驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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047 若きマイル女王/栗毛の刺客

「……誰か私をダートに埋めてください…………」

 

 翌週、昼過ぎのカフェテリア。

 私は窓際の6人がけのテーブルの真中でおデコをテーブルにつけて突っ伏していた。

 

「元気出しなさいよ“若きマイル女王“」

「俺はカッケェと思うけどな“栗毛の刺客”って」

「マーちゃん的には“マイルの妖后”も捨てがたいですね」

「“マイル変則三冠”は……ちょっと安直じゃない? シンプルでいいけど」

 

 机の上に広げられたレース雑誌やタブレットを見ながら友人達が口々に私に奉られた二つ名を絡めて弄る。

 どれもこれも先日の安田記念の結果私につけられたものだ。

 いやピンクカメオさんだけは弄ってない気もするが似たようなもんだろう。

 

「みんなやめなよ! セミちゃん泣いてるじゃん!」

 

 心配してくれるのはスプマンテだけだった。

 いや泣いてはないけどね? 

 そう思いながら机から顔をあげる。

 

「スプマンテ……」

「セミちゃんあれやってよ! 『かかってこい相手になってやる!』って」

「あぁぁああぁぁぁ……」

 

 羞恥のあまり額をテーブルに打ち付け、そのままずるずるとテーブルの下に潜り込む。

 もういっそのこと殺してくれ……。

 

「おま、トドメ刺すなよ!?」

「スプマンテは人の心、ないのですか?」

 

 地べたで膝に顔を埋めながらも耳だけはテーブルの上の状況を正しく捉えていた。

 一応手元から目を上げてくれている気配のするウオッカとマーちゃんに対して、スカーレットとカメオは雑誌やタブレットを回し読みしている。ちょっと付き合い見直そうかな……。

 

「なになに、“若きマイル女王誕生! クラシック級がシニアを撃破”……?」

 

()()()()()()()()が記事を読み上げる声がする。

 桜花賞、NHKマイルカップを制し変則二冠に輝いたノルデンセミラミスがついに安田記念で歴史を塗り替えた。

 並み居るシニア級17名をくだし、復仇を誓うダイワメジャーに「かかってこい! 相手になってやる!」と強気の一言。

 世代を超えて誕生した“若きマイル女王”の快進撃に期待が高まる。

 

 読み上げるのやめて……、かかってこいのとこで声真似するのもっとやめて……。

 まだクラシック級なのに……。もし女王だったらもっと着差つけられてるって……。

 

「これターフスポーツか? うっすい記事だな」

「一般紙なんてこんなもんなのです。ライトなファンさん相手ならこれがちょうどいいのです」

 

 2人も読み合いに加わったようだ。

 ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()もそっち側でしたかそうですか……。

 

「こっちはレースブックか? “栗毛の刺客、クビ差の執念”カッケェよなー」

「そりゃあのインタビュー聞いたらこうなるわよね。ウチのバカ姉倒すのに1ヶ月丸々費やしました、なんて」

 

 徹底マークに徹した戦法は、賛否を呼ぶに違いない。しかし、最後に差し切ったのは事実である。

 “栗毛の刺客”は春秋マイル連覇を阻止し、マイル戦線の勢力図を揺さぶった。

 奇策か執念か、悪役(ヒール)英雄(ヒロイン)か——ダイワメジャーの連覇のかかる秋の(京都)で真価が問われる。

 

 刺客なんてそんなつもりじゃ……。ただ必死でついていただけなのに……。

 

「逆に一番陳腐まであるわよこれ。ライターが別のウマ娘を思い浮かべながら書いたの丸わかりじゃない」

「最悪、栗毛の部分すらグラスワンダーさんを念頭に書いた可能性すらあるんじゃない?」

「うっわ、何年経ってると思ってるのよ。金森トレーナも最近教官職専門だし」

 

 金森……ああ、あの優しそうなメガネの教官さんか。

 

 ……やっぱり、私の走りが誰かの影として語られるのは、どうしても許せない。

 髪の色が同じだから? 走りが似ているから? 

 そんな理由で片づけられるものじゃない。

 私は──私だ。

 

「そういえばこの“マイルの妖后”ってどこの記事なの?」

「それは香港レースの日本語版なのです。これですね」

 

 桜色の笑顔の裏に潜むのは、冷徹な勝負師の面。

 ノルデンセミラミスは同室の先輩をも容赦なく追い落とし、最後はダイワメジャーの影を穿った。

 “妖后”と呼ぶにふさわしい振る舞いは、ファンを熱狂させ、同時に畏怖させる。

 次なる舞台で、その魔性はさらに深まるのか。

 

 なんか魔性とか悪女とか言われてる……!? それも海外の雑誌に!? 

