驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
全力を振り絞って加速、左前方のダイワメジャーを追ってピッチを上げる。
1バ身が半バ身へ、半バ身がクビ差へ、アタマ差へ。
並んだ、そう直観した瞬間に私たちはゴール板を駆け抜けた。
割れんばかりの歓声。
ゴールの瞬間、東京レース場に音が戻ってきた。
どちらが勝ったのだろうか。
観客の声からはどちらとも判別がつかない。
肺が針で突かれたように疼く。
脚が鉛のように重い。
懸命に酸素を取り入れようとする肺を、今にも止まってしまおうとする脚を懸命に宥めながら上体を起こして減速する。
そのまましばらく走り続け、コーナーの分岐に差し掛かったあたりでゆっくりと反転した。
地下バ道の方にはけていく後続の先輩方を見送りながらゆっくりと来た道を戻る。
場内のアナウンスに耳を澄ませても『お手元の勝ちウマ投票券は着差の確定まで──』というものが繰り返されている。
同じく反転してきたメジャーさんの顔を伺っても黙って首を振られるだけだった。
メジャーさんもどちらが勝ったかは自信がないらしい。
それだけ接戦だったのだろう。
止まらない汗を拭いながら、ついに膝に手を付き掲示板を見上げる。
| 東京 | 11R |
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| Ⅰ | XX |
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| > |
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| Ⅱ | XX |
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| > | クビ |
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| Ⅲ | 5X |
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| > | X2 1/2X |
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| Ⅳ | 18 |
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| > | クビ |
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| Ⅴ | 3X |
| 東京 | 11R | 確定 |
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| Ⅰ | 4X |
| |||
| > | ハナ |
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| Ⅱ | 2X |
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| > | クビ |
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| Ⅲ | 5X |
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| > | X2 1/2X |
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| Ⅳ | 18 |
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| > | クビ |
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| Ⅴ | 3X |
一瞬の静寂の後、巻き起こる歓声。
歓声が波となって押し寄せる──だが、その波はなぜか遠く、私に届かない。
『勝者、ノルデンセミラミス! 歴史上初めてのクラシック級ウマ娘による安田記念制覇! 若きマイル女王がここに誕生しました!』
実況の言葉に現実感がない。
勝った? 私が?
そうほうけていると、メジャーさんがくるりと振り返って数歩踏み出し、立ち止まった。
「……マイル女王? 百年早えぇんだよ」
よく通るその声に私が思わず振り向くのと、メジャーさんがゆっくりと向きなおってこちらを指差すのがほぼ同時だった。
「秋の京都だ! 次は叩き潰す!」
意志の宿った琥珀色の瞳、うっすらと笑みをたたえた口元。その指の先に込められたのは挑発と確信だった。
半分は本気の宣言、もう半分はマイクパフォーマンスといったところだろう。
熱に浮かされ、酸素の足りない頭で考える。こういうときバクシンオーさんならどうする?
この宣戦布告になんと答える? ──そうだ!
ひと呼吸。
一歩踏み出し、右手のひらをメジャーさんに突き出し宣言した。
「かかってこい! 相手になってやる!」
観客席が揺れるような大歓声。
決まった……。そう自己陶酔しながら観客席に手を振りつつ歩きだす。
