驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
056 マイル変則三冠とセントウルステークスへ
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《第21回セントウルステークス(GII)》展望
“マイル女王”ノルデンセミラミス、スプリント路線へ初陣
2025年9月9日(日)、阪神競馬場芝1200mで行われる第21回セントウルステークス(GII)。
秋のスプリント王決定戦・スプリンターズステークス(GI)に直結する前哨戦であり、グローバル・スプリント・チャレンジ第5戦としても位置づけられる一戦だ。
■ 主役は“栗毛の女王”ノルデンセミラミス
春に桜花賞・NHKマイルC・安田記念を立て続けに制覇し、“マイル変則三冠”を成し遂げたクラシック級のノルデンセミラミス(吉富)がここでスプリント戦に初挑戦する。
通算成績は6戦5勝。デビュー戦・紅梅Sを京都1400mで快勝しており、スプリント適性は未知数ながら十分な裏付けがあると見られている。
吉富トレーナーは「スプリンターズSに向けて夏合宿明けに一叩きしておきたい。不安はありませんよ」と力強くコメント。各メディアの予想でも断然の1番人気に推されている。
■ ライバル関係と勢力図
今回の顔ぶれはやや手薄との評価が多い。
・キンシャサノキセキ(シニア1年目)
オーストラリアからの留学生。状態は上々で、阪神内回りへの適応力に注目。
・アグネスラズベリ(シニア3年目)
サマースプリントシリーズ覇者。キーンランドC2着から中1週での連闘参戦。夏場の充実度は高い。
・アイルラヴァゲイン(シニア2年目)
短距離で安定した成績を残す。強豪不在なら台頭の余地あり。
・オレハマッテルゼ(シニア4年目)
昨年の高松宮記念覇者。ただし前走・安田記念では18着大敗と状態面に疑問符。
登録は16名フルゲートとなったが、今年の高松宮記念ウマ娘スズカフェニックスがここを回避しスプリンターズS直行を表明しており、やや小粒感は否めない。
■ 注目点
・マイル女王が1200mに対応できるか
クラシック春にG1を3連勝した内容は圧巻だが、すべてマイル戦。スプリント初挑戦で持ち前の末脚が活かせるかが最大の焦点となる。
・世代交代か、公開試合か
クラシック級の挑戦者がシニア短距離陣を蹴散らすのか、それとも伏兵が牙を剥くのか。注目度は例年以上に高い。
■ 総括
世代トップのマイル女王が短距離路線に殴り込みをかける構図。
「1200mは未知」とする声もあるが、デビュー戦から見せていた圧倒的なスピード性能は本物。
ここであっさり突破するようなら、スプリンターズSはもちろん、将来的には国内外の短距離路線制覇すら夢ではない。
“世代の怪物”が新たな領域へ踏み出す一戦。阪神の直線に、歴史的瞬間が訪れるか。
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阪神レース場、G2賞用控室。
本日のセントウルステークスはG2なので、勝負服ではなく枠順色の水色のブルマと赤色のゼッケンでの出走となる。
ここのところG1にしか出走していなかったので、ニーハイブルマに体操服のこの格好でレースに出るのは久しぶりだ。
出走までの間、手持ち無沙汰で読んでいたタブレットを閉じて机の上に置く。
部屋には吉富トレーナーと2人きりだ。
バクシンオーさんは私以外にも面倒を見ている娘が何人かセントウルステークスに出ているからここにはいない。フライトさん曰く、意外と浮気性だから、とのことだ。
そういうフライトさんも同じくセントウルステークスに出走するアグネスラズベリさんのところに行っている。本来はあちらのトレーナーの指導補助ウマ娘なのだから、この場合の浮気先は私だ。
……決して、寂しくなどない。
「不安ですか?」
眼の前に座る吉富トレーナーが問いかける。
その表情は穏やかで、言葉以上の意味は読み取れない。
「……少しだけ」
「そうですか。では最後におさらいだけしておきましょう」
タブレットに今回走る阪神レース場の内回りコースが映し出される。
スタートは向正面半ば、3コーナーまでの距離が短いため、枠は内が有利。ゴール手前まで下り坂が続くため前脚質が有利。
コース概要を思い返しながらトレーナーさんの言葉を待つ。
「……まあどうとでもなるでしょう」
「…………え、それだけ?」
もっとこう……ないの? 戦術とか!
「なくはないですが。正直、良バ場で内枠を引いた時点で貴女の勝ちは揺るがないでしょうから」
しかも斤量有利まであるわけで、多少出遅れてもどうにかできるでしょう、とまでトレーナーさんは続ける。
むしろ前哨戦なのであまり差をつけないで結構ですよ、なんて言葉まで飛び出した。
「もし雨が降っていたら、もし重バ場であればここまで楽観的ではおれなかったでしょう。が、今や問題は“どう勝つか”ではなく“どう走るか”です」
そう言って、立ち上がって私の肩から腕に向かって両手で撫で下ろす。
出走前のいつものルーティンだ。
すこしざわついていた心がすっと落ち着くのを感じる。
「今日は答え合わせです。貴女の“理想”を、ターフの上に描き出しなさい」
さあ、そろそろ時間ですよ。
その言葉とともにスピーカーが空電音に続いてアナウンスを吐き出した。
そうだ、私の理想を。
思い出せ。夏の間にモノにした、間近で見た走りを。
バクシンオーさんならどう走る?
「……行ってきます」
控室のドアを押し開けた瞬間、遠く観客席から歓声が響いてくる。
その音に向かって、私は一歩踏み出した。
「よろしかったのですか?」
「よろしかった、とは?」
セミラミスが出て行った後、閉まりかけたドアからバクシンオーがするりと入ってきた。
彼女はあえて主語を省いて吉富トレーナーに問いかける。
彼女からはトレーナーの表情はうかがい知れない。
「“理想”を描け、と言ってしまえば、あの娘はそうするでしょう。そして、おそらくできてしまう。ですがその先には──」
「ええ、その先にあるのは所詮貴女の劣化コピーに過ぎない。貴女の望みは叶わないでしょう」
「──ッ! 何故それを承知でッ!」
彼女は普段の快活な模範的委員長の仮面をかなぐり捨てて覇気を飛ばすも、トレーナーは意に介さない。
むしろそれを正面から受け止め、冷徹な勝負師の一面を覗かせる。
「夏を超えて、彼女は大きく成長しました。もはや理想というゆりかごには収まりきらないほどに。このままでは、それなりの強豪で終わってしまうでしょう」
「……ええ」
「ですが、彼女はまだそれに気づいていない。そして、それを気付かせるのは私でも貴女でもない。自分自身でなくては」
そのためには、一度理想の窮屈さを、虚しさを知る必要があります。
トレーナーは静かにそう続けた。
「……そう、ですか」
「もちろん、何があろうとも共に歩む所存です。彼女が望む限り──」
「いえ、お考えがあるのでしたら結構です。差し出がましいことを言いました」
そう答えて、サクラバクシンオーは踵を返した。
ドアノブに手を掛け、トレーナーの方を振り向かずに言い残す。
「見届けてやらねば。あの娘の走りを」