驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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008 北のセミラミスとマイル女王

 美浦寮、廊下。

 

 名刺ファイルだけを持ってトボトボと歩く。

 どうして私が部屋を出てほっつき歩いているのかといえば、先程の自室でのメジャーさんとの会話が原因だった。

 

「トレーナー選びについて俺様がお前にアドバイスしてやるわけにはいかない」

 

 そうメジャーさんに言われた私は驚き、狼狽してなぜかと聞いた。そうすると彼女は指を2本立ててこう続けた。

 

「まず1つ。俺様は逆スカウトでトレーナーを捕まえたクチだからそもそもアドバイスできん」

 

 彼女曰く、最初のトレーナーは、メジャーさん自身が選抜レースを寝坊してブッチした結果誰もスカウトしてくれず、そのへんを歩いていたトレーナーをとっ捕まえて契約したとのことだ。

 彼女の言うことであるから、多少の脚色や誇張はあっても概ね事実なのだろう。その後のトレーナー遍歴も聞いたが、こんなコロコロとトレーナーを変えて、しかも直前にも変更してよく皐月賞を取れたものだと逆に感心する。

 なんなら今の北浦トレーナーもNAU(地方ウマ娘全国協会)上がりの凄い人がいると聞いて自分から売り込みに行ったとか。

 

「いままで1番持ったのが9ヶ月、療養前後のリハビリとダービー卿C(チャレンジ)に勝った時の人だな。いい人だったけど指導方針が合わなかった。俺にはどうしてもヌルい気がしてな」

 

 もし選抜レースでダメだったらお前に勧めようと思ってた人だよ。と彼女は笑う。

 温厚誠実な趣味人で、人望の厚い方だそうだ。メジャーさんが言うのだからよほどなのだろう。

 

「だけど今やそういう訳にもいかなくなった。もう1つの理由だな。わかるか?」

 

 考えてみるがわからない。そう伝えると彼女は大きくため息をついた。

 

「お前さ、俺様がまだ現役だってこと忘れてないだろうな? 言っとくが、俺はまだまだ走るぞ」

 

 それはもちろん忘れていない。

 先輩は今年でシニア2年目だが、いつか自分で言っていたように晩成型なのかこれから調子が上向いてきているような戦績だ。何事もなければ3年目まで十分走れるだろう。

 

「お前頭は回るのに時々バカだよな。お前短距離の注目株だろ? 安田記念はさすがに出ないだろうが、マイルCSに出走したらシニアとぶつかるんだぞ? ライバルになりうるウマ娘にそこまで言えるかよ」

 

 まったく意識していなかった。私は先輩の言う通りバカだ。

 来年はクラシック級、そしてあくまで制度上ではあるが夏前からシニア混合戦にも出場が可能となる。たしかに先輩と対戦することはあり得る話だった。

 

「そういう訳だから、これ以上トレーナーについてアドバイスしてやるわけにはいかん。他をあたってくれな」

 

 そう言うと彼女は、ムードんとこ行ってくる、と残して部屋を出ていった。また同期のダンスインザムードさんの部屋に遊びに行くのだろう。

 私も部屋にいても仕方ないので、誰か相談できる相手がいないかと談話室に向かうことにしたのだ。

 

 だが足取りは重い。これといって相談相手が思いつくわけでもないからだ。

 明日になれば話せる先輩もいるが、こっちの寮だと誰かいたかな……。それか早い時間のうちにLAINでもしてみたほうがいいだろうか。

 そんなことを思いながら階段を降りようとすると、登ってくる人影と鉢合わせした。

 

「あれ、セミラミスちゃん。どうしたの? そんな思い詰めて?」

 

 ノースフライトさん。どうしてかはわからないが、私なんかのことを何かと気にかけてくださる先輩。

 明るいカールした鹿毛をボブカットにしたオシャレなウマ娘。髪質が似ているのでたまにファッションの相談に乗っていただいている。

 そんな私などにも気さくに接してくださる彼女だが、春秋シニアマイル同年制覇と実力は本物。サクラバクシンオーさんと共に短距離をスプリントとマイルに分割した偉大なウマ娘である。

 

 いたじゃないか、相談できる人。

 

「なるほど……あんまりそういう話は談話室ではしないほうがいいね。お邪魔じゃなければ部屋に行っても?」

「はい、今はメジャーさんもいないので大丈夫だと思います」

 

 私の目下の悩みについて話すと、快く相談に乗っていただけることになった。本当だったら明日の練習の際に声をかけようと思っていただけにラッキーだった。

 そうしてノースフライトさんを自室に案内する。

 

