語だ。
「あなた、エイゴ、わかりますデスか?」
明るい声に振り向くと、そこに居たのは赤と白の市松模様という派手なケープマントを胸甲の上に纏った黒鹿毛の陽気そうなウマ娘。
香港流の両耳飾りをつけているが、香港生え抜きではなくオーストラリアからのスカウト組だろう。
香港ではそういう制度があってオセアニアからのスカウトが盛んだと聞いたことがある。
「(少しなら……)」
「(ああ、助かるよ! 私はジョイフルウィナー、シニア4年目だよ。貴女は? かわいい近衛騎兵さん?)」
何より“かわいい”の一言が癇に障る。……が、表情からして悪意はない。単に舐められているだけだろう。
なら、逆に都合がいい。
「(ノルデンセミラミスです。昨年3位の先輩と共に走れる事を光栄に思います)」
「(おや、嬉しいね。今年はブリッシュラックは居ないけど、負けるつもりはないよ。クラシックマイル女王さん)」
彼女は半分陽気な、半分好戦的な笑顔をこちらに向ける。
舐められているというのは正しくなかった。きちんと私のことを知った上で、一定の警戒を向けられている。
となると深い意味はなく年齢でそう言われただけか。ちょっと斜に構えた受け止めをしてしまったか。
それを糊塗するように右手を差し出す。
「(私もそのつもりです。
「(ええ、良いレースにしましょう!)」
ガシっと力強く手が握られ、親愛の意か左手で肩を軽く叩かれる。
ちょっと距離が近いが良い人っぽい。我ながらちょろいな。
そうして互いの健闘を祈っていると、もう片方の肩をガッと掴まれる。
「よぉ、緊張してるかと思ったらそうでもなさそうで安心したぜ」
首だけで振り向くと、はたしてメジャーさんがそこに居た。
青と白を基調とした野球のベンチコート風の上着は胸の下までしかなく前が閉まっていない。
白いユニフォームパンツも腿の上で切り取られており、脚もお腹も丸出しだ。
はち切れそうな青いチューブトップに大書されたMajorの文字も相まって、自分のスタイルに絶対の自信がなければ着れない勝負服だった。
そして耳が貫通しているはずのキャップからは耳が伏せられ飛び出していない。随分お怒りのようだ。何故?
「(ウチのセミラミスになんか用か? ジョイフルウィナー?)」
「(誰かと思えばダイワメジャーじゃないか。去年私の4着だった。彼女は君と???? なのかい?)」
「(ああ!? クビ差で偉そうにしてんじゃねぇよこの****!)」
「(やれやれ、相変わらず汚い言葉を使うね。もっと正しい言葉を使い給えよ。彼女にベッドで教えてもらったらどうだい?)」
「(んだと****! 表出ろこの野郎!)」
「(上等だこの****!)」
2人は私をそっちのけであっという間に口喧嘩を始めた。
一部聞き取れない言葉があったが、多分ろくな意味ではないだろう。植民地英語同士仲良くすればいいのに。
ヒートアップする口論にどうしたものかと思っていると、そっと裾を引かれ連れ出された。
その方を見ると、比較的小柄な黒いドレスの胸元に大きな赤いリボンをあしらった勝負服のウマ娘が申し訳無さそうな表情をしていた。
「アー、ジョイフルウィナーがメイワク、した。ゴメンなさい。(……私はグッドババ。すまない、後で彼女にはよく言っておくから許してほしい)」
どうやら彼女も香港からの遠征組の1人だったらしい。
そもそも異様に喧嘩っ早い2人が悪いのであって、彼女は悪くない。
騒ぎを聞きつけたURAの緑服のみなさんがばんえいウマ娘の警備員を引き連れて現れ、2人を引き剥がしている。
幸い言葉こそラインを走り幅跳びしていたが、あくまで口論の範囲に収まっていたので大事にはならなかった。場所が地下バ道で観客が居なかったのも幸いだった。
「(本当に申し訳なかった。同郷として恥ずかしい)」
「(いえ、グッドババさんに責任はありません……)」
「(そう言ってもらえると助かる。ぜひ香港を訪れることがあったら私のもとを訪ねてほしい。歓迎しよう)」
俯いて眉間を抑えるグッドババさん。
反応を見るに割とこれが日常なのだろうか。なんというか……ご苦労さまです。
「やれやれ、メジャーも喧嘩っ早くていけないね。そろそろ落ち着いても良い年だろうに」
隔離される2人を遠巻きにしていると、これまた見知った緑地に赤と白の差し色の入った勝負服の人物が話しかけてきた。
去年1年吉富トレーナーの元で肩を並べていたオレハマッテルゼさんだ。
昨年の安田記念から調子を落としており年末に得意の1400mでも大敗したことをきっかけに別のチームに移籍していたから、一緒に走るのはおおよそ1年ぶり、話すのも半年ぶりとなる。
「まずは桜花賞とNHKマイルの勝利、おめでとう。そしてありがとう。先生に念願のクラシック勝利をプレゼントしてくれて」
穏やかな表情で笑顔を見せるオレハマッテルゼさん。
その表情に私は胸が締め付けられる思いだった。
「まさか君と一緒に走ることができるとはね。4年もシニア級を続けていた甲斐があったというものだよ」
あの高松宮記念、奇しくも先代の変則二冠であるラインクラフトさんの追撃をしのぎきっての優勝が目に浮かぶ。
私の知る彼女は、もっと鋭くて、もっと闘志にあふれていて。
今目の前にいる姿が、その面影を失いかけていることに気づいてしまった。
「……オレハマッテルゼさん。今日は、勝たせてもらいます」
「いいね。変則二冠のその走り、よく見せてくれ」
胸に残った痛みを、無理やり押し殺す。
敬愛も、哀惜も、今はいらない。
勝つためだけに、すべてをそぎ落とす。
……標的はただ一人。
少々悶着はあったが入場の準備が整い、1枠1番の桜色の勝負服から順にコースへと飛び出していく。
さて、いよいよだ。
外からは数万の観客があげる歓声が聞こえてくる。
周りを一瞥すれば、強そうなシニア級の先輩方。
今年の高松宮記念を勝ったスズカフェニックスさん。
前走を逃げ勝ったコンゴウリキシオーさん。
ジョイフルウィナーさんやグッドババさんら香港組の皆さん。
皆が皆、私なんかとは比べ物にならない実力者揃いだ。
だが、そんなものは関係ない。
意図的にスイッチを落とすように意識の外にそれらを追い出す。
『1枠2番ダイワメジャー、2番人気です。秋の2階級王者が昨年の雪辱を果たせるか』
ターフへ駆け出していくダイワメジャーを目で追いかける。
あの背中に張り付き、刃を突きたて、そして──。
青い勝負服が駆けていくのを横目に自らも陽光の下へと飛び出す。
『2枠4番ノルデンセミラミス、5番人気です。クラシック変則二冠がシニア挑戦、史上初の勝利はなるか』
喰らい尽くすのだ。
レース描写はどっちのほうが好みですか?
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1人称/主観(チューリップ賞形式)
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3人称/客観(桜花賞形式)