トレーナーさんが、先輩方が、ウオッカが待つウィナーズサークルへと。
ウィナーズサークルに足を踏み入れると、眩いライトと歓声の波が一気に押し寄せる。
肺はまだ焼けるように熱い。脚の震えも止まらない。
それでも胸の奥から湧き上がるのは疲労ではなく昂揚感。
──やった、勝った。本当に私が。
フェンスを縁取るように詰めかけた観客の声援に手を振り返す。
無数のカメラがこちらを向き、シャッターの連打が稲光のように瞬く。
トレーナーさんが一歩前に出て迎え、軽く肩を叩いて服が汚れるのもいとわず抱きしめてくれた。
「よくやりましたね」
短い言葉に、ただそれだけで胸の奥が熱くなる。
続いてバクシンオーさんが笑顔で両腕を広げ、ラチを飛び越えて思い切り抱きついてくる。
「セミラミスさん、最高でしたッ!」
たたらを踏みそうになるのを堪えてバクシンオーさんを受けとめる。
バクシンオーさんがここまで歓んでくださるとは、望外の思いだった。
吉富トレーナーの側に控えたゼファーさんは控えめに微笑みながらも、お見事です、と一言。
ウオッカとレヨネットは一緒に拳を突き上げて何事か大声で叫んでいる。
彼女らだけではない。学園から近いこともあって友人やクラスメイトたちの姿がそこここに見える。
本当に、本当に勝ったんだ。
喜びを噛み締めているうちに、報道の腕章をつけたリポーターとカメラマンがやってきた。
マイクが差し出され、勝者のインタビューが始まる。
「それでは勝利者インタビューです。見事、安田記念を制したノルデンセミラミスさんです」
胸が一杯で、言葉が出ない。
とりあえず一礼する。
「今のお気持ちは?」
「は、はいっ! 本当に夢みたいです! ここまで支えてくださったトレーナーさん、先輩方、そして応援してくださった皆さんに、心から感謝します!」
理想の自分を演じるように背筋を伸ばし、マイクを握りしめる。
声が上ずる。頬が赤いのが抑えきれない。
「最後の直線、すごい伸びでした。上がり最速、34.2秒だったそうです」
「本当ですか!? 観客のみなさんの声が本当に背中を押してくれました!」
本当は必死過ぎて何も聞こえていなかったけど……だいたいみんなこう言うよね。
それにしても上がり最速……。最後の600mで一番速く走ったのが私、ということだ。
──最後の最後で軽斤量の加速力を活かして抜くことです。
トレーナーさんの言葉が思い出される。トレーナーさんの言った通りになったんだ!
「完全にマークしていたようですが、ダイワメジャーを差し切った瞬間はいかがでしたか?」
「一ヶ月これだけを練習してきたので……差しきれるか不安でしたが、全力を尽くした結果、勝てて……すごく嬉しいです!」
本当に嬉しかった。
トレーナーさんの作戦で、バクシンオーさんやフライトさん、ゼファーさんにもずっと練習に付き合ってもらって、それでようやくハナ差まで持ち込めたのだ。
私の力じゃない。皆さんのお力での勝利だ。
「クラシック級での安田記念制覇という歴史的快挙を成し遂げたわけですが、今のお気持ちを誰に伝えたいですか?」
「まず両親に。そしてクラシック級から挑んで勝てたのは、トレーナーさん、先輩方のおかげです。これからも挑戦者の気持ちを忘れずに走り続けたいです! これからも応援よろしくお願いします!」
ダメだ、言葉がうまくまとまらない。
今はただ体が熱い。でも勝てたのはチームの皆さんのおかげだ。それは嘘偽りのない本心だった。
「それでは最後にご両親に一言いただけますか」
「見てますか! 私、安田記念を勝ちました! これからも全力で頑張ります!」
一通りのインタビューが終わり、お立ち台に移動すると正装のスタッフが優勝レイと優勝杯を持ってくる。
深紅の布地に金色の糸で刺繍された安田記念の栄誉。
吉富トレーナーの手でゆっくりと肩にかけられた瞬間、その分厚い布の重さと香りが現実感を与える。
これが、私の挑戦の結果。これが、私の実力の証明。これが……バクシンオーの得られなかった、栄光。
歓声がひときわ大きくなり、ハッとする。今、私はなにを……?
内心では胸が弾けそうになっているのに、外側では凛とした笑みを浮かべた。
金色の優勝杯を抱えたトレーナーさんと肩を寄せ合ってカメラの集中砲火を浴びる。
──今だけは、理想の自分でいられる。
『それでは皆様お待たせしました! 本日のメイン、ノルデンセミラミス、ダイワメジャー、コンゴウリキシオーで”本能スピード”!』
本日の安田記念走者が全員登壇するウイニングライブ。
真っ赤なレーザー光線が会場を貫き、原色の照明が会場を埋め尽くしてイントロが流れ出す。
シニア級17名を従えてクラシック級がセンターを飾るのは前代未聞のことだろう。
青が多くを占めるのは桜花賞の時と同じだが、最前列に並ぶ赤のペンライトは随分と増えた。
そんなことを考えながらも体は自然に振り付けをなぞり、私こそが一番だというように右手の人差し指を高々と掲げた。
レース描写はどっちのほうが好みですか?
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1人称/主観(チューリップ賞形式)
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3人称/客観(桜花賞形式)