「おじゃましまーす」

 

 ノースフライトさんに椅子を勧め、自身はベッドに腰掛ける。

 彼女は初めて入る室内に興味津々のようだ。彼女の視線が私の側の壁に貼られた1枚のポスターに止まった。しまった、それは……。

 

「ふふ、私とバクシンオーちゃんのポスター、貼ってくれてるんだね」

 

 マイルCSの記念ポスター、最終直線で競り合うノースフライトとサクラバクシンオーの後ろ姿を描写したビビッドなもの。入学前に地元のレース場で親にねだって買ってもらった物だ。

 思わず顔が赤くなる。こんなことなら額ごとしまっておけばよかった。

 

「ああ、ごめんね。嬉しくなっちゃって。それで、なにがあったのかな?」

 

 そう促されて、私は事情を説明した。

 部屋に案内する際に何事か連絡を入れていたあたり、用があったに違いないのにそれを遅らせても私の相談に乗っていただいているのだ。無駄にしている時間はない。

 

「なるほどねー。あんまりたくさんのトレーナーさんにスカウトされて、どうしたらいいかわからない、と」

 

 私は1つ頷き続きをお願いする。

 正直今でも信じられないぐらいなのだ。

 

「1番はやっぱりウマが合う人だけど、けっこうすごい人にも声かけられてるもんね」

 

 そう言って名刺の束をパラパラとめくる。

 

「あの、ノースフライトさんはどのようにトレーナーを決められたのですか?」

「私? 私のことをなら、最初は奈瀬文乃トレーナーのチームに入ってたんだ。入団テストを受けてね」

 

 流石はフライトさんだ。名門と名高い奈瀬トレーナーのチームに入っていたなんて。

 もし今奈瀬トレーナーのチームに入ろうと思ったら倍率は十数倍では済まないだろう。それだけの狭き門だ。

 そういえば、フライトさんと同部屋のアストンマーチャンさんも奈瀬トレーナーのチームを受けるという。受かると良いが。

 

「まだあの人も駆け出しだったから今ほどじゃなかったよ。でも私、あんまり体質が強くなかったから……」

 

 それはお聞きしたことがある。彼女が基礎を大切に、ウォームアップウォームダウンはきちんとしろ、と口を酸っぱくしておっしゃるのはそのためだと。

 なかには聞き流している子も居るようだが、私も体質は強い方ではないから気をつけている。私は、バクシンオーさんのように怪我知らずでは、ない。

 

「名門チームってのも良いことばかりじゃなくてね、普段はいいけどG1レースが近づくとどうしてもトレーナーが本命視してる子に指導が偏るの。だから私はその間よく別の中堅トレーナーに見てもらってたな」

 

 なんてことだ、名門で有能なトレーナーのチームに入れば安泰かと漠然とイメージしていたがそれは違うらしい。

 

 あれ? でも確かノースフライトさんはG1を2勝だったはず。

 そう問うと、彼女は、奈瀬文乃トレーナーと泥棒猫はきっちりレースで理解(わか)らせたから、と笑う。

 口では笑っているが目は全く笑っていないフライトさんに思わず首をすくめる。やはり彼女もG1ウマ娘、時々迫力がある。

 

「で、中堅トレーナーの専属がいいかってなると人によるかな……。セミラミスちゃんの性格なら専属のほうが合ってると思うけど相性もあるから。ファッションとおんなじだね」

 

 なるほど、例えば本人に似合っているかと今の流行りかどうかは別問題、というのと同じだろうか。

 フライトさんから見て私は大きなチームより専属か少人数のほうが良さそうだという評価は大きな収穫だ。

 ぜひトレーナー選びの参考にしよう。

 

「逆に名門チームの利点もあるんだよ。練習相手には困らなかったし、合宿とか指導員とかトレーニング器具とか、予算面の違いは大きいね。あと、名門チームでもほぼ専属みたいなこともあるから」

 

 なるほど、一長一短だと。それもそうか。

 そう告げると彼女はホルダーから何枚か名刺を抜き取って並べだす。どれも最後にくれた人だ。

 

「そういえば、なにかトレーナーに希望とかある?」

「そ、そうですね。できれば女の人のほうが嬉しいかなと思います」

 

 男の人はあんまり、苦手で……と言うと、彼女はそうなんだ、とだけ言って並べた名刺から1枚を除いた。

 

「じゃあこの3人がおすすめかな」

 

 そう言って彼女は3枚の名刺を机に並べた。その名刺にはそれぞれ、奈瀬菊代、明石椿、吉富まつりと書かれていた。




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