驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
チームアダフェラ、トレーナー室。
マイルCSが今週末に迫ったこの日、軽い調整を終えた私はトレーナー室にいた。
開けっ放しの窓とドアの網戸からは心地よい風が吹き込んでくる。
室内にはページをめくる音、ハサミが紙を切る音、そしてご機嫌な鼻歌が響いていた。
チョキチョキと刃音を立てて雑誌の記事をスクラップしているのはヤマニンゼファーさん。
机に積まれた雑誌からチームメンバーが出走するレースの記事を切り抜いてまとめている。
私とフライトさんはそれに乗じて、来たるべきマイルCSの敵情収集に精を出していた。
「スーパーホーネット、スズカフェニックス、カンパニー……やっぱりシニア級ばっかりかぁ」
「同期は……ローレルゲレイロさんぐらいですね」
出走者リストの中にクラシック級ウマ娘はわずか3名。寂しい限りだった。
そんな私の顔を人差し指を立てたフライトさんが覗き込む。
「じゃあセミラミスちゃんに問題! 今年までにクラシック級でマイルCSを勝ったウマ娘は?」
突然のクイズだったがそれぐらいは簡単だ。
「サッカーボーイ、タイキシャトル、アグネスデジタル」
“大雨の中の無敵”“戦場を選ばない勇者”。
あまり面識のないサッカーボーイさんはともかく、タイキシャトルさんやアグネスデジタルさんは2人として居ないすさまじい戦績とそれを感じさせない雰囲気を併せ持つ。
そんなことを思っていると、フライトさんは、ちがうねー、とでもいうように立てた人差し指を振る。
「今年まで、だからノルデンセミラミスも含むんだよ!」
そう彼女は笑顔でウインクしながら言う。
……冗談じゃない。
「フライトさん……まだ、まだ走ってすらいません。……期待していただけるのは嬉しいですが──」
「あ、ごめんね。でも、ゼファーさんもそう思わない?」
そう話を振られたゼファーさんはただ微笑むだけ。
否定も肯定もしない、というのは、それだけ期待しているということなのだろう。
「……ご期待に添えるよう努めます」
もちろん、勝つつもりでいるのは当然だ。
でも、走る前から勝ったように言われるのは、違うんじゃないかと思う。
『マイルCS、大本命はノルデンセミラミス。初のクラシック春秋マイル制覇へ!』
そんな見出しがフライトさんの手元の紙面に踊っている。
「世間では評価が割れているが夏を超えて成長した実力は本物、だって。やっと正当に評価されてきたんだよ」
評価は嬉しい。
嬉しいが、私なんてまだまだだ。
フライトさんには困惑した微笑みで返す。
それよりも……。
『ダイワメジャー、マイルCS連覇へ』
シニア3年目、いまだ高い壁として立ちはだかる同室の先輩の方が懸案だった。
「メジャーさんの強さはやっぱり長く使える脚と並ばれても抜かせない勝負根性、追いつくスピードと一瞬で抜くキレが必須……」
独り言がこぼれる。
そんな私を見つめるフライトさんの苦笑するような優しいまなざしに、何故か母のそれを重ねてしまうのだった。
……いけない。今は目の前に迫ったレースに集中すべきだ。
作戦は明確だ。それだけの練習はこのフライトさんと、ゼファーさんと共に積んできた。
なかでもゼファーさんには仮想ダイワメジャー役として大変お世話になった。
私は初めての本格的なマイルCS対策の練習を思い返していた。
数週間前、スプリンターズステークス直後。トレセン学園練習コース。
芝を蹴る。
目の前を駆けるのは風になびく大きな二つ結び。ヤマニンゼファーさんだ。
「位置取りは残り800までゼファーの後方2バ身、以降自由とします」
トレーナーさんからの指示どおり、4コーナーに入るまで2バ身を保つ。
作戦については指示されなかったので、制限が解除されたコーナーでじわりと加速しゼファーさんの真後ろへ。
勝負どころは4コーナー出口。京都外回りと同じ400mの直線で決める。
