驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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060 北の獅子と緋色の女王

 雨の降りしきる中山レース場。

 朝から降り続いた大粒の雨が建屋の上階にある屋内関係者席のガラスを叩いている。

 

 普段は空いている屋内関係者席も、この天候ではそれなりに席が埋まっている。

 そんな中に、制服を着た2人の栗毛のウマ娘がシートに腰掛けていた。

 

「雨、止まないですね」

 

 ちょうど午前最後のレースが行われようとしているコースを見下ろすちょっと吊り目気味で意思の強そうな目元。

 ふわりとした明るい栗毛のミディアムボブをハーフアップにしている彼女はノルデンレヨネット。

 セミラミスの妹で、今年デビューを控えたジュニア級のウマ娘。

 

「11レースまでは降るわね。セミラミスにとっては残念だけど、マーチャンにとっては恵みの雨よ」

 

 同じく脚を組んで頬杖をついてコースに目をやっているのはダイワスカーレット。

 シンザン記念、チューリップ賞、桜花賞と2着が続いた後、オークスでようやくG1戴冠に至った緋色の女王。

 先日のローズステークスも快勝し、来月の秋華賞の本命と目されているクラシック級のウマ娘。

 

 2人の目当てはこの日のメインレース、スプリンターズステークスだった。

 だが彼女らの言うように、応援している相手は異なる。

 

「セミラミスにも勝ってほしいのは山々だけど、ね」

「あたしはお姉ちゃん単勝に全ベットだよ」

 

 スカーレットはどちらかといえば同期の友人であるアストンマーチャンを。

 レヨネットは自身の姉であるノルデンセミラミスを。

 それぞれのレースを見届けるべく、トレセンから電車で2時間あまりかけてここまでやってきていた。

 

 

 ダイワスカーレットは思う。

 

 セミラミスのことを軽く見る訳ではない。むしろ、夏合宿を通じてその人となりに触れたことで似た者同士だという共感すら覚えている。

 だからこそ、彼女は大丈夫だと主語も根拠も足りない思いがある。

 

 だがマーチャンは違う。

 放っておいたらどこかへ行ってしまいそうな、生き急いでいるような。気が付いたら消えてしまいそうな。

 そんな漠然とした不安が彼女には付きまとっているような気がしてならなかった。

 

 それが、今日スカーレットが彼女を応援しようと決めた理由だった。

 

 

 それにしても、とレヨネットが辺りを見回す。

 

「レース場にこんなところがあったなんて知りませんでした」

「そりゃ、トレセン学園やURAの関係者用のスペースだもの。本当は申請とか身分証の確認とかしなきゃ入れないのよ」

 

 とはいえトレーナーは雨が降ろうが風が吹こうが屋外のコースに近い席に陣取っているし、応援に来た関係者もそうすることが多い。

 なので普段はもっぱらお偉いさんだったり関係者が家族や友人を呼んだ際に使われている。

 こうやって人が多いのは今日のような荒天の際や、ダービーや天覧レースなどの限られた日ばかりだった。

 

「あれ、でもスカーレットさんは顔パスでしたよね?」

「当たり前じゃない。この業界でG1を勝つ、ってのはそれだけのことなのよ。アンタもどうせなら一番を目指しなさい」

「はい、あたしも頑張ります!」

 

 そうやってふふんと得意になるスカーレット。

 いい返事ね、と返して彼女はふと時計を見上げる。午前中最後のレースが間もなく出走時間を迎えようとしていた。

 

「もうこんな時間、混む前にお昼にしましょ。奢ったげるわよ」

「わぁい、ありがとうございます!」

 

 天真爛漫に喜ぶレヨネット。

 もしアタシに妹が居たらこんなかんじなのかしらね、とスカーレットはほほえましく思いながら、連れ立って地上階の店へと降りて行った。

 

 


 

 

 場面は再び屋内関係者席。

 

 実はこのフロアにも食事処は存在する。

 だがそれはお洒落なイタリアンや回らないタイプのお寿司屋さんであって、学生が入るようなところではない。

 URAのお偉いさんやらトレーナーが接待にも使えるような店だから当然だ。

 

 実はスカーレットはオークスを勝っているのでその辺の一般人に比べればはるかに資産を持っているが、しかるべき時までURAによって凍結されているので小遣い以上には使えない。

 未成年が使えないのは当然として、親の管理でもないあたり過去に色々とあったのだろうなと想像できようというものだ。

 

 それはさておき、階下の学生らしい? ジャンクな店を巡ってきたと思われる2人に視点を戻す。

 

「こっちだとモツが多いんですかね」

 

 レース場グルメって言ったら鳥のイメージでした、と赤と白のモツ串を頬張りながらレヨネットが感想を言う。

 もっきゅもっきゅと口を動かす姿は小動物のような愛らしさがあった。

 

「そうね、あとは麺とかカレーかしらね」

 

 スカーレットもラーメンのトッピングの燻製卵にかぶりつきながら答えた。

 どう考えても尋常じゃない数の燻玉が麺の上に載っている。

 なかなか彼女も趣味が渋い。

 

 2人のシートの間の小さな机にはビニール袋に入ったホットスナックが乗っている。

 どうやら混む前にお昼を調達することに成功したらしい。

 

 窓の外ではますます雨脚が強まっている。

 電光掲示板の表示は重バ場を通り越して不良バ場となっていた。

 

「不良、か……」

 

 袋をガサガサしてポテトをつまみながらレヨネットが呟く。

 ノルデンセミラミスは重バ場が苦手。多少レースを追っている人間の間では共通認識だったし、それは妹からしても同じだった。

 若干お行儀悪くチキンの骨から軟骨を齧り取っていたスカーレットが、そういえば、と続けた。

 

「やっぱりセミラミスは昔から重バ場が苦手だったの?」

「ええ。もうバ場が渋るともうてんでダメで」

 

 いつもレースの前の日は2人でてるてる坊主をいっぱい作ってました。

 そう昔を懐かしむようにレヨネットが答えた。

 

「普段はのびやかに、しなやかに走ってるのに、雨が降った途端走法そのものがバラバラになっちゃうんです」

「ふぅん。リズムが狂って、滑っちゃうのかしら?」

 

 疑問符を浮かべたスカーレットの背後に妖しい人影が現れた。

 

「そこに気づくとは流石スカーレット君。末は博士か大臣かだねぇ」

 




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