驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

66 / 150
065 中山レース場 スプリンターズステークス(G1) 芝 1200m 雨 不良(後編)

 ゲートが開く。

 

『さあスタートしました! 12番ローエングリンが好スタート』

 

 まずゲートから飛び出したのは黄色と黒の勝負服、ローエングリン。

 だがその内から猛然と前へ加速していく小柄な影が一つ。

 

『各ウマ娘出てまいりますがそれを制してやはりアストンマーチャンが行きました』

 

 アイボリーと海老色の勝負服がぐんぐんと高速ピッチで後続を引き離す。

 

『1バ身、2バ身とリードをとって、3バ身とリードを広げます!』

 

 それを追う先行集団は戦前の予想通り混戦模様であった。

 

『続く2番手集団は内から1番アイルラヴァゲイン、4番オレハマッテルゼ、5番ノルデンセミラミス、6番サンアディユ、8番エムオーウィナー。5名が横並びで追走』

 

 わずかに外エムオーウィナーが前に出ているものの隊列はほぼ横並び。

 その人数は予想より多い。

 

 当然だ。誰もが勝つために出走している。

 そしてこの道悪では加速が鈍る。末脚自慢の後方脚質には辛い展開だ。

 ならば最初から前の方へ、となるのも道理。

 そういうわけで、戦前の予想に加えてオレハマッテルゼとエムオーウィナーも先行争いに参戦していた。

 

 その後ろには団子になるようにウマ娘の集団が続き、3番人気スズカフェニックスはその最後尾。

 そこから3バ身ほど離れてアグネスラズベリとメイショウボーラーがシンガリを進んでいる。

 

『3、4コーナー中間を通過。先頭はアストンマーチャン、アストンマーチャン先頭で3バ身のリード!』

 

 短いバックストレッチは実況アナウンサーが出走ウマ娘の名前を読み上げている間に過ぎ、カメラが先頭に戻った頃には道半ばに差し掛かっていた。

 それにしても、この30秒弱で一度も噛まずに名前と番号と位置取りを実況できるとは只者ではない。

 この短距離実況適性Sっぷりは、流石はヒトミミの分際でバクシンオーの二つ名を奉られるだけのことはあるというものだった。

 

『先行集団は外サンアディユが半バ身リード、続いてノルデンセミラミス。その後方アイルラヴァゲイン、オレハマッテルゼ追走。外からクーヴェルチュールが進出』

 

 激しい先行争いは中山のタイトなカーブで振り落とされ、5名横並びから2ー2の隊列へと変化していた。エムオーウィナーは無理が祟ったかズルズルと後退。

 後方のウマ娘も徐々に前に出始めており、セミラミスの同期クーヴェルチュールが赤と緑がアクセントに入ったパティシエール風の勝負服をはためかせて外から突っ込んできていた。

 

 400の標識を通過。

 

『さあ各ウマ娘、第4コーナーをカーブして直線に入ってきました! 先頭はアストンマーチャン! 軽やかに逃げます! その差はまだ2バ身!』

 

 短いことで有名な中山の直線。

 歓声に迎えられて先頭で突っ込んできたのはアイボリーと海老色の勝負服、アストンマーチャンだ。

 

『外からサンアディユ、内からノルデンセミラミス! サンアディユ苦しいか!』

 

 続いてコーナーを抜けたサンアディユとノルデンセミラミスがそれを追う。

 カメラが2人を大映しにする。

 必死で加速しようとするも徐々に離されていく外のサンアディユ。

 それをセミラミスは冷たい表情で流し見て、興味を失ったように視線を前に戻した。

 彼女の瞳が、前を往くアストンマーチャンを捉える。

 

『ここで赤い勝負服が動いた! ノルデンセミラミス伸びてくる!』

 

 アストンマーチャンの脚が懸命に泥を掻く。

 それを睨むセミラミスの姿勢が一際低くなり、腕と脚のリズムが変わった。

 その瞬間、彼女の姿がカメラの画角から外れる。

 

『アストンマーチャン、粘る! 粘る! セミラミスが迫る! 猛然と追い上げる! その差が1バ身、半バ身!』

 

 慌てて引いたカメラには後方からじわじわと追い上げるウマ娘たちが映った。

 だがどう考えても前に届きそうにはない。

 

『サンアディユは苦しい! 外からはアイルラヴァゲイン! キングストレイルも追ってくる! しかし前は2人だ! 前は完全に2人の叩き合い!』

 

 歯を食いしばって逃げるアストンマーチャンとそれを追うノルデンセミラミスにカメラのピントが合わさった。

 競りかけにいったセミラミスの口元がゆっくりと歪む。

 

『逃げるアストンマーチャン! 追うノルデンセミラミス! 逃げる! 追う! 逃げる! 追う! まだ並ばない! まだ届かない! 残り50メートル! マーチャン先頭! マーチャン先頭!』

 

 氷の仮面が砕けるように唇の端がつり上がり、見開かれた瞳に光が吸い込まれる。

 それは歓喜か、興奮か、はたまた愉悦か。

 

『届くか!? 届くか!? 届いた! 並んでゴールインッ! ほとんど同時! これはわかりませんッ!』

『アストンマーチャンとノルデンセミラミス! すごいレース、すごい叩き合いでした!』

 

 2人が横並びになった瞬間と、カメラがコースに真横を向いた瞬間は同時であった。

 彼女らがほぼ並んで決勝線を超え、1バ身遅れてサンアディユとアイルラヴァゲイン、キングストレイルが相次いで通過していく。

 

