驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
京都レース場、重賞用控室前の廊下。
本来、このフロアにはレース出走者とその関係者しか入ることは許されない。
出走者でもそのトレーナーでもチーム所属のウマ娘でもない私たちは入れないのではないか、と直前になって焦ったが、意外にも通してもらうことができた。
ティアラ特別ステージ出演者用控室も同じならびにあり、私と同行者は入ってよいとのことだったのだ。
控室に荷物を置いて、勝負服がちゃんと届いているのだけをチェックして部屋を出る。
ウオッカはスカーレットの元へ、私はスプマンテの元へ。
ドアに掲げられた名前を確認し、深呼吸。
クイーンスプマンテを応援しに来たというのは心からの本心だ。
でも、考えてみれば私はすでにG1を4勝している。対して彼女は1勝クラス。
……勝ち星の差とか、気にしてないよね。いや、気にするような子じゃないけど……。
気にしていても仕方ない。神社で買ったお守りの小袋を握りなおして、ドアをノックした。
中から響く若い男性の承諾の声に従い、部屋に入る。
部屋にいたのは勝負服姿のスプマンテと彼女のトレーナーだけ。
緑と黒のフリルがたくさんついた白のエプロンドレス、初めて袖を通すのであろう勝負服姿の彼女と、確か新人だという彼女のトレーナー。
なのだが、なぜか様子がおかしい。スプマンテもトレーナーも変な表情をして固まっている。
「……ちょっと待って。なんでそんな格好なの!?」
瞬間、いままですれ違った守衛さんの微妙な表情やすれ違ったウマ娘がこちらを振り返っていたことがフラッシュバックする。
頭の中で先ほどの私からカバンをとっぱらった姿を想像する。
キャップ、メジャーさんの私物。ダメージデニムパンツ、メジャーさんの私物。メジャーさんの私物、メジャーさんの私物……。
ダイワメジャーのコスプレしてレース場をうろついてる不審ウマ娘がそこにいた。
「あ……これ? 変装……」
「いや変装にもほどがあるでしょ!? でも…………ふふっ……あはは……ちょっと元気出た……」
何とか誤魔化そうとするが、ついにこらえきれなくなったというようにスプマンテが笑い出す。
そういえばウオッカも別れ際に半笑いみたいな顔してたし、絶対気付いてたよね。
後でとっちめてやる……。
ウオッカの処遇は後で決めるとして、まずは彼女のことだった。
「……調子はどう?」
「絶好調! ……って言いたいとこだけどね。G1ってやっぱり、空気が違うね」
やっぱり緊張してる……でも、どう声をかければ……。
彼女を応援したいという気持ちは本物だ。
厳しいレースになるというのは言わずともわかっているだろう。それでも私は彼女の勝利を信じたい。
でも、今の私が何といっても上から目線になってしまいはしないかと言いよどむ。
それを察しさせてしまったか、彼女が口を開く。
「初めてのG1だし、掲示板に入れたら十分。でも……もし勝てたら、ティアラを3人で分けた、ってちょっと言ってみたいじゃん?」
「……うん」
熱いものがこみ上げるのを感じて笑顔で誤魔化した。
「それでね、今日は逃げるのやめた。一番後ろから追い込みで行く!」
無茶だ、直前で作戦変更なんて。そう否定しそうになって冷静に考えをめぐらす。
いや、作戦としては悪くない。そもそも大逃げは強い逃げがいる場合つつかれてガス欠になる恐れが大きい。
今回はダート上がりのヒシアスペンが逃げ宣言を行っており、本命のダイワスカーレットも譲るつもりはないだろう。確実にペースは速くなる。
ペースが速くなれば有利になるのは後方脚質。ウオッカが出ていればとは思わなくもないが、とにかく後ろから行くのは無謀というわけではない。
圧倒的に経験不足であるということを除いては。
「……がんばって。応援してる」
それ以上の言葉はいらないだろう。
彼女がやると言っているのだ。走らない私が何かを言うべきではない。
彼女がこちらを向いたとき、いつもより少しだけ真剣な気配があった。
……あ、来る。そう直感して頬がわずかに強張る。
