驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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050 マイルの妖后とコーヒータイム(後編)

 旧理科準備室。

 

 何故か突然立ち上がったカフェさん。

 私もみなさんも彼女に注目する。

 

 なにかあったのだろうか。

 単にコーヒー好きが集まってコーヒーを楽しむ会と聞いていたのだけど。

 

 何故か彼女は私の方を見ている。

 その声色は、いつもの淡々としたものより一段深い。

 

「実は、今日の会は……皆さんが一度、あなたと話をしてみたいと思ったからお呼びしたのです……」

 

 もちろんコーヒーがお好きと伺っていたからというのが第一ですが、と続ける。

 

「え……わ、私に……?」

 

 思わず手にしたカップを持ち直す。

 口の中にコーヒーとは異なる苦みが広がっていくような気がする。

 上座に案内された理由に、今さらながら合点がいった。

 

 ──いやいやいや、畏れ多すぎる……! 

 七冠の皇帝が? このレース体系になってから初のトリプルティアラが? 

 私なんかに!? 

 

 背筋を伸ばす私に、ルドルフ会長が淡々と告げた。

 

「君は既にクラシック前半でG1を3勝。まだ現役である以上、その星はさらに積み重なっていくだろう」

「そ、それは……」

 

 否定の言葉が喉に詰まる。

 確かに学園(ここ)ではメンコ(年齢)の数より(勝ち)の数のほうがものをいうところがある。

 練習着の肩口にもG1勝ちの数だけ星の刺繍をする慣習があるぐらいなのだから。

 

「その通りですよ」

 

 スティルさんが静かに頷いた。

 

「星の数だけで見るなら、既に私やカフェさんに並んでいます」

「……私が同じ頃は、まだ主なタイトル“クラシック級メイクデビュー”でしたから」

 

 カフェさんも穏やかに微笑む。

 そうか、夏の上がりウマの登竜門である阿寒湖特別は8月末……って! いやいやいやいや……! 私なんかが並んでるって!? 

 内心パニックの渦中にいるのは私だけらしい。

 けれど、他者から見れば私はもう“強者”扱いなのだ。それが受け入れられなくて、必死に謙遜を口にする。

 

「で、でも……安田記念はしょせん奇策で得た勝利にすぎません」

 

 するとルドルフさんの瞳がわずかに細められた。

 あ、なにか地雷踏んだ……? 

 

「……第4回ジャパンカップ。国内のみならず世界から集まった優駿の中で、日本ウマ娘初の栄光を浴したのは大逃げという奇策を打ったウマ娘だった。奇策であろうと何であろうと、それは誇るべき勝利だ」

 

 ジャパンカップで日本勢初制覇といえばカツラギエース、展開は()()()()()2人を警戒してペースがスローに……あ゛っ。

 会長さんはほんの少しだけ覇気を漏らして一拍置いてから、さらに重みを込めて続ける。

 

「だが……奇策に2度目はない。決して。王道は地力でねじ伏せることだ。君もそれができると信ずるよ」

 

 その声音には皇帝の威厳と、会長としての確信があった。

 確かその直後の有馬記念、再び逃げを打ったカツラギエースを徹底マークして屠ったのが眼の前の……。

 背筋を凍らせながら、私はただ小さく頷くしかなかった。

 

 すると、対面のスティルさんが両頬に手を当て、今までの大人しい表情を豹変させる。

 裂けるように浮かんだ笑みに、空気が震えた。

 

「嗚呼……なんて強く、美しい。……ワタシも味わいたいワ──」

 

 紅く妖しく光る彼女の視線が、真正面から突き刺さる。

 なんてことだ。あの噂は根も葉もどころか幹と枝まであったじゃないか! 

 

「ねェ……走リましょう? 競リましょう? 喰ライ合イましょう……?」

「ひっ……!」

 

 狼狽する私をよそに、その声は甘くも鋭く、強者だけが持ち得る獰猛さをたたえていた。

 ──本当に、喰われてしまうのではないか。比喩表現だと頭では分かっていても胸が締め付けられるような気がする。

 

「……お2人とも、怖がらせるのはそれぐらいにして頂いて……」

 

 背後から落ちてきた声は、静かで囁くようでありながら芯が通っていた。

 次の瞬間、肩にそっと重みがかかる。

 背もたれ越しに伸びたカフェさんの手が、護るように私の肩口に置かれている。

 

「っ……」

 

 不意を突かれて息を呑んだが、そこから伝わる暖かさは驚きよりも安堵を呼んだ。

 呼吸がようやく整いはじめ、緊張で硬直していた指先がかすかに動く。

 

 振り返るとカフェさんの黄金色の丸い瞳は正面のスティルさんに向けられていた。

 柔らかな口調とは裏腹に、深い夜のような静謐な気配がそこから滲み出ている。

 まるで、それ以上近寄るな、と言わんばかりに。

 

 カフェさんは一瞬、会長さんにちらりと視線を移す。そこには敬意と牽制の均衡があった。

 けれどスティルさんに対しては、明らかに違う。

 あくまで静かな表情の奥に、カフェさんだけが感じ取った何かを睨み返すような鋭さが潜んでいる。

 

「……安心してください。大丈夫、ですから……」

 

 耳元に落ちた囁きに、思わず背筋が震えた。

 その響きは、暗闇に灯る小さなランプのように私の輪郭を静かに守ってくれる気がした。

 

「ふふ……」

 

 ドリームジャーニーさんが微笑んで眼鏡の奥で細めた瞳をスティルさんに向けた。

 

「……場を和ませるのは結構ですが、あまり強い迫力は……セミラミスさんも疲れてしまいますよ」

 

 表情と口調こそ柔らかいが、彼女の纏う雰囲気にはなにか凄みを感じる。

 もしかして、ドリームジャーニーさんも庇ってくれた……? 

 

「う……」

 

 スティルインラブさんが両頬に手を当て、伏し目がちに肩を震わせた。

 

「……わ、私ったら……また……。ああ、なんてはしたない……!」

 

 さっきまでの獰猛で妖艶な気配が嘘のように、淑やかなな優等生の顔へと戻っていく。

 

「すまないね、私も威圧してしまったかもしれない」

 

 会長さんが静かに微笑み、軽く頭を下げた。

 

「怖がらせるつもりはなかった。どうか許してほしい」

 

「い、いえっ……!」

 

 必死に首を振る。胸の奥に貼りついていた緊張がふっと緩むのを感じた。

 

 その後はカフェさんが淹れたコーヒーと持ち寄られた菓子を手に、思いのほか自然に談笑が続いた。

 ルドルフ会長の珍妙なダジャレに愛想笑いをし、スティルインラブさんとは最近読んだ本の話で盛り上がり、ジャーニーさんからは海外遠征の裏話を聞く。

 普段話す機会の少ない先輩方や同期とも、こうして肩の力を抜いて語り合えるのだと知った。

 

 ──そしてこの日、私は自分が“強者”として迎え入れられたことを、改めて実感するのだった。




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