驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

83 / 148
082 若き春秋マイル女王と有馬記念(前編)

 中山レース場、重賞用控室。

 

 晩夏のスプリンターズステークス以来となる中山レース場。

 勝負服に着替え姿見の前に座るメジャーさんと私は、鏡越しに向き合っていた。

 外では今もレースが行われているだろうが、防音の施された控室にはその喧騒は届かない。

 

 いつものユニフォーム風の勝負服を身につけたメジャーさん。この姿がトゥインクルシリーズで見られるのも今日が最後だ。

 だというのに彼女はグローブを締め直しながらいつもの調子だ。

 

「ま、やるだけのことはやったしな」

 

 そう言ってニヤリと笑みを作る。

 

「最後に花道、飾ってくるわ」

 

 私は一瞬、言葉に詰まった。

 喉がぐっと絞まるような、息の仕方がわからなくなったような心持ち。

 思わず制服のスカートの布地を握りしめる。

 

 花道。

 最後に勝ってターフを去ることができるウマ娘がどんなに少ないか、今や私は知っている。

 七冠の皇帝3度目の敗北は語られず、世紀末覇王は新世紀の幻影に飲まれた。

 幼い頃にこの冬の中山で目に焼き付けた栄光は、誰の頭上にも輝くものではない。

 

「……ご健闘を、お祈りしています」

 

 それだけを絞り出した私に、メジャーさんは苦笑して振り返る。

 

「堅いな、相変わらず」

 

 椅子の背もたれに腕をもたれさせて片頬をあげたメジャーさんは、そういやさ、と続ける。

 

「──勝利の女神のキス、くれよ」

 

 刹那、フラッシュバックしたのは昨年の記憶。

 京都で行われるメイクデビューに出発する直前、私を抱き寄せて額同士を重ね合わせ、まっすぐに見据えた琥珀色の瞳。

 私はあの激励のお陰で、万全に走れたと言っても過言ではないだろう。

 

 ……なるほど、あの時の返礼が欲しい、と。

 

 私は一歩メジャーさんに歩み寄る。

 その一歩がやけに長く感じられた。近づいてしまえば、もうごまかしが効かない。

 彼女の頬に手を当てて大きな流星の入った前髪をかき上げる。

 目を伏せて、そこに口付けを落とす。

 

 すぐに手を離して、一歩下がった。

 メジャーさんは虚を突かれたように一瞬目を泳がせていたが、すぐに挑戦的な笑みを取り戻した。

 

「随分な斤量だな、ハンデ戦かぁ?」

 

 いつも通りの笑みだったが、1拍だけ間があった気がする。

 重い女だ、とでも言いたいのだろうか。冗談めかしたいつもの声音だった。

 もう十分だろう。

 

 私は何も言わず、一礼して踵を返した。

 背中越しにメジャーさんの声が飛ぶ。

 

「……ありがとよ」

 

 先ほどとは打って変わってぽつりとこぼされたような声音に、一瞬足を止める。

 が、私はそのまま振り返らず、頷きだけを返して控室を辞した。

 

 


 

 

「いやはや、青春ですね」

「黙ってるなら最後まで黙ってろよクソババア」

「はっはっは、ずいぶん手厳しい。……これは、負けられませんね」

「ぬかせ。それに──負けるつもりで走ったことなんて一度もねぇよ」

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 中山レース場、関係者通路。

 

 出走ウマ娘とトレーナーぐらいしか行きかわないその廊下で、彼女は壁にもたれて足は地面を掻いていた。

 目線はこちらを向いていないが、両耳はこちらの足音を捉えている。

 鹿毛の後ろ髪を一つくくりにした制服姿。ウオッカだ。

 

「……随分、入れ込んでるみたいだな」

 

 不意にそう言われて、少しだけ言葉に詰まる。

 メジャーさんの練習に現役なのに付き合っていることだろう。否定するほどのことでもない。

 

「お世話になりましたから」

 

 それだけ答えると、小さく息を吐く気配がした。

 

「ま、お前らしいな。……今日は相当仕上がってるぞ。スカーレットも」

「そうですか」

 

 それ以上は会話が続かない。

 ただ、このタイミングでお互い制服姿なのもわかる通り、彼女が有馬に出ないことだけが私の気に掛かっていた。

 

「……どうして、出ないんですか?」

 

 ファン投票1位なのになぜ、と責めるつもりはなかった。私だってファン投票上は出走圏内なのに出ないのだ。

 ただ聞くタイミングがなかったから、聞くなら今しかないと思ったのだ。

 

「凱旋門行ってさ。色々あって、考えた」

 

 それ以上は語られない。でも、それで十分だった。

 たぶん、彼女の美学ゆえだろう。

 

「来年は、ドバイDFからだ」

「……そうですか」

 

 ドバイデューティーフュリー、UAEはナドアルシバ芝1800mでおこなわれる大レース。

 ドバイワールドカップデーにて行われるG1レースの1つだ。

 

「スカーレットはドバイWCだって、アタシもドバイ行く、って息巻いてたな」

 

 ドバイワールドカップ。同じく2000mでおこなわれるドバイワールドカップデーのメインレース。

 ……あれ、確かドバイWCはダートだった気がするが、彼女はダートを走れたんだったか。まあ芝もダートもそう変わらないし、どうとでもなるだろう。

 それにしても彼女らしい言い草だ。思わず笑みが漏れる。

 

「私は高松宮記念が目標です」

 

 高松宮記念とドバイワールドカップデーはほぼ同時期。

 来年、シニア級の春前半はっきりと道を違えることとなる。

 

「へえ……」

 

 口元は笑顔だったが目は笑っていない。

 ウオッカの返答はそれだけだった。

 今は別々の道を歩む。それでいい、という認識が私たちの間にはあった。

 

 遠くから歓声が膨らんでくる。そろそろ本バ場入場が始まるのだろう。

 

「……行ってきます」

「おう」

 

 彼女は手持ち無沙汰にヒトミミの位置に下げたアクセサリーに指をかける。

 あくまで言葉は軽い調子だった。

 

 私は彼女に一礼して私は歩き出す。それでいい。今は、まだ。

 ウオッカもまた踵を返したのが感じられた。

 

「ヴィクトリアマイル、首を洗って待ってろよ」

 

 背中越しにウオッカの宣言が追いかけてくる。

 5ヶ月後、きっと私たちの道は再び交わるのだから。

 

 

 




よろしかったら感想評価お気に入り登録をお願いします。とても励みになります。


あっ♥キセキぃ

レース描写の濃さの好みは? *例によって聞くだけ聞きます。気軽に答えてください

  • 別にダイジェストでもいい
  • マイルCSぐらいあっさりでもいい
  • 今ぐらいがいい
  • 安田記念ぐらいねっとり描写してほしい
  • レンゲが立つくらいこってり
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。