「そういえばさ、セミちゃんG1をもう4勝したんだよね。……すごいよ、本当に。でもさ」
やっぱり。
言われた瞬間息が詰まる。
やっぱり……気にしてるよね。どうしても、距離ができちゃうのかな。
自分からも、どう返していいか分からない沈黙が落ちる。
「それはそれ、これはこれ! あたしにとっては、セミちゃんはセミちゃんだから!」
胸の奥がふっと軽くなった。
……よかった。まだ友達のままでいられるんだ。そう思うと肩の力が抜ける。
今なら、渡せる。
「これ、行きがけに貰ってきたお守り。受け取ってもらえる?」
勝馬祈願、と記された、神社で貰ってきたお守りを手渡す。
「えっ、なにこれ……セミちゃんが?」
「うん。スプマンテがちゃんと走れますようにって。……ただ、それだけ」
言ってから少しだけ顔が熱くなる。でも、そのまま渡した。
彼女は一瞬だけ固まって、すぐに、彼女らしい大きな笑顔になった。
「……やだ、もう。そんなの……めちゃくちゃ力になるじゃん!」
嬉しさと照れと、ちょっと涙腺のゆるみが混ざった声。
その反応を見た瞬間、ああこれでよかったんだ、と思った。
「絶対に、見ててよ。今日のあたしの走り、ちゃんと残すから!」
「うん。見てるよ。最後まで」
そう言うと、スプマンテは胸にお守りをぎゅっと押し当てた。
その仕草が、やけに眩しく見えた。
「ステージで、待ってるから」
「うん!」
京都レース場、関係者用観客席。
「あっ、自分だけ着替えるなんてずりいぞ!」
「……貸したげよっか? 私のサイズでよければ、だけど」
「ぐぬぬ……どいつもこいつも無駄に……」
ふふん、とスカーレットのように胸を反らし、こんな時ぐらいしか出番のない駄肉を誇示する。
おおむね身長は変わらずサイズはウオッカ<<<<スカーレット≦私≦メジャーさんだから、服はウオッカとだけ互換性がない。
影で笑っていたのだから帰るまでその格好でいたらよろしい。私が制服になったせいで私服のウオッカはめちゃめちゃ浮いてるけど。
「で、どうだった」
「……スカーレット、ガチだぜ」
でしょうね、というのが正直なところだった。
それは先ほどのパドックアピールを見てもわかる。
パンと張ったぶっとい太もも、ピンと立った耳、爛々と輝く瞳。
私が予想屋なら迷いなく◎を打っている。それぐらい調子がよさそうだ。
我ながらよくあれに勝てたなと自賛するぐらいには強い。
『13番ダイワスカーレット、1番人気です。ティアラ二冠へ視程は良好、今日も1番なるか』
本バ場入場でひときわ大きな歓声が上がる。圧倒的1番人気だ、無理もない。
ざっと見る限り、彼女のダブルティアラを阻めそうなウマ娘は……いない。
ファンファーレが鳴り響き、各ウマ娘ゲートイン。
ゲートが開き、各ウマ娘一斉にスタートを切った。
最初の直線、先頭に立ったのは1番ヒシアスペン。
スカーレットは13番から内に切り込むも番手に控える形で最初のコーナーへ。
スプマンテは宣言どおり最後方待機、事前に聞いていたとおり最後方一気を狙うようだ。
2コーナーを抜けて向正面、ヒシアスペンは更に飛ばしてスカーレットとの差を広げる。
「あれは持たねぇぞ」
「明らかなオーバーペース。……スカーレットもウズウズしてない?」
「してるな。アイツも1番にこだわるからなぁ……」
「似たもの姉妹だね」
姉妹と同部屋同士、彼女らの私生活で苦笑し合う。
違いといえば、妹の方は外では取り繕おうという意思が見られるが、姉の方は外でも俺様が1番を隠さないところだろうか。
そうしている間にもレースは進む。
4コーナー手前でついに我慢ができなくなったのか、スカーレットが進出を開始する。
『番手のダイワスカーレット、辛抱堪らなくなったかペースを上げています』
そのまま直線を待たずして先頭に立つと、後続を引き離してスパートを開始した。
「実況にもバレてんじゃねーか」
「あのペースで引っ張られちゃ先行勢は辛いだろうね。スプマンテは……ああ、前が」
私の目には中団が最後方からスパートしだしたスプマンテの前に傘のように覆いかぶさるように見えた。
「……あれぐらいのバ群なら捌いて抜けられないとな。もう少し詰まってたら外回さないと危ないか」
