驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
073 北の獅子と常識破りの女帝
【独占特集】あの日の約束は、まだ終わらない──
(文:乙名史 悦子)
“短距離王者”サクラバクシンオー*1と“2階級女王”ノルデンセミラミス*2の原点
中山のスタンドが揺れた。
スプリンターズステークスを制しG1 4勝目を挙げたノルデンセミラミス。その名は今や短距離路線の中心にある。
だが、勝利の熱狂が冷めやらぬ中、ファンの間でにわかに再燃している“ある映像”がある。
かつて、冬の中山レース場で行われた引退セレモニー。
昨年の自らの記録を1秒縮め、前人未到の1分7秒の壁を超え、史上初のG1スプリンターズステークス連覇を成し遂げてトゥインクルスルーズを去る“短距離王者”。
赤い優勝レイを纏った王者サクラバクシンオーの前に、まだ幼かった一人のウマ娘が人垣をくぐって現れ、声を張り上げた。
「あたしは、バクシンオーさんを超えるウマ娘に、ぜったいなります!」
その無邪気で、あまりに無謀な宣言に場内は笑いに包まれた。
しかしバクシンオーは、破顔してこう応えたという。
「ええ、大変結構です。このサクラバクシンオー、いつでもお待ちしておりますよ」
あれから年月が過ぎ──。
少女は学園に入り、やがてデビューを果たした。
そして、その“夢見がちな挑戦者”は、今やマイルG1を3勝、スプリンターズステークスの冠をも手にした短距離界の主役となっている。
■「原点は、あのスプリンターズステークス」
当人に取材すると、当時の心境をこう振り返った。
「正直、思い出すと今でも恥ずかしくなります。人混みとレースの余韻と、憧れの方に会えた嬉しさで──ちょっと、おかしくなってしまっていたんでしょうね。小心者だった私が、あんなこと言えるはずがないですから」
それでも、すぐにこう続けた。
「でも……あの日こそが、私の原点です」
あの宣言を「無謀」と思いながらも、言葉そのものを後悔はしていない。
むしろ、すべての始まりだったと彼女は位置づける。
■ 王者の背中を追い続けた日々
関係者の証言と記者の取材から浮かび上がるのは、想像を超えるほどの“追従”の痕跡だった。
幼い頃のノルデンセミラミスは、サクラバクシンオーの走りを徹底的に追いかけていた──少なくとも、残されたレース映像はそう語っている。
ただ似せるだけの真似事ではない。フォーム、ピッチ配分、勝負所での身体の角度。長く現場を見てきた筆者の目にも、驚くほど忠実な再現だった。
デビュー時から指導を続ける吉富トレーナー*3はこう語る。
「普通は、ここまでフォームを寄せることはできません。骨格が同系統だった面もありますが、独学で、しかも幼い段階で、ここまで形にしていたのは尋常ではない。相当な精神力があったとしか思えません」
もっとも、本人がこの“模倣の時代”を詳細に語ったことはない。
だが、完成された走りとそこに至るまでの痕跡を照らし合わせると、当時の彼女が“理想のサクラバクシンオー”を支えに、指導者ですら手こずる矯正を、半ば独力で積み重ねてきた姿が浮かび上がってくる。
それは、紛れもなく憧れであり、同時に──彼女自身を縛りつける、長い呪縛でもあったのだろう。
■ 理想からの解放
転機は、デビュー前に訪れていた可能性が高い。
メイクデビューの映像を見返すと、入学前の体格に必ずしもフィットしていなかった“サクラバクシンオーの模倣”から、成長した身体に合わせてチューニングされた、彼女自身のフォームへと変わり始めているのが読み取れる。
ここから先は、筆者の観察と推察による部分が多い。
激戦となった桜花賞、稍重のNHKマイルカップ、そして格上挑戦となった安田記念──。
これらの経験を重ねる中で、彼女は“サクラバクシンオーを超える”以前に、“まずサクラバクシンオーになる”ことを自らに課していったのではないだろうか。
その集約点と見ることができるのが、前哨戦・G2セントウルステークスだ。
シニア級に混じって出走したこの一戦で、ノルデンセミラミスはレースレコードを樹立し、後続に7バ身差をつける完勝を収めた。
だが、ゴール直後に撮影された写真に、達成感に満ちた笑顔は見られなかった。
“サクラバクシンオーの再来”と評されるほど、理想に近いレース運びだったにもかかわらずである。
その表情を見る限り、彼女自身が、“模倣の完成”だけでは行き着けない限界を、どこかで感じ始めていた──そう考えるのが自然だ。
解放の瞬間は、先のスプリンターズステークスに訪れた。
サクラバクシンオーが苦手としていた不良バ場で行われたこの一戦は、ノルデンセミラミスにとっても未知の条件だった。
事前の不安をよそに、彼女は勝利をもぎ取る。
