驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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061 晴女と雨女

 中山レース場、屋内関係者席。

 

 スカーレットと話しながら、姉であるセミラミスの走りを思い返すレヨネット。

 

「普段はのびやかに、しなやかに走ってるのに、雨が降った途端走法そのものがバラバラになっちゃうんです」

「ふぅん。リズムが狂って、滑っちゃうのかしら?」

 

「そこに気づくとは流石スカーレット君。末は博士か大臣かだねぇ」

 

 背後の階段の上から発せられた突然のねっとりとした喋りに、2人は揃って振り向く。

 栗毛のウルフカット、死んだように輝きのないブラックノイズの走った瞳。

 

「──タキオンさん!」

 

 声の主は超光速のプリンセスことアグネスタキオンであった。

 

 そのままつかつかと階段を降り、2人の座るシートの段に立ち謳うように続ける。

 

「これは彼女によく似たバクシンオー君の走法の解析結果だが、彼女は大きめのしなやかなストライドでバ場の反発を推進力に変えている」

 

 まるで学会の演壇に立っているかのような調子。

 スクリーンに映った発表スライドを指し示すかのように左手を空中で上に向けた。

 

「このような走法は良バ場では理想的な推進力を生むが、重バ場になるとリズムが狂って滑る、加速できないといった結果になるのだよ」

 

 そう言ってアグネスタキオンは、ずい、とレヨネットに顔を近づけた。

 突然背後から現れて長台詞を喋る危険人物に、レヨネットは目を白黒させている。

 

「やぁやぁノルデンレヨネット君、初めましてだねぇ。君もバクシンオー君やノースフライト君に随分と可愛がられているというじゃないか。……ふぅン、確かに君にも可能性を感じるねぇ。どうだい、お姉さんの方は委員長やら番犬達やらが煩くてね、私とスピードの向こう──」

「そこまでだよ」

「フライトさん!」

 

 肩を組んで怪しい勧誘をしようとしたアグネスタキオンの逆の肩に手を置いたのはノースフライト。

 表情こそ笑顔だが、その耳はペタリと伏せられている。

 それを見てはさしものタキオンもすごすごと引き下がる他なかった。

 

「姉妹揃ってガードが固いねぇ。姉の方に至っては近づかせてすらくれないなんて。私が何をしたっていうんだい」

「そうですよ、タキオンさんはすごい人なのに……」

「……自業自得、かと。……それより、セミラミスに何かしたら、わかっていますね?」

 

 口を尖らせて不満げなタキオンをスカーレットが弁護する。

 だが、それをするりと現れたマンハッタンカフェがバッサリと切り捨て、ついでとばかりにブスリと笹針並に太い釘を刺した。

 

「まったく……。また研究資料が燃えるのは勘弁だからねぇ。それにしても日曜(サンデー)会のよしみというのは無いのかい君たちは」

「ありません」

 

 タキオンは標的を変えてダル絡みするが、塩アイスコーヒーと化したカフェはつれない。

 やれやれ、とばかりにタキオンはスカーレットの隣に腰掛け、カフェとフライトもそれに続いて空いていた両隣に陣取った。

 

「そういえば、皆さんはどうしてこちらに?」

「五十鈴トレーナーの付添だね」

「……私も、兄部トレーナーの付添です」

「そりゃあ貴重な観察の機会だからねぇ。ああ、私は今フリーのヒマ娘だよ」

 

 そうレヨネットが先輩方に問いかけると、約1名を除いて今日のレースに出るチームメンバーの付添だという返事が返ってきた。

 基本的に、指導ウマ娘は現役時代に所属していたチームで活動するのが普通なので当然ではあった。

 

「そういう意味だと、あんまりおおっぴらにセミラミスちゃんを応援する訳にはいかなくて。アストンマーチャンも同じ部屋だし」

「……ああ、出走するアグネスラズベリさんは、五十鈴トレーナーのところでしたか……。それに同室とは、大変ですね」

 