そうして加速し、ゼファーさんを抜こうとして並びかけ……。
「……!?」
抜き去ろうとして加速しても差が縮まらない。
思わず自分の脚を疑うが、加速自体はしているのだ。
だがずっと風を受けて走っていたはずのゼファーさんの行き足が落ちない。
そのまま直線で粘りきられ、結局最後まで差しきれずにゴール板を迎えた。
息を整えながら監督してくれていたフライトさんのもとに戻る。
「ふふっ、勝負根性のある相手は一気にぶち抜かないと危ないよ」
もう斤量も動揺もないんだから。スタンドから並走を眺めていたフライトさんは何かを懐かしむように笑ってそう言った。
一度自分で考えてみてはいかがでしょうか、そう言い残して先輩方は別のチームメイトの指導に去っていってしまった。
残された私は、滝のように流れる汗を拭うことも忘れて頭を回転させる。
「マーク戦法で勝ってもためになりません」
「そう何度も使える手ではない」
かつて投げかけられた言葉が思い出される。
表情を引き締めてそう言ったトレーナーさんの真意が今になって響く。確かに、何度もできる戦法ではない。
奇襲効果を失った二番煎じなど、ただ狩られるだけだ。
脳内に京都レース場を顕現させる。イメージトレーニングだ。
淀外回りは最終コーナーがきつく直線も長い。そのため思い切って位置を下げて、中団から一気に行ってもいいかもしれない。
両手をウマ娘に見立ててああでもないこうでもないとやっていると、後ろにトレーナーさんの気配を感じた。
「それも悪くはないですね」
不甲斐ない並走に叱責されるかと思わず身構えたが、トレーナーさんは妙に上機嫌な様子で隣に腰掛けた。
「どうです、ゼファーの勝負根性はなかなかのものでしょう。あれで秋天を勝ったのですから、勝負根性ではメジャーにも負けないと思いますよ」
かつて両者を担当したことがあるトレーナーさんが言うとその重みが違う。
確かに脚質的にも勝負根性的にも、ゼファーさんは仮想ダイワメジャーとしてうってつけの人物だった。
では、どう攻略すべきだろうか。
「なに、そう特別なことではありません。また、その必要も貴女にはもうありませんよ」
そう言ってトレーナーさんが説明したのは、極めて普通な戦法だった。
ただ4コーナー半ばから仕掛けて、外を回って先頭を強襲する。言葉にすればそれだけ。
ただ一つ特異な点があるとすれば仕掛けどころのタイミングぐらいか。
基本的には王道といえる。
「それで良いのですよ。まあ実際にやってみて、それから詳しく説明しましょう」
それから数週間、通常の練習の傍ら本番を想定した並走をゼファーさんと繰り返した。
仕掛けて、回って、強襲。
たったそれだけだというのに、あれほど粘られたゼファーさんを差し切る事ができた。できてしまった。
これなら……。
その先の言葉を慌てて飲み込む。
小細工も、奇策も、もう要らない。
憧れを追って走り続けて、そんなところまで来てしまったのだと初めて実感したのだった。
美浦寮、自室。
そんな日々を過ごしてマイルCSを控えたある日。
追い切りを終えて寮に戻り、身支度を整えてあとは寝るだけという時間。
メジャーさんが珍しく改まった様子で話しかけてきた。
「なあセミラミス、まだ言ってないんだが……先に、お前には伝えておきたいことがある」
ただならぬ様子の声に、思わず背筋が伸びる。
「私に、ですか?」
「ああ、実は────」
それを聞かされた私の胸中には、冷たい風が吹いているような気がした。
今年もあと1ヶ月あまり、マイルCSが、有馬記念が迫っていた。
【フレーバー】レヨネット(主人公妹)の戦績【興味本位】ストーリーには影響しない&現時点でプレイアブルのネームドキャラの勝ち鞍には影響しないんで雰囲気で選んで大丈夫です。後選ばれたら絶対こうみたいな話でもないです。
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ヤバい