最終直線、カメラはフォームが切り替わる瞬間と、口元に浮かんだ微かな笑みを捉えていた。
このとき彼女が何を思っていたかは、分からない。
だが──あの一瞬を境に、彼女は“誰かの理想”ではなく、“自分自身の走り”へ踏み出したようにも見えたのである。
■ 再会の意味
現在、ノルデンセミラミスとサクラバクシンオーは師弟として行動を共にしている。
本格的な指導が始まったのは、シーズン途中からだという。
夏合宿でも、アダフェラ*4、アルケス*5と合同での練習に臨む姿がたびたび映像に収められていた。
サクラバクシンオーは、セミラミスについて次のように語る。
「とても面白いウマ娘ですよ! 伸びしろがありますし、見ていて飽きませんッ!」
終始明るく軽やかな語り口だが、話題が教え子に及ぶと筆者には表情がふと柔らぐ瞬間が何度かあるように感じられた。
「まだ成長の途中です! どこまでいけるのか、楽しみですねッ」
引退セレモニーでの一幕について、両者は詳細を語ろうとはしなかった。
あの時の出来事が、現在の関係にどこまでつながっているのか──その全貌を公に知るすべはない。
ただ一つ確かなのは、いま二人が並び立ち、同じ現場に立っているという事実だけである。
そして、その並び姿が、ただの“偶然”には、もはや見えなくなりつつあるということだ。
■ 交差する過去と現在
かつて“笑い話”として扱われたあの宣言は、いまは“現実味を帯びた言葉”として、静かに受け止められ始めている。
「憧れから発せられた誓いは、今や現実の輪郭を帯びつつある」
そんな評価も、もはや珍しいものではない。
しかし、当のノルデンセミラミスだけは、いまだ一度も「越えた」と口にしていない。
「あの日の言葉は、今でも約束のままです。まだ、続いています」
原点となった冬の中山。
絶対王者の前で掲げられた幼い誓いは、年月を重ねた今も、胸の奥で静かに炎を灯し続けている。
夢見る少女は、走る者となった。
そして今、約束を背負った走者として──新たな地平へと、歩み出しはじめている。
トレセン学園、屋外ベンチ。
秋華賞から数日、練習を終えたばかりのまだ汗の抜けきらない空気のなか、ウオッカはベンチに腰を下ろしてスマホを弄っていた。
まだ日が陰り切っていない時間に練習を終えたのは、まだ帰国から間がないこともあって日本の野芝に再適応する軽い練習が中心だったためだ。
スクロールを止めた画面には、セミラミスの写真と大きな見出し。
『あの日の約束は、まだ終わらない──』
彼女は思わず鼻で短く息を鳴らした。
「……相変わらず派手だよな」
声に出したのは、軽い冗談のつもりだった。
「それ、あの記事ですか?」
「ああ。もう読んだか?」
そこへ、ドリンクボトルを手にしたレヨネットが通りかかる。
トレーナーがついてデビューを見据える時期とはいえ彼女もまだジュニア級、そこまで強度の高い練習はしていない。
「さっき……」
レヨネットはボトルを胸に抱えたまま小さく頷いた。2人の間に、わずかな沈黙が落ちる。
スマホの画面を境に、ふたりの視線は同じ文字列をなぞった。“2階級女王”“短距離の主役”──どれももはや見慣れた言葉だ。
「……やっぱ、すげぇよな」
ウオッカが呟く。それは称賛だった。
飾り気のない、率直な言葉。
レヨネットはすぐには返事をしなかった。
唇をかすかに噛み、視線を落としてから、静かに言う。
「……そう、ですね」
誇らしい。
それは確かだ。
自分の姉は、やっぱり凄い。
だが、その事実が、そのまま胸の奥を温めてくれるわけではなかった。
「しっかしさぁ……」
ウオッカが、画面を指で軽く叩く。
「改めて読むと、思ってた以上だよな。最初っからずっと──背伸びして走ってたみたいに書いてあってさ」
軽口めいた調子だったが、声はどこか抑え気味だ。
レヨネットも頷く。
「はい……。あたし、あんなこと言ってたなんて知りませんでした」
「そりゃ、小さいころだったんだろ? 俺もさ、ただ“憧れてる”ってだけだと思ってた」
あの日の中山にはいたのに、と彼女は唇を噛むが、その時のセミラミスは父親ごと彼女を振り切っての行いだ。知らなくても無理はない。
スクロールを止め、ウオッカは写真を見つめる。
「──あんなに、追い込んでたとは思わなかった」
とある一文を眺めて、短く息を吐く。
──長い呪縛でもあった。
レヨネットは無意識にボトルを胸の前でかき抱いた。
「……お姉ちゃんはすごい人だ、って思ってました。でも、読んでて……」
言葉を探すように一瞬、視線が揺れる。
「強いだけじゃなくて、ずっと……ひとりで頑張ってたんだなって」
ウオッカは何も言わず、ただ小さく頷いた。
競技者としての尊敬とは別のところで、胸に残る重みがあった。
「……これ、笑って読む記事じゃないな」
「はい……」
