驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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第一部 理想の仮面 クラシック級 夏合宿
051 マイル変則三冠と夏合宿


「ファイッ!」「「オー!」」「ファイッ!」「「オー!」」

 

 遠くから走り込み中の声が響く。

 

 青い……まあ青い空、白い雲。

 夏の日差しがさんさんと照りつけるなか、私は前を行く尾花栗毛の大きな背を追って砂浜を駆けていた。

 

 白く光る砂の照り返し。

 沈む砂、逃げる力。脚が取られる。

 潮風に焼かれる喉。

 普段は使わない筋肉が悲鳴を上げている。

 

 そのすべてが私を苛み、意識が遠くなり始めたところで目の前の背中が急に大きくなった。

 

「ハウディ? ダイジョウブデスか〜?」

 

 学園指定の水着にはちきれそうなアメリカンボディを包んだ彼女はタイキシャトルさん。

 この夏合宿で私のトレーニング相手を引き受けてくださった先輩だ。

 

「ソロソロ休憩にしまショー! テントまで戻れマスカ〜?」

「は、はいっ!」

 

 タイキシャトルさん。通称“大雨の中の無敵”。

 

 タイキシャトルは大雨の中で無敵である。○か✕か。

 答えは✕。雨降ってなくても無敵だから。

 そんなジョークが全く冗談ではないほどに、国内のみならず海外のマイルG1すら制したマイル最強との呼び声も高いウマ娘。

 

 どうしてそんなウマ娘が私についてくれているのか。

 おぼつかない脚を叱咤しながら、強い日差しに目をしばたたかせながら。

 タイキさんについてトレーナーさんたちの待機しているテントへと戻りながらここに来るまでのことを思い返していた。

 

 


 

 

「チームアダフェラは、この夏、アルケスと合同で合宿を行うことになりました」

 

 チーム室で一同に会したメンバーの前に立つ吉富トレーナーと明石椿トレーナー。

 なんでも、バクシンオーさんを陣営に加入させるためにどうしても必要だったとか。

 

 ……いや、これは前すぎるな。6月頃の記憶じゃないか。

 

「また新潟かぁ。まあいいけどさ」

「……毎年そうなんですか?」

「ん? そっか、セミラミスは今年が初めてか。吉富トレーナーは夏は新潟開催に張り付くからさ」

 

 これはその後、合宿の行き先を聞いた時に微妙な顔をしていた先輩に話しかけた時の記憶。

 なんでも面子は異なれ毎回同じ合宿所で宿泊先も同じらしい。

 いくつかある学園所有の合宿所からチーム成績順に逗留先を選ぶというのに毎回同じ場所を選べるということは、吉富トレーナーがどれ程やり手かということが察せられるだろう。

 

「はいそれでは、我々アダフェラ、ボタイン、アルケスがこの夏お世話になります。よろしくお願いします!」

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 これは夏合宿の初日、宿泊所に着いたときの記憶か。

 見た目はわりと“和”って感じだったけど、部屋や施設は思ったより小綺麗で居心地がいい。

 ちなみにボタインってのは北浦トレーナーのチームね。スカーレットのとこ。

 

「よろしいですか。今回の夏合宿の目的は懸案であった重バ場への適応を十全とすることと、秋のG1戦線に向けての地力強化です。9月にはセントウルステークスも控えていますので精進なさい」

 

 そう、これだ。

 トレーナーさんから伝えられた今回の合宿の目的。

 このためにトレーナーさんのツテで招聘されたのがタイキシャトルさんだったのだ。

 

 


 

 

 ──────────! 

 ──────さい! 

 ──しなさい! 