『どちらが勝っても、ニシノフラワー以来のクラシック級ティアラウマ娘によるスプリンターズステークス制覇となります!』

 

 


 

 

 中山レース場、屋外関係者席。

 

 ウマ娘達が続々と目の前のターフを駆け抜ける。

 観客席も興奮冷めやらぬなか、揃いの学園指定雨合羽(ウマミミスペースつき)を着込んだ面々が黙ってターフビジョンを見上げていた。

 

 電光掲示板は1バ身差と6、1、16が表示され、着順はまだ確定していない。

 

 

 

中山 11R    

 

 Ⅰ  XX 

 

    

 

 Ⅱ  XX 

 

X 1 X

 

 Ⅲ  1X 

 

 クビ 

 

 Ⅳ  6X 

 

 クビ 

 

 Ⅴ  16 

 

 

 ターフビジョンの映像が止まる。

 そこには、泥を散らして駆け抜ける赤と白のシルエット──。

 そして、最後の一瞬で見せた笑顔が、画面いっぱいに映し出されていた。

 

「いやぁ、すごい顔だったねぇ」

「……ご自分のレース映像は、見ないんですか……。タキオンさんも、他人のこと……言えませんよ」

「えぇ~!?」

 

 旧理科準備室占拠コンビが場を和ませようとしたのか口を開く。

 だがアグネスタキオンの鳴き声は虚しく響いた。

 

「……な、何あれ」

 

 レヨネットが思わず、といった様子で呟く。

 両手を胸の前で握りしめたまま目を見開いている。

 あんな姉の顔を、そんな表情を、彼女は見たことがなかった。

 

「……びっくりした?」

「フライトさん!?」

 

 慄くレヨネットに、ノースフライトが背後から語りかける。バクシンオーも一緒だ。

 

「セミラミスちゃんは、やっと踏み出せたんだよ」

「セミラミスさんは、何かを掴みました」

 

 ちょーっとお顔にまで気を回す余裕がなかったみたいですがねッ、とバクシンオーは笑った。

 何か言いたげなレヨネットの肩に、フライトがそっと手を置く。

 

「走らないと……ううん、走れば通じることもあるんだよ」

「マイルCSのときみたいに、ですかッ!?」

「やだもうバクシンオーちゃんったら」

 

 レヨネットを放ってイチャつきだした2人をよそに、レヨネットは一人考え込む。

 

「あたしは……なんにも知らなかった。……よし」

 

 人知れず、ある決意を固めるレヨネット。

 

 

 それをよそに、関係者席の奥、吉富トレーナーは腕を組んだまま微動だにしない。

 視線の先、折り返してくるウマ娘を映すターフビジョンの画面の中で白い襷が泥を弾いて揺れていた。

 

「……ようやく、仮面(ペルソナ)を破る時が来ましたか」

 

 誰に聞かせるでもない独り言が、雨音に溶けた。

 

 

「あれもまた、セミラミスの一面なのね……」

 

 ダイワスカーレットが小さく呟く。

 八重歯の覗くその横顔には、困惑と納得が混じっていた。

 この夏、彼女とはずっと親密になったように思う。でも、あの狂気を含んだ表情はまだ知らなかった。

 あの表情をどう受け止めるか、彼女はまだ答えを出せずにいた。

 

 

 3着以下はすぐに順にハナ、ハナ、と表示されたものの、肝心の着順表示はまだ空欄のまま。

 まだゴールから数分も経っていないが、誰もが息を詰めて掲示板を見上げていた。

 

「同着かな……同着でいいんじゃないかな」

 

 レヨネットが、祈るように言った。

 

「桜花賞のときはもっともっとかかったわよ」

 

 若干の不機嫌さをのぞかせて、スカーレットがレヨネットをたしなめる。

 そしてその祈りに返事をするように、解説の声が場内スピーカーに響いた。

 

『同じくスプリンターズステークス1センチ差の件もありますし、G1で同着なんてありませんわぁ』

『フラワーパークですね。というか貴女も写真判定の時、同着でいい、って呟いてたじゃないですか』

『それを言うならパークちゃんを泣いて抱きしめてたのバラしますわよぉ?』

 

 当時のトレーナーと指導ウマ娘コンビかく語りき。

 何事も当事者のときとそれ以外では言うことが変わるものだった。

 

 それにかすかに苛立つように、スカーレットがレヨネットに向けてぴしゃりと言う。

 

「いい、レースに一番は2人いないの。一番は、1人だけなのよ」

 

 その言葉を合図にしたように、電光掲示板に確定の赤いランプが灯った。




よろしかったら感想評価お気に入り登録をお願いします。とても励みになります。

○史実馬紹介
フラワーパーク Flower Park 牝
主な勝鞍 96'高松宮杯(G1) 96'スプリンターズステークス(G1)
父:ニホンピロウィナー
高松宮記念が距離短縮G1化して初の制覇者にして初の春秋スプリント制覇。なお高松宮杯が高松宮記念に改称されるのは翌年の模様。
もしその馬の鼻があと1センチ高かったら、で有名だが、言われてるのは2着のエイシンワシントンのほう。残念ながら1センチ差だろうと敗者は名前が残らない。悲しいね。
SS1センチ差勝利時の鞍上曰く、ゴム鞠の原理で最後に頭をグイッと出す奥の手を使ったとか。ちょっと何言ってんのかわかんない。

○本日のNGシーン
『どちらが勝っても、ニシノフラワー以来1()6()()()()のクラシック級……あっ』
乙女の年齢の話はやめよう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。