「ウオッカならどうする?」
「中団で進めて外から強襲だな。スカーレットは垂れてこねぇ」
その言葉通り、先行勢が総崩れになる中ダイワスカーレットが最終直線まで粘りきって決勝線を超えた。
クイーンスプマンテはバ群を捌ききれず掲示板外に沈むという結果だった。
やはり、とか、健闘だ、とか私の冷徹な部分が
届かなかった。でも、あの走りは──勝つための、走りだった。
『オークスに続いて秋華賞も勝利! ダイワスカーレット、ダブルティアラの栄光に輝きました!』
実況の声が彼女を称える。観客席からの歓声が晩夏の空気を震わせる。
人差し指を立てて高々と右手を上げて歓声に応えるのは青を基調とした勝負服。満面の笑みに八重歯を光らせて、ダイワスカーレットは一身に称賛を浴びていた。
「──っくぅ……、俺も走れたらなぁ」
隣にいるウオッカの悔しそうな、誇らしそうな横顔。
感無量といった様子の呟きが私に突き刺さる。
……いいじゃないか。ウオッカは選べた。
きっと貴女のことだから悩んだのだろう。だが海外遠征とティアラ最終戦は天秤に乗っていた。
選択肢があったうえで、海外遠征を選んだんだろう。
私はそうじゃない。
桜花賞を勝っても、オークスだなんて一瞬も考えなかった。
夏合宿明けも、迷いなくスプリンターズステークスを目標に据えた。
中距離は持たない。それはあまりに自明だったから。
私の脚は、単走ならともかく、2000mや2200mでは……レースにならない。
私は、あの場には、立てない。
悔しさとも嫉妬とも言い表せない、いうなれば“現実”が棘のように刺さる。
そんな僅かな痛みを抱えながら、ウオッカと別れてステージへと向かう。
今日ここに来た目的の、トリプルティアラ特別ライブに出演するために。
京都レース場、特設ステージ。
舞台袖からステージの様子を見守る。
センターに立つのはダイワスカーレット。曲名は今年3度目の“彩 Phantasia”だ。
「勝負服で、ステージに立てるだけでも──」
レース後、控室で会ったスプマンテはそう言っていた。
歌唱があるのは3着まで。
10着のスプマンテは歌唱もないバックダンサーだ。歌唱圏外になった事のない私にはその思いは計り知れない。
「でも、いつか」
だが少なくとも、諦めの感情ではないことだけはわかった。
係員に促され、準備位置へと移動する。
本来3人で歌唱する曲だが、今回は2人なのでダンスも含め変則的なパターンとなる。
ステージを終えたばかりのスカーレットもやってきた。お色直しは済ませても、その紅潮は引いていない。
「トチるんじゃないわよ」
「そっちこそ。3人用と間違えないでね」
「ふんっ、ダブルティアラ用しか練習してないわよ!」
そりゃオークスウマ娘用の振り付けは1着用と同じだから当たり前だろう。
通常通り3人用の振り付けになるだけだ。
『それでは本日最後のステージとなります。桜花賞ウマ娘ノルデンセミラミス、ダブルティアラウマ娘ダイワスカーレット。今年のティアラを分け合った2人による“彩 Phantasia”!』
スポットライトが点灯し、ステージを照らす。
赤地に白襷の軍服、青を基調として白が入った大礼服。同じくフォーマルながら対照的な色遣いの2人が向かい合う。
この場にあがれるのはティアラを戴冠した者だけ。
イントロが流れ出し、2人だけのステージが始まった。
よろしかったら感想、評価、お気に入り登録をお願いします。とても励みになります。
自分で書いといてなんだけど“彩 Phantasia”の2人用の振り付けってどうなるんだろ。
というかレースの練習に加えてダンスと歌の練習もポジ別でやるとか鬼では?
「そら伏見は京都じゃないからね」にここすきついてんの笑う。京都人かよ。
【フレーバー】レヨネット(主人公妹)の戦績【興味本位】ストーリーには影響しない&現時点でプレイアブルのネームドキャラの勝ち鞍には影響しないんで雰囲気で選んで大丈夫です。後選ばれたら絶対こうみたいな話でもないです。
-
最低保証
-
つよい
-
すごい
-
すごくすごい
-
ヤバい