驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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080 若き春秋マイル女王と有馬記念へ(前編)

 トレセン学園、練習コース。

 

 

 中山を模したコースのコーナーを曲がりながら、背後に大きな気配を感じる。

 その気配はまさしく強者のもので、かつよく知ったものだった。

 

 それにしても、逃げという走り方がこんなにも楽しくないとは思ってもみなかった。

 

 前に誰もいない。視界はひらけているのに目印がない。追いかける背中も並ぶ影もなく、ただコースだけが流れていく。

 自由なはずだ。そう言われればたしかにそうなのだろう。誰にも遮られず自分のペースで走れる。後ろを気にしなければそれだけで楽になれる位置だ。

 

 でも、ここでは比べるものがない。追いつく相手も抜く目標もない。ペースが速いのか遅いのかさえはっきりしない。

 逃げるというのは、自由なのではない。少なくとも私にとっては。

 前に誰もいないというのは、選べることが増えることではなく、頼れる基準がなくなることだった。

 

 私にとって前に誰もいないというのは、自由ではなく孤独だった。

 

『ペースそのまま』

 

 イヤホンから流れるトレーナーさんの声。

 2500mは長い私たちのために、今日の練習ではあらかじめ落としたペースが指示されている。

 私の役目は仮想逃げウマとして番手の目標となりつづけること、そしてトレーナーさんの指示に従い滑らかにペースを上げ下げするという課題も課されている。

 滑らかにペースを落として、悟られずに息を入れる技術。それはこれからのシニア級でも絶対に役に立つ、そうでも思わないとやっていられないというのが正直なところだった。

 

 いくつものコーナーを超えて、後方からの圧がいよいよ強まる。

 ああ、ペースを上げてしまいたい。上げてしまえば後ろを振り切れるのに。そんな誘惑に駆られる。

 だがそれは許されない。それは今日の私の役割じゃない。

 

 そしてそれは私を消耗させる。心肺面というよりは精神面で。

 姿勢が、持久力が、集中力が。それらすべてがすり減っていくのを感じる。

 だが、そんな苦痛も間もなく終わる。

 

 400の標識を通過。

 それと共に背後の気配が膨れ上がり、外側からの強い圧となって襲い掛かってきた。

 反射的に対抗してギアを上げる。一完歩、二完歩──。

 

『セミラミス、ステイ。メジャー、ゴー』

 

 思わず競り合いそうになった脚を緩めた私の横を、赤みがかった栗毛のウマ娘が鎖から解き放たれたかのように猛然と加速していく。

 恵まれた体格から繰り出されるパワーをその太いトモで推進力に変えて。

 

 そう、先日マイルCSでしのぎを削ったばかりのダイワメジャーその人だ。

 そんな彼女と一緒に練習することになった事の始まりは、あのお茶会の日にさかのぼる。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

「ご紹介します。どうぞ入ってください」

 

 その言葉とともに勝手知ったるというように大股で入ってきたのは、私もよく知る赤みがかった栗毛をショートヘアにしたウマ娘。

 

「今日からまた世話になる、ダイワメジャーだ。よろしく頼む」

 

 どんなウマ娘が来るのかと思っていたら、予想の大外から見知った相手が強襲してきたために言葉を失う。

 平静な顔をして入ってきた彼女に、何と言ったらいいのか判断がつかない。

 

 そして遅れて、なんで、という思いと共にその理由に思い至る。

 確かスカーレットも次走は有馬記念だと言っていた。そして2人はどちらも北浦トレーナーのチームだから、競争規則上どちらかは別のトレーナーとでなければ出走できない。

 そして、メジャーさんは元々トレーナーをとっかえひっかえしていたが、トレーナーさんのことを高く評価していた。それこそ私がトレーナーを捕まえられなかったら紹介しようと思っていたほどには。

 以上をあわせれば、メジャーさんがトレーナーさんに最後の代打を頼んだ理由もわかる。

 なにせトレーナーさんは今年G1を5勝、重賞9勝とノリに乗っているのだ。ほとんど私の成績だけど。

 

 そこまではわかった。

 でも、なんと言ったらいいのかはわからなかった。驚いていいのか、気まずがるべきなのか、それとも何事もなかったように接するべきなのか。

 そもそも声を出すのが正解かもわからないまま浮かせかけた腰を下ろす。

 

 ただメジャーさんもわずかに目を見開いているあたり、バクシンオーさんやフライトさんがこの場に居るのは予想外だったのかもしれない。

 

