驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
いつぞやのアンケートで人気のあったカフェとドリジャの出番です。
スティルのイベント、良かったからみんな引こうな(なお限定)
旧理科準備室。
何度目かの来訪である馴染みのこの部屋で、私はまるでインテリアの一つとなったかのようにガチガチになってソファに腰掛けていた。
だめだ、平静を保て、隙を見せるな。ちょっとでも油断したら喰われる……。
なぜそんな事になっているかといえば、目の前のウマ娘たちを見れば誰だって私と同じようになるはずだ。
「香気満溢──部屋を包むコーヒーの香りが、温雅婉麗な内装と相まってここが理科準備室だったことを忘れさせてくれるね」
私の右隣、なぜか同じソファに腰掛けてきたのは“七冠の皇帝”シンボリルドルフさん。
「この香り……発酵バター、ブランデー、パインアップル、カカオ……。ああっ、なんてはしたない……」
正面で両頬に手を当てて何やら呟いているのはトリプルティアラ、スティルインラブさん。
「おや、表情が強ばっておいでですが……お疲れでしょうか。──あれだけの激走ともなれば致し方ありませんが、ご無理はなさらぬよう」
入口側のソファからメガネ越しにこちらを見つめてくるのは同期のドリームジャーニーさん。
真横からは皇帝のオーラがビンビンに漂って来てるし、対面は対面で一人で恍惚としてニヤニヤしてるし、左側は絶対インテリヤクザかなんかだし、助けてカフェさん!
「……みなさま、お集まり頂き……ありがとう、ございます」
そんな願いも虚しく、ホストのカフェさんの音頭でコーヒーパーティが幕を開けた。
そう、まだ何も始まってはなかったのだ。
どうして私がこんな状況に追い込まれているのか。
現実から逃げるためにも振り返ってみようと思う。
カフェテリアでのクラスメイトとのお祝い会という名目の私をイジる会の翌日。
軽い調整メニューだけだった私は午後の早い時間からトレーナー室に戻ってきていた。
思えば、直近にレースがないウマ娘とあるウマ娘ではこんなに練習強度が違うのだから安田記念出走がメジャーさんにモロバレだったのも当然だったと思う。
「ああ、セミラミスさん。丁度よいところに。今から買い出しに行くのですが、荷物持ちでお付き合い願えませんか」
事務机で書類仕事をしていたトレーナーさんが私を見てそう声をかけた。
もちろん否やなどあるはずがない。普段からお世話になっているのだから。
チーム全体の消耗品は定期購入もしているが、細々としたものの購入はトレーナーさん自ら赴く。
サブトレーナーが居るような大きなチームなら話は違うのだが、個人チームのウチではそうはいかない。
そして、レース後でヒマしているヒマ娘が荷物持ちとして同行するのが習いだった。
トレーナーさんについて職員用駐車場へ赴く。
……私は車には詳しくないのだが、トレーナーさんと車に乗るたびに車種が変わっている気がするのは気のせいだろうか。
それも安い車じゃなくて国産車の高級グレードっぽいのやドイツの外車ばっかりな気がして……いや、考えるのはよそう。
……トレーナーって儲かるのかな。
そうしてトレーナーさんの運転する車の助手席に収まった私は、話のネタとして昨日のカフェさんからのお誘いのことを話題に出した。
「なるほど、コーヒー好きの集まり、ですか。……ふふ、貴女は紅茶派だと思っていましたが……? まあ、そうやって気軽に集まれる場を持つのは良いことです。肩肘張らず、楽しんでおいでなさい」
あの勝負服が英国風だからか、最近紅茶派だと思われる機会が増えた。
……まあその気持ちはわかるが、別にどっちも嗜んでもいいでしょうに。イギリスにもカフェぐらいあるでしょ。
確かに紅茶も嗜むので間違いではないが……。
「それで、なにかお茶菓子を持って集まることになったのですが」
「良いですね。もう何をもっていくか決めたのですか?」
「チーズケーキにしようかと思うのですけど、普通のだと捻りがないなと思いまして」
吉富トレーナーは細身の女性だが、意外と美食家かつ健啖家だ。
何か、トレーナーさんならいいアイデアをお持ちでないかと思ったのだ。
片手でハンドルを操りながらトレーナーさんは顎に指を当てて考え込む。
「ふむ……。ラムレーズン、いや、コーヒーに合わせるならブランデーもいいかもしれませんね。材料代は出しますので、一つ作ってみてはいただけませんか」
なるほど、レーズンといえばラム酒のイメージだったが、ワインを蒸留したブランデーならもっと合うかもしれない。流石はワインを趣味にしている吉富トレーナーだ。
もちろん否やはない。普段からお世話になっているのだから。
そうしていくつかの試作品を経て、自信を持って提供できるレベルに至ったところで本番を迎えた。
あの買い出しで買ってもらった大きなクリームチーズの塊、4lbという表記だから約1.8kgかな? をほとんど消費した計算だが……まあ配った人数も多いし生クリーム使ってないからヘルシーだし大丈夫だろう。
流石にケーキの1切れや2切れで太り気味になったりはするまい。
試しに作ったケーキはトレーナーさんやお世話になっている先輩方をはじめ、友人やクラスメイトにも試食をお願いした。
思えば、我ながらかなり広範囲に見境なくばら撒いたように思う。
「お、ウマいじゃないか。あとでレシピを教えとくれよ」
キッチンを借りたので最初に味見をお願いした寮長のヒシアマさんのお眼鏡にも叶ったようで、レシピを教えてくれと頼まれたほどだ。
「やはりブランデーの風味がチーズの風味とよく合っていますね」
「これは薫風香る……」
「カラメル色の表面と断面の白、そしてお酒に浸かったレーズンのコントラストがとっても──」
「とっても甘くて美味しいですッ!!」
練習後のお茶会でもトレーナーさんや先輩方にお出ししたが評判は上々で、トレーナーさんにはご家族の分もお渡ししたほどだった。
もちろん友人たちや寮でお世話になっている先輩方にも試食をお願いした。
みんな美味しい美味しいと食べてくれて、自分の友人や先輩にも食べさせたいと言われて何人かには包んでお渡ししたほどだ。
そのせいで、意外な人たちにまで後日お礼を言われることになった。
「
相変わらず何を言ってるかわからないタニノギムレットさんはまだ予想の範疇だった。ウオッカも渡すって言っていたし、私自身も面識がある。
そういえばスカーレットも誰かに渡すと言っていたがそちらの方は音沙汰がない。まあいいけど。
「Norden Semiramisとは──お前か? ──Rob Royから、Cheesecakeを──貰った。It's delicious.──とても、美味しかった。──感謝する」
「君がメジャーの言っていた娘か。普段はあまり甘いものは得意じゃないんだが美味しかったよ。ありがとう」
同じ寮とはいえ全く話したことのなかったシンボリクリスエスさんに、寮も違うしお会いしたことすらなかったメジャーさんの同期のブラックタイドさんに直接お礼を言われた時はびっくりした。
と同時に、思ったより自分の顔が知られていることを気付かされてなんとも言えない気分だった。
こうして色々とあったが、その自信作を手土産にカフェさんの部屋を訪れることになった。
そこで誰が待ち構えているかなど想像すらせずに。