驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、第2コース。
前日まで降り続いた雨はターフを重く湿らせ、主催からはバ場の状態は稍重と発表されていた。
選抜レース
まだトレーナーが付いていないウマ娘のみがエントリーできるレース。
年に4回開催され、トレセン学園の一大行事となっている。
選抜レースと一般に行われる野良レースとの大きな違いは、その注目度と本格度だ。
注目度は言うまでもない。選抜レースには多くのトレーナーが観戦に訪れる。期待されている名家のウマ娘などはこの時点からファンが付くほどだ。
本格度で言うなら、可能な限り本番のレースが再現される。
練習ではウマ娘が曳いてこれる程度の少人数用簡易ゲートがあれば御の字だが、選抜レースではトラクター牽引の16人立ての電磁制御ゲートが本番さながらに準備される。
レース場にあるターフビジョンなどは流石にないが、掲示板は広報委員会の面々の手によって再現される。
ファンファーレはさすがに録音だが流されるし、実況はこれまた広報委員会の有志によって執り行われる。
そしてこれまた本番さながらにパドックでのパフォーマンスまで行われるのだ。
今ちょうどパドックでのパフォーマンスを終えたのが、ノルデンセミラミスが登録している組だ。
本番のレースであれば地下バ道を通ってスタート地点まで移動するところであるが、学園にはそんな設備はない。
そのため11名の体操服姿のウマ娘たちは外ラチをくぐって芝コースを半周して三々五々ゲートへ向かう。
『8番ノルデンセミラミス。静かに闘志を燃やしています』
まだゲート入りに慣れず、渋るウマ娘がちらほらいる中ノルデンセミラミスはすんなりとゲート入りを成功させた。
本能的に閉所を怖がるウマ娘が多い中、スムーズなゲート入りを見せたノルデンセミラミスにはトレーナーからも注目が集まる。
「ノルデンセミラミス、短距離の期待株、と」
「名門の出ではありませんが、同期の中でも頭角を表しつつあるようですね」
過去の練習の様子などからトレーナー陣からの評価は上々なようで、もし本番のレースのように人気投票があれば今回の出走者の中では1番人気を獲得していただろう。
『第6レース、選抜レース1200m右回り。いよいよ発走時刻です』
『10番ゼーレーヴェは熱発のため出走中止です』
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
緊張の一瞬、静寂を破ってゲートが開く。
『各ウマ娘一斉に、おっと2番バルバロッサ出遅れ!』
やはり経験の浅い未デビューウマ娘、スタートはなかなか揃わない。
ただこれは電撃戦とも称される短距離1200m、スタート時点での2バ身差は致命的だ。
「出遅れは1人か。まあ有望な組だな」
一方ノルデンセミラミスは危なげなく好スタート。逃げウマ娘を尻目に先行集団ななめ後ろにつけた。
『先頭は11番ダイナモサイクル、逃げを打つ』
『1バ身離れて4番チキングリル、5番ハッシュハッシュ、3番レディレックス、先行集団を形成』
『8番ノルデンセミラミス、追走』
隊列は全体的に縦に短い団子となってコーナーを進んでいく。
ノルデンセミラミスは前方の先行集団が巻き上げる泥をかぶらないようにしつつその後を追う。
『続いて3バ身離れて7番フラッシュデッカー』
『第3コーナーを曲がり終わりまして、1番トロピカルエコー、6番アップルパピヨン、9番ノーブルサウンドと続いています』
『後方12番コンチネントパンチ、2番バルバロッサ。4コーナーカーブへと向かって行きます』
実況担当のウマ娘が全員の名前を読み上げ終わる頃にはレースは佳境を迎えていた。
再び先頭に実況担当が目を向けたタイミング、最終コーナーの半ばで1人のウマ娘が動いた。ノルデンセミラミスだ。
「いいタイミングで仕掛けたな」
「センスあるわね」
ノルデンセミラミスはコーナーの途中で遠心力に逆らわずよろめくように大きく外に出て加速を開始する。比較的大きくゆったりとしたストライドでぐんぐんと前へ。
コーナーを出て直線へ向いた頃には盛大に泥を巻き上げながら先行集団を抜いて先頭へと肉薄していた。
「……あのフォームは!」
「ん……?」
一部のトレーナーたちが色めき立つ。
スプリンターには加速力に優れるちょこまかとしたピッチ走法のウマ娘が多い。その中で一歩一歩の大きい彼女の走法は目立っていた。
もちろん少ないというだけで、短距離でも大きくやわらかなストライドで走るウマ娘はいる。
彼女のフォームは“それ”を一部のトレーナーに思い起こさせるには十分なほど似ていた。
『8番ノルデンセミラミス抜けてきた! ノルデンセミラミス先頭! 5番ハッシュハッシュ追いすがる!』
『外から9番ノーブルサウンド、大外から12番コンチネントパンチ追い込んでくるが間に合わない!』
一気に先頭集団を抜き去って先頭に立つかと思われたノルデンセミラミスだが、思ったよりは伸びずゴールへと飛び込んだ。
『1着ノルデンセミラミス、2着争いは微妙ですがレディレックスとハッシュハッシュ! 4着にはダイナモサイクル粘りこんだ。5着にノーブルサウンド──』
後方脚質が総崩れの中、泥だらけになった先行集団が団子になって入着を果たす。
手書きの掲示板に表示された着差は2バ身。仕掛けが早かった割には差が広がっていない。
とはいえ短距離でのこのバ身は大きい。勝ち方もまさに王道。
これは予想以上の逸材だと多くのトレーナーがノルデンセミラミス獲得に動きだす。
ノルデンセミラミスはコースを出たところで多くのトレーナーに取り囲まれた。
「すごい走りだった! ぜひウチのチームに来ないか!」
「君なら春秋スプリント制覇だって夢じゃない!」
「私のチームは短距離専門でね、貴女の強みも活かせるはずだよ」
口々に行われるスカウトにも嫌な顔一つせず、彼女はにこやかに応対する。
レースの直後で疲労もあるだろうに背筋を伸ばして、優等生然とした態度を崩さない。
「皆様ありがとうございます。とても光栄です。少し考える時間が欲しいので、連絡先を頂けますか?」
そう彼女が言うとトレーナーも慣れたもので、懐から名刺を取り出して渡し始める。
寒色系のスタイリッシュなもの、ピンク色の紙を使った可愛らしいもの、昔ながらのシンプルなもの。そのスタイルは様々だが、蹄鉄の形を模したトレーナーバッジと同じマークが印字されているのが共通点だ。
「──兄部昌良だ。よろしく」
「奈瀬菊代です。どうぞよろしく」
「チームアルケス、明石椿ですっ! 」
「吉富まつりと申します──」
新人トレーナーからベテラントレーナーまで、あっという間に十数枚もの名刺が彼女の手の上に積み重なった。
彼女は汗や泥がつかないように慎重にそれらを揃えて持つと、周りを囲むトレーナーへ一礼する。
「それでは日を改めて連絡いたしますのでよろしくお願いします」
そう言い残してノルデンセミラミスは練習コースをあとにした。
コース脇に残されたのは、駆けつけてきた駿川たづなさんに「女の子1人にああして詰め寄っちゃダメですよ!」と怒られる若手から中堅のトレーナーたちだけであった。