 なんで? どうして? というか、ようごう……ってなに? 

 

「あ、コラムがありますね。なになに……中国の人形劇の登場人物で、洞察力が鋭く、君主として冷酷に非情に徹する人物。目的のためなら自身の夫と妹すら手にかける、とのことなのです」

「……え? えぇ……」

 

 めっちゃ悪女! 

 

「あでも、冷酷ってのはそうかも。パドックではにこやかにふわっと笑ってるけど、レース中は顔つきぜんぜん違うし。ほら、レース前と中の写真も載ってる」

「……洞察力とは違うかもしれないけど、間違いなくレースIQは高いわね。そういう意味ではアンタに合ってるかも」

 

 あ、あれは真剣に必死で走ってるだけで……というかスプマンテそんなふうに思ってたの!? てか比較写真つき!? 

 スカーレットの評価も意外だけど、それより冷酷な表情だと思われてたのがショックだった。

 

「じゃあよ、セミラミスはレヨネットと同じレースに出たらどうすんだよ?」

「全身全霊を持って叩き潰します」

 

 当然だった。

 神聖なレースで手加減など、観客にも、何より一緒に走っているみんなに失礼だ。

 それに、レヨネットは自慢の妹だ。私なんかが片手間で戦える相手じゃないはず。

 

 沈黙。

 あれ、反応がないなと机の端を掴んで顔を出す。

 眉間に指を当てて目を伏せるスカーレットの顔が目に入った。

 

「即答ってアンタね……」

「うーんこれは妖后」

 

 ……あれ? 

 

「妹相手ですら容赦なし! レヨネットちゃんだっけ? 泣くんじゃない?」

「いやぁ……あいつならむしろ『お姉ちゃんが本気で来てくれた!』って喜ぶんじゃないか?」

「流石は妖后の妹、似たもの姉妹なのです」

 

 額に汗を浮かべながら必死に弁解する。

 しかし言えば言うほど、友人たちの顔がにやけていく。

 

「だ、だってレヨネットだって私が全力で来るのを望んでるはずですし! そうですよね!? ……え、なんで首振るんですか!?」

 

 ドツボなのです……と呟くマーチャンの声が妙に耳に残る。

 だんだん言葉尻がすぼみ、ズルズルと再び机の下へと潜行していく。

 

「いや悪かったって、いい加減机の下から出てこい。スプマンテそっち持ってくれ」

「はいはい。ごめんね反応が面白くてつい」

 

 そうやって捕まった宇宙人スタイルで長椅子に座らされる。

 

「最後、月刊トゥインクルで口直ししましょうか。“マイル変則三冠、史上初の達成”ですって」

「これは真面目モードの乙名史記者ね、溜めてるわよ」

 

 桜花賞、NHKマイルC、安田記念。

 ノルデンセミラミスはわずか二ヶ月の間に、この三つのマイルG1を制覇した史上初のウマ娘となった。

 “マイル変則三冠”と呼ばれるこの成果は、今後の記録の中で特筆すべき業績である。

 次のマイルCSを制すれば、前人未到の「四冠」完成が視野に入る。

 

「ま、まあ事実ですし……」

「こういうときのトゥインクルは逆に冷静だからバランス感覚あるわよね」

 

 確かに、三冠や記録達成となったときの月刊トゥインクルは逆に論調を抑えてくることが多い印象だ。

 一昨年の三冠然り、去年の凱旋門賞のゴタゴタ然り。そういうところが学園関係者の信頼を得ているのだろう。

 

 そうして雑誌を回し読みしていると、“姉妹そろってクビ差負け、家族会議はどうなる? ”などと余計なことを書いた一般紙をスカーレットが真っ二つにしたあたりでウマホが鳴った。

 なんだろうと確認すると、黄色の蝶ネクタイをした黒猫のアイコンからメッセージが届いていた。

 この人は……急いでメッセージを確認する。

 

「どうした? ニヤニヤして?」

「ふふ、先輩からのお誘い」

 

 もちろん行くと返事をして、思案に移る。

 コーヒーに合う手土産はなんだろう、と。




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