二人の視線は、自然と記事の最終行──“新たな地平へ” の文字へ落ちる。
しばらく、どちらも口を開かなかった。
レヨネットの指先が手持ち無沙汰にボトルの口をいじる。
「……もっと遠くなったような」
声は小さく零れた。
それにウオッカが目をやる。
「ん?」
「夏前、カフェテリアでお姉ちゃんに言ってくださったじゃないですか」
「ああ、あれか。まあわかるか、お前は察しがいいもんな」
安田記念の前、セミラミスに聞こえるように妹がもっと構ってやれ、と言外に言った件だ。
あれ以来、今までよりよく絡んでくれるようになっていた。夏合宿の間も忙しいだろうに通話やLAINにも応じてくれた。
でも、先週のスプリンターズステークス、あの日からまた何かが変わってしまったように彼女には感じられていた。
「それでも、あの日以来、もっと差が開いたような……」
「……俺もわかるぜ。あの日あいつは何かを掴んだ、いや、次に行ったんだ」
まだ走ってもいないあたしでは姉ちゃんの気持ちはわからないのだろうか。
俺が背伸びして足踏みしている間にずいぶん差をつけられちまった。
そんな思いが2人の間に満ちる。
しんみりとした空気を変えるように、レヨネットが努めて明るい声で言う。
「そういえば、あたしの同室の先輩が今年限りで退寮するらしいんで、お姉ちゃんの同室狙ってるんですよね」
「お、そうなのか」
「はい、ヒシアマさんにも寮母さんにもお願いしてあって……」
昔みたいに、ちょっとでも近くにいれたらな、って。
そう言ってレヨネットは静かに笑う。ウオッカも、重いって、と努めて明るく笑い飛ばした。
汗も引いてきたので着替えて上がろうとベンチから立ち上がりながら、ふとウオッカが言う。
「そういやよ、お前メイクデビューは決まったのか?」
「はい、来々月の11月18日。京都6Rのジュニアメイクデビュー2000mに決まりました」
「11月か……ちょうど俺はエリ女とジャパンカップの中1週だから京都までは行ってやれないかな……」
すまねぇな、と謝るウオッカに、気にしないでください、と返すレヨネット。
「大丈夫、両親も姉ちゃんもバクシンオーさんもフライトさんも来てくださるので」
「そうか、その距離ってことはクラシック狙いだろ、頑張れよ。つかセミラミスもマイルCSで忙しいのによく……」
そこまで言ったところでふとあることに気が付く。
その日は土曜じゃなくて日曜だ。つまり……。
「その日のメインレースはマイルCSじゃねぇか!?」
「そうなるようにトレーナーさんにお願いしたんです。記念に同じ日にしたくて」
記念に、という言葉と口元の笑顔とは裏腹に、その瞳は少し揺れていた。
ウオッカは一瞬言葉を詰まらせ、ふい、と目を反らす。
「へぇ、粋な真似するじゃねーか。姉貴と同日デビューなんて、度胸あるな」
「……はい!」
レヨネットはそう応えて、いったん言葉を切った。ボトルを持つ手に力が入る。
ウオッカも黙って腕を組み彼女の次の言葉を待った。
「……それで、あの……ダービーに、出たくて」
「……ほぉ」
ウオッカはレヨネットの全身を上から下まで眺めやる。
その体つきは自身と同じく典型的なマイラーだと彼女の眼には映った。彼女の姉ほどではないが、少なくともステイヤーの体形ではない。
「簡単じゃねぇぞ、ダービーってのは」
「無茶だってのは、わかってます。それでも……」
俯きながらもレヨネットは言葉をかさねる。それを半ば遮るようにして、当代のダービーウマ娘は続けた。
「ま、俺も昔はそうだった。無茶だって笑われたさ。……でも、応援してくれたヤツがいたから突っ走れた」
そこで彼女は一度言葉を切る。
かつて自分がそう打ち明けた時に、笑わず応援してくれた友人の面影が目の前のレヨネットに重なった。
「ま、頑張れよ」
「はいっ!」
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馬主「せっかくだからダービー狙いたいなぁって」
調教師「バクシンオーの子がダービー持つわけないだろ乗ってた俺が言うんだから間違いねぇよ(そうですね、一回チャレンジしてみましょう)」
厩務員「親父、本音と建前が逆、逆」
【フレーバー】レヨネット(主人公妹)の戦績【興味本位】ストーリーには影響しない&現時点でプレイアブルのネームドキャラの勝ち鞍には影響しないんで雰囲気で選んで大丈夫です。後選ばれたら絶対こうみたいな話でもないです。
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最低保証
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すごくすごい
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ヤバい