「これはこれは、還り風ですね。剛風とまた(まみ)えようとは思いませんでした」

「おやっ! ダイワメジャーさんではありませんか!」

 

 お久しぶりですね、と返したゼファーさん。やはりというか面識があるらしいバクシンオーさん。

 お2人が反応したのをみて、私はこっそり安堵の息を吐く。

 

「バクシンオーさん、てっきりアルケス所属とばかり」

「夏からアダフェラとは協定を結んでまして!」

「ああ、それで」

 

 お2人がこちらをちらりと見て会話を続ける。

 ……なんというか、敬語まで行かなくても丁寧語のメジャーさんは新鮮だった。

 それにしても流石はバクシンオーさん、毎朝寮の前で挨拶しているだけあって顔が広い。

 

 しばし私を抜きにして会話が弾む。

 バクシンオーさんが淹れ直したお茶と、チーム用のお茶請けがトレーナーさんとメジャーさんにも振る舞われた。

 

「そういえば、どうしてこのチームに!?」

 

 湯呑を手にバクシンオーさんが聞きにくいことに切り込む。

 メジャーさんはどう答えるのだろう。まさか妹にトレーナーをNTR(ナリタトップロード)されたとは言わないだろうし。

 ……いや、それはトレーナーを探した理由であってここに来た理由ではない。G1を3勝のメジャーさんは引く手あまただろうし、元鞘と考えても行く先は相当ある。7人か8人ぐらいトレーナーを変えてたはずだから。

 

「昔、世話になったからな。それに、この1年俺を1番見ていたのはトレーナー、あんただろう?」

 

 なるほど、それはそうだ。

 安田記念でもマイルCSでも、私の走りの前提には常にトレーナーさんの正確な展開予測があった。

 

「トレーナーさんは雄風を読むことに長けた方です。テン変わりでも秋の楯を取らせたのですから」

「本当に、よく見てるよね。さすがベテラントレーナー、ってかんじ」

 

 確かにトレーナーさんはレースに出る他のウマ娘のことをよく見ておられる。フライトさんの言うとおり、伊達に長くはやっていないということか。

 

「私は何もしていません、あれはあの娘の頑張りですよ。……本当に、あの娘はよく頑張った」

「ふふ、凱風な方」

 

 優しい人、と慈しむような目で言うゼファーさん。

 確か、ゼファーさんはトレーナー交代後に天皇賞を取っている。……そして2着のウマ娘が古巣のチームの娘だったはずだ。

 後年に高松宮記念でもう1回やったせいでなんやかんや言われていた記憶がある。

 

「……じゃあメジャーさんは3回目を、と?」

「ん? ……ふっ、言うじゃねぇか。そうだな、レース後のスカーレットに、一番見たくない背中が前にいた、って言わせてやるよ」

 

 そう豪語して笑うメジャーさんに、トレーナーさんは苦笑いだった。

 

「本人の前では言わないでくださいよ、彼は今でも気にしてるんですから」

 

 彼、というのはアスケラのトレーナーさんだろうか。

 ……一流と期待されたウマ娘、若き良血のトレーナー、一切勝てないクラシック級、シニア級でトレーナーが交代した瞬間重賞勝利、10度目のG1挑戦での戴冠、その2着は自らの教え子。

 地獄か? いいえ実話です。

 合宿でもお世話になったし、二枚目のイケメンでいい人なんだけど、やっぱりトレーナーさんとは思うところあったりするのかなというのは感じる。

 立ち入っちゃいけない気がして本人たちには聞けないけど。

 

「さて、それでは今後の方針についてですが……もう少し後にしましょうか。ゼファーと、セミラミスはこの後残っていただけますか」

 

 わかりました、と頷くゼファーさんと……私? 

 そう言い残してトレーナーさんとメジャーさんは部屋を後にする。

 

 どうやら、他人事だとばかり思っていたメジャーさんのラストランに、私も関わることになっていたらしい。




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毎回アルケスとアスケラがごっちゃになって困るんですが、ローマ字で逆から読むとサクラになるほうがスタブロに出てくるサクラ軍団の方です。

【フレーバー】レヨネット(主人公妹)の戦績【興味本位】ストーリーには影響しない&現時点でプレイアブルのネームドキャラの勝ち鞍には影響しないんで雰囲気で選んで大丈夫です。後選ばれたら絶対こうみたいな話でもないです。

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