驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
あの時、胸が高鳴った記憶は、もうはっきりとは思い出せない。
ただ、息が乱れず、視界が澄んでいて、脚が思った通りに前へ出た。
勝った、という実感よりも、ちゃんと走れた、という感覚だけが残っている。
それが嬉しかったのか、それとも少し、怖かったのか。
今となっては、自分でもよくわからない。
マイルCS当日、京都レース場。
緑のURAのロゴと白地の京都レース場のロゴが市松模様になった会見ブースにて、マイルCSの興奮も冷めやらぬ中記者さんたちに囲まれていた。
カメラの放列が、手帳を携えた記者さんの目線が私へと集中砲火を浴びせんとしている。
「史上最速のG1 5勝達成です。今のお気持ちは?」
「まだ実感はありません。一つ一つのレースを大事に走ってきただけなので……今日は、ちゃんと走れたことが何よりです」
5勝。5勝か、考えたこともなかった。
ただ前を往く背中を追いかけて、走り続けていたらここまで来てしまった。
「ダイワメジャーとの再戦でしたが、意識はありましたか?」
「もちろん強い相手なので意識はしていました。でも、相手というよりは……自分がどう走るかに集中していました」
嘘ではない。でも、全部でもない。
4コーナーを過ぎてメジャーさんに並びかけたあの瞬間、私の前にもはや背中はなかった。
「春秋マイル制覇です。ノースフライト以来の快挙ですが今のお気持ちは」
「……光栄です。ノースフライト先輩は、ずっと目標でしたから。ただ、同じところに立てたとは思っていません」
本当は、そう思いたくない。
いつの間にか憧れていた背中がまた一つ見えなくなっていた。
それを認めるのが、少し怖い。
「これで国内マイル路線の主役ですね」
「主役かどうかは、わかりません。ただ、次も同じように走れるように準備するだけです」
主役という言葉が、自分の名前と結びつく感覚がない。
でも、否定する理由も見つからなかった。
「今後の目標を教えてください」
「……まだ、考え中です。走っているうちに、見えてくると思います」
逆だ。どんどんはっきり見えてきてしまっている。
貴女の切り開いた道の先、貴女が思いもよらなかった海の向こう、未だ貴女以外にいないスプリンターズステークス連覇。
漠然とした憧れではなく現実的な目標として、それらは私の前に横たわっている。
同日夜、美浦寮、自室。
部屋には時計の秒針が時を刻む音だけが響いていた。お風呂から上がった後の、夜特有の沈黙。
しっとりと湿り気を帯びた髪。首にタオルを掛けたままベッドにあぐらをかくメジャーさん。
安田記念のあとと同じ光景。
同じ2人。同じ部屋。同じ距離。
──なのに、空気だけが違っていた。
あの時はどちらからともなく言葉が出た。
お互いにやれる限りのことをやった。私は運、ハンデ、展開。あらゆる要素が私に有利だったとはいえだ。
そして何より、私たちには“次”があった。今や……私たちにはそれがない。
今日は、互いに言葉を待っている。
ギッ、とベッドが軋む。メジャーさんの脚がカーペットに降ろされる。
先に口を開いたのは──
「……強かったな」
メジャーさんだった。
事実をそのまま置くような平坦な声。責めるでも、悲しむでもない。
一瞬、視線が泳ぐ。
意味もなく何度か拳を作ったり開いたりして思考を巡らせた。
返せそうな言葉は色々と浮かぶが、どれも適当ではない気がして。
「……ありがとう、ございます」
それだけでは足りないような気がして、間を置いてから付け足すように続けた。
「今日は……作戦が、はまりました」
メジャーさんは、ふっと口の端を上げた。
「礼を言われる筋合いはないさ」
ほんの少し呆れたように彼女は肩をすくめる。
「今日は、お前の作戦勝ちだ」
なにか返そうとして、言葉が出なかった。
メジャーさんは視線を天井に向けたまま言葉を繋いだ。