 サクラバクシンオーを超えるのだと宣言したノルデンセミラミス。

 待望のG1制覇をと血のにじむような努力をしてきたことを知っているアグネスラズベリ。

 同室として彼女の気合の入れようを知っているアストンマーチャン。

 このスプリンターズステークスにかけるものはそれぞれよく知っている。

 それだけにノースフライトの立場は難しい。

 

「……ユキノさんとは、世代が離れていますので……お察しするとしか言えませんが」

「カフェこそ、なんといったかな、オダギリユーイチだったか? そっちはいいのかい?」

「オレハマッテルゼさんですね。……彼女は、実質、引退前の名義貸しみたいな……ものですから。……タキオンさんこそ、ラズベリさんは、応援しなくて良いのですか」

 

 同門でしょう、と問いかけるカフェに対して、タキオンは、私はアグネスの中でも異端だからねぇ、とどこ吹く風だった。

 

「それよりも、短距離の育成に長けたバクシンオー君があれほどまでに入れ込む娘がどれほどのものかに興味があるねぇ」

 

 ま、この不良バ場だと晴れ女の気があるのが残念だが。

 そう言ったタキオンに、レヨネットが疑問を浮かべる。

 

「晴れ女、ですか?」

「ああ、いわゆる俗語(ジャーゴン)でねぇ。晴れてないと無能なトレーナーなりウマ娘なりのことをそう言うのさ」

 

 良バ場の鬼と言ったりもするが、こっちは誉め言葉だが晴れ女は完全に皮肉だよ、と続ける。

 

「不思議なことに、走るウマ娘だけじゃなくトレーナーの方も雨が降ると統計上有意に担当が走らないタイプが居てねぇ」

「そんな人がいるんですか」

「ああ。少々古いが、明石梧郎なんかは晴れ男として有名だったよ。もっとも、彼の場合はヴィクトリー倶楽部が晴れ女ぞろいの可能性が棄却できないんだけどねぇ」

 

 まあ、セミラミス君は思いっきり晴れ女のバクシンオー君の系列だから、この天気だと厳しいね。

 そう言うタキオンに、スカーレットが問いかける。

 

「なら、ピッチ走法で道悪に強いマーチャンにも勝機がある、ってことですよね!」

「ピッチ走法だから直ちに重バ場に強い、とは言えないねぇ。その傾向はあるし、マーチャン君の走法は推力損失が少ないタイプだから結果的には正しいがね」

 

 実際、オッズを見ても人気順が逆転するほどではないものの、セミラミスの倍率は上がっており逆にマーチャンのそれは下がっている。

 要するに観客にもそう評価されている、ということだろう。

 

「そんな……、じゃあやっぱりお姉ちゃんは勝てないんですか」

「そうでもないねぇ。セミラミス君にも有利な要素はあるよ」

「……あるんですか」

 

 カフェの呟きを半ばスルーしてタキオンが講釈を垂れる。

 

「さっきの晴れ男の逆の概念として、やたらと雨が降ると生き生きしだすトレーナーもいるのだよ。普段はそうでもないのに、という枕詞がつくから半分皮肉だがねぇ」

「つまり雨男とか雨女とか、ですか?」

「そのとおり。こちらはよく担当が変わるのに、道悪だと有意に勝たせるものだから不思議だねぇ」

 

 果たして誰だかわかるかい、そうタキオンは4名を見渡す。

 カフェは、もったいぶらずはよ言え、とばかりの渋面を作っているし、この場にジャングルポケットが居れば実際口に出していただろう。

 だがノースフライトもレヨネットもそういうタイプではなかったし、スカーレットはタキオンの信奉者だ。この場にツッコミ役はいない。

 

「いやはや、セミラミス君も良いトレーナーを捕まえたものだね。必然か、幸運か、はたまたウマソウルの導きか──」

 

 そのトレーナーの名は。

 そう芝居がかった態度で両手を広げる。

 

「──吉富まつり。トレーナー学校東西統合後の第一期生となる大ベテランにして当代一の雨女さ」




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