 

「──しっかりしなさい!」

 

 次の瞬間、冷たい衝撃が頭から落ちてきた。

 ざばっ——と、氷水の塊が背中まで流れ落ちる。

 

「わひゃぁ!?」

 

 慌てて振り向くと、据わった目でバケツを抱えた気合の入った水着を着たキングヘイローさんと目が合った。

 

「な、何するんですか!?」

「おばか! 外から帰ってきてボーっとして返事しないから熱中症かと思ったじゃない!」

 

 いや違う。よく見たら涙目になってる。

 なんか申し訳ないことをしてしまった……。一気に覚めた頭でそんなことを思いながら頭を下げる。

 

「だ、大丈夫です。ちょっと考え事をしてただけで──」

「ウチのキングがごめんねー。一応体温測るから口開けて────38.5℃、まあ運動直後ならこんなもんか」

 

 念の為しっかり水分とって休むんだよ、とアスケラのトレーナーさんが私の口から体温計を引き抜いて言う。

 

 いけない、しっかりしなきゃ。

 両手で頬を叩き、首を振って濡れて首元にへばりついた去年より伸びた髪を振り払う。

 ぼーっとしている時間なんて、ない。

 

「オゥ、水もシタタルイイオンナ、デスね!」

「水も滴る、じゃないのよこのへっぽこ! ちゃんと見てあげなきゃダメじゃない!」

「ソゥソーリー、セミラミス」

 

 相変わらずテンションの上がり下がりが激しい人だ。

 先輩にこんな言い方は失礼だが、なんとなくゴールデンレトリバーとかそっち系の大型犬のような雰囲気が彼女にはある。

 

「まあまあ、キングの勘違いだったんだしさ。それぐらいにしときなよ」

「スカイさん……いいところに来たわね。ちょうど氷水がなくなったのよ。補充を手伝う権利をあげるわ!」

 

 キングヘイローさんは不用意に絡んできた芦毛のウマ娘の手首をガシっと掴むと、堤防の上の合宿所の方へと引きずって行ってしまった。

 それを目線で見送っていると、頬に冷たい物が触れて再び飛び上がりそうになる。

 

「ふふ、セミちゃんもタイキちゃんもちゃんと水分取らないと、ね?」

 

 犯人は栃栗毛のウマ娘、サクラローレルさん。

 謎の色っぽさを漂わせているが騙されてはいけない。勝ち星は春天に有馬記念とゴリゴリだ。

 

 そんな彼女にいざなわれるままに、よく冷えたスポーツドリンクを片手に休憩用のベンチに3人で腰掛ける。

 

「そういえば、どうして2人は一緒に練習を?」

「私、重バ場が得意じゃなくて。そのために……」

「イェス! 大雨のロンシャンでも走れるようにッテ!」

 

 トレーナーさんもそこまでは言ってないと思いますけど!? 

 せめて野芝の重バ場か洋芝の良バ場のどっちかにしてもらえませんかね? 

 

「重バ場適性と洋芝適性はまた違うと思うけどね。おんなじところもあるけど」

「……そうなんですか?」

「うん。口で言うのは難しいんだけど──」

 

 ローレルさん曰く、どちらの場合でも踏んでいいところと踏んではいけないところを見分けるのが最も大事なのだ、と。

 パワーとか走法とかももちろん重要だが、まずどこに脚をつくかが効いてくるのだという。

 

「ナルホド! そうだったんデスね!」

 

 いやなんでタイキ先輩が感心してるんですか!? 

 貴女道悪も洋芝もダートですら走れるでしょうに! 

 

「こういうのって感覚だからね。仕方ないよ」

「いぐざくとりー!!」

 

 なんでそっちが日本語発音なんだ。

 そうツッコミそうになるがこらえる。この学園でツッコミ役に回ってしまっては過労死待ったなしだからだ。

 

「次から私も付き合うから、セミちゃんもその辺意識してやってみよっか。なんとなく、セミちゃん洋芝も行けるんじゃないかなと思うんだよね」

「ローレルも来てくれるならヒャクバリキデース! ソデノシタとヒトミゴクウも貰っちゃいまシタから、ガンバっテ行きマスヨー!!」

「どこで覚えたんですかそんな日本語……。そんなもん貰わないでくださいよ」

 

 そう言って再び炎天下へと駆け出していくタイキさんを私とローレルさんも追いかける。

 それから連日、砂浜や波打ち際での走り込み、巨大タイヤ曳き、遠泳での心肺強化と夏合宿を通じて練習を重ねていくことになる。

 

 ──このとき私は知る由もなかった。

 タイキ先輩の袖の下と人身御供という発言が、日本語として全くおかしくなかったことを。




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