「前半、少し速かったあそこで我慢できてりゃ……」
そこで言葉を切って彼女は息を吐く。
「直線は、もう少し違ったかもしれないがね」
沈黙。
その独白に似た言葉をどう受け止めていいのかわからなかった。
「……でも」
自分でも言葉を選びあぐねているのを感じる。
何を言いたいのか整理がつかない。
「今日の走り、悪くなかったと思います。最後まで、粘れてましたし」
そう言った瞬間、空気が止まった。
メジャーさんが首にかけていたタオルを下ろし、くるくると腕に巻き付けながらこちらを見る。
そのままタオルが解けるにまかせて一瞬だけこちらを見てから、視線を外した。
その目はどこか遠くを見ているような気がして。
「……そういうのはな」
そこで、一瞬の間。
「?」
「……いや、なんでもない。そのうちわかるさ」
視線を落とす。
そのときは、まだ分からなかった。あの言葉の続きが、何を指していたのか。
ただ、胸の奥に小さな引っかかりだけが残り、それは不思議と消えなかった。
──本当に理解するのは、ずっと後のことになる。
少しして、問いかける。
「……次は?」
聞きたかったのはそんなことじゃなかった。
思わず目を逸らした。でも、口から出てしまった言葉はもう戻らない。
「有馬だよ」
即答だった。
「最後は、ちゃんと走って終わりたい」
悔しさはある。だが、迷いはない。
その横顔を見る。
この人は──もう先を見ている。まだ踏み出せていない私と違って。
メジャーさんが、ふっと視線を逸らす。
「……あんたは、次も勝つんだろ」
その言葉は確認でも皮肉でもない空気を纏っていた。
「だから今は、わからなくていい」
声が、少しだけ落ちる。
「いつか、わかるさ」
再び、沈黙。
何も返せなかった。
同じ部屋にいながら、
二人の立っている場所は、何かが違っているような気がした。
「ああ、そうだ」
翌日、昨日は何事もなかったかのようにメジャーさんは言った。
「有馬が終わったら、この部屋は引き払うからな」
一瞬、意味がわからず固まる。
だが考えてみれば当たり前だった。原則寮は2人部屋だが、競技の第一線を引退したウマ娘は指導ウマ娘として活動するなら個室が与えられる。
メジャーさんの戦績なら指導ウマ娘の地位は約束されているだろうから、1人部屋に移るのだろう。
なお、この慣例が機能しているのは美浦寮のみで、慢性的に部屋数が不足している栗東寮ではその限りではない。指導ウマ娘のフライトさんとマーチャンが同室なのがその実例だ。
なら寮を移れば、とはいうが寮を移ると住所や郵便の届けが煩雑なので滅多にそれは行われない。
「寂しく、なります」
「はは、別に会えなくなるわけじゃないんだ。お前なら誰とでもやっていけるさ。問題があるとすれば……相手のほうさな」
そのときはまだ、なぜ胸が少しだけ冷えたのか分からなかった。
はたして、次に同室になるウマ娘とはうまくやっていけるだろうか。
その日の夜、部屋の隅に置かれたもう一つのベッドがいつもより少しだけ遠く感じられた。
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一体新しい同室になるのは誰なんだ……
なお、部屋周りの設定は独自設定です。
あと必ずしもアプリ版と部屋割は同じじゃないです。フーマー部屋はアプリと同じですが、それぞれの相方が年代離れてるロブロイとクリスエスが同室になってたり。
バクシンオーの同室っていつわかるんですかね。今んとこ本命チトセオー、対抗まだ見ぬサクラ軍団、大穴カイチョーってとこですが。
【フレーバー】レヨネット(主人公妹)の戦績【興味本位】ストーリーには影響しない&現時点でプレイアブルのネームドキャラの勝ち鞍には影響しないんで雰囲気で選んで大丈夫です。後選ばれたら絶対こうみたいな話でもないです。
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